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きさし し な ほ みたか
葵矩は紫南帆と別れ、紊駕とともに、北棟二階の一番西の教室に足を入れた。
昨日、始業式を終えたばかりの三年一組。
夏休みを引きずって、少しだらけた雰囲気だ。
「おーっす!」
いおる
「おはよ、尉折。」
席に着いて、ハスキーで元気な声に振り返る。
サッカー
「今日も部活がんばろーな!」
「おう!」
てだか いおる
同じサッカー部の豊違 尉折と拳をあわせた。
満面の笑みの尉折を見て――、
「何か、嬉しそうだね。」
「わかる?」
痩せすぎない頬を緩める。
同時に口元も緩んだ。
・ ・
「昨日、俺らの誕生日だったんだぁ。」
語尾を伸ばし伸ばし言う尉折。
いぶき じゅみ俺ら、とは尉折とその彼女、檜 樹緑――隣のクラスでサッカー部マネージャーのことだ。
「あ、そっか。おめでと。」
葵矩の座っている机に手をついている尉折を、机に肘をついて見上げて祝いの言葉を言った葵矩に、少し頬を膨らませて――、
・ ・ ・ ・ ・
「何があったか聞かないワケ?」
一瞬にして、葵矩の頬が赤くなった。
「な、何って……//////」
「なーんつって。ジョーク。」
からかう口調をやめて、葵矩の前の席に後ろ向きにイスをまたぐ。
「あ……。」
尉折がYシャツの胸元から取り出したモノをみて呟いた。
ネックレスの先のリング。
良く見ると、二人のイニシャルがリングの内側に刻んである。
「俺。樹緑と幸せになろうって、約束したんだ。」
ちょっと照れた顔つきを見せる。
「よかったね。」
心から、葵矩は思う。
もう、ナンパしないだろうな。と、樹緑と付き合っていても、どこかナンパ的だった尉折に些かの疑いをこめて。
だが、内心どれだけ尉折が樹緑を大切にしてきたか知っている。
葵矩は、そんな尉折がうらやましいと思っていた。
そして放課後――、
「あー、樹緑先輩、リングしてるぅ〜!」
いなはら つばな
甲高く舌足らずな大声で、二年のマネージャー、稲原 茅花が叫んだ。
葵矩たちが練習しているグラウンドの端。
「そーいえば。昨日、尉折せんぱいたちの誕生日でしたよねぇー。」
ふかざ るも
その声を聞いた二年の吹風 流雲が、愛嬌のあるイタズラな笑みで尉折を覗き込んだ。
「たのしみましたぁー?」
間延びしたその声に、
「まあね。」
尉折もにやりと笑って答える。
「いーないーな!」
皆が騒ぐ中、
「いっ、尉折。あんまそーゆーことゆーなよ、な……」
葵矩は頬を赤らめた。
とてもシャイなのだ。
その様子に、間髪いれずに尉折が――、
「そーゆーことってどーゆーことかなぁ、葵矩くぅーん。」
「う……//////。」
たじろう葵矩を横目に乾いた笑いをする。
「練習始めるゾ!」
いっつも、揚げ足取られてる、俺って……。と葵矩は思って、頬を叩いた。
「はいよ、キャプテン。」
心底楽しそうに尉折。
三年になって、葵矩が部長、尉折が副部長に着任した。
「樹緑せんぱいにリングあげたんですかぁ?」
「イニシャル入り。やるぅ!しかもおそろ?」
「かっくいー!」
皆、羨望のまなざしで口々に言う。
「樹緑せんぱいから何もらったんですかぁ?」
尉折に群がる部員たち。
「もっちろん、樹緑!」
ったく、尉折のやつ……//////。
尉折たちに背を向けたまま、言葉に反応する葵矩。
「そーゆーことぬけぬけとぉ〜!この、幸せモン!!」
皆が尉折をつついた。
「尉折せんぱい。僕からのバースデープレゼント受け取ってくれますぅ?」
グラウンドのど真ん中で、流雲は尉折に飛びついて、もらってください。と一言。
皆、爆笑。
葵矩は溜息。
「いただけないなぁ。俺は樹緑一筋だっしー!」
おちゃらけた尉折にさらに皆爆笑。
ったく、何やってんだか。と葵矩は額に手をあてがった。
「ほら、いい加減始めるぞ!」
「はーい!」
葵矩の声に皆が練習ムードになる中、尉折が覗き込んだ。
「な、何だよ。」
「いやぁー、葵矩くんてかわいーなーと思ってぇ。」
「男にいうセリフか!何考えてんだよ!」
そんなやりとりに、流雲――、
「あー、尉折せんぱいウワキしてるぅー!」
「樹緑にはナイショね。」
「何言ってんだよ!!」
ったく、こいつらはぁー、とにらみつける葵矩。
毎日こんな感じだが、陽気なやつらばかりで充実した日々である。
「尉折ー。」
遠くからの樹緑の声。
「いいよ、早く行って来いよ。」
「さんきゅう。愛してるよ葵矩くん。」
語尾にハートマークをつけるような言い方で投げキッスをする尉折。
「あのなぁ……。」
呆れてひとつ溜息をついてから練習の準備にとりかかる。
葵矩の指示にカラーコーンを用意する後輩たち。
ドリブルの練習だ。
「きゃぷてーん。」
尉折がグラウンドの入り口で大きく手を振ったのに、駆け寄った。
ほっそりとした体型の女性を前に、
「母さん。」
尉折がそう紹介した。
あすか きさし
「あ、初めまして、飛鳥 葵矩です。」
ややって頭を下げると、女性もお世話になっています。と、礼をした。
「ちょっと、抜けてもいいか。……樹緑も。」
その隣で樹緑も軽く頭を下げた。
葵矩は了承をして、背を向けた三人を見届けた。
母さん。
葵矩は尉折の言葉を反芻する。
尉折と樹緑は、幼い頃に共に親に捨てられたのだ。
今は、同じアパートの隣同士の部屋で、それぞれ一人暮らしをしている。
詳細は
Planet Love Event 第三章 Ego-Ist 恋愛感情や
遠い日のMemoryを参考に……。
要するに、先ほど現れた女性は、尉折の養母ということになる。
何かあったのかな。と、葵矩は眉根をひそめた。
しばらくして、尉折は練習に加わったが、どことなく雰囲気が異なった。
練習を終えて――、
「やっぱ、バレてた?悪い。」
何かあったのか。と、尋ねた葵矩に、めいいっぱい元気を装って尉折は空を仰いだ。
日は傾きかけている。
皆は帰り支度を終え、帰宅している中、ジャージ姿のままでフェンスに寄りかかった。
「手紙がさ。」
スパイクで土を蹴りながら口を静かに開いた。
「手紙が来たんだ。……本当の母親から。」
「……。」
うつむいて、溜息をつくように、
「会いたい。って、さ。」
ゆっくり口にした。
葵矩は黙っていた。
「まいったよ。樹緑、泣き出しそうになってさ。何よ、今更って。」
フェンスづたいに背を滑らせて――、
「俺も。正直いって迷ってる。……会って……どーすんのかな、って。会ったって、顔も知らねーし。やっぱ……今サラって。」
短い髪を撫でるように、頭の上へ手を持っていく。
「それと。恐かったりすんだよな。」
葵矩の顔を見ずに下を向いたまま呟く。
「俺と樹緑。一緒に捨てられてただろ。同じ日、同じ場所で。」
もしかしたら、母さん、一人なのかもしんねー。と、空を見上げた。
葵矩は尉折を見た。
「母さんの手紙も、一通だった。」
それが意味すること。
自分と樹緑は双子なのではないか、という恐怖。
尉折は立ち上がった。
「わりー、こんな話して。でも、すっきりしたよ。」
伸びをして尉折は言った。
葵矩は静かに口にする。
「……あんまりえらそうなこと言えないけど。会ったほうがいいと思う。」
きっぱり言い切った。
「尉折。すっきりしてないよ。まだ、もやもやしてる。……ごめん、知ったようなこといって。でも。このままでいるのはよくないと思う。」
はっきりさせて、それから後のことを考えても遅くない。
尉折は黙って聞いていた。
「俺、二人の気持ち全然わかんなくて、無神経なこといて本当ごめん。でも。もし二人が……その、双子だとしても。」
真っ直ぐ尉折を見た。
「二人の気持ちって本物だろう。だったら平気だと思う。二人の気持ちがしっかりしてれば、強いよ。そういうの。」
「……。」
もう一度謝った葵矩に尉折は優しく笑った。
「さんきゅう。」
「……偉そうなこといっっちゃったね。」
葵矩はそういって、最後に優しく付け加えた。
子供を想わない親なんていないよ、尉折。
子供を捨てた親を受け入れろとは言えない。
でも、何か事情があったのかもしれない。
真実を知ってそして、後のことを考えよう。
真実を受け入れるのは辛いことかもしれない。
しかし、尉折は笑顔でうなづいた。
明日の日曜に、会いに行く、と。
「あっれー、尉折せんぱい。今日お休みですかぁ?」
次の日、学校は休みだが、部活はあるので、尉折の姿が見えない、と流雲が尋ねる。
「樹緑せんぱいもいないじゃないすかぁ。いいなあ。デートですかぁ。」
あついあつい、と嫌味なくだぼだぼのTシャツをヒラヒラをめくり、おなかに風を送る。
「ほら、始めよう。」
サッカーボールを流雲に投げ渡す。
「はぁい。」
尉折、いい方向に向かっているといいな。
葵矩は空に願った。
今日も晴天、暑いくらいの日差し。
「よーし、次はシュート練習!」
皆、どんどん巧くなっている。
大きな全国への希望が胸をいっぱいにする。
去年叶わなかった、全国制覇。
あつむ
「いーよ厚夢!ナイスシュート!」
「はい、ありがとうございます!}
ちぎり あつむ
中学でも後輩であった、契 厚夢が笑顔で言う。
届かない夢ではない。
葵矩は強く想う。
今年こそ、必ず。
「遅くなって悪い。」
今日は、休んでいいといったのに、夕方、尉折と樹緑はグラウンドに現れた。
爽やかな二人の笑顔。
葵矩は嬉しくなって叫んだ。
「よーし!紅白戦やるぞ!スタメン入って。コンディション次第でどんどんレギュラー入れ替えするからな!!」
青空に葵矩の声が響き渡った――……。
「ありがとう。」
練習が終わって、尉折と樹緑は葵矩に礼を言った。
俺なんか。と、顔の前で手を振る葵矩に――、
「ううん。すごく感謝してる。」
「俺。飛鳥に会ったほうがいいって言われなかったら、あのまま会いにいけなかった。なんか、きっかけつーか、さ。」
会いに行ってよかった。
尉折は優しい笑みをして、説明してくれた。
尉折と樹緑はイトコだった。
会いに来たのは、尉折の母親で、二人は捨てられたのではなく、預けられたことを知った。
尉折の母親と樹緑の母親が姉妹で、樹緑の父は事故で、母は病気で既に他界していた。
尉折の父親の会社が倒産、そして父親は過労死。
尉折の母親に残ったのは多額の借金と、尉折と妹の子供の樹緑。
「尉折のお母さん、私の母、妹の入院費のためにも必死で働いて……私たちを抱えて、すごく、大変だったんだと思う。」
樹緑が涙ぐんでいった。
尉折と樹緑の養母たちは、全て事情を知った上で、二人を引き取ったんだという。
「母さんたちは、ときどき俺たちに会いに来てくれてたんだ。それなのに……俺たちは、憎んでた。怒ってた。何も知らなかったくせに。」
尉折が唇をかみ締めた。
尉折の母親は、何度も引き取りにこようと思ったらしいが、物心ついた二人の前に姿を現すことはできなかった。と。
「でも、母さん今幸せだって言ってくれたんだ。新しい家族。俺たちのことも話してくれていて、一緒に暮らそうっていってくれた。でも。」
尉折は葵矩を見る。
――俺、樹緑と結婚する。
「そういった、尉折の顔。すごく、かっこよかった。」
帰宅して、葵矩は紫南帆と紊駕を前に、話しをした。
「紫南帆と紊駕にもお礼をいってくれって。」
「そっか。でも、お礼されることしてないのに……」
ヒ ト
人間は、態度や言葉だけじゃ、本当のことはわからない。
どんなに辛かったかなんて、解らない。
でも。
同情とかそういうんじゃなくて、他人の痛みを解る人間になりたい。
葵矩はそう思わずにいられなかった――……。
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