九 「……話はわかった。」 かつろ 皆から少し離れた場所で、格良は端整な顔を曇らせた。 長身で、良く引き締まった体型。 実年齢よりも幼く見えるが、威厳も兼ねそろえた精悍な顔つきをしている。 せいじょう かつろ みたか ひだか 清城 格良――神奈川県警の警察官で、紊駕の父親、淹駕の知り合いだ。 かいう 海昊も何度かお世話になっていて、顔なじみである。 格良は、他の警官を抑え、親身に話を聞いてくれた。 中国マフィアのこと。 四年前のこと。 ひりゅう 飛龍組がかかわっているかもしれないこと。 隠さず正直に話す海昊。 「……せやから、申し訳ありまへん。必ず、決着つけますさかいに。……それから、紊駕には黙っとってください。あいつ、今大事な時期やから……」 頭を下げる海昊に格良は溜息をついて、肩に手をおいた。 「相変わらずだな、お前も。」 複雑な海昊の心中を察して微笑した。 大きく頷いて、取り計らってくれることを約束してくれた。 海昊は胸を撫で下ろす。 こうき 箜騎の父親は、重要参考人として警察に呼ばれた。 箜騎は海昊に頭をさげて、落ち着いた面持ちで同行した。 「……。」 パトカーが静かに退散するのを見送って――、 「いい加減にしろよ、てめぇ。」 たきぎ 練習を再開しに倉庫に無言で戻った皆の沈黙を破ったのは、薪。 置いてあったゴミ箱を蹴飛ばした。 鋭い一重の瞳を海昊に突きつける。 くろむ 黒紫が無言でそのゴミ箱を片付けて、海昊を見る。 つづみ てつき ささめ ささあ 坡も轍生も、細雨も、そして篠吾も海昊を見た。 「独りでうだうだ考えてんじゃねーぞ。」 薪の言葉に、坡は頷いて、 「そうですよ。話してください。」 皆も顔を大きく縦に振った。 皆、海昊が独り悩んでいることを気にかけていた。 「……。」 自分の身の上。 ある程度話はしていたが、中国のマフィアや政略結婚の話などは詳しくは伝えていなかった。 きさらぎ 「如樹さんみたいに秘密主義にならないで下さい。そんなの俺たち嫌っス。独りで悩まないで下さい!」 皆の気持ちは、とても嬉しかったが、迷惑をかけるとわかっていて言い出せなかった。 そして、言うのが恐かったのも事実。 海昊は溜息をついて、謝罪と礼をいって頷いた。 そして七人、海昊の家で――、 「薪!」 話の途中で取り乱し、駆け出そうとした薪の腕を引っ張る。 「放せ!放せよ!!」 「お願いや、ちゃんと聞いて。」 「もういい。俺にはカンケーねぇ。」 引っ張られた腕を振り払い、睨む。 うっすら涙目にも見える。 ――政略結婚……今年の七月で結婚し、三代目につかなくてはならない。 「行けばいいだろ。大阪、帰ればいいだろ!」 一番信頼していた。 心から大切だといえた。 薪にとって海昊はそんな存在だった。 「……ほんまにそう思うとる?」 「……。」 せいむ 幼い頃、両親を亡くし、人間不信にまで陥った自分を助けてくれたのは、黒紫の兄、青紫だった。 そして、その青紫亡き今、心の支えだったのは。 意地っ張りで、淋しがりやな自分を理解してくれたのは――、 「約束、したやろ。いつも側におるて。薪、こっち向き。」 腕をつかまれたまま、無言で顔を背けている薪に優しい声。 もう、誰も失いたくない。 背中がそういっていた。 「ワイ、薪にウソついたこと合うたか?」 振り返って、上目遣いで見上げた。 うつむいて、 「……本当だな。」 そして顔をあげた。 「ウソついたら、ぶっ殺すかんな!」 「まだ死にとうないさかいな。」 海昊は方エクボをへこまして笑った。 「海昊さん……」 薪だけではない。 坡たちも皆――、 「俺、こんなこといっちゃいけないのかもしれないっスけど。でも……海昊さんのいない学コなんて堪えられないっス。」 「俺も嫌です。」 「……わがままですけど、俺も。」 「俺も!」 「俺だって!」 皆、海昊を必要としている。 「……おおきに。……せやさけ、ケジメはつけよ、思うとる。」 「私はヤクザなんかと結婚しないからね!」 みら 台所で、冥旻が口を挟むタイミングを見計らったかのように言葉にした。 皆にコーヒーを継ぎ足す。 「だいたい政略結婚なんて古すぎると思いません?」 皆の輪の中に混ざって、力んだ冥旻に、篠吾が大きく頷いて賛同した。 海昊は妹の態度に少し呆れた表情を見せたが、 「皆が幸せになれる方法を考えてはる。あの時は、ホンマ逃げたかった。せやけど、今は前向きに、この体制を変えよ思う。行動をおこしてみる。……皆のお陰やさかいに、さんきゅうな。」 真摯な目で皆をみた。 海昊も皆と一緒にいたい。 皆も満面の笑みで――、 「全面協力!!」 失くしたくないものが、ここにある。 絆で結ばれた大切な仲間たち。 いつも勇気をくれる仲間たち。 変えられないものはあるかもしれないが、変える努力を怠りたくはない。 海昊は力強く決意した――……。 「どーしたんだよ、篠吾!」 「ひっでぇな。」 夜の江ノ島。 十数台の単車。 バッド ブルース BADとBLUESの仲間たち。 月一回以上は必ず集まって、雑多な話しをしたり、走りにいったりしている。 「きーてくださいよぉ。」 篠吾は、皆の前で単車の話しを憤怒して語っている。 波の音が木霊する浜辺。 耳を傾けているだけでも癒される。 月明かりに照らされた海。 海昊は、防波堤に腰下ろした。 みたか ひさめ 五年前に紊駕と初代総統の氷雨、三人で旗揚げしたBAD。 今では、たくさんの仲間が集うようになっていた。 皆、単車が好きで、走るのが好きで、自然に集まった仲間たち。 薪が仕切るBLUESもまた。 「飛龍さーん。聞きましたよ。ライブやるんですって?」 「そーそ。何で教えてくれないかなぁ。」 「何で、知っとんのや?」 数人の男たちが、目の前にやってくる。 「俺らの情報網甘く見ちゃいけませんよ。なぁー。」 「そうそう。」 皆わきあいあいしていて、妙な階級、強制などない。 BADとBLUES、二つの族だが、隔てはない。 「絶対行きますから、K学際。ライブ十一日しょ?」 「マジで?」 「あ、坡さん。今すっげー嫌な顔した。」 「だって、ヤだもんよ。」 「げ。……マジでゆーか。」 笑いが起こる。 端から見れば、ちょっとはみ出した者。 世間で不良と呼ばれる者もいる。 しかし、外見だけで判断する人間にはなりたくない。 「ちょっとー、飛龍さん、何とかゆってくださいよぉ〜!」 海昊は微笑。 慕う、という言葉は、強制されるものではない。 尊敬も同じ。 心から自然にそう思い、その人の為に何かをしたいと思う。 その道理がこの族には、適っている。 「学祭なんてつまんねーもんくんな。」 「薪さんは、天然のサボリっすかぁ?」 「てめ、もっかいいってみ?」 「ひゃあ、ウソっす!」 海昊と薪、統率はしているが、権力など振るってはいない。 クレイジー キッズ ベイ ロード 「そういえば、Crazy Kids何かあったんですって?あと、BAY ROADも。水臭いじゃないですか。ゆってくんないなんて。」 数人が飲み物を片手に寄ってきた。 海昊が謝ると、笑顔で協力しますよ。と、力強くいってくれた。 「でも、返って迷惑になるようなら、はっきりゆってくれていーすからね!」 お互いを思いやる気持ち。 海昊は心から礼をいった。 皆、大好きだ。 ここへ来て、本当によかった。 何年経っても色褪せないだろう絆。 他愛もない会話が勇気をくれる。 生きるエネルギーになる。 大好きな場所で、大好きな奴らと過ごす、大切な時間。 色々なことを経験し、成長する。 外見など関係なくて、学歴など関係なくて。 お金が一生で一番大切なものなんかじゃなくて。 もっと、もっと大事なこと。 今しかできないLIFE。 今だからできるLIFE。 仲間とともに送って、そして大人になりたい――……。 六月十日、土曜日。 私立K学園中高等部、学園祭第一日目。 「けっこーもりあがってんじゃん。」 海昊たちは、校内を歩いている。 外部の人たちや父兄もたくさんきていて、廊下は人ごみだ。 多種多様の装飾が学校内外を彩り、校門からグラウンドまでは屋台が建ち並んでいた。 食べ物のいい匂いが漂ってくる。 「クラスはええの。」 「はい。俺んとこ映画上映ですからへーきっす。」 篠吾は今しがた手に入れたソフトクリームをおいしそうに頬張る。 皆も頷いた。 「海昊さんとこは、ねるとんでしたっけ。あとでいきましょっか。」 「男子校ならではって感じっすよね。俺もいきたい!」 「いーね。かわいいコいるかもな。」 坡、細雨、轍生が次々に口にすると、薪があからさまに顔をゆがめて、 「ナンパやろう。」 はき捨てた。 「えーだって、彼女、欲しくないスか?」 「いらねーよ。」 坡の言葉を一蹴。 しぐれ 「あ、でも薪さんには、時雨ちゃんいますもんね。」 「てめ。ぶっ殺すぞ。」 あおい しぐれ 時雨――滄 時雨。細雨の姉であり、冥旻の友人でもある女の子だ。 薪とは中学が同じだったが、別段付き合っているわけではなく、いわゆる喧嘩友達みたいな間柄だ。 「海昊さんはどーなんスか。海昊さん、もてるし。」 「そんなことあらへんて。」 七人とも今のところ特定の彼女はいない。 まだ高校生。 これからたくさんの出会いと別れがあるだろう。 今人生の伴侶を決めることなど、できない。 しかし、海昊はそれを生まれたときから強要されていた。 自由恋愛など許されていなかった。 別に、相手が嫌いなわけではない。 嫌いではないが――、 海昊は窓の外を眺めて、こっそりと溜息を吐いた――……。 >>次へ <物語のTOPへ>
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