

7 「おじさん!!」 24日。 つがい 津蓋が息せききってあわられた。 尋常ではない表情。 ブルース 「いえ。BLUESの初代総統!お願いがあります!!」 しなだ 言葉を言い換え、氏灘の目の前で跪いた。 ……初代、総統……? 萌は氏灘を見た。 いつも優しく穏やかな表情が、強張って見えた。 しかし、凛とした精悍な顔。 「闥士さんを助けてください!!……抗争が、起ころうとしています。俺、やっぱり闥士さん、止められなくて。俺じゃ、止められなくて……お願いです!!」 何度も何度も頭を下げた。 闥士の目を盗んでここに来た事が容易に想像がつく。 「……闥士のところへ戻れ。」 淡と氏灘が口を開き、萌が目を丸くして氏灘を見た。 津蓋は、下げた頭をそのままに、大きな肩を小刻みに震わせている。 自分が闥士を裏切る形になっても、ここに来た。 津蓋さんは、本当にお兄ちゃんのことを想っていてくれているんだ……。 萌は、津蓋と氏灘を交互にみる。 「戻れ。」 「お父さん!」 萌は耐え切れなくて、言葉を挟んだ。 それを、津蓋は制しする。 「萌さん……いいです。自分のケツは自分で拭けって……そういうことですよね。」 目を強く瞑って、津蓋は立ち上がった。 一度も振り返ることなく、その大きな背中を向け、静かに出て行った。 みたか かいう ひさめ 「お父さん!……お兄ちゃんは、本当は紊駕さんを憎いんじゃない!海昊さんを、氷雨さんを憎いんじゃないの!!淋しいの。本当に、お父さんとお母さんは、自分のことを愛してくれてるのかって。」 ――私も、そうだから。 萌は両手で顔を覆って、その場に泣き崩れた。 「もっと話がしたかったの。いつもお母さん忙しくて……お金はあったけど……そんなの、欲しくなかった。」 「……萌。」 お金があっても愛がない家庭なんて……。 「萌ちゃん。」 重厚なドアの開く音があって、萌は柔らかで懐かしい香りに包まれた。 「……お母さん……」 母親が萌を抱きしめた。 腕に力を入れる。 「萌ちゃん。ごめんなさい。私……あなたに怒られてから、よく考えたの。」 氏灘を向く。 「話が、したかったなんて……萌ちゃんがこんなに悩んでいたなんて……」 あの、プライドの塊のような人が、萌を抱きしめ、萌に謝罪し、涙を流した。 「お母さん……」 萌も腕に力をいれて、母親にしっかり抱きつく。 「大好き……」 懐かしい、その香り。 もう何年も離れていた親子のように、2人は抱き合った。 「お父さん!江ノ島。江ノ島に連れて行って!!」 萌は我に帰り、氏灘に訴えた。 お兄ちゃんも、きっと、分かり合えるはず。 氏灘は萌の真剣な目つきに、一度だけ頷いた。 「お母さん。私からのお願い。きいてくれる?」 ―― 一緒に。食事がしたいの。お兄ちゃんを今から連れてくるから。家族で、食事がしたいの。 ささやかでもいい。 一番欲しかったのは、お金でも高価なものでもなくて。 家族のぬくもりが、欲しかったの。 母親は優しい笑顔で頷いた。 「すまない、萌。」 氏灘は萌と外にで、自分の実家に寄るといい、その道すがら、頭を下げた。 「お父さん。」 「お前の気持ち。……闥士の気持ちをわかってやれないで。」 萌は、穏やかな笑みを浮かべて首を振った。 大きな氏灘の腕に自分の腕をからめる。 「お父さんは、努力してくれてた。私たちの為、自分を犠牲にしても。今でもずっと。……大好き。」 「……。」 2人は、氏灘の実家に向かった。 倉庫の中。 氏灘は無造作にシルバーのシートを取り外した。 大きなその風体。 今でも手入れをしているだろう、その輝き。 「25のとき。族に入っていた。親に反発して、どうしょうもなく悪で……教師になりたかった夢まで諦めようとしてた。そんなとき。後悔はするな。と、言ってくれた人がいた。」 ――後悔は、人生最悪の報い。 「私より、若い、その人は私より人間ができていた。」 氏灘はそう独り言を言うように口にしながら、バイクのメンテナンス、微調整をし、鍵を差し入れた。 低く、地鳴りのような途切れ途切れの機械音が響いた。 ビートを刻む。 「今、後悔などしていない。」 氏灘は萌に大きな手を差し伸べた。 萌は瞳を潤ませて、その手に触れた。 バイクの後ろに乗る。 ――今、後悔などしていない。 江ノ島。 遠目から見ても、異様な雰囲気は手に取るように判った。 江ノ島へと伸びる弁天橋は、根元から大勢の男たちで立ち入りを遮断されていた。 クレイジー キッズ おそらく、Crazy Kidsだろう。 一様に、眼光を光らせ、中に入らせんとばかりに周りを固めている。 警察も来ていないことから、闥士が手を回したであろうことが容易にわかった。 氏灘は怯むことなく、その塊に突っ込んだ。 その時、奥からの閃光。 誰かが叫ぶ声が聞こえた。 銃声。 ……お兄ちゃん。 氏灘がスピードを上げた。 「萌。降りていなさい。」 人だかりができている、その中心。 闥士がいるのは想像つくが、何が起こっているのかは、わからない。 氏灘は、その中央に向かった。 「もう、どうでもいんだよ。」 闥士の精根尽きた声が聞こえた。 「闥士!!」 氏灘が叫ぶ声。 萌も、人だかりを押しのけて、中に入った。 「……闥士。皆待ってるぞ。帰ろう。」 大きな手を差し伸べた。 腰砕けになる闥士と、その周りに数人の人たち。 津蓋もいる。 強かに傷を負った、紊駕。 たきぎ 海昊や薪、先日江ノ島で集まっていた男たちもそこにいた。 無残な姿のバイク2台。 「……。」 「お兄ちゃん。」 萌も闥士の側に駆け寄った。 優しく呼びかける。 紊駕が微笑した。 無言のまま、うつむいた闥士。 闥士の力ない手から、拳銃が落ちた。 闥士の中で、何かが変わり始めていた。 ぐし へんり 「虞刺、遍詈!」 氏灘の叱責に、巨体の男とガタイも良く背の高い男が体を無理やり硬くした。 その叱責だけで、2人には十分効果があったようだ。 バツの悪い顔をした。 あさわ 「浅我センセイ……。」 氏灘を先生と呼ぶ、スレンダーな体つきの女性とその肩を優しく抱く男。 「氷雨さん。」 海昊はその男の下にゆっくり歩みをすすめた。 敬礼。 「耐えられなくて……私……」 みら 冥旻が萌の隣で眉間に皺を寄せた。 バッド 時雨の兄であり、BADの総統である、氷雨を連れてきたのだという。 「すんまへん。全て、この抗争はワイが起こしたことや。ヘッドの氷雨さんに黙っとって、申し訳ありまへん。」 海昊の言葉に、BADであろう男たちも一斉に頭を下げた。 「謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ。責任は俺にある。すまなかった。俺――、」 ――今日限りでBADを辞める。 氷雨がBADを振り仰いだ。 ざわめく。 「あさざと落ち着こうと思ってる。」 氷雨は、氏灘を見た。 真剣で、紳士な眼差し。 あさざと呼ばれた女性は、隣で少しはにかんだ。 なしき あの人が、流蓍 あさざ、さん。 長身で、長くソバージュのかかった髪。 切れ長の聡明そうな瞳。 つづみ 「……海昊。次の頭は、お前だ。特隊は、坡。」 「は、はい。」 「お前だ。」 氷雨は、紊駕をみた。 し な ほ 「お前は、紫南帆ちゃんのトコへ戻れ。」 側によって、いたわるように優しく肩に触れた。 紊駕は、穏やかな表情を見せる。 紫南帆とよばれた少女と、爽やかな笑みを漏らした男が紊駕に近寄った。 紊駕さん……。 穏やかな表情で、その2人に支えられて立ち上がった紊駕。 萌もそれを見て、とてもうれしい気持ちになる。 しぐれ 「時雨、悪かったな。でも、お前のこと忘れてたワケじゃないからな。」 「解ってるって、兄貴。」 時雨も向こうから温かな笑みを見せた。 萌に目配せをする。 兄と再会できたのだ。 萌も笑顔を返した。 「お兄ちゃん!」 萌は闥士に抱きついた。 「私……大好きだからね。お兄ちゃん、大好きなんだから!」 「……萌。」 放心したような、闥士のかすれ声。 お兄ちゃんも、きっとそう。 私と同じ気持ち。 誰も自分のことなんて愛してくれない。 心配などしてくれない。 独りで勝手にそう思い込んで、周りの気持ちに気づかなかったの。 欲しいのは、お金じゃない。 物じゃない。 他人を憎む心じゃない。 人に愛されること。 人を愛すること――……。 「おかえりなさい。」 家に帰れば、母親が快く、温かく迎えてくれる。 そんな家庭。 「ただいま、お母さん!ご飯できた?」 テーブルには、所狭しと料理が並んでいた。 お世辞にも、上手とはいえない品々だったが、そんなのは、関係ない。 「……母、さん。」 「冷めるから、闥士。早く座りなさい。ほら、萌も。」 エプロン姿の母親。 氏灘も笑みを浮かべて、腰下ろした。 「ちょっとヘタだけど……」 少女のような顔で、母親ははにかんだ。 そんなのは、どうでもいいの。 家族で食卓を囲む。 そんなささいなこと。 それだけでいいの。 私は……今。 最高に、幸せです――……。 >>Affection 完 あとがきへ <物語のTOPへ> |