T -NEW FACE-
1/2/3/4/5/6/7/8/あとがき

                     3


 「きれーな教室やぁー!皆よろしゅう!!」

少しすべりの悪い教室のドアが開いて、開口一番。

 「こら、紹介されるまで黙ってろ。」

担任は呆れたように、口を開いた主にの頭を軽く叩く。
朝のHR。
騒がしかった教室も一瞬で静まった。
        しばはた
 「転入生の柴端 カフスくんだ。」

あれ……。と、葵矩は目を疑った。

 「どうぞ、よろしゅう!」

元気いっぱいの関西弁。
日本人離れした――、

 「あー!」

葵矩は思わず叫んで、そして口をふさいだ。
  あすか    きさし
 「飛鳥 葵矩やん!また会える思うとったら何や、同じクラス?ワイ、運命感じるわー!よろしゅうな。」

カフスは葵矩の前に来て、例の如く、手をとった。
そう、藤沢で出会ったあの男だ。

 「何だ、知り合いか。じゃ、飛鳥の隣に座らせてやれ。」

妙に懐いてるみたいだから。と担任。
言われる前からカフスはちゃっかり隣に座っていたが。

 「いっやー嬉しいわー、めっちゃ感激やわ。」

担任の声すら聞いていないカフスは、葵矩にしきりに話しかけている。
屈託のない笑み。
何か、流雲がもう一人いるみたいだ……と。葵矩は苦笑いをした。

             フォワードレフト てだか いおる
 「知っとる、知っとる。FWL、豊違 尉折。11番。ベスト4の決勝点、鹿児島との均衡破ってゴール!」

カフスの言葉に尉折が満足そうにうなづいた。
が。

 「せやけど、初戦で退場命ぜられたんよね。やーでも……」

言い終わる前に、

 「てめ、古傷を。ケンカうってんのか。」

尉折が腕を振り上げ、殴るまねをする。

 「い、尉折。」
                                     ・  ・  ・
 「わ、たんま。嫌味でゆうたんちゃうんよ。日本にもこんな、熱い男がおるんやて嬉かったんよ。」

サッカー部に入る。と、言ったカフスを連れて、部活にいく途中。
カフスは尉折に防御の体勢をとりながら言った。

 「日本にも……って?」

 「ワイ。ブラジルで生まれたんよ。母さんがブラジル人で父さんが日本人なん。せやからハーフゆうやつや。せで、大阪におったんよ。で、父さんの転勤でな。」

三年の秋に転入というわけだ。
ブラジルで生まれ、大阪で育ったために、外国訛りの関西弁なのが頷けた。

 「ブラジルかぁ。すごいな、サッカーの本場じゃないか。」

大きな目を輝かせて、カフスは、

 「ブラジルでは、生まれたときからサッカーやってるゆうても言いすぎちゃうんよ。皆、サッカーが大好きなんや。」
  
そういった。

 「柴端くんもサッカーやってるんでしょ。」

 「カフスでええて。そりゃ、やってはる。せでも全国には行けへんかった。S高のサッカーはものすごわくわくした。S高には自由がある。そう思うた。」

 「自由?」

カフスは続けた。
自由なサッカー。
個人プレーを十分引き出し、かつチームが一丸となっている。
テレビからも伝わってきた。といった。
尊敬なまなざし。
葵矩は嬉しかった。
尉折も同様に違いない。

 「そんな皆とサッカーできるなんて、ものすご感激や。」

とても、サッカーが好きなんだ。
葵矩は思う。
カフスなら皆とスグに打ち解けるだろう。
そう確信して――、

 「柴端 カフスくん。今日から仲間だ。」

 「カフスでええ。皆、よろしゅう!!!」

ばかでかい、元気な声で部の皆に挨拶。

 「カフスはブラジルで生まれたんだ。皆、カフスから学ぶこともたくさんあるだろうし、俺たちがカフスに教えられることもあると思う。」

葵矩は皆に諭すようにいって――、

 「予選まで。残り少ない日々。皆、心一つに、目指すは――、」

皆一斉に、

 「全国制覇!!!」

サッカー部全員の声がグラウンドに響き渡った。

 「それじゃー練習始めよう!!」

 「はい!!」

そんな光景に、

 「あいつも負けずと熱血ヤローだぜ。」

尉折がカフスに耳打ちした。

 「せやね。葵矩――っ!!」

にっこり、頷くと、駆け寄った。

 「ワイ、ゴールキーパー希望なんや。後で葵矩のシュート受けさせてや。」

カフスの嬉しそうな顔。

 「あー、飛鳥せんぱい、ひどいですよ。僕というヒトがいながら、カフスせんぱいとウワキしないでください。」

自分に抱きつく流雲に呆れる葵矩。

 「ええやん、ええやんウワキしたれ。な、葵矩。」

カフスまでのってくる。

 「お前らなぁ……」

そんな葵矩を尻目に――、

 「あー、そーゆーことゆうかぁ。カフスせんぱい。飛鳥せんぱいのことなれなれしく名前で呼ばないでください!僕のモンですよ!!」

 「ほなら呼んだろ。葵矩、葵矩、葵矩ぃ――!!」

こいつらぁ……葵矩は大きく溜息。
周りの皆は爆笑したり、唖然としたりする中、勝手に盛り上がっている。

 「いい加減にしろ!」

痺れを切らして叫んだが、意味なし。

 「あーあ、問題児がまた増えたな。」
                         すみの   たづ
長めのストレートなさらさらな髪の、三年主蓑 鶴が二人を見ていった。
 
 「っとだよなー。」
                            かがり   いらつ
尉折の言葉に、お前もだよ。と、ガタイのいい芳刈 苛が叩く。

 「いって。だいたい、飛鳥がもてんのが悪いんだ。」

何だ、それ。と、葵矩は呟いて、まだ小突きあっている二人に、

 「始めるぞ!!」

叱咤した。
ようやく練習ムードが広がる中。

 「そや、葵矩。夏って不調やったん。せで……ここ監督とかいてへんの?」

 「あ……。」

カフスの声に皆も注視して、静まった。
と、そこへ――、

 <生徒の呼び出しをします。サッカー部部長、飛鳥 葵矩くん。同じくサッカー部副部長、豊違 尉折くん。至急校長室まで来てください。繰り返します――>

 「なんだろ。ごめん、カフス。後で話すよ。」

突然の呼び出しに、そういって、尉折に目配せをする。
二人、グラウンドを後にした。

 「いいとこまでいってたんだ。」

葵矩と尉折がいなくなったグラウンド。
     さわら
三年の沙稿 ユタが話しだした。

――予選決勝の前に、顧問が亡くなったんだ。

 「あすかせんぱい。ああゆう性格でしょ。だから、かなりまいっちゃって。僕たちももちろんだけど、負けたこと。先輩、自分のせーだって。」

流雲がしおらしくいった。
顧問。
部活についてとやかくいうわけではなく、葵矩たちを信頼して、優しく見守っていてくれた人。
とてもサッカーが好きだった人。
            えだち  みま
去年のキャプテン、徭 神馬がそうだったように、葵矩は監督兼キャプテンを担っているのだ。


 「先生の奥さんがおっしゃってました。先生が、あなたたちは、きちんとした監督をたててやればもっとうまくなるって。何もしてやれなくて申し訳なかったと、おしゃってたそうよ。」

校長室で、校長はいつもの甲高い声を抑えて言った。

 「そんな……。」

主人の死によって、全国大会への夢をつぶしてしまった、と妻は謝った。
葵矩は、胸が締め付けられる思いがした。
先生がそんなことを言っていたなんて。
何よりも好きなサッカー。
しかし、そのために非情にはなれなかった。
葵矩が崩れたS高は、全国を前に涙をのんだ。

 「俺がもっとしっかりしていれば……。」

そういった葵矩に尉折は、

 「あのまま全国にいっても、そんなに甘かない。気合入れなおそうぜ。」

流雲は、

 「あすかせんぱい、後ろは振り返らない!」
     ほしな   や し き
二年の星等 夜司輝は、

 「前を、見ましょう。」
    ちぎり  あつむ
一年の契 厚夢は、

 「先輩らしくないですよ。先輩は太陽みたく笑ってなきゃ!」

皆、皆辛いのに、そう、葵矩に声をかけてくれた。
だから、この冬。
葵矩は先生のためにも頑張ろうと決意した。

 「あなたたちの活躍には大いに期待しています。先生の奥様もお願いに来られて、あたらしい監督をお招きしたんです。」

校長はそういって、笑顔を向けた――……。


 「そか。悪いこと、きいてしもたな。」

グラウンド、カフスはすまん。と、頭下げた。

 「でも、きっと飛鳥せんぱいのことだから、カフスせんぱいに話したはずですよ、自分をうん、と悪く、ね。」

と、流雲。
そういう人なんですよ、先輩って。と、しんみり言った。
グラウンドが静かになってしまったので、すかさず――、

 「うらやましーでしょ。こーんなに僕、飛鳥せんぱいのこと知ってるんだからぁ。」

 「ええで、べっつに。ワイなんか同じクラスやさかい。朝から晩まで。ワレより葵矩と一緒におる時間おおいんや。これからや、これから。」

流雲の気持ちを理解して、カフスもおどけて見せた。
ムッ、とかわいく流雲は唇を尖らした。

 「せやけど、ええやつなんね。」

流雲に軽く笑ってカフス。

 「あったりまえじゃないですかぁ。」

カフスに声高々といって、グラウンドの入り口から戻ってきた葵矩を見つけ、大きく手を振った。


 「新しい監督――?」

葵矩は皆の下に戻り、早速校長室での話しをした。

 「うん。もう少ししたら来てくれるって。」

 「何でも、有名なサッカーチームの監督だったって話しだぜ。」

尉折がベンチに腰掛けた。
その様子に、葵矩が、練習。と、尉折の手を引くが、動こうとしない。

 「あ、カフス。さっきの話し。」

 「あー、ええよ、ええよ。流雲たちにきいたさかい。」

 「……。」

葵矩は流雲を見た。
流雲は葵矩の腕をとって――、

 「さー、早く練習しましょ。せんぱい。」

笑顔の流雲と皆を見回して、礼を言った。
そして、練習を再開した――……。


>>次へ                  <物語のTOPへ>