
7 「 三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ Aprli. 30th. Sat. PM 7. MECUR2Y 」 「ミツボシガオカ イロデエル マテ。でいいのかな。」 口に出して読んでみる。 マテは待て。 ってことだよね。 し な ほ 紫南帆は、ノートに書いてみた。 「Apr ……April 4月。だよね。スペル、ミス?」 Aprilの綴りのLとIの順番が間違っていた。 「30日 土曜日。午後7時。かな。そして、マーキュリー?ん。」 MECUR2Y。 Rが二乗になってる。 マーキュリーの綴りは、MERCURY。 始めのRがなくて、後のRが二乗になっている。 「……。」 「ラブレターだとしたら、何で、そんな回りくどいやり方なんだろうね。」 あすか 「あ、飛鳥ちゃん。ありがとう。」 きさし 目の前に、モカコーヒーを置いてくれた葵矩にお礼を言う。 「回りくどいやり方すら、できない奴もいるけどな。」 みたか いつの間にか紊駕もいる。 階段の手すりにもたれかかって、腕を組んでいる。 集中して考え事をしていると、時々周りが見えなくなるのだ。 紫南帆の悪いところであり、良いところでもある。 「な。だ、誰のことだよ。」 焦った葵矩に対し、 「お前のことなんて、一言もいってないケド。」 飄々と紊駕。 薄い唇の端を上げる。 人をからかうときの表情だ。 「ね、何でだろう。」 気が付いてもいない、紫南帆。 「でも、実は私にすごーい恨みを持ってて、殺人予告かも。」 冗談っぽく、しかし一抹の不安な気持ちを込めていった。 そんな、紫南帆に、 「大丈夫。俺たちがついてるよ。」 優しく頭を撫でる葵矩。 頑張って、暗号を解こう、と隣に座る。 紫南帆はお礼を言って――、 「 三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ Aprli. 30th. Sat. PM 7. MECUR2Y 」 「このMECUR2Yの綴り。気になるんだよね。あと、Aprilの綴りもただのミスではないような気がする。呼び出し場所を示しているのは明らかなんだけど、それは何処なんだろう。三ツ星ヶ丘って……。」 紫南帆は形の良い爪で、手紙上の三ツ星ヶ丘を指す。 「三ツ星ヶ丘ってとこが存在するかは調べた?」 「うん。でも、愛知県の星ヶ丘って地名しか見つからなかった。」 「そっか。」 三人無言で手紙を眺める。 何も語らない手紙が余計に紫南帆を不安にする。 「最近良くにらめっこしてるわね。」 みさぎ 美鷺が三人の上から覗いた。 すらっとした体型で長身の美鷺は、高校生の母親には見えない若々しさを醸し出している。 「今日は星がきれいねー。」 葵矩が淹れたモカをもらうわね、と断って、カップをもったまま、リビングのカーテンを開けた。 二十畳以上あるリビングの窓は、一枚ガラスだ。 ここからは、庭先や大空が見える。 小高くなっているために、昼間は海原も遠くに見える、絶好のポイントだ。 「本当ですね。」 小宇宙が存在していた。 春の空はどことなく霞んでいて、夜も靄がでることもあり、なかなか綺麗な星空は望めない。 しかし、今日は格別だ。 「星がたくさん見えるね。」 葵矩の言葉に、紫南帆が反応する。 「どした?」 素早くダイニングテーブルにつくと、ペンを走らせた。 星が見える。 ホシ ガ ミ エル。 「 三ツ星ヶ丘 色デ得ル 待テ Aprli. 30th. Sat. PM 7. MECUR2Y 」 「星が見える、丘。」 「アナグラムか。」 紊駕が呟く。 文字の順番を入れ替えて別の意味にする、言葉遊びのことだ。 「なるほど。」 葵矩も覗き込む。 紫南帆は頷くとペンを先に走らせた。 ミ ツ ホシ ガ オカ イ ロ デ エル マ テ。 全てを片仮名にした。 そして、 ホシ ガ ミ エル オカ。 星が見える丘。 と下にかき、その言葉を上の文から取り除く。 「残ったのは、ツ イ ロ デ マ テ。」 文字の順番を入れ替えて別の意味にする。 順番を……。 「マ ツ テ イ ロ。」 待っていろ。 「星が見える丘 で 待っていろ。」 紫南帆が、その文章にアンダーラインを引いた。 念のため、何度も違うパターンでやってみる。 「正解だな。」 紊駕の言葉に安心するように、頷いてペンを置いた。 「星が見える丘って……。」 ――オイラよく両親に星空を見せられたんだ。この先の稲村ガ崎公園。紫南帆さん家も近いでしょ。すごく良く見えるよ。 惑飛の言葉が脳裏を掠めた。 稲村ガ崎公園。 「そうだ、稲村ガ崎公園!星が良く見えるって、空流くんの弟がいってたの。」 「 星が見える丘 で 待っていろ April. 30th. Sat. PM 7. MERCURY 」 紫南帆は不安を抱きつつ、30日にははっきりするのだ、と拳を胸元にもっていった。 30日までの数日。 沈黙を守り続けるかのように、音沙汰なかった。 瀬水も、空流も。 そして、惑飛も。 明日だ。 とうとう、29日の金曜日を迎えた。 その夜、紫南帆は眠れずにいた。 窓の外を眺めては、ため息をつく。 こんな日に限って、春の風は強い。 心を騒がせるかのように、強風。 治まったかと思えば、突風が吹いて、紫南帆の不安感を煽る。 風が、外の建物や木々に体当たりをしているかのような、不気味な物音。 胸騒ぎが治まらない。 紫南帆は、喉の渇きを癒しにキッチンへ降りようと、ドアを開いた。 「紊駕ちゃん。」 ドアの外には、紊駕の姿。 「眠れないんだろ。」 紊駕には何でもお見通しだった。 キッチンへ二人、降りて、真夜中のキリマンジャロを淹れた。 酸味が口の中に浸透していく。 不思議とリラックスする自分がいる。 カフェインの効果か。 寝る前にコーヒーを飲むと、目が冴えて眠れないという人もいるが、紫南帆は何故だが違う。 小さい頃からコーヒーを飲む習慣があったからだろうか。 理由はわからないが、ブラックのコーヒーを飲むと落ち着く。 「大丈夫。心配かけてごめんね。」 そんな紫南帆の頭を紊駕は優しく叩く。 「心配すんな。お休み。」 「うん。ありがとう。おやすみなさい。」 紫南帆は部屋に戻ると、ベッドに入った。 少し、心が落ち着いた。 そして、夜は更けていった――……。 「 星が見える丘 で 待っていろ April. 30th. Sat. PM 7. MERCURY 」 >>次へ <物語のTOPへ> |