

3 「……はい。」 めみ 萌は、電話機をとった。 リビング。 たつし しなだ きっと、闥士からだと直感的に思った萌は、すぐ近くのソファーで寛いでいる氏灘を気にしながら、耳を傾けた。 「萌か。今日は、20万だ。」 淡、と闥士は言い放つ。 「だめ。今日は……」 小声で萌が言うのを遮って――、 「てめぇ、俺に逆らう気かぁ?」 「お父さんが……」 萌の言葉に、氏灘が反応を示すが、またすぐに新聞に目を落とした。 ほっと、胸を撫で下ろす萌。 「カンケーねぇよ。俺にいわれたっつって持って来い。それから、あいつにゆっとけ。」 ・ ・ ・ ――こっちには、切り札がある。ってな。 無残にも、電話は切られた。 「……。」 無言の受話器を握ったまま、萌はしばらく呆然とし――、 「……」 氏灘と目があった。 鋭く、見据える瞳。 「あの……お兄ちゃんが……お金……」 「どこだ。」 ――センター街。 その言葉に、氏灘は立ち上がり、コートをつかんだ。 萌は、はらはらしながら、父の後を追う。 センター街。 「何か用かぁ。おっさん!」 クレイジーキッズ Crazy Kidsのヤサの前で、凄みを利かせた男たち。 鼻、口、眉、顔のいたるところにピアスをつけている男。 ガタイのいい男。 色々な色の髪。 「闥士はここか?」 凛をした氏灘。 「ああー?誰だよ、おっさん。」 「闥士の父親だ。」 男たちの顔色が一瞬にして変わった。 「げ。マジかよ……」 その隙に氏灘は奥へと体を滑らせた。 萌も倣う。 ・ ・ ・ ・ 「来ると思ってたぜ、お父さん。」 奥の部屋で、闥士は端整な口元を跳ね上げた。 ソファーに背をのけぞらせ、レザーの脚を組んでいる。 「どーしたんですかぁ?黙っちゃって。」 あきらかに、氏灘をばかにする口調で、肩に垂れる黒髪をかきあげる。 胸元のポケットからタバコを取り出し、振った。 隣の男がライターを用意する。 その動作に、氏灘は歩み寄り、即座にタバコをつかみ挙げた。 「あにすんだよ。ヤキいれたろかぁ?」 周りの男たちが一斉に氏灘に目を向けた。 尖った、鋭い目つき。 「やめろって。」 闥士は嘲笑する。 悪びれた様子は全くない。 萌は、先ほど、闥士がいっていた切り札。という言葉が気になった。 しばらく睨みあいが続いて――、 「あっれー、どうしたんですかぁ?」 外から、数人が入ってきた。 つばき ひはる 瞬間に、萌はその中にクラスメートの椿 姫春を見つける。 「よう、クロス。マブいのつれてんじゃん。」 闥士は、氏灘と萌の間から覗き、声をかける。 「でっしょ。椿 姫春ちゃん。K女っすよ。なんとね〜中坊のとき同じ塾だったんだよ。なぁ。」 クロス、と呼ばれた男は、上機嫌な声をあげ、姫春の肩を抱いた。 他の男も女も一様に笑顔。 女たちも萌のクラスメートだ。 しかし、萌には気づかない様子。 「へぇ。あとで、お話しようぜぇ。」 闥士は姫春を上から下まで見下ろし、顎をしゃくった。 闥士は目で他の男たちもおいやった。 ろざか つがい そこには、闥士と、隣にいる、露坂 津蓋。 萌、氏灘の4人。 「帰るんだ。」 氏灘が言い放った言葉は無視。 「萌。金。」 手を差し出した闥士の腕を氏灘が引っ張り立ち上がらせる。 闥士はその手を払って、レザーのズボンに両手を突っ込んだ。 「金を粗末にするなってか?」 嘲笑。 「てめぇにいわれたかねんだよ!」 瞳が尖った。 冷たく吐き出される言葉。 かね 「財産目当てで結婚したてめぇによぉ。」 胸を反らす。 センコー 「母親の金が欲しいから、先公やめてまで、結婚したんだろ。知ってんだぜ。」 氏灘は無言。 闥士はさらに続けた。 なしき 「流蓍 あさざ――あんた。今でも愛してんだろ。」 尖った顎が氏灘を見下した。 ――流蓍 あさざ。 切り札。このことなの? 萌は闥士を見据えた。 脳裏には、あの年賀状。 「知ってんだよ。」 萌は、氏灘のことは嫌いではなかった。 しかし。 もし、闥士の言うとおりなら、何故、母と結婚したのだろう。という疑問が浮かんだ。 「どうしたよ。何かゆってみ?」 ソファーに再び腰下ろす。 傲慢な態度。 「言えねぇーよなぁ。図星なんだからよぉ。――あのヒトが怒るのもムリねーな。」 あのヒト――母親だ。 それでも、氏灘はやはり、何も言わない。 否定も肯定もしない。 闥士は冷淡な鋭い瞳で、侮蔑した。 「帰ってもらって。」 津蓋に顎をしゃくる。 「……。」 氏灘と萌は外へでた。 無言で前を歩く、氏灘。 萌もまた、無言でその広い背中を見つめた。 何で、何も言い返さないの? お母さんは、知っている。 萌は考えをめぐらせた。 母親が人一番嫉妬心の強いことを知っていた。 「あなた!何処にいってらしたの!!」 家に入るなり、金切り声がこだました。 高価な毛皮のコートに、真っ赤なワンピース。 細かくカーブする髪を振りかざす。 母親だ。 「今日は会合があるから必ずいらしてと伝えたハズよ!」 ワンピースと同じ、真っ赤なマニキュアを突きつけた。 指には、値段も計り知れない宝石の指輪。 「しかし……僕は、教師を続けたい。」 ・ ・ ・ ・ 「まだそんなことをおっしゃっているの?あのコトは、無しにしてさしあげると、この私がいったのよ。」 尖った顎をしゃくる。 「……。」 氏灘はぐうの音も出ない様子で、寡黙を守った。 ――あのコト。 流蓍 あさざのことに違いない。 萌はそう勘ぐった。 母親は、氏灘の仕事を奪ってまで、自分と仕事をしたがっている。 母親は、氏灘を愛してる。 氏灘は……? 「時間なら、いくらでも、延ばして差し上げますから、必ずいらしてください。」 この私に逆らえると思って? 最後に吐きすて踵を返した。 母親は、プライドの高く、嫉妬心の強い性格だ。 幼い頃から、両親にかわいがられ、東京で一、二を争う、大手金融会社社長。 今でも、両親には甘やかされている。 氏灘は溜息をひとつついて、自室に向かった。 身支度を済ませるつもりだろう。 萌は、誰もいない広い家を見回した。 高価なものに囲まれているが、冷たい空間。 虚無感に背中を押されて、萌は外へでた。 皆、何してるんだろう。 しぐれ 時雨はきっと、どこか遊びにいってる。 めの 碼喃はきっと、笑いながら家族とテレビでも見てる。 みら 冥旻はきっと、お兄さんと食事、かな。 自分の吐いた白い息を目で追いかけて、空を振り仰いだ。 高い、コンクリートの建物と建物の間からのぞく、わずかな空。 月も、星も輝かない。 人工的な光だけ。 行く当てもなく、萌は電車に揺られた。 見慣れた風景のはずの鎌倉駅。 夜だからか、全く違って見える。 寒く、少し、薄気味悪かったが、萌は脚にまかせ、駅周辺を徘徊した。 「あんたさぁ。その頭いかしてんじゃん!きゃはっ!」 突然の声に肩を怒らせ、声のしたほうへ歩いた。 時雨だ。 数人の制服姿の男たちの中央にセーラー服のままの時雨。 「さんきゅう。」 何の抵抗もなく、男からタバコを受け取り、火をつけられて一服した。 「見かけによらず、悪じゃん。」 「ワルだよ、あたし。」 「名前なんつーの?」 「ひみつぅ。」 どうみても、初対面同士。 偶然会って、偶然たまっている風。 何で、あんなに親しくできるんだろう。 私なら、声かけられただけで、逃げちゃうのに。 やっぱり、時雨は私とは違う世界の人なんだ。 萌は、背を向けた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |