T -NEW FACE-
1/2/3/4/5/6/7/8/あとがき

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 「暑いなぁ。」
                  あすか   きさし
些か垂れ気味の瞳を細めて、飛鳥 葵矩は、煌々を輝く太陽をみた。
白地のプリント柄のTシャツから伸びた、小麦色の腕。
甘めのフェイス。

 「本当。もう九月なのにね。」

ナチュラルな真っ白のコットンのフレンチスリーブブラウスに膝上のフレアスカート姿の少女。
そう み  し な ほ
蒼海 紫南帆。

 「行くぞ。」
                 きさらぎ  みたか
淡、言葉を発して先を歩く、如樹 紊駕。
黒のズボンから伸びる長い脚を運ぶ。

三人、些か風変わりな幼馴染。
というのも、この三人の両親が学生の頃から友人で、結婚し、各々世帯をもったのだが、元々隣り合っていた家を、一軒にしてしまったのだ。
以来、九人、大家族の生活が始まり、早三年半が経とうとしている。

 「何か、久しぶりだね。こうやって三人ででかけるの。」

紫南帆は二人より二、三歩前で出て、振り返った。
白のフレアスカートが揺れて、太陽の光華を反射する。
同時に紫南帆の優しく可憐な笑顔が、葵矩と紊駕を包む。

 「そうだね。」

紫南帆の、二つに分け、三ツ編みされた先を耳元で輪にしてある長い髪に触れて微笑む細かな動作に、かわいいなぁ、と葵矩は笑顔を返す。
幼い頃からずっと見てきた女の子。
どんどん綺麗に、女性らしくなっていく。
嬉しい反面、ちょっぴり悲しくもある、葵矩、高校三年の晩夏である。


 「ちょっと、すまん。」

藤沢駅付近。
突然、後ろから声をかけられた。

 「江ノ島電鉄って何処にあるん?」

関西なまりと外国語なまりのある口調。
浅黒い肌に大きな瞳の男。

 「あ、そこの小田急デパートありますよね、その中にありますよ。」

少し分かり辛いですよね、と葵矩は丁寧に説明をした。
ここは、JR藤沢駅から伸びた歩道橋の上だ。
下はバスのロータリーになっている。

 「ほんま。どーもサンキュウ。やぁ、慣れない土地ゆうんはあかんわ。ほんまあかん、あかん。一人で出歩くもんちゃうもんなぁ。」

関西弁特有の早口で、半ば独り言を呟くように言って、

 「あ。あー!!もしかして、飛鳥 葵矩ちゃう??」

大声を上げた。
周りの通行人が一瞬振り向いて、そして一蹴した。
葵矩は、一瞬周りを見回して、そして、男を見た。
愛嬌のある大きめの口に優しそうな瞳。
日本人離れした顔立ち。
知った顔ではない。

 「そうやろ、飛鳥 葵矩。やぁーめっちゃ感激やわ。見たでーTV。ごっつかっこえかったぁ。な、な、どないしたらあんなシュート打てるん?せやけど惜しかったやんな、あともうちょいやったんに。せでも決勝で延長戦なて、めったないさかい、マジでワイ興奮してしもたわぁ。」

男は葵矩の両手をとって上下に振る。
捲し立てるような、関西弁の早口。

 「……はぁ。」

圧倒されて、曖昧な返事をする葵矩にかまわずに続ける。

 「せやけど、今年の夏は、予選でやられてしもたんやて。せでも冬あるしな。」

そして、言葉と切った。

 「せや、こんなんしとる場合ちゃうで。ほな。サンキュウ。」

 「え、あ、は、……はい。」

青のストライプ地のYシャツに茶色のハーフパンツを翻して去る男を、呆然と見送った。

 「すごいねぇ。飛鳥ちゃん。」

紫南帆は微笑んだ。
有名ですね、と手マイクをむけ、顔を覗き込む。

去年の冬、全国高校サッカー選手権大会にて、葵矩は神奈川県代表、S高校のサッカー部、センターフォワードとして出場し、準優勝という好成績を修めた。
その上、優秀選手三十名、上位二十名に選ばれ、今年の三月にドイツ遠征にも足を運ばせたのだ。

 「そんなこと……何か恥ずかしいっていうか、嬉しいっていうか。」

嬉しさを隠さずにはにかんだ。
今年の夏は、ちょっとしたアクシデントがあり、残念ながら全国にはいたらなかったが、メインの冬。
葵矩たちサッカー部は全国制覇を狙っている。

 「いつまで放心してんだよ。」

優しく葵矩の頭を叩く紊駕も、言葉にはださないが喜んでくれている。

 「ああ、うん。帰ろうか。」

三人、江ノ島電鉄に乗り込んだ。
神奈川では珍しい路面電車。
藤沢市を抜け、鎌倉市に入った。
右手に広大な大海原が広がり、後ろに江ノ島が見れる。
途中の左手に三人の通う、県立S高校。
そして、稲村ヶ崎駅で降りた。
ここから少し歩いたところに、三人の家はある。

玄関先につくやいなや、気配を感じ紫南帆の飼っているラブラドールレトリバーのアルセーヌが出迎えた。
室内犬なのだが、専用の出入り口から自由に外に行き来できるのだ。
軽く頭を撫でて家に上がった。

 「おかえり。」

 「あら、おかえり。」

 「早かったじゃない。」
        あすか    きよの    そうみ    り な ほ               きさらぎ  みさぎ
三人の女性、飛鳥 聖乃、蒼海 璃南帆、そして如樹 美鷺が口々に言って出迎えた。

 「はい、夕食の食材。」

葵矩はダイニングテーブルにビニル袋を置いた。

 「ありがとう。今日は久しぶりに皆そろうわね。」

美鷺が細い手でビニル袋の中身を整理しだした。
嬉しそうに、口元を緩めた。
  ひだか
 「淹駕さん、今日早いんですか。」

葵矩の言葉に頷く。
葵矩たちは、おじさん、おばさん、とは呼ばずに名前で呼んでいる。
淹駕、紊駕の父は、私立病院の院長で、滅多に夕食を共にできないのだが、今日は帰ってこれるらしい。
           いざし     しき
まあ、葵矩の父の矣矩も織も残業があったり、紊駕もバイトがあったりでなかなか全員揃うのは希なのだが。

久しぶりの九人の夕食を済ませて――、

 「いってくる。」

 「気をつけて。」

淹駕は再び病院へ。

 「紊駕ちゃん、いってらっしゃい。あんま、ムリしないでね。」

無言でバイクの鍵を握った紊駕に紫南帆。

 「ん。」

 それだけ言って、紊駕はバイトへ向かった。

 「まったく。行って来ますぐらい言えないかなぁ。」

紊駕の背中に言う美鷺。
両腕を腰にあてがい、ため息。

 「ちょっとはまともになったと思ったら。」

 「大丈夫、紊駕くん。しっかりしてるから。」

璃南帆が美鷺の肩を叩いてキッチンへ向かう。
そんな、光景に紫南帆は微笑。

紊駕は、俗にいうBAD BOYで、中学時代は学校はサボる、夜遊びも絶えない日も多々あった。
族仲間やチーマー仲間もたくさんいる。
しかし、今はかなりマジメ?に学校もいっているし、その上三つのバイトもこなしているのだ。
大人びた、蒼く人を射抜くような瞳。
冷静沈着でクールな奴だ。

 「俺も、ちょっと外でてくる。」

葵矩も二人の後を負うように、外へでた。
手にはサッカーボール。

 「あの、サッカーバカ。」

今度は聖乃が、呆れた視線を自分の息子に送った。
葵矩は、それこそ毎日サッカーボールと一緒なのだ。
元気で明るく、笑顔の絶えない葵矩。
サッカーをこよなく愛し、周りをも好きにさせる。
太陽のような奴。

葵矩が太陽なら紊駕は月。
そんな、対照的な二人だが、なかなか仲がよい。


電灯の下。
葵矩は小さな空き地でサッカーボールと戯れた。
器用にボールを操り、リフティング。
身体にボールがまとわりついているように見える。

そして、壁を人に見立てて、パス・アンド・トラップを繰り返す。
一人でもきちんとメニューを立てての自主トレ。
滴れる汗をぬぐって――、

 「あ、す、か、ちゃん。」

投げられたモノを反射的に受け取った。
ウーロン茶。

 「……紫南帆、ありがとう。」

そしてタオルも渡される。
二人、ベンチに腰掛けた。
プルトップを抜いて、喉に流し込んだ。

 「うまい。」

葵矩の満面の爽やかな笑顔に、紫南帆もつられて笑う。
サッカーボールを手にとって、葵矩を見る。

 「どうしたら、あんなシュート打てるの、っていってたね。今日会った男の人。」

人一倍努力家だもんね、と労うように言った。
そんなことないよ、と照れた葵矩に紫南帆は首を横に振った。

 「飛鳥ちゃんのこと、見てる人、たくさんいるんだよ。皆、飛鳥ちゃんのプレー見て、感動して、元気になって。そういうの、すごいな。」

紫南帆は、夜空を仰いだ。
まだ薄暗い程度で、辺りも見回せるが、月が冴やかだ。
月に照らされた紫南帆の横顔を見つめる。
細い顎に、小さな唇。
高すぎず、低すぎない整った鼻。
二重の瞳。
思わず、抱きしめたい衝動に駆られる。

俺は、紫南帆だけが俺を見ていてくれれば、それでいい。

葵矩は、言葉にはできず、そっと心で呟いて紫南帆を見つめた――……。


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