BOY's LIFET- School Festival -

                          十



  「あ、いたいた。お兄ちゃん!」

 向かいから甲高い声。
 みら
 冥旻が大きく手を振っているのが見える。
              しぐれ                   たきぎ
  「ウワサをすれば。時雨さんいますよ、薪さん。」
 ささあ
 篠吾の言葉に睨む薪。
 白のセーラー服に、袖には臙脂色の三本の線が縁どられ、紺色のネクタイ。
 膝上のスカート。
 私立K女子学園の制服が四体。

 冥旻に、時雨。   あさわ   めみ       たつし
 肩までのボブヘアの浅我 萌――闥士の妹。
      めの
 そして、碼喃。
 天然パーマのかかった髪を二つに高く結っている。

  「この前は、ありがとうございました。」
    かいう
 萌が海昊たちの前で、礼儀正しく頭を下げた。

  「いや。闥士、その後どないや?」

  「ええ、おかげさまで順調です。」

 萌の言葉に海昊はよかった。と、笑顔。

  「そーそ、海昊さん、明日ライブやるんですよねぇ!私、絶対見に行きます!頑張ってください!」

 子犬がじゃれ付くように飛び跳ねて、満面の笑みでいったのは碼喃。

  「お兄ちゃんてば、ゆってくれないんだから。碼喃から聞いたんだからね!」

 海昊たちが、ライブをやることを碼喃伝いで聞いた。との冥旻の言葉に、恥ずかしくていえない。と、海昊は照れ笑いをして、碼喃にありがとう。と、呟く。

  「ライブって、まさかあんたもやるわけ?」

 金色に脱色されたショートヘアをかきあげたのは、時雨。
 その目は薪に向いていた。

  「やんねーよ。」

  「だと、思った。あんた、音楽なんて全然できないもんねー。」

  「んだと?」

 男っぽい言葉遣いの時雨に、薪は睨みかえす。
 周りは、また始まった。と、呆れ顔。
                   あおい
  「でも、あの二人見てると、滄さんとあさざさん思い出すんスよねぇ。あの二人もよく言い合いしてましたよね。」

  「今でも変わりませんよ。」
 ささめ                               つづみ
 細雨は、大人っぽく笑って坡に答えた。
        ひさめ
 細雨の兄、氷雨と薪の姉、あさざは中学からの付き合いで、明後日結婚式を控えている。
 薪と時雨のように、口げんかをしていたことを思い出し、皆は微笑した。

  「あ、ここ占いの館だって!おもしろそ〜!」

 皆で廊下を歩きながら、碼喃がひとつの教室を指差した。
 
  「入ってみますか?」

 ぞろぞろと皆でドアをくぐった。
 おみくじや手相、色々な類の占いが用意されていた。
 ゲームセンターさながらの機械もある。

  「へぇ、結構凝ってんじゃん。」

 試しに皆でおみくじを引いてみる。
 顔色がすぐに変ったのは、坡。
 整った左眉が上がった。

  「何?」

  「いや、吉なんスけどね……」

 といって指し示したところ。
 
 ――前方注意。かなり危険な目に会う。

  「お前、よそみしてんなよ〜。」
              てつき
 からかうようにいった轍生の手元を見て、

  「恋愛、最悪じゃん。こりゃ、とーぶん彼女できねーな!」

 仕返しをした。

  「るせー、当たるとは限んねーだろ。」

 坡と轍生を垣間見て、海昊は自分のおみくじを開いた。

 ――争いごと。解決するでしょう。

 溜息をひとつついて、そうあって願いたい。と、心内で呟いた。
 あれから、何の手がかりもなく、自分の頭の中でいろいろな事が交錯し、結論が出ずにいた。
 視線を下に動かす。

 ――恋愛。想い人に再会するでしょう。

  「……。」

 想い人……。
 海昊は窓から見える真っ青な空を見上げた。
 切り取られた空は、大きな塊の雲がひとつあるだけだ。
 海を思わせる、その色。

 海昊の脳裏に独りの女性が浮かんだ。
 六年前、アメリカに旅立った少女。
 特に付き合っていたというわけではない。
 しかし、自分を前向きにしてくれた。
 海昊は、今の自分があるのは、彼女のおかげだと思っていた。
 海昊にとって、彼女は特別に値する女性だった。

  「ねーね。お兄ちゃんのクラスいってみようよ。ねるとんってどんな風にやってんの?」

  「じゃ、いってみますか。」

 今度は皆で海昊のクラスに向かった。
 二年一組の教室。
 客入りは上々の用で――、
      ひりゅう                                        れづき
  「あ、飛龍さんたち、来てくれたんすか。澪月さん。今トークタイムですから女のコナンパOKですよ!いつもみたいに。」

 クラスの男子の言葉に、

  「いつもみたいに。は余計だ。」 

 と、坡は殴るマネをした。
 クラスの中は、ところどころに机と椅子が並べられていて、喫茶店のような雰囲気だ。
 時間を決めて、あとで一斉に告白タイムになるらしい。
 ねるとんルールが黒板に大きく書かれていた。

  「あ、かっこいー人めーっけ。」

 海昊にぞっこんだといっていた碼喃は素早く翻した。
 坡と轍生も辺りを見回し、行動しだす。
 海昊は微笑して、窓辺に腰掛けた。
 校内外から聞こえる楽しげな声。
 いろいろなところから様々な曲も聞こえてくる。
 楽しい学園祭なのだが、何も解決していない今、満喫できないでいる。
 思わず溜息が漏れる。

  「海昊くん。」

 空耳が聞こえたように思えた。

  「海昊くん。」

 ほんの一瞬。
 海昊が振り返る瞬間に走馬灯のように流れだす記憶。
 しかし、そんなはずはない。
 そんなはずは――、
         しぶき
  「……――飛沫ちゃん。」

 海昊は思わず口にした。
 その懐かしい、名前。

  「久しぶり、海昊くん。」
                           かみじょう  しぶき
 にっこり微笑んだのは、まぎれもなく彼女、龍条 飛沫だった。
 目を疑った。
 
  「……どうして……ホンマ?」

 目の前の彼女は、もう一度笑った。
                               ひせ
  「日本に帰ってきたの。海昊くん家連絡したら、斐勢さんが、教えてくれた。」

 変らぬ、優しい微笑み。
 口元が柔らかく動いた。
 
 ――恋愛。想い人に再会するでしょう。

 六年振りの再会だった。

  「え、飛沫さん?本当に??」

  「冥旻ちゃん。久しぶり。」

 冥旻が戻ってきて、やはり海昊と同じ表情をしてみせた。

  「日本に戻ってきてたんですか!!お久しぶりです!」

 満面の笑みで飛沫の手を取った。
 飛沫は頷く。
 その様子に、坡たちも戻ってきて――、
                     たつる
  「……か、龍条 飛沫さん、や。立さんの妹さんの……」

  「あ、え、彼女が?」

 坡がそういうのに、飛沫は、頭を下げ、兄を知っているのかと尋ねた。

  「お話だけ……」
        かみじょう たつる                  ハマ                        ロード                 ・  ・  ・
 飛沫の兄、龍条 立――今は亡き横浜一大きな族、THE ROADの総統だった男。
 そう、カコ形。
 彼は、七年前に十八歳という若さで亡くなった。
 
 海昊と飛沫は大阪で出会い、海昊が神奈川へ来てから、THE ROADの特攻隊長だった氷雨とであった。
 偶然にも、間接的に立を通して、海昊と氷雨は出会う前から関わっていたのだ。
 くわしくは、<NEPTUNE>TO BE-そして大人へ-Dark to Lightなどを参照。

  「そうだったんスか……」

 そんな関係を聞いて、坡たちは頷き、飛沫は世界って狭いんだね。と、微笑んだ。
 あの頃と変らぬ優しく強い笑顔。
 坡は海昊と飛沫を交互に見て――、

  「俺たち、ちょっと他見てきますよ。」

  「そーですね。」

 轍生や細雨、冥旻たちまでもが教室を出て行った。

  「え、ちょ……」

 海昊は足早に去る皆に手を伸ばしかけ、そして飛沫を見る。
 飛沫は失笑して、

  「歩こっか、校内。」

 海昊に手を差し伸べた。

  「……。」

 海昊は少しためらってから、飛沫のその手をとる。
 かわらない、あの頃と。
 二人、教室をでて廊下を歩いた。

  「海昊くん。おっきくなった。背もそうだけど、……何か、おっきく見えるよ。」

 飛沫は、にっこり笑ってからずっと黙っている海昊に、どうしたの。と首をかしげて覗き込んだ。
 あの頃とは二十cm近くも背の低い飛沫を見て――、

  「何か、まだ信じられんて……」

 飛沫は立ち止まって、黒く長い髪を手櫛で何気に整えて、海昊を真っ直ぐ見た。

  「龍条 飛沫、アメリカより准看護師の資格を無事習得して帰国しました!」

  「……おめでとう。……ほで、お帰り。」

 看護師になるのが夢だった。
 たくさんの人の力になりたいの。
 幼いなりに飛沫の意志は強かった。
 
  「……ただいま。」

 二人、真っ直ぐ見つめあう。
 飛沫は口元を緩めた。

  「……会いたかった。」

  「……ワイもや。」

 二人の気持ちは、六年前と同じ。
 六年経った今も、変わることはなかった。
 数秒、見つめあう。
 周りの騒音が遠くなる。

 海昊が口を開きかけた、その瞬間。

  「きゃあ――っ!」

 甲高い大声。
 騒音が一気に増した。
 海昊は次の瞬間には、声のするほうへ翻す。
 飛沫を気遣いながら――、

  「坡っ!!」

 校舎裏。
 高い木々が立ち並ぶ一角。
 背を木に預けたまましゃがんでいる坡の姿。
 頭上には、矢らしきものが突き刺さっていた。
 周りにはひとだかりができている。

  「るせーよ!てめーら、消えろ!」

 薪が外野を蹴散らした。
 轍生、細雨、篠吾も薪に倣って野次馬を抑え、散らばす。

  「か……海昊さんっ。射殺……」

 ――坡射殺。

  「まじ、前方注意……だぜ、おい。冗談じゃねーよ。」

 轍生は坡を振り返る。
   みかど         ときり
  「扇帝っ!梳裏っ!でて来!!」

 海昊は、柳眉を逆立てて後ろを振り返り、大声で叫んだ―ー……。



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