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   る も
  「流雲!起きろ。」

 共働きの両親は、既に出社。
 家には流雲だけの一軒家。
 
  「ん〜眠い!あと1時間寝かして。」

  「1時間も寝たら、遅刻も遅刻。大遅刻だって!」
                                      や し き
 布団に包まった流雲を、いつものように家へあがり揺さぶる夜司輝。
 ちなみに、今、8時15分。
 30分までに学校へ行かないと遅刻である。

 朝4時過ぎに浜へ出て、波乗りを楽しんでから、一旦家に帰り、部活の朝レン、そして学校。
 といったハードスケジュールをこなしていた2人。
 部活を引退してから、怠惰か、流雲は波乗りの後、二度寝をして、起きない。

  「ほら、あと5分でチャイムなっちゃうよ!急ぐ!」

 流雲たちの通う鎌倉市立K中まで、徒歩15分。
 ぎりぎりで到着。

  「おやすみ!」

 教室に着くなり、流雲は速攻眠りに入った。
 そんな様子を夜司輝は、呆れて溜息をつき、席に着く。
 流雲と夜司輝、家も近く、幼い頃から一緒に育ってきた。
 いわゆる幼馴染である。

  「流雲ってさぁ。朝レンやってるときのほうが元気だよね。」
             じゅんゆ
 稚気の残る笑顔で隼弓。

  「朝レンないと、かえってだらける変なやつ〜!」
 すくむ
 竦が流雲の頭をかき回すが、お構いなしに熟睡。
 
  「そーだ、これ。」

 クロスがアマチュア・サーフィン選手権大会の用紙を皆に配る。
 頑張ろうな。と、喝を入れた。

 それから――、

  「ふぁぁ。よく寝た。昼めし!」

 なんと、流雲が起きたのは、丁度お昼時間だ。
 皆も特に言及はせず、お昼を共にする。

  「吹風ー!」
   ・  ・  ・  ・   ・  ・  ・
  「ほうほれのはん?」

 廊下からの声に流雲。
 口の中にご飯が入っていて、箸をくわえたままなので何を言っているのかわからないが、
 もう、俺の番?といっている。
 
 中学3年の夏。
 進路相談である。
 担任に呼ばれ、廊下にでる。

  「吹風は、サッカー推薦の私立T高校でいいのか。」

  「いえ。」

 間髪いれずに否定。
 担任の眼鏡がずれるのも気にせず、続けた。

  「僕。S高行きます!」

  「は?」

 思わず、口に出てしまう。
 ややって、S高校?と復唱。

  「はい。」

 愛嬌のある、あどけない瞳が担任を見た。

  「推薦は蹴るのか?」

  「はい。」

 担任は、ひとつ、咳払いをして――、

  「何でまたS高なんだ?吹風はサッカーやりたいんだろ。あそこはいっちゃなんだが、T高とは比べ物には……」

  「いんです。」

 にっこり、満面の笑み。

  「そんけいしてる人と一緒にサッカーやりたいんです!」

  「……でもだな。ちょっと厳しいかもしれんぞ?」

 上目遣いで言いにくそうな担任を尻目に、

  「へーキです。僕、頑張りますから!愛の力は偉大ですよ、センセ!!」

 おもいっきり、お気楽な流雲。
 担任は、溜息をひとつ。

  「どうしても、S高行きたいのか?」

  「行くんです!」

 ――あんまり賛成できないな。せめて、もう一ランク下げるとか……。


  「だってさぁ。センセ、見くびってるよなぁ。」

 流雲はオレンジジュースをストローで吸った。
 江ノ島に程近い、サーファーが集う店。

  「でも、流雲の頭じゃ、いけないんだろ。」

  「マスターまでそいことゆー?」

 流雲は頬を膨らませた。
 流雲たちはここの常連で、マスターとも馴染みである。
 サーフィンが好きで、海の側に店を建てたマスター。
 店にはサーフボードが飾ってあったりと、夏を醸し出すムード。
 流雲たちの相談役にもなってくれるマスター。
 海に出たときはたいていここに寄る。
                                               ヒ マ
  「でもさー、流雲。厳しいっていわれたんでしょ。それでサッカーなんてやる時間できんの?」

 カウンターに肘をついて、隼弓は心配そうに流雲の顔を覗き込んだ。

  「だいじょーぶだってぇ。」

  「楽天的だよなぁ。」

  「あ、夜司輝はどうだった?推薦蹴るっていったんだろ。」

 今度はクロスが夜司輝の顔を覗きこむ。

  「ん……。」

 曖昧な返事をする夜司輝に――、

  「夜司輝は頭いーもんよ。楽勝だろ。OKもらったんだしょ?」

 砕けた言い方で、言って夜司輝の意思表示を確認せずに続け、

  「やっぱセンセにOKもらわにゃだめかなぁー、よーし!何としても落として見せる!」

 両手に力を込めた。
         ・  ・  ・  ・
  「あのな。女おとすのとは訳ちゃうんだぜ?」

 竦の呆れ声。

  「やっぱぁ?女の子だったら楽勝だっしょ。」

 すぐさま、クロスが無言で頭の上から肘をついた。
 あだだ。と声を発して、流雲は頭を抱え込む。

  「2人ともS高でサッカーやるのか。ま、俺としてはT高よりS高いってもらいたいよな。」

 そうしたらサーフィンも続けられるだろ。と、マスターは尖った顎に手を添えて、優しく笑んだ。

  「両方やりますよー!サッカーもサーフィンも。でもT高じゃ意味ないんだよ、S高じゃなきゃ!」

  「忙しい奴だな。それほどほれ込んでいる人がいるのか、そのS高には。」

 マスターの言葉に流雲と夜司輝は大きく頷いた。

  「そうか。サーフィンもおろそかにすんなよ。これで結構期待してんだから。」

 そういって、マスターは今日はおごりだと大盛りのスパゲティーを皆の前に差し出した。
 歓声をあげて、食らいつく5人。

  「今年の大会。いい波でるかなぁ。」
   ・  ・  ・   ・  ・ ・     ・  ・   ・  ・  ・ ・
  「ひふいんじゃ、いひはひひょー。」

  「流雲、口ん中入れたまましゃべるなよ。」

 夜司輝から受け取った水を飲み干して、言い直す。

  「低いんじゃ意味ないよ。いいポイントとれないじゃん。」

  「でもさ、高い波なんて来ないぜ。ねぇ、マスター。」

 竦の言葉に、最近はね。と意味ありげな言い方をして――、

  「今年の夏、かけてるんだ。」

 神妙な顔つきのマスターを皆が訝し気に見た。

 ――今年であれから20年なんだ。

 20年前の夏。
 関東地方を襲った、巨大台風。
 気圧、940mb。最大風速、45m。

  「八丈島南海上50kmをゆっくり、北東にむけて移動してな。沖で地鳴りがなって。そりゃすごい音さ。江ノ島の波も頭3つ分はあったな。」

 マスターは、波乗りをするジェスチャーをつけて語る。

  「頭3つ分?うっそだぁ。」

  「だよなぁ。」

  「で、で?乗った奴いんの?」

 クロスと竦が信じようとしない中、流雲だけは、瞳を輝かせて、尋ねた。

  「ばぁか。そんな波きたら、警報で非難だろ。」

 竦の言葉に、マスタは首をふって――、

  「それが、反対でさ。もちろん警報は発令されたし、警察も警備にあたった。けど、サーファーは皆外に出てったよ。お前らだったらわかるだろ。恐怖心と好奇心が一緒に襲ってくる感覚。」

 マスターは遠い目をした。
 流雲は興味津々な、大きな瞳をさらに大きく見開く。

  「万物には周期ってもんがあって、40年前にもそのBIG WAVEは来たらしいんだ。俺も信じられなかった。伝説のBIG WAVE。乗れた奴には幸福が訪れる。願いが叶う。なんて言い伝え。」

  「でも、乗った奴いないんでしょー。」

  「つーか。そんな御伽噺みたいな話。」

  「だよねぇ。」

 竦、クロス。隼弓が呆れた表情で、口々にいうのに、

  「俺、ぜったい乗っちゃる!」

 流雲だけは真剣な瞳で、拳を握り締めた――……。


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※1992年からhpaに改める。