

5 翌朝。 めみ いつものように、学校まで送ってもらった萌だったが、正門はくぐらなかった。 北鎌倉駅に向かい、電車に乗った。 鎌倉駅。 小町通りを理由なくさまよう。 初めて学校をさぼってしまった。 誰にも会いたくなかった。 誰とも話したくなかった。 人間は、2通りの分け方ができる。 萌は思った。 他人のために何かをしようとする人。 自分の為に何かをしようとする人。 私は、後者だ……。 様々な思い、気持ちが萌を渦巻いていた。 何をどうしたいのか。 何をしたいのか。 もやもやする気持ち。 萌は、当てもなくさまよう。 いつの間にか、時間は経っていた。 「萌!!」 突然の大きな声に萌は振り返った。 「お父さんっ……」 しなだ 氏灘が息を切らして、向かってくる。 真っ赤な顔。 反射的に萌は逃げ出した。 「待ちなさい!」 「いや!」 氏灘の方が、早く、腕を捕まえられる。 つかまれた手を払いのけるように、体ごと前方に傾ける。 「学校から連絡があった。心配したんだぞ!」 「放して!放してよ!!独りにして!!」 萌は叫んだ。 瞳から涙が溢れた。 「萌!!」 「センセ。K女のコつかまえて何してんすか。」 きらさぎ 「き、如樹?」 氏灘の手が緩んだ。 その隙に萌は駆け出した。 うしろは振り返らない、全力疾走。 しばらく走って、振り向くが、氏灘の姿はなかった。 ほっと一息つく。 溢れた涙をぬぐった。 心配なんか……。 自分の本当の子供じゃないくせに。 愛してる人がいるくせに。 萌は空を睨んだ。 小町通りに所狭しと並ぶ、雑貨店。 軒先で、露店のように突き出しているアクセサリー。 ピアスやネックレスなどを合わせ見れる鏡に自分が映った。 変な顔……。 泣いたので、目が赤い。 おしゃれでもしたら変わるのかな。 ううん。 顔は変わっても、心は変わんない。 萌は顔を振った。 鏡の自分を睨んだ。 目の前で輝きを放つ宝石たち。 綺麗だ。 ふと、自分でも思わぬ行動にでた。 萌は、店内にいる店員の動向を見張りながら、左手で小さなピアスを握った。 そのままポケットへ――、 「好奇心だけならやめときな。」 淡として、低い声に、腕をつかまれた。 驚いて、目をあわせる。 「……。」 萌は、捕まえられた左手を開いた。 ピアスがこぼれ落ちる。 「さっきの……捕まえに来たの!」 萌は、円らな瞳を無理やり細めて、手をつかんだ男を睨む。 先ほど氏灘に話しかけた男だ。 萌の20p以上、上から見下される。 「そんなマネしねーよ。」 男は手を放した。 その瞬間、男の目が萌の左手首を見た。 何本ものためらい傷。 「……スレてるようには見えねーけどな。」 萌は、手首を押さえる。 小さな唇が震えた。 男、無言で萌を見た。 良く見ると、えらく男前だ。 赤く長い前髪から覗く、鋭い瞳は蒼く澄んでいて、鼻筋もよく通っている。 S高校の制服……だからお父さんに……。 萌は男を下から見上げた。 氏灘が教鞭をとる、県立S高校の制服。 ネクタイを緩めたブレザー姿。 着崩したその姿も様になっていて、制服の腰が高い。 「人ってさ、本当に好きな人と一緒になるのが幸せなんじゃないの……。」 萌は、自分に問いかけるように呟いた。 何だか、言ってしまいたくなった。 誰かに、聞いてもらいたかった。 店を出て、路地裏に入る萌を男も無言で追ってきた。 通りの雑音は聞こえない。 萌は壁に寄りかかってうつむいた。 路地裏の壁に寄りかかる。 「他人のことなんて、どうでもいいじゃん。どうして……どうして……」 言葉が繋がらない。 瞳が潤んできた。 自分だって辛いくせに、お父さんは……。 しぐれ 時雨だってそう。 他人のことばかり。 「……傷つけたくないんだ。」 男の染髪が隣で揺れた。 左腕を壁にたたきつけたまま、額をつけた。 「それが、余計傷つけるって知っていても、な。」 「……。」 男は、萌に向き直った。 蒼の瞳。 優しく、強い瞳。 この人も苦しんでいる……。 でも、この人は、きっと……。 男が優しく萌の頭に触れた。 いたわるように。 萌の涙は、重力に耐えられずに、頬を伝った。 「萌さーん!」 遠くから、萌を呼ぶ声が聞こえた。 「……帰ります。」 「ああ。」 萌は素直に、男に言った。 男も頷き、バイクにまたがった。 皆、悩んでいる。 自分だけじゃない。 どうしたらいいか、わからないでいる。 「……お父さん。ごめんなさい。」 「いいから、乗りなさい。」 リムジンの後ろのドアが開く。 氏灘は優しく萌を引き寄せた。 お父さんも、あの人も……皆、悩んでるんだ。 氏灘と共に、自宅に戻った。 たつし 「闥士ちゃん、おでかけ?3万円で足りるかしら。」 リビングで、甲高い母親の声が聞こえた。 母親が闥士に現金を手渡す。 「やめなさい。」 ・ ・ 「あら、あなた。また何処にいってらしたの?」 制した氏灘を侮蔑するように母親は鼻で笑った。 闥士は氏灘を睨みつけて出て行った。 「……萌が無断で学校を休んだ。」 ……お父さん。 「あら、そういえば、萌ちゃんにはお小遣いまだだったわね。」 母親が高価なエルメスの財布を抜き出す。 「やめないか!」 さっきよりも大きな声で、氏灘は制した。 「お前は、自分の子供が学校を休んで、心配じゃないのか!何でも、金で解決できると思うな!!」 母親を怒鳴りつけた。 母親は、冷ややかな瞳で、氏灘を睨み返す。 唇をかみ締め、目の下を痙攣させる。 「だいたい、萌ちゃんが学校を休んだのは、あなたのせいじゃなくて?あなた。あのハガキ、どこへおやりになったの?証拠隠滅なんて考えてらっしゃらないでしょうね。」 ハガキ……。 あの年賀状だ。 まだ萌が持っている。 「まあ、よろしくてよ。あなたは私と私の会社を継ぐのですから。教師なんて、そんな一般庶民の仕事、あなたには似合わなくてよ!」 ひどい……。 お母さん。 萌は氏灘を見つめた。 「今は、そんな話をしているんじゃない。」 強かに、氏灘も憤っている。 「……やめて。」 萌は力なく口にした。 「もう、やめて。」 萌はゆっくり背を向けたまま窓辺に向かった。 窓を開けると、一気に風が抜ける。 後ろは見ない。 「いつも……いつも私。いつ死んでもいいって思ってた。」 涙が頬を伝った。 唇をかむ。 体を反らす。 「私が死んだって、誰も悲しんでくれない!!」 反動をつけて、後ろを振り返った。 「萌っ――!!!」 足を捕まえられる。 胸まで、外に飛び出していた。 超高層マンションの最上階。 「……。」 引き戻されて、間髪いれずに頬に痺れが襲った。 「命を……自分の命を粗末にしないで!!」 みら 「みっ……冥旻?」 めの 冥旻をはじめ、時雨、碼喃もそこにいる。 「生きたくったって、生きられない人、生きられなかった人。たくさんいるのよ!!」 冥旻の真剣な目つき。 右手を上げたまま、声を上げる。 そして、優しく諭した。 「心配したんだから。学校。何の連絡もなく、休みだし、家に電話しても誰もでないし。」 「ばかっ!萌の、ばか!」 「何で自殺なんて考えるのよぉ〜!!こんなとこから落ちたら、脳みそぐちゃぐちゃになっちゃうんだからぁ〜!!」 時雨は、萌の体を拳骨で叩き、碼喃は腰砕けになったまま大声で泣いた。 「……みんな……」 冥旻は安堵の溜息をついて、萌の手を握った。 「ずっと気になってた。……萌、いつも自分を偽って装っているように見えた。私たちと一緒にいても、どこか……自分は独りだって、そんな風に……心から笑ってくれなかった。」 「……。」 「でも、いつか話してくれるって……待ってた。そりゃ、力になれないかもしれない。でも、力になれるかもしれない!私たちのこと、少しでも友人だって思ってくれてるなら。」 ――話してほしかった。 冥旻の言葉は優しかった。 萌は、涙を流した。 時雨も、碼喃も萌に抱きついた。 「誰だって、他人の心の奥底はわからないの。だから、だからこそ他人に聞いてもらって、解決策を自分で見つけていかなきゃならないんじゃないの?」 ――自分の殻に閉じこもりっぱなしじゃ、何も解決しないよ。 冥旻は叩いたことを謝って、そう優しくささやいた。 「水臭いよ。死ぬほど悩んでたくせに。」 「そーだよ。萌は、ちょっと気をはりすぎだぞ!」 「……。」 皆、気がついていた。 私が、皆の気持ちに気がついてなかっただけで……。 「ごめんなさい……ありがとう。」 こんなに、自分を心配してくれる人たちがいたなんて。 自分で勝手に独りだと思っていただけで。 殻に閉じこもっていただけで。 萌は、もう一度皆にお礼を言って、涙を流した――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |