Affection
1/2/3/4/5/6//あとがき

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 午前6時。
 めみ
 萌の目は、必然的に開いた。
 溜息をひとつ。

 また、一日の始まり、か……。

  「おはよう。」
      しごと
  「……学校、は……?」
              しなだ
 ダイニングに私服の氏灘。
 いつもなら、きちんとスーツを着ているのに。

  「ん……休みを、な。」

 新聞に顔を向けながら、曖昧な返事をする。
 萌はそれ以上追求はしなかった。
 身支度を終えて、学校へ向かう。
 黒のリムジンが、毎朝マンションの前に、止まっている。
 黒服の男たち。

 私立K女子学園。
 正門で、降りた萌に、恭しく頭を下げる男たち。
 萌は一瞥して、正門をくぐる。

  「ごめんね、わざわざ。」

 後ろから、安全にブレーキをかける音に続き、舌足らずな声が聞こえて、萌は振り返った。
 黒光りするバイクの後ろから降りて、ヘルメットを運転手に渡す少女。
          ひりゅう    みら
 萌のクラスの飛龍 冥旻。
 バイクの運転手に笑顔で手を振って――、

  「あ、おはよ。萌。」

 ストレートの綺麗な長い黒髪を振って、やって来た。
 お兄ちゃんに送ってもらっちゃった。と、かわいく舌をだす。
 萌の隣に並んだ。

  「おはよー!」
                   ぬまれ    めの
 元気な声で声をかけたのは、奴希 碼喃。
 大きな口を広げて、満面の笑み。
               かいう
  「ねぇね。冥旻、今、海昊さんに送ってもらったでしょー!ずっるーい!」

 2つに高く結った天然パーマの髪を勢い良く振って、冥旻を覗き見る。
 先ほど、冥旻が送ってもらった相手。
 ひりゅう    かいう
 飛龍 海昊。
 冥旻の一つ上の兄だ。

  「見てたんだぞ。いーんだ、うらやましい!!」

 うらやましい。
 萌もそう思った。
 冥旻たちは、端から見ても仲の良い兄妹なのだ。

  「本当、かっこいーよねぇ、海昊さん!わたしもあんなお兄ちゃん欲しい!!」

 語尾にハートマークをつけるような口調の碼喃。
 あ、でも彼氏にしたいな。と、付け加える。
 冥旻は、何いってんの。と、優しい笑みを浮かべた。

 教室に入ると、いつもと同じ女だらけの甲高い声が飛び交っていた。
 昨日の話、芸能人の話、恋愛の話。
 思い思いの話をしている。

  「おーっす!」

 チャイムが鳴った後だというのに、余裕な表情で現れたのは、時雨だ。
 金髪のショートカットをかきあげて、あくびをした。

  「萌。ノート見せてくんない?昨日、遅くまでおきてたには、おきてたんだけどさぁ。」

 テストの直前だと言うのに、そう言って、再びあくびをした。
 コートを脱ぐ。

  「もう。いいよ、はい。」

 萌は、1限目の英語のノートを差し出した。

  「さんきゅう。恩にきる!」

 時雨は、顔の前で両手を合わせた。

  「もう。時雨はぁ。ダメだよ、萌に頼ってばっかじゃ!」

 冥旻は、時雨を軽く睨む。

  「じゃあ、2限目は、冥旻お願いね!」

 悪びれた様子もなく、時雨。
 あのねぇ……。と、冥旻は溜息をついた。

 時雨は、中学のころからこんな感じだ。
 お世辞にもマジメとはいえない。
 授業中は寝ていることのほうが多いし、平気で校則も破る。

 しかし、萌にとっては、うらやましい。に値する。
 自分の思い通りに生きている。
 そんな気がしていた。
 他人の気持ちなど、わからない。
 そう、思っているくせに。
 悩みがなくていいな。と、ノートとにらめっこしている時雨を見て思っていた。


 テスト開始のチャイムが鳴った。
 萌は、目の前の答案用紙を作成していく。
 ・  ・  ・  ・  ・  ・
 くやしいほど、簡単に解ける。
 1限目の英語も、2限目の国語も。
 目の前に目を泳がせると、時雨は気持ちよさそうに机に突っ伏していた。
 萌は、意味のない溜息をついて、終了時間20分を残して、シャーペンを置いた。
 窓の外を見る。
 この時間が終われば、4日間の2学期末テスト全工程終了だというのに、心は、BLUEだ。

 なんで、溜息なんてついてるんだろ。
 こんなナーバスになったって、仕方ないのに。
 再び溜息。

  「おわったぁ〜んっ〜。」

 チャイムと同時に時雨は、大きく伸びをした。
 試験官の厳しい目つきなど、全く気にしていない。

  「ねー、帰りどっかよってこーよ〜!」

 帰りのHRも終えて、時雨は声を上げた。

  「いくいく〜!」

 碼喃が笑顔で手を挙げ、冥旻はいいよ。と、頷いた。
 萌は?と、皆の顔がいう。

  「ん……」

 少し考えてから、頷いた。
 黒服には、申し訳ないが、たまには、いいか。

  「渋谷?もちろん行く行く〜!」

 教室の隅でひときわ甲高い声が上がった。
   ひはる
  「姫春と一緒にいるとさぁ。いっぱい男寄ってくんのよねぇ。」

 茶色のロングの髪をかきあげる女。
 机の上に乗り、ミニスカートの脚を組む女。
 席に腰おろして、鞄に教科書を詰める少女を囲んでいる。

  「合コンってやつ?よくやるよねぇ。」

 時雨が冷ややかな目を向ける。
              つばき  ひはる
  「でも、悔しいけど、椿 姫春。かわいーよね。」

 碼喃は唇を尖らせて、女たちに囲まれている少女を見た。
 うなじの辺りから軽くウエーブがかかっていて、腰まで伸びている。
 細面に柳眉。
 さくらんぼのような小さな艶やかな唇には、ピンクのルージュが塗られている。

  「でも、いかにも遊んでますってカンジじゃん。あーゆーのにかぎって本命には相手にされないんだな。これが。私が男なら、冥旻選ぶな。」

  「え。何で、そこで私をだすかなぁ。」

 時雨の言葉に、冥旻。

  「そーだよねぇ。性格悪そうだし。鼻にかけてますってカンジ?」

 碼喃も時雨に賛同するものだから、冥旻は小さな両手を顔の前で振って否定する。

 冥旻は本当、性格良いし、かわいいし。
 それに、椿さんみたいに合コンとかいけるのも、うらやましい。
 萌は心で呟いた。

 うらやましい。
 萌の口癖のようだ。

  「何か、世界の違うヒトってカンジ。」

 ぼっそっと呟いた萌に、冥旻は無言で見つめた。


  「ねー。どこいこっか。」

  「海昊さんのとこ〜!」

 時雨の言葉に、間髪入れずに碼喃。

  「だって、かっこいいじゃん。海昊さん。」

 ハート目の碼喃。
 で、どこ行くの。と、冥旻。

  「海昊さんどこにいるかなぁ。」

  「さぁ。学校なんじゃないの……?」

 心底呆れて、冥旻。
 海昊はここ、北鎌倉駅から隣の駅、鎌倉駅近くの私立K学園に通っている。

  「じゃ、小町通り!」

 元気良く指を挙げた。
 小町通り――JR鎌倉駅を出て八幡宮へ伸びる通りだ。
 服や小物、雑貨。
 喫茶店やレストランがある、学生の人気スポットとなっている。

  「ね〜冥旻。帰りは、海昊さん迎えに来てくれないのぉ?」

 北鎌倉駅までの道のり。
 碼喃はしきりに海昊の話しをする。

  「一緒に帰っちゃってもいいの?」

 半ば呆れて、返答する冥旻に、冥旻は帰っても良いよ。とイタズラな笑み。

  「そいことゆう。」

 語尾にアクセントをつけて、言い放った。

  「本当、ぞっこんなんだから。」

 と、時雨。

  「萌だってそーじゃん。」

 碼喃は萌を覗き込んで同意を得るような態度。
 萌の心臓は跳ね上がった。

  「なんだっけ、ほら。中学のときの……」
   なしき   たきぎ
  「流蓍 薪。萌、シュミ悪いよ。あんな奴。」

 時雨が碼喃の言葉を引き継いだ。

  「ひっどーい。時雨。ね、萌。誰がどーいおうが、好きなんだからいーじゃん!」

 唇を大げさに尖らせた。

  「……。」

 何も、いえない。
 萌は知っている。
 時雨は中学の頃から薪のことになると、ムキになる。
 それがどういうことか、知っている。
 知っていて、碼喃たち高校の友人にも、自分は薪が好きだと告白してしまったのだ。
 この話題がでる度に、萌の気持ちは揺らぐ。
 心臓が音をたてる。
 薪へのいとしさよりも、別の理由……。

  「薪さん、いいヒトだよ。」

  「そーだよ。海昊さんのお友達に悪いヒトがいるわけないじゃん!」

 冥旻の言葉に、碼喃。
 大きく頷いてみせる。
 薪は、海昊と同じ学校で、とりわけ、仲が良い。
                   ゾク
  「でもさぁ。かっくいーよね。族なんてさぁ。」
                          バッド
 海昊は、言わずと知れた、湘南暴走族、BADの特攻隊長なのだ。
             ブルース
 薪も、湘南暴走族、BLUESの総統。
 BAD、BLUESともにバイクが好きで集まった仲間たちで、違う族だが、仲が良い。

 鎌倉駅に着いた。
 4人は、ロータリーを左に歩みを進める。

  「気が早ぇーよなぁ。もう、クリスマスかよ。」

 通りを歩いて目に飛び込んできたのは、赤と緑。
 12月上旬。
 街はクリスマスムードだ。
 クリスマスソングがあちこちの店から流れ漏れてくる。
 着飾ったモミの木も立っている。

  「ほんとだ。綺麗だねぇ。」

 通りに出ているツリーに、冥旻は手を触れてみる。

  「とりあえずお茶しよーよ、お茶!」

 碼喃は相変わらずのテンションで、大きな瞳をきょろきょろさせて、喫茶店を探す。
 小町通を北へすすみ、一つ目の交差点をすぎ、右手のクラッシックな珈琲ショップ。
 店内に入り――、

  「チーズトーストと、バレンシアオレンジジュース。えーっと。あとバニラアイスクリーム!」

 碼喃は元気良く注文をした。
 この寒いのに、アイス食べるのかよ。と、呆れて時雨。

  「サンドイッチとレモンティー。ください。」

 萌は、サンドイッチとミルクティを頼む。

  「私は、カフェオレお願いします。」

 冥旻の言葉に――、

  「何?ダイエットしてんの?」

 飲み物しか頼まなかった冥旻に碼喃。

  「……っていうか。帰ってから食べるから。今日、お兄ちゃんも午前中だし。」

 そういって、左手首をみる。
 時計は、11時半過ぎをさしていた。

  「ずっこいんだぁ。2人で食べるわけぇ?」

  「そんなこといったって……」

 うらやましい。との言葉に、冥旻は困った顔をした。
                ・  ・  ・  ・  ・  ・
  「本当、仲いんだな。危険な兄妹愛に走んなよぉ〜!」

 時雨は、冥旻のおでこをはじいた。
 何いってんのよ。と、冥旻。
 萌は、そんな冥旻がうらやましかった。

 いつからだろう。
 少なくても昔は、そうではなかった。
 萌たちも、冥旻たち兄妹のように仲がよかった。
 それなのに――……。


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