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「おらぁー!お前ら集まれ――!!」
グラウンドの入り口、大きなドスの利いた低い声。
じゅみ
その声を発したと思われる人物の横に、樹緑たちマネージャーが小さい体を余計に萎縮させて小さくなっていた。
「……。」
とりあえず、皆を集まらせた。
皆がその人物の前に整列すると、鉛のような塊がほおりなげられ、それらは、砂埃をあげて地面に落ちた。
「キャプテン!」
「は、はい。」
きさし
新しい監督と思えるその人物に、些かためらって、葵矩。
顎で合図される。
皆に配れという意味らしい。
地面に落ちた、物。
パワーアンクル。
いわゆる、錘だ。
「グラウンド十週。」
「え――!!」
皆が唖然とする中、大声がでるくらいなら早く行け、と促す。
「お、重い。」
パワーアンクルを両足につけた皆は、一様に口にした。
ずっしりと、重みを地面に押し付けるパワーアンクル。
下から引っ張られている感がする。
あすか
「ちょーっと!飛鳥せんぱい。あれが新しい監督ですかぁ?」
「……みたい、だね。」
「まじかよ。ヤー公じゃねーの。」
皆、ブーイング。
自己紹介も何もなしにこれ。
グラウンドの隅で腕を組んでいる監督。
サングラスに良く引き締まった体つき。
ちょっと見はヤクザといってもいい風体。
「せでも、体力はつくで。」
カフスは笑った。
ようやく、十週がおわった頃――、
「次は縄跳び、前後、八の字、二重飛び、各100回。」
「えー!このままでですかぁー!」
監督はまたも冷たく縄を投げかけた。
「死ぬー!」
確かに体力作りは必要だけど……。
葵矩は強烈な監督の個性にたじろっていた。
「ぜーったい、ひどい。いじめです、これは!」
部活時間が終わり、さっさと監督は姿を消した後。
つばな ・ ・ ・ ・
茅花は、あきらかに葵矩だけを心配していった。
「いじめっつーか、シゴキだな。」
「なんか、こえーんだけど。」
皆、口々に言う。
明日からの練習もこれか、と一抹の不安。
パワーアンクルを指差した。
外したあとの開放感がなんともいえない。
痺れが足全体に走っている。
「校長もいい迷惑だぁ――!!」
かくして、シゴキとも思われる監督の指導は、次の日からの朝レン、午後レンも続いた――……。
「俺、もー耐えられねー!」
いおる
朝レンの後、半ばキレて尉折は机に叩きつけるように鞄をおいた。
「尉折……。」
「だってよー、もう何日もボール触らしてもらってねーんだぞ。毎日毎日体力作りって、もー死にそうだよ。くっそ。」
皆も同様、監督のやり方に怒りを訴えるものが少なくない。
予選まであと三週間あまり。
葵矩は皆のやる気がなくなっていくことを危惧した。
「ま、ブラジルはもっとハードやで。」
選択授業、移動教室からの帰り、葵矩はカフスにブラジルのことについて尋ねてみた。
尉折は別の授業を選択しているために、ここにはいない。
「そっか。そうだよね。」
「せでも皆楽しそうにやっとたな。せやけど、今のS高サッカーは違うとるな。」
葵矩は自分より背の高いカフスを見上げる。
「そのこと、いいたかったんやろ。」
葵矩が今の皆を危惧していることを悟って、カフスは言った。
「体力作りはもちろん必要や。間違いあらへん。ワイ、思うたんやけど、皆少し甘えとんのとちゃう?」
些か厳しい目をした。
「ホンマに巧くなりたい思うなら、弱音なんか吐かへん。葵矩はせやろ。サッカー好きなんさかい。」
「でも。やっぱり……部活だし。」
「そこや、問題は。」
カフスは浅黒い指を突きつけた。
「皆、全国制覇目指しとんのやろ。娯楽でやっとるんやったらやめたらええ。監督もそういいたかったんちゃう?ワイら試されとんのや。弱音はいて逃げるようならそれで終わりや。」
「……。」
ボールを使うだけがサッカーではない。
基礎力がしっかりあってこそのボールコントロールだ。
基礎練習によって、体力だけでなく、強い精神力も身につく。
と、カフス。
そして、大丈夫だ。と、葵矩の肩を叩いた。
皆、サッカーが好きなんだから。
「うん。ありがとう。」
口ではなんだかんだ言っているが、皆休まずに来ている。
監督に慣れていないというのもあるし。
大丈夫だよな。
葵矩は思い、そう願った。
「せや、文化祭。部活では何やるん?」
毎年、九月の行事にS高祭が行われるのだ。
今年は、九月九、十日の土日に行う。
「特に毎年やってないから。今年も……。」
「なんや、やらへんの。流雲とか好きそうやん。」
部活での参加は有志なので、流雲は去年もやりたいといってはいたが、結局やれなかった。
「せやったら、今年やろうで。」
「今からはさ、ちょっと難しいよ……」
「大丈夫やて!おもしろそーやん、ぱあっと息抜きにええで!な!」
うーん。葵矩が腕を組んで悩んでいると――、
「そーですよ!!」
どこからか、来た。
流雲だ。
「やりましょう!文化祭!!ね、あすかせんぱい!!」
思いっきり葵矩の腕をとって、カフスから離す。
「カフスせんぱい。あすかせんぱいにひっつかないでください!」
「神出鬼没やな。」
呆れてカフス。
葵矩は流雲に腕を振り回されながら、考えておくよ、と呟く。
「アイデアならこの僕におまかせください!!」
余計心配である。
「そだ。」
今思いついたように、流雲は愛嬌のある笑顔を向けた。
「お昼一緒していいですか?」
「あかん。」
即答したのはカフス。
「カフスせんぱいにきーてません。飛鳥せんぱい、いいですよね。」
流雲は口を広げて、いーだ。とかわいく良く揃った歯を見せて、有無を言わせない言い方で語尾にアクセントをつける。
「ワイがあかんゆうたら、あかん。」
「ずるいです、自分だけ飛鳥せんぱいと一緒で!」
「悔しかったら一年進級したらええやん。できるもんならやってみい。」
「あー、超ムカツクその言い方〜。」
あのねぇ……。
葵矩は止めることすらあきらめて、天井を仰いだ。
流雲は何で一年早く生まれなかったんだ〜。と、嘆いている。
溜息をついて窓の外をみやった。
まだまだ夏の日差しが厳しく、突き刺すような光。
「じゃあさ、写真集とかってどーですか。」
「いーねー。」
昼時間の三年一組。
や し き
結局、流雲、そして夜司輝と一緒に食事をしている。
カフスと尉折、五人で文化祭の話しで盛り上がっている。
「どんな?」
夜司輝が何の写真集なのか。と尋ねると、待ってましたとばかりに、三人が一斉に口にした。
「オール飛鳥せんぱい!」
「もっちろん、葵矩のやん!」
「女の子の全裸!」
その瞬間、葵矩がイスからずっこけ、夜司輝は頬杖をついたまま目を見開いて固まった。
「でも全部もってかれちゃいそー。」
「せやね。」
なんて、当の本人は呟いている。
「あのなぁ、お前ら!」
「何いってんだよ、まったく。」
そういった尉折に、お前もだよ!と叱咤。
尉折は、俺?とすっとぼけて、
「何て言ったっけ。覚えてないなぁー、葵矩くん。リピートしてよ。リピート。」
わざとらしく、憶えていない振り。
口元を緩めて葵矩に復唱しろと求める。
こっ、このやろう//////。
葵矩がためらっていると――、
「何て言ったんですか。」
「何てゆうたんや。」
自分の声しか聞こえなかったと思われる、流雲とカフス。
夜司輝はさりげなく目を反らしている。
「ねぇー葵矩くぅーん。」
「もーいい!本当にやるならマジメに考えてくれ!!」
教室中に響く声で言って、勢い良く机から立ち上がる。
机の上の弁当から箸が転がり落ちそうになった。
「あ、そうだ。カフスせんぱい。」
流雲は立ち上がった葵矩から下に視線を移して――、
・ ・ ・ ・ ・
「あすかせんぱいのお弁当、ある女の子の手作りなんですよ。」
「なっ//////。」
全く関係ないことをいきなり言われ、立ったまま葵矩は赤面。
そんな葵矩をよそに、
「そーなん?誰やねんひっきょうやわ!」
「ですよねー!」
そんなことをいう二人。
ひきょうって、何だよ。と、葵矩は真っ赤になりながらも思う。
尉折は真相をしっているが故、特に興味なさげに頬杖をつき、夜司輝はしきりに流雲を止める。
「あ、わかったあれやろ。この間藤沢で会うた。べっぴんのコ。白い服がめちゃまぶしくて、長い黒髪のコ。」
そうみ しなほ
「そうそうまさしく、隣のクラスの蒼海 紫南帆せんぱい。くやしーけど、超美人ですよねぇ。飛鳥せんぱい、デートしてたんですかぁ?ずるいですよ、僕にだまってぇ。」
周りを全く気にしない流雲。
と、そこへ、
「飛鳥ちゃん。」
当の本人、紫南帆が来たものだから――、
「し、紫南帆っ。」
しばはた
「あー、このコやん!!よろしゅう!ワイ、柴端 カフスや。」
すばやく席を立って、カフスは紫南帆の手を取り、元気よく言った。
紫南帆は、少し面食らって挨拶を交わす。
「あ、で、な、何?」
動揺している葵矩に、
「何、どもってんだよ。」
尉折の突っ込み。
「うん。樹緑ちゃんからの言付……」
「樹緑?」
最後まで言い終わる前に尉折に遮られた。
「うん。今日の部活……」
「なんだ、部活のことか。」
紫南帆の喋りが遅すぎるのか、尉折が早いのか、またもや尉折の声と重なり――、
「だよな、プライベートで俺の樹緑が飛鳥に用があるわけねーもんな、そーだよな。」
一人でぶつぶついっている尉折を横目で見て、葵矩が続きの言葉を求めた。
紫南帆は尉折の動向に軽く微笑んだ。
「あ、ごめん。今日の部活、学校の前の海岸に集まるようにって。」
「海岸?」
「うん。それから、直接伝えられなくてごめん、って。樹緑ちゃん文化祭の用があってね。だから。」
「いいのに、そんな。」
樹緑の言葉を代弁した紫南帆に礼をいって、樹緑にもよろしく伝えてくれと頼む。
紫南帆はわかった、と軽くうなづいて、教室へとスカートを翻した。
じー、流雲とカフスの視線を感じて、
「な、何だよ//////。」
「憎らしいほど嬉しそーな、かわいい顔するやんけ。」
からかう目のカフスに同意する流雲。
葵矩は、耳までもが赤くなった。
「何でしょうね、海岸なんて。」
夜司輝が話しを変えてくれたので、ほっと胸を撫で下ろし、
「走りこみでもやるのかな。」
首をかしげて教室の窓から空を見た。
ここからは南棟がジャマをして海岸は見れないが、空に厚い雲が横たわっていた。
「そういえば、天気予報では午後から雨ですよね。」
夜司輝も空を見上げた。
「おい。雨の中走りこみなんて辛いぜ。」
タダでさえ連日のシゴキで辛いのに。と、尉折。
「何考えてんでしょーね、あのひと。」
監督のことをそういった流雲。
そこへ、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「さ、流雲。教室戻ろう。」
夜司輝が席を立って流雲を促す。
「次、文化祭じゅんびだぁ。飛鳥せんぱい。別れるのは辛いけど、カフスせんぱいとウワキしないでくださいよ。じゃ、放課後!」
表情豊かに流雲。
夜司輝は色々なことを含め、謝り、失礼します。と、教室をでていった。
葵矩は小さく溜息。
嵐が去ったようである。
「あいつのクラスは盛り上がりそうやな。根っからのお祭り小僧やんな。」
カフスの言葉に、葵矩と尉折は大きく頷いた――……。
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