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「いい企画だね。写真、スクラップならまかせて!」
ビデオもあるよ。
し な ほ
紫南帆はえらいだろう。と、かわいく胸を反らして見せた。
きさし
帰宅して、葵矩が文化祭の件を話すと、すぐに用意してくれた。
「すご。こんなにあったっけ。」
ダイニングのテーブルの上に所狭しと並べられた品々。
試合中の写真、ビデオテープ。
新聞記事はきちんとファイルにスクラップされている。
「まだあるよ。一回じゃもってこれなかったけど。」
小さな舌を出す。
これだけで、十分足りそうだった。
葵矩は礼をいって、品々をまじまじと見回す。
去年の全国大会の模様が、走馬灯のように蘇ってきた。
・ ・ ・ ・ ・
「すばらしいアングル。」
うしろから一言。
みたか
紊駕だ。
白のTシャツを黒のズボンの上に出しているラフな格好。
イスを引いて座り、無造作に長い足を組む。
「それって嫌味でいってんの?」
軽く頬を膨らませて、言った紫南帆に、
「そう聴こえたか?」
端整な薄い唇を微妙に吊り上げる。
カ オ
いつも人をからかうときの紊駕の表情だ。
「きこえた。」
わざといじけた風に語尾にアクセントをつけて紫南帆。
紊駕の失笑。
観客席からのアングルなので、人物がかなり小さく写っている写真を中央にそんな会話をしていると――、
「紫南帆ちゃんのせいじゃないわよ。モデルが悪いの。モ・デ・ル。」
「か、母さん。」
きよの
三人に割り込んできたのは、葵矩の母、聖乃。
「それもいえる。」
極めつけの紊駕の言葉。
「いーよどーせ。その通りですよ。」
今度は葵矩が頬を膨らませた。
紊駕がもう一度失笑する。
「何なに?葵矩くんの全国大会のビデオ?見よう見よう!」
り な ほ
女子高生のようなノリで声高く言ったのは、紫南帆の母、璃南帆。
葵矩が恥ずかしいからやめてください。と、いったがすでに遅し。
それは、リビングで上映された。
<選手入場>
テレビからは去年の全国大会の様子が流れ出した。
「もう、前にも見たでしょうが……。」
羞恥心で少しほてっている顔を、手で扇いで腰掛けた。
「これこれ、絶対ファールじゃない、ねー!」
「審判がヘボなのよ、審判が。」
全国大会、第二回戦。
S高校はシードだったために、第二回戦が初戦であったのだが、対戦相手の徳島県代表T高校が、審判の死角をついた反則行為をしたのだ。
・ ・ ・ ・
映像では、葵矩の腹に相手の肘がきちんと入っている。
その直後、尉折がラフプレーだと抗議をし、退場を余儀なくされたのだ。
これを流したら、尉折怒るだろうな。と、考えた。
「でも、徳島の人たちわかってくれてよかったね。」
と、紫南帆。
ゴール前、十五メートルの距離。
相手の十一番がボールをセンターラインへ運んだ。
「うん……。」
自らのラフプレーを認め、正々堂々と戦うことを誓ってくれたのだ。
葵矩たちの言動がそうさせた。
そして、葵矩のハットトリックで幕が閉じた。
「初戦からハットトリックなんて、本当にすごいよね。」
後ろからの落ち着いた声。
「あら、お帰り。」
しき
いざし
仕事を終えた紫南帆の父、織と、その後ろから葵矩の父、矣矩。
葵矩はありがとうございます。と、頭を下げた。
「さて、じゃ、夕飯にしようか。」
璃南帆が立ち上がった。
「あ、じゃもう止めるよ。紫南帆これとりあえず学校持っていっていい?」
「もちろん。」
葵矩がビデオの操作をするのに、紊駕が静かに立ち上がった。
「璃南帆さん。」
紊駕が夕食を準備し始めた璃南帆に頭を下げる。
璃南帆は了承済みの笑顔で、
「気にしないで。いってらっしゃい。」
紊駕を促した。
紊駕はもう一度軽く頭を下げると、玄関をでていった。
病院、か。
葵矩は声に出さず紊駕を見送った。
ひだか
高三になってから、たびたび紊駕は父、淹駕の病院へ通っているようだ。
将来は、父の跡を継いで医者になるつもりなのかもしれない。
葵矩はそう思っていた。
将来。
葵矩は片付けをしながら、考えた。
推薦もいくつかきていて、プロからの誘いもあった。
サッカーを続けたい。
気持ちはこんなにもはっきりしているのに……。
高校生活なんて、あっという間だ。
夕食を終えて自室のベッドに横たわった。
これからは三人別々。
何だが淋しい気がした。
もちろん、一緒に住んでいるわけだから、家を出ない限り、会えなくなるわけではないのだが。
大人でも子供でもない、この中途半端な時期。
大切すぎて、時が経つのが早い。
全国大会が始まったら、あっというまに年が明ける。
そして、卒業。
高校生活最後の全国大会。
絶対、行きたい。
絶対優勝したい。
葵矩は強い思いを抱いて床に就いた――……。
「百円!」
「ダメ。」
「百五十円!」
「ダメダメ。」
「えー!じゃ、二百円!」
「ダメだってば。」
「じゃーいくらならいんだよぉ。」
北棟二階のピロティー。
サッカー部は有志でここを借りることができた。
るも
クラスの仕事がない者が集まって、展示の準備をしている中、流雲がしきりに頭を振っている。
「何モメてんの?」
葵矩が尋ねるのに、流雲が――、
「あすかせんぱいの写真売ろうってんですよ。ったく、僕の許可なしで!」
葵矩は眉根をひそめた。
「だから許可とってんじゃん。ね、先輩。展示よりそのほうが儲かりますって、ね。」
りとう のりと
二年の利塔 祝。
「ぜーったい先輩の写真ほしいひといますって!」
はしえ そのう
橋江 弁も賛同。
「あかんて、なぁ流雲。」
カフスは流雲に賛成して――、
「せやって、ワレが全部もらうんやもん。」
「全部僕のものですもん。」
同時に叫んで、顔を見合わせる。
「ワイのや。」
「僕の!」
「ワイのゆうたらワイのや!」
「僕のってゆったら僕のです。往生際悪いですよ、カフス先輩!」
「何やねんそれ。ワレかてええ加減にせぇ。」
もうすっかり馴染みになった二人の言い合いに、皆呆れるのを超して無視を決め込んでいる。
葵矩は溜息をついて――、
「あのさぁ……俺の写真とか、貼りすぎ。だと思う。」
ぐるり、見渡す。
何故が自分の写真、記事ばかりが目立つ。
「いんですよ、先輩が主役なんですから!そうだ、サイン会とかやったらどうですか!」
あつむ
一年の厚夢。
「主役でもなんでもないんですけど、俺……。」
「なーにいってんですかぁ。あすかせんぱいが主役じゃなかったら誰が主役なんですかぁ!」
流雲の間延びした声にすかさず――、
「お、れ。」
一瞬の沈黙。
「あすかせんぱいしかいないじゃないですか!今や先輩は日本中、世界中。いや、宇宙ん中での有名人です!」
声高々と流雲。
「俺をムシすんな、俺を!」
流雲の肩をつかんだのは、
いおる
「あれ、尉折せんぱいいたんですか。」
先ほど一瞬の沈黙を置かれた尉折。
流雲の反応に、殺したろか。と低く呟いた。
「なーんかさ。このまま置いといたら文化祭前になくなっちゃいそうだよなぁ?」
えやみ うか
周りを仰ぎ見て言ったのは、三年の江闇 窺。
「あーいえてる。」
「そんなことしたら、殺しちゃいますよ、僕。」
平気でそんなことをいう流雲。
お前が一番やってそーだ。と、皆に突っ込まれている。
かくして、準備はなんとかすすめられた――……。
「適当にオフェンスとディフェンス分かれろ。」
相変わらずの抑揚のない声に皆は従った。
放課後のグラウンド。
「三対一、オフェンス一人。止められたら交代。」
カフスはその様子を見て、
「考えとんの。」
ボールを足の甲で蹴り上げ、手に取った。
「え?」
「ディフェンスに競り合うだけの練習で、パスに逃げられるような状況を作るのはナンセンスやゆうとるんや。実践かてそう容易くパスできるとはかぎらんさかいな。」
監督の意思をカフスが代弁した。
なるほど。
葵矩は納得する。
「せで、もう一つ。個人の実力を計るにはもってこいや。」
……個人の実力。
そろそろ予選に向けてのレギュラー発表がある。
練習を通して適材適所を見極めているということか。
葵矩は気合を入れて、オフェンスに入った。
三対一。
すみの さわら
ディフェンスは主蓑に江闇に沙稿の三年トリオ。
目の前に立ちはだかる高い壁。
すみの たづ
一番長身の主蓑 鶴は腰を低く構えている。
早めの左フェイントをかける。
「飛鳥せんぱい、ファイト!」
葵矩のフェイントにもきっちりついてくる鶴。
後ろにボールを蹴りだして、距離をとる。
鶴が追ってきたところへ――、
「うっわー、クライフターン。」
「かっこいー。」
身を翻して鶴を抜き去った。
二人目。
スライディングでボールを奪いにきた窺をジャンプで交わす。
三人目。
ゴールまで数メートル。
沙稿 ユタが正面から向かってくる。
見えた。
ファーポスト、葵矩の目にゴールルートが映った。
そして――、
「ナイスシュート!」
「すっげー三人も抜けるもんなんですね。」
皆の拍手。
「さすがやな。距離をとるあたり、ええねんな。」
カフスの激励に礼を言う。
ほな。と、カフスはディフェンスに混ざった。
いつく
一年の慈がオフェンス。
小柄な体がゆっくりボールをキープ。
たどたどしい足取りでカフスと向かい合った。
「どこ見とる、慈。とられてしまうど?」
「え、あ……。」
シャットアウト。
前をふさがれてたじろう慈に――、
「ゴールやゴール。ゴールを見ぃ。失敗なて考えたらあかん!」
慈の心を覗くかのように大声を張り上げた。
相手が全員先輩なのも含め、慈は初めから突破をあきらめていた。
「弱気は、相手にもボールにも伝わってしまうんよ。」
「……は、はい。」
すごいな、カフス。
それを見て葵矩は頷く。
ただボールを奪うだけでなく、ちゃんと慈のことを考えている。
感服させられる。
そして、自分が確信していたことが本当だと悟った。
カフスならすぐにでも打ち解ける。
打ち解けるどころか、リーダーシップすらとってくれる頼もしい存在だ。
このたった数日間に。
葵矩もたくさんカフスから学んだ。
きっと、これからも。
空を仰いだ。
真っ青な残暑の厳しい空。
幾分涼しくなってきた風。
早く試合がしたい。
気持ちは先走る。
全国大会。
そして、また戦友たちと戦いたい。
葵矩は力強くそう思った――……。
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