

7 8月10日。 アマチュアサーフィン大会本選。 早朝から風が騒がしかった。 どんより雲が強風で動かされ、木々が荒れ狂ったように、体を揺れ動かした。 炎風が窓を壊さんとばかりに叩く。 <……依然勢力は弱まることはなく……で、中心気圧……> 流雲の耳に微かにTVニュースが聞こえてくる。 「んっ――。」 布団の中で、大きく伸びをした息子に――、 「起きたの?ま。眠れるのがすごいくらいだけどね。あんた。」 母親はさばさばとした口調で言い放って、台風が来ていると伝えた。 るも その瞬間、流雲が飛び起きた。 窓にかじりつく。 大粒の雨が激しく降り続いている。 どちらを向いて吹いているのかわからない風によって、木々が体を捻るように弄ばれている。 無言のまま、今度は、TVにかじりついた。 <八丈島沖の南海上50km、ゆっくり北東にむかって移動中。昭和33年伊勢湾台風以来の巨大な台風が関東地方に近づいています。> 「こりゃ、大会はムリね。」 母親は背中でTVを聞きながら、台所で朝食の準備をし始めた。 <気象庁によりますと、北東の風、最大風速45m、気圧940hpa。中心気圧はますます低くなる模様。関東各地に大雨波浪警報。……> それを聞いて、流雲はすばやく行動を起こした。 「ちょ、流雲?」 母親が目を丸くする。 それもそのはず、流雲はウエットスーツに身を包んでいた。 「伝説のBIG WAVE!!!」 ボードをかつぎ、一目散に玄関へ。 「流雲!!!」 母親の制止は聞こえていない。 ――今年であれから20年なんだ。 「流雲!!」 や し き 息を切らした夜司輝の姿。 もちろん、ウエットスーツ。 激しい雨風で前すら見えないが、2人の足は同じ方向を向かっている。 「流雲、夜司輝!!」 すくむ じゅんゆ クロス、竦、そして隼弓までもが。 サーファーなら誰でも憧れる、ハリケーンライディング。 5人の足は、海へ向かっていた。 江ノ島西海岸。 予想以上の高波。 甲高いサイレンを発するパトカーと、警察官。 「流雲!夜司輝!!」 しかし、2人はノンストップ。 海岸線には大勢の人が押し寄せていた。 荒れ狂う海。 「オフショアだ!」 誰かが叫んだ。 「20年前と同じだ……」 「マスター!」 ずぶぬれのマスターの姿。 ――伝説のBIG WAVE。 クロスたち3人は、浜辺に駆け出した流雲たちを見て呟いた。 昼間だというのに、暗雲が立ちこめ、時折強い日差しが雲の切れ間からさしたりしている。 そのときだけ、海面が輝く、不気味な天候。 「ムリだ。あいつら、死んじまう!!」 竦が大声を出した。 3人も、ライディングを夢みた。 しかし、それは、想像以上にものすごいもので、足がすくんだ。 浜辺に降りれない。 波が防波堤にあたり、すさまじい音をたたき出す。 地鳴りのような地響き。 今にも襲ってきそうな、高波。 5、6m以上ありそうだ。 「流雲。」 「夜司輝。」 2人は、目を合わせた。 「絶対つかんでやる――!!!」 勢い良く、波に立ち向かう。 それを見ていたクロスたちが、胸を締め付けられる思いで――、 「流雲!!夜司輝!!」 恐怖心で心臓がつぶれる。 体が震える。 ――お前らだったらわかるだろ。恐怖心と好奇心が一緒に襲ってくる感覚。 「やるよ。あの2人なら。絶対やれるよ!!」 期待、興奮。 「あれだ、流雲!夜司輝!!」 クロスの叫びが聞こえたかのように、2人は波に持ち上げられた。 体を起こす。 テイク・オフ。 「やったぁぁ――!!」 「おぉぉぉ――!!」 ざわめきが起こった。 大勢の人々が見守る中。 今。 流雲と夜司輝が、波を捕まえた。 最高の波。 伝説のBIG WAVEの頂点に、立つ。 今、まさに崩れ落ちる。 ものすごい波のパワー。 見ていても判る。 「ばか。同じ波をつかまえるなんて。大会じゃ反則だぞ。」 クロスが、涙ぐんで呟いた。 感激で体の震えがとまらない。 綺麗で、華麗な、2人のライディング。 映画のワンシーンのような、そんな光景に、誰もが見とれた。 直後、波は右の方から白く崩れはじめ、見事に盛り上がった。 波がこらえきれずに、ものすごい音をたてて、手前に崩れる。 「チューブだ!!」 3人、同時に叫んだ。 壁ができた。 流雲たちの前方にどんどん空洞が伸びる。 2人の体が小さく丸まり、一気にチューブを滑りぬけていく。 背後でチューブがつぶれる。 「すっげー!!やったよ、あいつらぁぁ!!」 「……伝説のBIG WAVE。本当にあったんだ……。」 竦がガッツポーズをし、クロスが呆然と呟く。 「ねぇ!!伝説のBIG WAVEに乗れたら、願いが叶うんでしょ!何お願いしたのかな?何だろうね――!!」 隼弓が興奮を隠し切れずに叫んだ――……。 1994年、夏。 県立S高等学校。 あすか 「飛鳥せんぱーい!」 「流雲、おはよう。」 サッカー 「っはようございまーす!!ね、今日の試合絶対勝ちましょうねぇ〜!」 太陽を見るように、流雲は目を細めて笑い、駆け寄って抱きついた。 「うん。勝とうな。」 あすか きさし 飛鳥 葵矩もまた、笑顔を見せた。 太陽のように温かく優しい笑顔。 流雲の頭を撫でる。 「夜司輝ぃ〜!タオルぬらしてきてぇ〜!!」 「もう、流雲はぁ。」 投げられたタオルを拾って、夜司輝は水のみ場へ向かう。 「流雲くん。相変わらず、元気ね。おはよう、夜司輝くん。」 ま あ ほ 「……おはようございます。茉亜歩さん。」 夜司輝は、些か頬を赤く染め、挨拶を交わした。 ――伝説のBIG WAVE。乗れた奴には幸福が訪れる。願いが叶う――……。 >>伝説のBigWave 完 あとがきへ <物語のTOPへ> |