第一章 Comet Hunter 恋愛方程式

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 夕食の時間。
 両親たちはいなかった。
 し な ほ      みたか              きさし
 紫南帆と紊駕、そして、葵矩の三人だけ。

  「……。」
     せお     あすか             みたか
 何で、瀬水は飛鳥ちゃんと紊駕ちゃん、二人に告白をしたのだろう。
 紫南帆は二人の顔を交互に見た。

  「な、何?どうかした?」

 葵矩の箸が、玉子焼きに刺さったまま止まった。
 なんでもない、と言おうとした時、

  「何うろたえてんの。」

  「えっ。」

 紊駕が葵矩を見た。
 葵矩の箸が、何もつかまずに手元に戻る。

  「うろたえ……て、ないよ。」

 十分うろたえている。
 紫南帆は、そのうろたえを瀬水のことだと勘ぐるが――、
 いえない。
 瀬水が二人に告白したなんて。
 葵矩にももちろん、紊駕にも。
 瀬水がどういう考えでとった行動なのかは分からないけど。
 口を閉ざした。

  「言えよ。」

 黙秘を許さない紊駕の口調に、
      おうみ
  「……桜魅に告白された。」

 葵矩はぽつん、と口を開いた。
 バツの悪い顔をして、紫南帆を垣間見る。

  「……。」

  「で?」

  「で、悩んでる。……どうやったら傷つけずに断れるか……。」

 その言葉に、あからさまに紊駕はため息をついて――、

  「その必要はねーよ。」

 葵矩も紫南帆も紊駕を見た。
 紊駕は自分も瀬水に告白をされたこと、紫南帆がまた絡まれたこと、そして、二通目の手紙のこと、を手短に説明した。

  「なるほど。ハメられたってことか。」

  「え、どういうこと。」

 紫南帆の言葉に――、

  「やっぱり、あれはラブレターで、俺たちが紫南帆の側にいるのが気に入らなかったってことだよ。俺たちを紫南帆から遠ざけようとした。」

  「……でも。同時に二人に告白するなんて……。」

 腑に落ちない。
 瀬水は三人が一緒に住んでいることを知っている。
 お互い話さないとでも思ったのか?
 ただのラブレターだとするなら、何故そんなに回りくどいやり方をするのだ?
 紫南帆は、まだ何かある、と踏んだ。


 次の日。

  「瀬水。」

 紫南帆は、根気強く瀬水に話かけようと決意した。
 が、

  「あ、紫南帆。おはよう。」

  「え。……おはよう。」

 拍子抜けをしてしまう。
 昨日、あんなに無視をしていたのに、何故?

  「どしたの。変な顔して。」

  「いや。えっと。」

 自分が何を聞こうとしたのか見失ってしまった。

  「そうそ、はい、これ。紫南帆気づかなかったみたいだから、ゲタ箱からとってきてあげたよ。」

 相変わらずぼっ、としてるんだから、と瀬水は紫南帆に手渡した。
 真っ白な封筒。

  「ね、ね。あのラブレターの続きじゃん??」

 興味津々に覗き込んだ。
 自分がゲタ箱を開いたときには何もなかった。
 隣できゃっ、きゃっと騒いでいる瀬水を一瞥して、封筒を開いた。


  「シナホ サマ
    三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ 
    Aprli. 30th. Sat. PM 7     
                MECUR2Y 」


  「……。」

  「何々。また面白そうだねー!!」

 待テ、とは、ようやくMERCURYに会えるということか。
 でも、どこで。
 三ツ星ヶ丘とは……?
 紫南帆はまた頭を悩ませることになる。

  「し、な、ほ、さん!」
            わくと
 昼休み例の如く、惑飛が紫南帆を尋ねた。
                                 すなが
  「…この間は本、空流くんに返してくれてありがとう。空流くん何かいってた?」

  「読んでくれて嬉しいっていってたかな。本当直接わたせばいいのにね〜。シャイなんだから。」

  「でも。空流くんって、強いんだね。」

 紫南帆は、申し訳ないと思いつつも、惑飛に探りを入れてみた。
 空流ことを。
 先日助けられたこと。
 紊駕は仕組まれたことだと、言っていた。
 
  「うん。……柔道、やってたんだ、空流兄。かっこいかったっしょ。」

  「…そう、なんだ。あのさ。空流くんってK高に友達、いる?」

 一瞬、惑飛の動向が不審だった。

  「さ、さあ。知らないや。でもさ、紫南帆さん。何でそんなに空流兄のこと聞くの?もしかして…好き?空流兄のこと。」

  「え。」

  「その顔は違うか。ちょっと安心。」

  「え?」

 無防備に呟いた惑飛に、紫南帆はまたもや聞き返してしまう。

  「なんでもなーい。そうそ、オイラよく両親に星空を見せられたんだ。この先の稲村ガ崎公園。紫南帆さん家も近いでしょ。すごく良く見えるよ。」

  「そうなんだ。」

 稲村ガ崎公園。
 ここから鎌倉方面に向かって国道134号線を走ると、右手に見えてくる。
 紫南帆の家から歩いていける距離だ。
 アルセーヌの散歩や、葵矩のサッカーの練習に付き合って行ったこともある。
 
  「空流兄もオイラ、惑飛の名づけ方も、なんていうか両親の星とかそういうのを好きなのが、分かるでしょ。」

 空。
 流れ星の流。
 空流。

 惑星の惑。
 飛来とか飛ぶという意味の飛。
 惑飛。

  「本当、宇宙を連想させる綺麗な名前だね。」

 空を見上げた。
 真っ青な、透き通った、空。
 でも今の紫南帆には、霞んで見えた……。


  「 三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ 
    Aprli. 30th. Sat. PM 7     
                MECUR2Y 」


 紫南帆のノートには、三つの暗号が顔を揃えた。
 紫南帆なりに、この事件の不審な点、不明な点などをまとめておいた。
 図書室で、このノートを開くと、少し胸が痛い。
 去年の事件を思い出すきっかけとなるからだ。
 詳しくは、Constellation Love Event 参照。
 
  「お願いだから、被害者がでるような事態にはならないで。」

 誰に願うともなく、独り言を呟いた。
 机に両肘をついて額を覆った。
 大きすぎない二重の目をつむる。
 両柳眉が近づき、眉間に皺が寄る。

  「そ、蒼海さん?」

  「空流くん……。」

 空流が髪をかきあげながらやって来た。

  「……この間は、本、ありがとう。とてもステキだった。綺麗な写真もたくさんあって。」

 紫南帆の言葉に、満面の笑みを見せた。
 また、左手で前髪をかきあげる。

  「よかった。読んでくれて。」

 それから――、

  「あのときはありがとう。」

  「え。」

 紫南帆は絡まれたことのお礼を言って、言葉を投げかけた。

  「強いんだね。空流くん。」

  「あ。いや……空手やってたから。昔。」

 空手……?

  「そっか。」

 紫南帆はうつむいてうなずいた。

  「……。」

 言葉が続かなかったのか、空流は無言で立ち去った。
 それは、安易に自分がこの事件に関わっているということを示しているように思えた。
 紫南帆は再び、三通目の暗号の解読に勤しんだ。
 空流の背中を見送って――……。


  「 三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ 
    Aprli. 30th. Sat. PM 7     
                MECUR2Y 」


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