

4 しぐれ 「ねぇ、ねぇ!時雨ってば、今朝朝帰りしたんだってぇ。」 次の日の朝。 めの 碼喃の声に、黄色い声が飛び交った。 時雨は、朝帰りってゆうのかなぁ、あれは。と、まんざらでもない顔をして、女の子数人の輪の真ん中に腰をおろしている。 「いいじゃん、いいじゃん。で、かっこいいの?」 高く二つに結った、長い髪を揺らしながら時雨の座っている机を叩く碼喃。 「あったりまえ。あたしがかっこわりーのを家にいれると思う?」 かいう 「あ、タカビーだ、時雨。ね、海昊さんよりも〜?」 語尾を伸ばす。 時雨は視線を右上にして――、 「海昊さんもかっこいいかもしれないけど、あたしの好みじゃないしなぁ。」 み ら 「だってよー冥旻。海昊さんよりもかっこいい人がこの世にいるのかしら?」 碼喃は円らな瞳を上へ向けて、口を尖らせる。 話を振られた冥旻は、微笑。 「へぇ。私もお兄ちゃんかっこいいとは思わないしなぁ。」 めみ 「いいーもん、冥旻なんてぇ。ねー萌はどーおもう?」 いじけた表情を笑顔に変えて、萌に視線を合わせた。 なしき 「わたしは流蓍くんONLYだもん。」 正直。 自分の口からこんな言葉がでるとは、思っても見なかった。 時雨への嫉妬。 「そっかー萌にすれば一番かっこいいもんね。」 「ね、時雨。」 萌はさらに、意地悪く、時雨をうかがった。 「……うーん。あたしは好みじゃないし……。」 あいまいな返事。 一瞬、萌の瞳は冷ややかになる。 「時雨は、さっきの人にぞっこんなんだ。」 「……まあ、ね。」 萌は、うろたえる時雨を見る。 「いーなー。ね、冥旻は好きな人いるの?」 「うん。」 はにかんで、冥旻。 頬が薄桃色になっている。 「だれだれ〜?」 おしえないよ、というように冥旻はかわいく舌を出してみせる。 綺麗なストレートの黒髪が揺れた。 「そういえば、冥旻、ストパーかけたんだな。」 男っぽい言葉遣いの時雨。 つい先日までは、一本に結っていることが多かった。 その先は、天然パーマともいうべく、カールがかっていた髪。 「うん。」 「心境の変化か〜?」 時雨は楽しそうに冥旻の髪をかき回した。 「やだ、時雨ってばやめてよ。あ、もう帰らなきゃ!」 冥旻は、細い腕に巻かれた時計を見て、鞄をつかんだ。 とても嬉しそうな笑顔。 4人は昇降口へ向かう。 「校門にすっごいかっこいい人がいる〜!!」 なにやら、騒がしい。 黄色い声が響いている。 「ねぇ、いってみよう!」 好奇心旺盛な碼喃はすばやく靴を履き替えて、皆に手招きをした。 そんな碼喃に時雨は、あんた海昊さんONLYでしょ。と、ため息。 「えー。ONLYなんてゆってないよ、わたし。」 振り返ってにっこり。 「まあったく。」 時雨と冥旻はゆっくりと靴を履く。 萌は冷めた口調で、私、車だから。と言い放ち、そそくさと皆に背を向けた。 何で、時雨は何もいわないのよ。 あんなに意地悪したのに。 してきたのに。 たきぎ 中学時代も、萌の薪に対する気持ちを知って応援してくれるといった。 自分も好きなくせに。 好きなら好きっていえばいいのに。 言えるわけない。 わかっていながら、心の中で呟いた。 苛立つ感情を押さえつける。 萌が薪のことを好きだと知っていて、自分も好きなんて、言えるわけない。 そんなの、優しさなんかじゃない。 薪も、時雨のことが好きなんじゃないかと、思うことがある。 両思い。 それならなおさら、優しさなんか……。 萌は唇をかみ締めた。 「萌さん、ご自宅に到着しました。」 運転手の男に言われて、我に帰る。 車を降りた。 たつし 「闥士さん。」 つがい 家に入ると、津蓋の焦燥感にも似た愁い帯びた声がした。 ノブに手をかけたまま、開けるのをためらった。 細く開いた、隙間。 「100万かけたよ。」 「闥士さん!」 鈍い音が響いた。 闥士が何かを叩いたようだ。 「てめ。俺に逆らう気か?」 「そうじゃないです……でも、卑怯はよくないと思います。」 「んだと?」 津蓋は幼い頃から闥士の側にいた男だ。 氏灘の妹の子供。 それが津蓋。 きわめて混乱しそうな関係であるが、萌とも親戚ということになる。 いいガタイにはそぐわない、少し気弱なところもあるが、ケンカ強い。 「金を粗末にすんなって?あいつみてーなことゆってんじゃねー!!」 大きな物音。 どうやら、闥士が津蓋を蹴飛ばしたようだ。 「あいつはなぁ。金が欲しいから俺の母親と結婚したんだぜ。あさざさんのこと、好きなくせしやがって!!」 ……あさざ、さん? 萌は、じっと耳を凝らしていた。 どうやら、闥士は年賀状の差出人、流蓍 あさざのことを知っているようだ。 「……っがう。」 うめき声にも似た、苦しそうな津蓋の声。 「おじさんは……しかたなかったんですよ。」 「あー?」 津蓋は続けた。 「おじさんは、確かにあさざさんを愛してました。でも……。」 苦痛な表情をしているようだ。 津蓋は言葉を詰まらせながらいう。 津蓋の母親、氏灘の妹が氏灘を授かったのは、10代だったという。 しかも、父親は誰だかわからない。 親は出産を反対した。 しかし、兄である氏灘は妹の意思を酌みたいと思った。 そのための条件、萌たちの母親との結婚。 「爺さんは、次男だったから、会社をこともできずに、ろくに仕事も……お金が目当てだったのかもしれません。でも、おじさんは違います!」 愛する人がいる。 でも、妹を助けるには、父親を助けるには……。 ばかだ、お父さん。 萌は、涙ぐんだ。 再婚してから、一生懸命努力していた。 萌たちの父親になる努力。 母親の愛情を受け入れる努力。 「くだんねー。」 闥士は吐き捨てた。 「そーゆーの。偽善者っつーんだ。覚えとけ!俺の一番嫌いな言葉だっ!!」 机を蹴飛ばした音。 何かが落ち、床で割れたようだが、全く気にしない。 「ヘドがでる。好きな女だったら、どんな手ぇ使っても手にいれる。それが男だ!相手がどー思ってようが、周りがどーなろうが、カンケーねぇんだよっ!!」 「おじさんがいなかったら、……俺は、生まれてなかった……」 津蓋は小さな声で呟いた。 「……いいか。今度んな口きいてみろ!ブッ殺すぞ!!」 苛立ちを顕わにして、闥士は萌のほうへ向かってきた。 「どけブタ!!」 「きゃっ!」 ドアを引っ張られて、前のめりになった萌に体当たりして闥士は玄関へ向かった。 「萌さん。」 津蓋が萌を支える。 大丈夫ですか。と津蓋は丁寧な口調でいって、後を追った。 偽善者……。 萌は、自室で電気もつけずに思いに耽った。 自分が辛くても、他人のために尽くす。 ガマンする。 年賀状を取り出した。 「流蓍 あさざ……」 萌は綺麗なその字をなぞった。 無造作に立ち上がる。 「お父さん。」 帰宅した氏灘に声をかけた。 目は冷ややかだった。 「どうして、お母さんと結婚したの。」 氏灘が萌をとらえた。 何かに支配されているかのような、萌の表情。 「私。……好きな人がいるの。」 氏灘は無言のままだった。 萌は、続けた。 なしき たきぎ 「中学の同級生。流蓍 薪くん。」 あきらかに、氏灘の顔が強張った。 その反応。 さらに、萌の瞳は厳しくなった。 「どうして、流蓍 あさざと結婚しなかったの?」 「……。」 「ねぇ!何かいってよ!!」 萌は取り乱した。 「妹の為だとか、父親の為だとか、流蓍 あさざの為だとか言えば?言えばいいじゃない!!」 「萌……お前……」 何が聞きたいのか。 何が言いたいのか、自分でも判らなかった。 ただ、こみ上げてくる思い。 抑え切れなくて、気がつくと熱いものが頬を伝った。 「そんなの、偽善者だよ!!!」 萌は部屋へ駆け出した――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |