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   ふかざ
  「吹風。」

 藤沢駅近くの進学塾。
 ぎりぎり間に合った5人は、それぞれのクラスに入った。
 るも
 流雲は、講師に呼ばれ――、

  「お前、S高いくんだって?T高はどした?」

  「T高いくなんて、ひとっこともゆってませんよ。」

 流雲は笑顔で頷いて、はっきり口にする。

  「あのなぁ。推薦もらったんだろ。それに、S高は……ちょっと難しいぞ。」

  「推薦もらったからって皆行くわけじゃないっしょ。先生にムリだってゆわれたって、皆落ちるわけじゃないっしょ。?」

 講師は溜息をついた。
 何を言ってもムダらしい。
 わかった。今度ゆっくりな。と、言い残して背を向けた。

  「何だって?」

 教室に入ると、クロスが声をかけた。
         や し き     じゅんゆ
 5人のうち、夜司輝と隼弓だけが別のクラスだ。
 いわゆるレベル分けされているのだ。

  「高校のことだろ。やっぱやめたら?このクラスでS高レベルの高校行く奴いないって。」

 クロスの言葉に、自分を指差して、いるじゃん。と、流雲。

  「どっからくんの。その自信。」

 相変わらず楽天的で、自信満々の流雲。
 クロスは大きく溜息をついた――……。


  「お。先客。」

 塾が終わったあと、5人は近くのマクドナルドに入った。
 この時間は、塾生でいっぱいとなるこの店。
 5人は2番手だったらしく、塾生の先客がいた。
                   つばき ひはる
  「運いーね。塾一の美少女、椿 姫春じゃん。」
            すくむ
 クロスの言葉に、竦が言って、隼弓が目線を合わせる。
 奥の席に、3人の女の子グループ。
 その中央に座って、マックシェイクを飲んでいる少女。

 私立K女子学園中等部、3年の椿 姫春。
 塾ではかなり評判の美少女。
 つややかな黒髪にゆるくウエーブがかかっていて、柳眉。
 ととのった目鼻立ちに細面の顔。
 さくらんぼのような唇には、薄いピンクのルージュ塗られている。
 セーラー服が良く似合っている。

  「おっす。」

 そんな美少女に、何の気兼ねなく笑顔で挨拶するのは、もちろん流雲。
 塾の中でも、そう気軽にこの少女に話しかけるのはいない、といわれるほどの高嶺の花らしいが、流雲には関係のないことだ。

  「あ、吹風。」
               さみ
  「えーっと。ん?何、紗深ちゃん。」

 注文をする傍ら、姫春の隣にいた少女に笑顔で向く、流雲。
 紗深と呼ばれた少女は、姫春を垣間見て、そして、やっぱいいわ。と、視線を反らした。
 流雲は、気にせず、今度は店員の女性に笑顔を振りまいた。

  「お前、っと愛嬌いーよなぁ。別に親しいわけじゃないんだろ。」

 竦は、紗深のことを、ちゃん付けで呼んだことを、そう指摘する。

  「でもさぁ。俺の情報網によると、流雲のこと好きってウワサだぜ。」

 それぞれ注文を終えて、姫春たちの席が見える位置に座る。
 会話は聞こえない距離だ。

  「誰が?」

  「椿 姫春だよ。」

 クロスは姫春に目線を移す。

  「うそ?」

  「ウワサだけどな。」

 竦と隼弓が必要以上に驚いて見せた。
 夜司輝と流雲は意に介していない様子。

  「周りの男とかって、あんまあの子に話しかけたりしないじゃん。ぜってームリ。とか、男いるって。とかさ。美人だと、かえって男寄らないつーかさ。」

  「流雲は例外ってワケか。」

 隣でハンバーガーにかぶりつく流雲を見る。

  「さっきからこっちばっか見てるしな。」

 クロスも流雲を見て、気づかれないように姫春も見る。

  「うらやましい限りだねぇ。流雲。どーすんだよ。」
      ・  ・  ・
  「は?はには?」

 ハンバーガーをほおばったまま、何が?と尋ねる流雲に、左眉を上げて――、

  「きーちゃいねーよ。お前は色気より食い気か!」

  「ナンパするくせにね。」

 竦の言葉に隼弓が失笑した。
 そんな中、姫春の逆側に座っていた、小柄な少女が立ち上がり、姫春を垣間見、背中を押されるようにしてこっちに向かってきた。
         ほしな
  「あの……星等くん。ちょっと、いいかな。」
     にいかわ
 少女、新河 りらは胸元に教科書を抱きしめたまま、夜司輝の名前を呼ぶ。
 数学でわからないところがあるから、教えてほしい。と、消え入るような声。

  「あ。……いいよ。わかるとこなら。」

  「本当?よかったぁ。」

 夜司輝の頷きを確認して、りらの頬に赤みがさした。
 そして、姫春たちに向き直る。

  「いいって。」

 役割を終えた。
 そんな達成感のような安堵の溜息をついて、姫春たちに大きく手を振ったりらに――、

  「カムフラージュ。」

 クロスが小声で呟いた。
 首を傾げる竦に、姫春が流雲に近づきたいが為の行為だ。と。

  「ほら。だっていつも真ん中の彼女が、流雲の隣に座った。」

 こそこそとナイショ話をする2人を尻目に、夜司輝の隣にりら、その隣に紗深。
 そのとなりではなく、夜司輝の隣にいた流雲の隣に、姫春だけは、移動した。
 竦がそれを見て大きく頷いた。
 流雲は特に気にする様子も見せずに、相変わらず口を動かしている。

  「えっと……ここなんだけど。」

  「あれ。新河さんたちって、T女受けるの?」

 りらが問題集を広げたその用紙を見て、隼弓。
 私立T女子高等学校、入試問題と書かれている。

  「え。……う、うん。」

 りらが軽く頷くが早いか、姫春が口を開いた。

  「流雲くんは?」

  「俺?」

 唐突の質問に、自分を指差して――、

  「俺ねぇ。S高いくの。」

 満面の笑みの流雲に対して、姫春の顔が強張った。

  「え、S高?T高じゃないの?」

  「姫春ちゃんこそ、K女の高等部いかないの?」

 姫春の驚いた声にも、お茶目に女の子っぽい言い方で、流雲。
 その瞬間。

  「私、帰る。」

  「え、姫春!」

 姫春がすくっ、と立ち上がって踵を返すのに、りらと紗深が夜司輝に頭を下げて後を追う。

  「何?俺、何か悪いことゆったかな。」

 隼弓が心配そうに3人を見送ったが、

  「隼じゃねーよ。流雲。」

 クロスが、少し苛立った様子で流雲を指差した。
 竦も頷く。

  「鈍感なのな。T女っていったら、T高のすぐ側じゃんかよ。」

 隼弓が、目を丸くした。
 流雲がT高にいくだろうと思っていたので、T女を受けようとしていた姫春だが、流雲がS高にいくといったので、気分を害したといいたいらしい。
 流雲はふーん。と、特に気にせず食べ続けていた――……。


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