5
放課後。
「マジでやるわけ?」
部室から空を見上げる皆。
空――大雨強風である。
五限の終わり頃から、天気は一変した。
天気予報的中。
「とりあえず。海岸でようか。マネージャー風邪引かないようにちゃんと防備して、皆も。」
きさし
葵矩はウィンドブレーカーをかぶるようにして、雨の中、駆け出した。
皆も続く。
「遅い!!」
監督は、道路脇にワゴン車を駐車している。
すみません、と一礼すると、
「突っ立ってないで由比ガ浜までランニングだ!行け!」
「ゆっ、由比ガ浜――?」
ここから約三キロくらい東にいったところの浜で、アップダウンもある。
その上、パワーアンクルもつけ、この大雨。
「まじかよ。」
「死ぬつーの。」
「監督。」
皆がざわめきだす中、葵矩は淡、と言葉を発して――、
「マネージャーは学校で待機させるか、それでなかったら雨風の当たらない場所にいれるような配慮してください。」
あすか
「飛鳥くん……。」
「せんぱい。」
じゅみ つばな
樹緑と茅花が呟く。
監督が低く、いいだろう。と、了承するのを確認して、
「皆、いくぞ!!」
雨の中、先頭を切った。
「優しいやっちゃのう。ホンマ。」
カフスは言って、葵矩の後に続く。
皆も後を追ってきた。
途中、監督の運転する車からマネージャーたちの声援。
強風にすぐにかき消された。
江ノ島電鉄と平行に走る134号線。
向かい風に乗って大きな雨粒が、体を突き刺してくる。
まともに目も開けられない。
ずぶぬれで、その上、足には錘。
容赦なく吹く風に今にも吹き飛ばされそううになりながらも、由比ガ浜海岸を目指した。
いくらか急なカーブのある坂道の途中、右方に稲村ガ崎公園を見て、上り詰めた。
防波堤の下には、荒々しく波の立つ紺青の海。
遠方に見えた、由比ガ浜。
下りを右カーブして到着。
汗なのか雨なのかわからないほどの水が、頭から足のつま先まで滝のように流れている。
・ ・ ・
「ひゃあ、セットが乱れるぅ。」
るも
流雲は長い前髪を後ろへ流す。
ぬぐってもぬぐっても滴れてくる。
雨と波の轟音。
高い波がうねって浜へ押し寄せる。
そんな中、皆の前に鈍い音を立ててサッカーボールが転がってきた。
「シュート練習だ。」
それだけいう監督。
「……シュート、ですか。」
葵矩が監督に目を向ける。
「波を貫けたら休憩にしてやろう。ボールは各自一個。責任持って持って帰ってこい。」
「え――!!!」
皆一斉に声を上げた。
それもすぐに雨音と波音にかき消されてしまうが。
葵矩も目を見張って、貫くって、この波を?と押し寄せる波に視線を移す。
「たのしーことやってくれるやんけ。」
一人、カフスは靴を脱ぎ捨てた。
「ブラジルでもこれはやらへんけど。」
十分に水分を含んだ鉛のようなボールを両手で上にあげ、一旦ヘディングして数回リフティング。
すごい、葵矩はカフスのボールコントロールを注視。
この視界も悪く、風も強い中の重たいボールを難なく扱っている。
「ブラジルは皆、裸足でやるんよ。ボールもサッカーボールとはかぎらへん。」
葵矩も靴を脱ぎ捨てた。
カフスがそういいながら――、
「うわっ!すげー!!」
「まじで?すごい!」
カフスの放ったボールが、一直線に向かってきた蒼の壁を貫いた。
皆も驚いて声を上げる。
カフスは、波と一緒に戻ってきたボールを拾い上げて、
「葵矩ならできはるで、きっと。」
にっこり笑った。
「よーし!僕もやってやるぞー!」
流雲が腕まくりをして、気合をいれ、皆も倣った。
「俺も!」
「よし、俺も!」
そんな光景を見て、葵矩の頬は自然と緩んだ。
皆、子供のようにはしゃいで、波相手にムキになっている。
上着など、脱ぎ捨てて、浜辺を走り回っている。
「こら、流雲泳ぐなぁ!!」
海の中に飛び込み、楽しそうにボールと戯れる。
やがて――、
「雨、やんできた。」
「本当だ。」
夕日が傾きかけた頃、雨が上がった。
水面が赤い太陽に輝いた。
「きれー。」
皆、雨上がりの海辺の光景にしばし見とれる。
朝露をあびて、輝きを放っているかのようだ。
「おまえ。砂だらけだぞ。」
「お前だって。」
皆、お互いを見合って、笑う。
「いーじゃん、泳いじゃえー!」
「おーし!」
笑い声、木霊する。
「やっ……パワーアンクルしてるのに。」
雨が止んで、車から降りてきた樹緑が、海に入る皆を心配そうに見た。
「忘れてんじゃないですか。皆、楽しそう!」
笑顔の茅花に視線を移して、それってすごいことよ。と、樹緑。
しばらくして、監督も車を降り立った。
「解散。各自適当に帰れ。」
監督はそういい残してさっさと車を走らせる。
「気まぐれな監督だな。」
「でも、何か今までにない練習っていうか、楽しいかも。」
「だね。」
そんな監督の車が去るのを見届けて――、
「こら、流雲、犬じゃねんだから、頭ふるな!」
「かかりましたぁ?僕。パンツもびっしょりですよぉ。」
流雲が頭を振って水を切るものだから、尉折にかかったらしい、謝ってから自分のズボンを指ししめす。
「皆そーだよ。」
「俺も、俺も。」
見計らって、樹緑たちがタオルを差し出した。
「飛鳥せんぱい。風邪引かないでくださいよ。」
「あ、ありがとう。そっちは、大丈夫?」
タオルを受け取って葵矩は茅花を気遣った。
茅花は大丈夫です。と、笑顔で答えた。
葵矩は笑みを返して―ー、
「よし!皆、学校までドリブルで戻るぞー!!」
「げ。お前も監督並みじゃねーか!」
尉折が叫んで、
「よーし僕、いっちゃんのり!」
流雲が駆け出した。
「あ、待て!俺も!」
皆も倣う。
葵矩は皆を見届けて、そしてマネジャーたちに向き直った。
「マネージャーたちは、……えっと。」
「私たちも走りますよ!」
茅花が元気良く答えた。
夕映えの海岸線。
葵矩たちは学校まで戻った――……。
「あー、つかれたぁ。」
部室でシャワーを浴び、一息。
そこらじゅうに濡れたジャージ、Tシャツ、そしてパンツまで干してある。
「そだ、文化祭!部活でもやりますから!」
心底嬉しそうに、濡れた髪をそのままに流雲は皆に言った。
まだ、正式に決まってないけど、ね。と葵矩が付け加える。
「今から間に合うの?」
当然の周りの声に、
「間に合わせるんです!」
と笑顔の流雲。
相変わらずの言動に皆も呆れ顔。
「ったく。好きだよなぁ。」
「ワイも好っきやで。ええやん、試合前一致団結ゆうことで。」
「ねー、カフスせんぱい!」
カフスが流雲に賛同するのを見て、いつの間にか仲良くなってる。と、皆が笑った。
「そうそ、劇とかどーすか?」
流雲は机の上に飛び乗ると、人差し指を掲げ――、
「僕が王子様役でぇー、お姫様役はもちろん。」
葵矩にその指が向いた。
「あすかせんぱい!」
何でそーなんだよ。
語尾にハートマークをつけた流雲に葵矩がにらむ。
「せんぱい女装似合いそうですよね!」
「嬉しかない!」
皆も、いけそうかも。などと他人事だと思って口々にいっている。
「ええやん。かわいーで。きっとせでも王子はワイや、ワイ。」
「何でですかぁー!」
「タッパの差やタッパ。ワレじゃ、つりあわんやろ!」
あのね……そういう問題でもない。と、口に出さずに葵矩。
「マジメに考えろよ!!」
「だよな、やっぱお姫様は女の子でしょ。したら樹緑しかいないしょ。王子はもち、俺。二人はあつーい口付けで結ばれて――……」
どいつも、こいつも。
葵矩は眉間に皺を寄せる。
「いおるせんぱい、その先のいやらしいこと考えたでしょ!放送できませんよ、放送!」
放送ってなんだよ。
どうでもいいから、本当にマジメに考えてくれ。
葵矩は声に出すのも億劫で、心で呟く。
「……あの。どうせやるならもっとサッカー部らしいことしましょうよ。」
や し き
呆れた様子を隠さずに、夜司輝。
たとえば?という周りの声に――、
「そうですね。去年の全国大会の様子を皆に知らせるとか。ほら、中学生もくるわけですし。」
「あー、いいね、それ。」
夜司輝の提案に、さすが。と葵矩は安堵の溜息をついた。
「じゃ、ビデオとか写真とか、新聞の切り抜きなんかも展示したらいいかも。」
はらき いつく
二年の原季 慈が提案する。
「誰が持ってる?」
「俺、宿舎でとったやつならあるけど……。」
「みてみたーい!」
一年生たちが騒ぎ出す。
「ワイも、見たいなぁ。」
カフスも。
「じゃ、生徒会には俺から掛け合ってみるから、皆はできるだけ写真とか集めてもってきて。」
「はーい。」
どうやらまとまりそうだ。
葵矩はもう一度溜息をついた――……。
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