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  「カンパーイ!!」

 グラスとグラスがぶつかり合う甲高い音が響いた。
 7月31日。
 アマチュアサーフィン大会予選。

  「予選通過おめでとう!」

 5人とも、晴れて予選通過を果たしたのだ。
 その祝いに、マスターの店で集まっている。

 アマチュアサーフィン――ジュニアクラスの競技方法は、20点制。
 20分以内に何回か演技を行い、そのうち良いものを2〜3本採用して採点をする。
 波の選び方、乗り切り方、美しいフォーム。
 そして、豪快さ、安全性などが採点基準だ。             ボード
 用具の基準としては、長さ2〜3m、幅50〜60cmの合成樹脂製の板が適当である。

  「いよいよ本選だな。」

 マスターの声に――、

  「運いいよね、5人とも予選通過なんてさ。」
                           じゅんゆ
 フレンチトーストを、おいしそうにほおばる隼弓。

  「でも、やっぱ波低いよなぁ。」

  「結構乗りづらかったな、今日の波。」
                                  や し き
 クロスの言葉に、濡れた黒髪をタオルで拭きながら、夜司輝。
 すくむ
 竦も頷いた。

  「マスターのおごりっしょ?」
                    るも
 タマゴサンドに手を出すのは、流雲。
 マスターは子供をあやしているような笑みを浮かべて、たくさんお食べ。と流雲の頭を撫でた。
 流雲にとって、予選通過など目ではないようで、浮かれることさえない。

  「そーだ、流雲。ききたかったんだけどさ。流雲たちが尊敬してる人って、どんな人なの?」

 隼弓は、余裕そうな流雲に微笑してから、尋ねる。
 流雲は、大きな窓から海を臨んだ。
 丁度、西の空が真っ赤に染まり、夕日が海に溶け込んでいく。

  「太陽みたいな人かな。」

 目を細めて太陽を見た。

  「たいよう?」

  「んな、修飾的な……。」

 すっとんきょうな声を上げたのは、竦だ。
 クロスも首をかしげた。
 2人、流雲と目線を同じくする。
 大きな火の玉が輝きを失わず、海と同化するさま。
 優しく、力強い。

  「俺も、そう思うよ。」

 夜司輝が言うのに、隼弓も、マスターも太陽に目を細めた。

  「優しくて、温かくて、こっちまでそうなれる。すごく、輝いている人なんだ。」

 夜司輝の言葉に、流雲が満面の笑みで頷いた――……。


  「流雲!起きなさい。今日、塾の日でしょ。」

  「んぁー、まだ眠ひ……」

 午前9時過ぎ。
 ふかざ
 吹風家。

  「まったく。サーフィンばっかしてるから、疲れるのよ!」
 ・  ・  ・
 敷布団をひっくり返す、母親。
 なかなかパワフルである。
 流雲はそのままごろごろと転がるが、それでもひたすら眠っている。
 母親は、眉間に皺を寄せて、大きな溜息をついた。
 甲高い、チャイムの音に――、

  「おはよう。相変わらずまだ寝てるのよ。全く、困った奴。たたき起こしてやって!」

 いつも悪いわね。と、付け加えて夜司輝を家へ上がるように促した。
 夜司輝は、慣れている様子で、おじゃまします。と、靴を脱ぎ、流雲の部屋へ向かう。

  「流雲!!10時までに行かなきゃなんないんだぞ。起きろ!」

 流雲を引きずり起こし、服を着替えさせる。
 
  「こんな早くから勉強なんて、頭働かないよぉ〜。」

 ようやく準備を終えて、家を出た。
 大きなあくびをする流雲を一笑に付して――、

  「じゃ、帰りね。」

 教室の前で流雲に手を振る。
 流雲は、は〜い。と、かわいく返事をして自分の教室に入った。

  「おっす、流雲。」

  「っはよ。」

 クロスと竦に挨拶。

  「おはよ。流雲。予選、通過したんだって?すげーじゃん。」

  「ま、余裕ってトコだね。」

 クラスメートの言葉にウインクをしてみせる。

  「すごいね、吹風。」

  「さんきゅう、さんきゅう。」

 塾の中でも、有名人の流雲。
 皆から賞賛を浴びる。

  「吹風ってさ。サッカーもやってんでしょ。」
                                              さみ
 高く、一本に結った長く垂れる髪を、何気に手でとかしながら尋ねたのは、紗深だ。
 頷きを確認する前に、

  「で、どうしてT高いかないの?……推薦もらったって聞いたけど……」

 言いにくそうに口にしたが、流雲には心配無用。

  「うん。でも、俺、S高いくんだ。そこにはねぇー……」

 流雲の言葉は途中で遮られた。
 クロスが後ろから流雲の口を塞いだのだ。

  「流雲。さっき、先生呼んでたぞ。」

  「そうだよ、早くいってこいよ。」

 竦も、紗深の隣にいる姫春を垣間見て、あわてて口にした。

  「あ、ほんと。」

 流雲は、気にせずに頷いて、踵を返す。

  「あいつさ、S高に尊敬してる人がいるんだって。サッカー部の先輩らしい。」

 クロスは弁解するように、紗深にいうが、姫春を気にしていた。
 流雲のその後に言うだろう言葉。

 ――愛する人が、いるのさ。

 学校でもおおっぴらに言ってしまう流雲だ。
 姫春がきいたら、誤解を招く。
 竦も乾いた笑いをしてみせた――……。


  「おう、吹風。」

  「おはようございます!」

 流雲は、元気で挨拶を交わし、講師の隣に腰掛けた。
 講師は、引き出しから、ファイルを取り出して――、
                                      ・  ・  ・  ・
  「ア・テスト、内申、1学期のテスト結果。……とりあえず、ぎりぎりってとこかな。」

  「ほんと?すごいじゃん、僕って。」

 S高校合格は、ぎりぎり可能性があるとの言葉をきいて、流雲のこの反応。
 絶対ムリと言われ続けてきたのも同然だったので、当然といえば当然か。

  「でも、かなり入試頑張らないと、ムリかもしれんぞ。」

 講師は、渋い声をだす、本人は、笑顔ではい、はい。と返事をする。

  「で、滑り止めは、T高か。ま、妥当だろうな。」

 推薦も来ているし、保健体育の成績をみれば、一目瞭然。
 ひときわめだつ、10評価。

  「いえ。」

 しかし、流雲は間髪いれずに首を振って見せた。

  「……どこにするんだ?」

  「受けませんよ。」

 講師が絶句した。

  「だって、先生。2回もテスト受けるのめんどくさいし、しないにしても、面接でしょ?やだ僕そんなの。絶対T高には行かないのに。」

  「……。」

 全く、何たる度胸。
 併願をしないと、言い切った。

  「もし、落ちたらどうするんだ。」

 普通、受験生には禁句だが、流雲には、心配無用。

  「ありえないです。絶対受かりますから。」

 講師は、あきれ果て、勝手にしろ。といわんばかりに眉間に皺を寄せる。
 流雲には、塾講師もお手上げである。

  「自分の道ですからね。」

 そんな、講師の動向を悟ってか、真剣な瞳で大人な発言をしたのだった――……。


  「流雲!なんだって?」

 教室に戻り、流雲は笑顔で、両手で大きく丸を作って見せた。

  「まじ?すっげー。」

  「そんなに期末よかったかぁ?」

 驚く竦とクロスに、僕の実力さ。と、旨を張る。
 あとは、担任かぁ。と、天井を仰いだ。
 まだ、担任には、OKをもらっていない。
 強引に押し通しているといった感じだ。

 学校の教師は、安全圏で推し進める傾向にある。
 併願ならまだしも、S高校単願となると、流雲の場合、許可をもらうのは困難か。
 誰が見たって、無謀なのであるから。

  「一緒にS高行こうね。お迎えよろしく!」

 帰り道、夜司輝と2人。
 夜司輝の愁色もよそに、笑顔の流雲。
 もう受かった気でいる。
   ま あ ほ
  「茉亜歩さんもいるし。」

  「え?」

 一瞬で夜司輝の顔が赤に染まった。

  「一石二鳥じゃん。あの人と一緒にサッカーできるし。ね。」

  「っ……そんなんじゃないんだってば!」

  「お。怒るとよけーあやしーよ。夜司輝くん。」

 からかう口調の流雲。

  「もうっ流雲はっ!……でも。あの人。本当にすごかったよね。」

 夜司輝は、頬を赤らめたまま、咳払いをして続けた。
 2人にとって、カリスマ的存在のあの人。

 去年のインターハイを思い出す。
 流雲たち、鎌倉市立K中学校と、鎌倉市立S中学校との戦い。
 ずっと、追いかけていた。
 相手チームのセンターフォワード。
 エースナンバーをつけた、あの人。
 目が離せなかった。
 誰もが魅せられ、引き込まれた。

  「テクももちろんだけど、なんか、体全体で感じた。サッカーが大好きだぁ、って。そういうところ、流雲と似てるよね。」

  「んにゃ、比較にならないよ僕なんて。」

 めずらしく謙虚な流雲。
 本当に心から尊敬しているのがうかがえる。

 光を放っていた。
 汗も笑顔も、あの人の何もかもが。
 すごく、元気になれる、勇気がでてくる。
 優しく力強い、太陽。
 あの人と、一緒にプレーがしたい。

  「絶対、合格しようね!」

  「おう!!」

 2人は拳を合わせた――……。


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※当時の基準で、今後変更の可能性有。
※神奈川県内の共通学力試験。1994年に取りやめになる。