第一章 Comet Hunter 恋愛方程式

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  「今日だね。」
 し な ほ      きさし               みたか
 紫南帆と葵矩、そして、紊駕はリビングにいた。
 葵矩は部活があったのだが、早めに切り上げてきてくれたのだ。
 午後六時半。
 辺りは暗い。

  「出るか。」

 紊駕が立ち上がった。
 紫南帆と葵矩も続く。


 稲村ガ崎公園。
 湘南海岸が望める、絶好のポイントとして、若者を中心に人気高いスポットだ。
 広場では犬や子供を遊ばせたりもできる。
 だが、夜の公園は暗い。
 電灯はあるが、かろうじて足元を照らすくらいだ。
 その電灯の何台かは、既に点滅して、切れかかっているものもあった。
 三人はその中を進む。
 星が見える丘というのは、すぐにわかった。
       わくと
  「これ、惑飛くんの。」

 月明かりに照らされたベンチの上に、不自然に赤いキャップ帽が置かれていたからだ。
 惑飛のいつもかぶっていたものだ。
 月の光と星の光に照らされているベンチの前で、立ち止まる。

 午後七時。
 ベンチに影がおちた。
 三つ。

  「きっと、きてくれると思っていた。」

 影のひとつが話しかけた。
 手で、髪をかきあげる。
   すなが
  「空流くん。」

 紫南帆は名前を呼ぶ。

  「こんちゃ。」

 明るいが、いつものトーンとは違った声。

  「惑飛くん。」

 そして――、

  「こんばんわ。」

 最後の影が話しかけた。
 少し茶色がかった髪。
 優しい、瞳。
 体格も、身長も、似ている。
 そう、空流と瓜二つなのだ。
   むなぎ   ねひろ
  「旨軌 宇宙。空流とは一卵性双生児だ。」

  「双子……。」

 紫南帆が呟いた。

 そして、さらに。

  「紫南帆、ごめんよ。」

 肩まで伸びるストレート髪。
 紫南帆のよく知っている人物。
 せお
 瀬水だ。

  「……。」

 と、もう一人。
 まさか。
   おうみ    きお
  「桜魅 輝水。瀬水の双子の姉、です。」

 こちらも、一卵性だった。
 そういえば、姉がいると、前に瀬水が言ったことがあった。
 姉。
 そうか、双子の姉だったのだ。
 一卵性の双子が二組。

  「迷惑をかけてごめん。」

 空流が口火を切った。
       そうみ
  「俺は、蒼海さん、君が好きだ。ずっと、君のことを見ていた。」

  「そう、純粋に、空流はあなたのことが、好きなの。」

 輝水が弁護するかのように言って――、

  「でも、私が、私たちが空流の純粋な気持ちを踏みにじってしまったの。」

 うなだれた。
 空流に謝罪するように。
 そんな、輝水に、空流は、優しく肩を叩いた。

  「告白する勇気がなかった俺は、暗号のラブレターを瀬水に渡してもらったんだ。」

 一通目の手紙だ。


  「5X2-10VENUSX=-5VENUS2
             X=MERCURY
             ==HEART    」


  「そう、瀬水から、君が推理小説が好きだってきいていたから。」

  「空流があなたへのラブレターを書いているところを私が発見して、協力してあげようとしたの。本当に悪気はなかったんだ。ただ、空流の純粋な気持ちをあなたに伝えたくて。」

 輝水は、熱弁した。
 空流がラブレター、一通目の暗号を作成する手助けを輝水はしていた。
 夜の公園で二人会っていたり、連絡も頻繁に取り合った。

  「俺は、そんな二人の仲を勘違いして、蒼海さんと空流が上手くいけば……って。」

  「つまり、宇宙さんは、輝水さんが、好きなんですね。」

 紫南帆の言葉に宇宙はうなづいた。
 頻繁に会う二人にやきもちを焼いたというわけだ。
 ただ、宇宙は空流が紫南帆のことを好きなのを知っていたので、なんとかして二人を付き合わせたかった。

  「K高か。」

 紊駕が投げかけた。
 そう、宇宙と輝水は県立K高校の生徒だった。
 紫南帆が絡まれた相手は、やはりK高校の生徒で宇宙に頼まれてやったことだったのだ。

  「私たちは、何度か入れ替わってS高に行った。」

 輝水からは柑橘系の芳香がした。
 そうか。
 暗号を解くヒントをくれたのは、輝水さん。
 K高に絡まれて助けてくれたのは、宇宙さん。
 それなら、納得がいく。

  「二通目の暗号はオイラさ。宇宙兄にいわれて、早く暗号を解いてほしいから、紫南帆さんの机の上においてこいって。そしたら、S高の人だって気づくって。」

 それには、暗号が必要だったが、同じものでは意味がないだろうと、宇宙が空流に暗号文を教えてもらった上で、マーキュリーを二乗しろと惑飛に指示をだした。
 だが。

  「そう、オイラその暗号のマーキュリーを三乗にして届けたんだ。」


  「シナホ サマ
   5X2-10VENUSX=-5VENUS2
             X=MERCURY3
             ==HEART    」


  「惑飛は紫南帆が好きになっってしまったのよ。」

 瀬水が言った。
 その顔には、はっきり嫉妬心が見て取れた。

  「瀬水は……惑飛くんが好きなのね。」

 紫南帆の言葉に、瀬水は静かに頷く。

  「私は、蒼海さんと飛鳥さんが付き合ったりしないように、瀬水に成りすまして告白をした。」

 と、輝水。
 でも、それを知らなかった瀬水は、紊駕に嘘の告白をした。
 惑飛のことがあったため、紫南帆には空流と付き合ってほしかった。
 紊駕なら、冷たくあしらうことも知った上で。
 それが、「瀬水が二人に告白した」という結果に繋がってしまった。
 そして、紫南帆を無視してしまった。
 だから、瀬水の態度がころころ変わっていたのだ。
 それはそのはずだ、人自体が違ったのだから。

  「三通目の手紙は、俺が最後の願いをこめて、渡してもらったんだ。」


  「シナホ サマ
    三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ 
    Aprli. 30th. Sat. PM 7     
                MECUR2Y 」


 アナグラムの暗号。
 解ければ、空流の思いを会って伝えることができる。

  「ただ、空流は伝えたかっただけなの。」

 輝水は本当に申し訳なさそうに言った。

  「俺はね、コメットハンターなんだ。」

 空流は、用意してあった天体望遠鏡をいとおしそうに撫でた。
 Comet Hunter。
 彗星を追い求める人だ。

  「彗星を見つけたら、好きな名前をつけていんだ。」

 空流は、紫南帆を見た。

  「俺は、いつか好きな人ができたら、その人の名前をつけたいって、思って。」

 髪をかきあげた。

  「そして見つけた、彗星の名前が、紫南帆ちゃん。君なんだ。」

  「……。」

  「俺がはっきり告白できなかったのが、原因なんだ。本当にごめん。」

 空流が頭を下げるのに、輝水が、

  「私だって、興味本位で協力なんて……。」

 宇宙が、

  「俺が悪いんだ。輝水にはっきり言えてれば。」

 惑飛が、

  「オイラも……本当は瀬水が好きなんだ。」

 そして、瀬水が、

  「私だって、惑飛が好きなのに。」

 皆、罪を認め合った。

  「恋愛って難しいね。やきもちの一言で、両思いが崩れてしまう。ガラスのように脆い物だね。」

 紫南帆は優しくささやいた。
 恋愛は方程式に似ている。
 代入する文字を間違えてしまえば、答えはでない。
 一つでも計算方法を間違えれば、やはり答えはでない。

  「でも、素直という言葉をを間違えずに代入してくださいね、宇宙さん、瀬水。」

 紫南帆は空流に向き直った。

  「空流くん。好きになってくれて、ありがとう。」

 空流は、少し困ったような、照れたような顔をして髪をかきあげた。

  「紫南帆ちゃん。もし、彗星が見つかったら――、」

  「うん。」

 紫南帆は頷いた。
 全員、大空をみる。
 先ほどまで霞んでいた春空が、嘘のように晴れ渡っている。
 風もやんだ。
 雲ひとつない夜空に満天の星空。


 そして。
 空を駆け巡る一筋の青白い光。
 空流が振り仰いだ。

  「俺の夢、やっと叶った。紫南帆星 見つけた――……。」


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