BOY's LIFET- School Festival -

                          五

                                               たつし
  「奴らは、真っ直ぐ頭を狙ってきた。俺たちなんか眼中にねーって顔して、闥士さんだけを……渋谷も中華街も何処でもお前らの縄張りにしてやる。だから仕事を手伝え。って、奴らは言った。」

  「で、反対した闥士を……ってワケやな。」

 仕事って何なん?
      かいう                つがい
 尋ねた海昊に首を振る津蓋。
          ヤ                        きさらぎ
  「闥士さん。殺られたとき、……如樹には絶対ゆうなって、うわ言のようにゆってた。……心配、かけたくなかったんだ。口では、思ってないこといったりするけど。……闥士さん、本当は、如樹やお前らに感謝してると思う。」

 でも、巻き込む結果になってすまない。と、何度も頭を下げた。
 そんな津蓋の肩を優しく叩いて――、
   みたか
  「紊駕には?」

  「……いや。」

  「ゆわんほうが、ええな。あいつ、大事な時期やから。」

 高校三年の紊駕を憂いで、皆も頷いた。

  「それから……気になることがあるんだ。」

 津蓋が次の言葉を告げようとした時――、

  「何してるんだ。」

 一斉にその声の主を振りかぶる。
 裏口から出てきたと思われる、真っ白な白衣を身をまとった男性。
 入り口まで歩いてくる。
 薄暗い電灯の下でも、整った顔立ちをしているのがわかる。
 背も高い。
 
  「……あ、おじさん?」

 海昊が声をあげ、

  「紊駕の親父さんやってん。」

 皆に説明して、頭を下げた。
            きさらぎ   ひだか
 紊駕の父親――如樹 淹駕。は、私立如樹病院の院長だ。
   あさわ    たつし
  「浅我 闥士に面会か。」

 紊駕に良く似た低い声で、的を得た。
 皆が大きく頷いた。

  「さっき意識が回復した。」

 皆の顔がようように明るくなった。

 ――意識が戻った。

 一気に周りが歓喜にざわめく。

 淹駕はその様子に見かねて、海昊たちを病院の中へと促す。
 無言で長い足を前に運ばせる。
 海昊たちは、それに倣った。
 必要以上話さない寡黙なところも紊駕と似ている。

  「あまり疲れさせないようにしてあげなさい。」

 皆は淹駕に一礼し、津蓋が静かにドアを開いた。

  「闥士さん!」

 真っ先に津蓋はベッドにすがりつくように飛んでいった。
 ベッドに横たわってた闥士の顔がこっちを向く。

  「津蓋てめっ、……海昊にゆったのか!」

 海昊たちの姿を見つけて、いきなり体を起こす。
 包帯を何重にも巻かれた頭を抑えた。

  「闥士!おきあがらんといて。」

 海昊はかけよって、津蓋と共に闥士を優しく支えた。
 天井から吊られた左足が痛々しい。
 上半身も包帯が巻かれている。
 整った顔にもいくつもの治療済みの傷。

  「津蓋を責めんといて。……大丈夫か?」

 苦痛に顔をゆがめて、再び横たわった。
 苦しそうに息を吐いて――、

  「紊駕にゆったんじゃねーだろーなっっ!」

  「大声出すなて。ゆうてへんよ。紊駕には、ゆうてへん。」

 津蓋は頭をさげて謝った。
 海昊は微笑する。

  「ワイらができることなら、力になるさかい……」

  「よけーなお世話だっ!出てけ!」

 闥士が遮る。
 そっぽを向いた。

  「てめっ、海昊さんの好意をっ!」
      つづみ
  「こら、坡。」

 海昊は軽く津蓋に頭を下げ、皆にも病室をでるよう促した。

  「海昊っ。」

 病室の外に津蓋がでてきた。

  「闥士さん、あんなことゆってても本当は……」

  「わこうとる。身体にさわるやろ。……落ち着いたらでええ。何かあったら連絡してや。」

 海昊は頷いて、携帯電話の番号を津蓋に残した。
 坡は、もう冷めてるけど。と、いって中華まんの紙袋を手渡した。
 津蓋は、何度も礼をいって頭を下げた――……。



  「あ、お帰りお兄ちゃん。」

 鎌倉市の閑静な住宅街。
 アパートの一角。        みら
 2DKのこじんまりとした海昊と冥旻の家。

  「ただいま。」

 玄関まで出迎えた冥旻は、

  「どう?」

 心配そうに尋ねた。
 長い黒髪は高い位置で一本に結っていて、毛先がカールしている。
 妹の言葉に、学ランを脱ぎながら――、

  「ん。意識戻ったで。」

  「本当?よかったぁ。あ、夕食まだだよね。今用意するから。」

 スリッパの音をたててキッチンへ向かった。
 その背にさんきゅう。と、呟いて溜息をついた。
    ヤクザ
 ――本業だ。

 津蓋の言葉が、頭から離れない。
 中華街の黒服が、脳裏から消えない。

  「……待っとったん?すまん。」

 テーブルに用意された二人分の食事。
 ピーマンの肉詰め、サラダ、コンソメスープ。
 色とりどりで多種な食事が並んだ。

  「だって、二度も作るのめんどくさいし。」

 かわいく舌を出す妹。
 海昊はもう一度礼をいって、箸をもった。
 二人で住み始めて、もう三年になる。
 生活に必要なお金は、十分すぎるほどの仕送りをもらっているが、それだけに頼ることなく、海昊はバイトもしていた。

  「ね、そだ。お兄ちゃんのとこ文化祭何やるの?」

 二人で食卓を囲み、雑多な話しを進める。
      ・  ・  ・  ・
  「何やねるとんモドキ?やるゆうとったで。」

  「男子校だもんねぇ。」

 冥旻は私立K学園から一つ駅離れた私立K女子学園の二年生に在学中である。
 本来なら、海昊は三年なのだが、ワケあって妹と同じ学年だ。
               めの
  「友達と行くからね。碼喃なんか、お兄ちゃんに絶対会いに行くって、力んでるよ。ぞっこんなんだから。どーするぅ?」

 からかうように顔を傾け、向かいに座っている海昊を覗き込むように言った。
        ぬまれ   めの
 碼喃とは、奴希 碼喃。
 冥旻の同じクラスの友人だ。

  「あほ。」

 突き出された頭を軽く叩いて――、

  「せやけど、ワレ、友達にはゆうてへんのやろ。」

 その言葉に冥旻の表情が曇った。
 唇を尖らす。

  「……お兄ちゃんは、戻るつもりなの?」

 語尾にアクセントをつけて言い放った。
      ・  ・  ・                                ・  ・  ・  ・
  「私はいやや。ぜったい戻らない!帰らへんから!」

 冥旻が大阪弁に戻るのは、我を忘れている証拠だ。
 神奈川に来て、自主的に大阪弁を辞めた冥旻だったが、慌てたり取り乱したりすると、出てきてしまう。
 眉間に皺を寄せる妹を宥めて、

  「そんなんいいたいいんちゃう。」

 穏やかに続けた。

  「隠し事あるの、いい気持ちちゃうやろ。」

 日本一大きなヤクザ組織、飛龍組の長女。
 冥旻は友達に言えずにいた。

  「いずれ、わかってしまうことや。……知られても、態度変える友達ちゃうやろ。」

 幼い頃からコンプレックスを抱いてきた。
 皆が自分を腫れ物のように扱う。
 組の者は皆自分にへつらう。
 たまらなく嫌だった。

  「知られるの怖い思うとるゆうんは、友達のこと信じてへんゆうことやで。」

  「ちがう。……そんなこと、ない。」

 小さな唇を震わせた。
 海昊は、そんな妹の肩を優しく叩いて――、

  「……ワイ、一度大阪戻ろ思う。」

  「何で?」

 冥旻が顔を上げる。
 二重の瞳が大きくなった。

  「約束、やろ。せやから――」
            ゆうの      さあら
  「結婚するの?憂乃か唆疏さんと、約束通り結婚しはるのっ!?」
                まいづめ  ゆうの
 憂乃――南家の長女、舞雀 憂乃。
                げんぶ   さあら
 唆疏――北家の長女、這武 唆疏。

 取り乱す妹に首を振って、静かに言う。

  「ケジメ、つけなあかんやろ。いつまでもこのままやあかん。決めなあかん時期なんや。」

 真摯な瞳。
 このまま、何もせずにいられたらどんなに楽か。
 このまま、皆と一緒にいられたら、どんなに良いか。

  「紊駕にゆうたら、うだうだゆうてなどやされてしまうさかい、な。」

 苦笑する。

  「結果はどうあれ、一度、大阪戻る。今までわがままばかりゆうたさかい。」

  「うん……お兄ちゃん、強くなったね。」

 素直に冥旻は頷いた。
 そして微笑む。

  「何ゆうてんねん。ほな、洗ってしまうさかい、運び。」

  「いいよ、私やるから。」

  「ええて。」

  「……じゃ、二人のほうが早いね。」

 兄妹は台所に並んだ。
 
 神奈川に来て、二人は変わった。
 ただ逃げたい。と、思っていたあの頃とは。
 そんな二人に月は優しく微笑んだ――……。



  「……坡、轍生。」

 次の朝、海昊が玄関を開けると――、

  「おっ、おはようございます!」

  「おはよう。……どないしたん。」

 坡と轍生が玄関の前で直立していた。
 二人はお互い目を合わせて照れ笑いをしてみせる。
 いつも遅刻ギリギリで学校に登校する二人。
 海昊を心配して迎えに来たのだ。

  「おおきに……?坡、何持っとんねん。」
                                           ・  ・
 海昊は二人の気持ちを理解して、礼をいってから、坡が抱えているモノを見た。
 
  「……いえね。俺らが来たときにドアの前に置かれてたんです。」

  「……曼珠沙華……?」

 海昊は呟いた。
 真っ赤な六枚の花弁が、放射状についている、曼珠沙華が数十本の束になって包まれている。

  「……何どうしたの?」

 玄関先の会話に冥旻が登校の準備を済ませ、顔をだした。

  「おはようございます、冥旻さん。」

 坡たちと挨拶を交わし、四人、数秒その曼珠沙華の花束に注視した。
 海昊がゆっくりと手をのばして――、

  「何や、手紙みたいの入っとる。」

 真っ白なカード。
    
 ――長遠勿見。

 四字の漢字が中央に書かれているだけのシンプルなカード。

  「Zhan yhu vek ji……中国語や。」

 海昊が綺麗な発音で言うのに、坡は驚いて、

  「ちゅっ、海昊さん中国語しゃべれるんスかぁ〜?」

 素っ頓狂な声をあげた。
 幼い頃からあらゆる勉強、格闘技を教え込まれてきた。
 このくらいの中国語は教養範囲だ。

  「そない大げさなもんちゃうて……少しなら何とかゆうことや。……せやさけ、上海語やねんな。」

  「久しぶりって意味よね。」

 冥旻も首をかしげた。

 同じ中国語であっても、北京語、広東語、上海語などがあり、発音、語彙ともに大きく異なるだけでなく、文法にも違いがあるのだ。
 そのため、中国人同士でも直接会話するのは非常に困難なことがある。
 公用語は、漢民族の共通語として作られた中国語、普通話である。

  「……どーゆーことっスかね。だいたい彼岸花なんて花束にしますかねぇ……」

 しかも異様に重い。と、坡。

  「重い?ちょっと置いてみぃ。」

 いわれるがまま坡は花束を下に下ろした。
 妙に鈍い音がした。
 海昊はおもむろに包み紙を広げる。

  「……根っこつき?」

 眉をひそめる。
 真っ赤な大きな花から伸びる、黄緑色の細い茎。
 そしてそれとは別に茶色の土のついた球根。

  「何これ.。」

 冥旻は手を口元にもっていく。

  「おかしいわ。」

 海昊は学ランから伸びた手で、後ろに撫で付けてある髪をかきあげた。

  「今、曼珠沙華がこない真っ赤な花咲かせるやなんて、変やわ。」

  「彼岸花っていうくらいですもんね。九月半ばくらいですよね。」

 轍生の言葉に大きく頷く。
 
  「それに、球根。……確かに曼珠沙華のやけど、これかて花の後にここから葉がでてくるハズなんよ。……せやから別名、相思草ともゆわれてはるのに……。」

  「……あ、お兄ちゃん。もう八時。私いかなきゃ!」

 冥旻が腕時計を見て声を上げたのに、我に返って、

  「せやな。とりあえず、ここ置いとくわ。」

 花束を玄関に置き去りにし、四人は学校へ向かった――……。



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