BOY's LIFET- School Festival -

                          十二


  「お兄ちゃん。私、友達に話したよ。」
        みら        かいう
 その夜、冥旻は海昊に報告した。
 友人たちに自分がヤクザの娘であるということを、初めて告げたのだ。
                           しぐれ
  「今まで黙っててごめん。って。そしたら時雨がね、冥旻は冥旻だっ。っていってくれたの。」

 冥旻は細い指を目頭に持っていく。

  「お兄ちゃんの言うとおりだった。もっと早くいうべきだったの……私ね、お兄ちゃんたち見てて、すごくうらやましかった。本当の仲間。……でも私にもいたんだよ。」

  「あたりまえやろ。」

 海昊は優しく妹の頭を撫でた。
 冥旻は嬉し涙を浮かべて頷く。

  「うん……今まで恐かったの。バカみたい。友達のこと、信じてなかったなんて……」

 自分の身の上、友人が知ったらどう思うだろう。
 友人じゃいてくれなくなるかもしれない。
 友人だといいながら、信じれなかった自分。
 友人に申し訳ない。と、冥旻はいった。
                                          ヤクザ     きまり
  「頑張ろうね、お兄ちゃん。私、まだ結婚なんかしたくない。だから、極道の制度なんて変えてやろう!」

  「せやな。」

 二人、笑顔を見せあった。
 ただ、逃げたい。そう思っていたあの頃とは違う。
 兄妹は、また少し強くなった――……。



 六月十一日、日曜日。
 学園祭第二日目。

  「横浜の牌楼て建て替たんか……」

 朝、何気に新聞に目を通して独り言を呟いた、海昊の表情が一瞬にして変わった。

  「冥旻っ!」

 台所で洗い物をしていた冥旻が、海昊の声にすぐさま隣に腰下ろした。

 ――西暦一九九五年、六月十一日、日曜日。 Y新聞朝刊。

 横浜中華街の顔である、牌楼の建て替え、増設工事完了。
 明日から、横浜、神戸、長崎の三大中華街による、獅子舞披露などの、横浜中華街牌楼完成記念祭が開かれる。

 中華街には、七基の牌楼があったが、老朽化が進んだため、リフレッシュ工事を進めてきた。
 完成したのは、すでに改修済みの善隣門。

 九九年三月に改築予定の東門を除く、市場通り門、玄武門、朱雀門、延平門、建て替え五基。
 地久門、天長門の増設二基。の、計七基。

 中国古代科学、風水思想を忠実に体現した中国建築様式。
 西門は、平和を守る白虎神。
 南門は、幸福を招く朱雀神。
 北門は、子孫繁栄をもたらす玄武神。
 をモチーフし、それぞれ、延平門、朱雀門、玄武門、と名づけられた。
 東門も繁栄をもたらす青龍をデザインとし、完成後は朝陽門とされる。

  「これや。」

 海昊の頭の中でパズルが組みあがった。
 玄関先におかれた、曼珠沙華と一緒にあったカード。
 「薬」を中心に東に「朝」、西に「延」、南に「朱」、北に「玄」の装飾文字。

  「玄武門、朱雀門、延平門……そして、東門は、完成後、朝陽門とされる。」

  「朝、延、朱、玄!!」

 冥旻も新聞を食い入るように見入った。
 海昊も頷く。

  「せに、この地図……」

  「本当だ。」

 冥旻伝いで受け取ったカード。
 こくみね
 石嶺から受け取ったそれ。
 そして、新聞に描かれた中華街の地図。
 見事に一致していた。

  「……私たちのカードだけ、朝がバツされてるでしょ。もしかしてコレが、遺産の場所?」

  「……。」

 海昊はコーヒーを一口飲んで、尖った顎に手を添えた。
 曼珠沙華とカードを送り主。

 ――長遠勿見

 そして、中国語。
 冥旻は無言の兄に、言葉を続けた。
                                  せいじょう
  「今日の新聞、見たら絶対皆わかっちゃうよね。……清城さんに連絡しておいたほうがいいね。」

  「せやな。明日から祭りが始まるらしいしな。……とりあえず、学コにはいかな。」
         しぐれ
  「うん。私も時雨たちと約束しちゃったから。」

 胸騒ぎがした。
 中国マフィア、四家、中華街に一同に介する。
 かつろ
 格良に連絡をし、事情を説明してから、学校に向かい――、

  「もちろん、俺たちもいきます。」

  「……。」

 学校で皆に告げると、坡が皆の気持ちを代弁した。
 口をつぐんだ海昊に、

  「行かせてください。」

 頭を下げる。

  「……おおきに。」
             しぶき
 冥旻も時雨たちも、飛沫もそこにいた。
 皆の気持ちが痛いほど伝わってきた。
 海昊の力になりたい。

  「海昊くん。」

 飛沫が優しい笑顔を見せた。

  「私、アメリカでいろいろな人を見てきた。体や心が傷ついている人。貧しくて病院にも行けない人。……亡くなった人。世の中って、やっぱり生きていく以上、お金がないと生きられないの。」

 幼い頃、親元を離れて、大阪の親戚に預けられた飛沫。
                たつる
 小五の夏、七つ上の兄、立を病気で亡くし、その、一年後、家族と共にアメリカはニューヨークへ旅立った飛沫。
 いくつもの困難を乗り越えて、今年、アメリカの高校を卒業し、准看護師の資格を取得した。
 夢だった看護師への道。
 努力と前向きな姿勢で進んできた。
 献身的で正義感が強く、優しさと強さがにじみ出ている。

  「日本には、飢えて亡くなる人、希かもしれないけど、世界中にはたくさんいるの。それなのに、お金持ちの人に限ってそういう人の気持ち、わかってあげれない人、たくさんいる。」

 切ない瞳。
 自分の無力を感じた瞬間もたくさんあったのだろう。

  「お金があれば、物は買えるかもしれないけど、心は手に入らない。海昊くんは、ちゃんとわかってる。お金は一生で一番大切なものなんかじゃないこと。」

 海昊を真っ直ぐ見つめた。

  「だから、負けない。……海昊くんは、絶対負けないから。頑張って!」

  「……おおきに。」

 力強いその笑顔に礼を言って、単車に息を吹き込んだ。

  「冥旻!負けんじゃないわよ!」

 時雨たちも応援してくれた。
 冥旻は元気に頷いて、メットをかぶる。
 坡たちも皆、出発の準備をした。
 クラッチを握るその時。

  「たっ、助けてくれ!!!」

 叫び声にも似た大声で、息せき切って向かってくるのは――、
       ぐし     へんり
  「ぐっ、虞刺、遍詈――!?」
                   ぐし     ようり     へんり   まなき
 今は罪を償っているはずの、虞刺 洋利と遍詈 学貴の姿。

  「てめーら、何で?」

  「助けてくれ!」

 二人は海昊たちの前で、転ぶようにして膝をついて肩で息をする。
 尋常ではない様子。
 
  「……どないしたん。落ち着き。」

 海昊は単車から降りて二人の前に肩膝をつく。
 二人が落ち着くのを待って――、

  「追われてんだ。俺らもうヤベーことしたかねーよ。いきなりシャバに出されて……尋常じゃねー。奴ら!お願いだっ、かくまってくれ!!助けてくれよ!!」

 海昊は、肩にすがる巨体二人を宥めて、誰だ。と、尋ねるが、
 名前はわからない。と、前置きして続けた。

  「で、でも。四年前の奴らなのは確かなんだ!」

 唾を飛ばしながら、二人が交互に話す。
       ブルース
 四年前、BLUESに缶コーヒーが氾濫した。
 二人は、中華街でそれや麻薬を、ある男から手に入れた。
 細面に、顎ひげ。
 狐目の中国人。        さんて
 海昊の脳裏に、中国マフィア珊底の顔が浮かんだ。
 エゴイストの塊のような男。

  「……。」

  「今頃、奴ら、またきやがって……ヤクをある場所から運んで隠せって……でも俺ら、もうごめんだぜ。けど……逃げられねーよ!!」

 海昊は二人の肩を叩いて、穏やかな表情を無理やり作った。
 携帯電話を片手に、格良に話しをつける。

  「大丈夫や。……ワイらが警察まで連れてったる。」
                         てつき
 そして、坡たちに合図し、坡が虞刺を、轍生は遍詈を後ろに乗せた。
 警察に立ち寄り、足早に中華街に向かう。

  「ねぇ、あのバツってもしかして……」

  「ああ。多分な。」

 信号待ち、冥旻はハンドルを握る海昊にささやいた。
 海昊は頷く。

  「じゃあ、あの花束をカードを贈ったのは……」

  「……安底や思う。」
 ひりゅう                                               あんて
 飛龍家と繋がる中国のマフィアの総統、安底。
 若い面持ちながらに精悍な顔つきをしていた。
 昔から、海昊には丁重な態度で接していた男。
 
  「安底は少なくとも、珊底たちとは違う。……そう思いたいんや。」

 中華街。
 明日から牌楼完成記念祭が行われる。
 単車を止め、足早に向かうと、黒服が群れをなしていた。
 格良には、内密に中華街から一般人を退出させるようお願いをした。
 海昊を信じて、快く受け入れてくれた。

  「海昊。」

 予想はしていた。
 その声に海昊は振り返る。
   らが      あさき        むろ
  「蘿牙、旭基……霧呂。」
        げんぶ    らが
 北家長男、這武 蘿牙。
        まいづめ  あさき
 南家長男、舞雀 旭基。
        ほとら    むろ
 西家長男、吠虎 霧呂。

  「久しぶりやな。冥旻、べっぴんにのうたやんけ。」

  「蘿牙は変わらないわね。」

 冥旻が冷たく言い放って、そっぽを向くのに、

  「……変わりはったんは、容姿だけやなく、言葉もか?」

 冥旻の細い顎をつかんだ。

  「てめ!何すんだよ!」
         ささあ
 叫んだのは篠吾だ。
 思いっきり睨みを利かして、蘿牙の冥旻をつかんでいる手を払い落とした。

  「何やワレ。ワイを誰だか解うてそないな態度とっとるんかぁ?」

  「やめい、蘿牙。」

 睨み返して、手を出そうとした蘿牙を海昊はとめた。
 蘿牙は、篠吾たちが自分に鋭い目を突きつけた様を見回して、海昊を見た。

  「何や、海昊。ワイらよりこいつらをとるゆうんか。」

  「そや。」

 間髪入れずに返答した海昊に眉根をひそめ、あからさまに不服そうな顔する。
 海昊は溜息交じりに――、

  「ワレ、変わらへんねんな。……残念や。」

  「……はん?どうかなってしもたんちゃう?旭基かてとちくるいおって。」

  「え?」

 海昊は旭基に視線を移した。
 旭基の瞳。
 口元は、にこりと微笑んだが、瞳がまったく動かない。

  「……旭基……ワレ……目が見えんと?」

  「バカなんや、こいつ。下の奴らの抗争に巻き込まれおって。」

 冥旻が息を飲んだように、
                 さあら
  「まさか。あの時?……唆疏さんを助けようとして……」

 口にして、海昊の袖を引っ張った。

  「ホンマ、ばっかやわ。」

 蘿牙の吐くすてるように言った言葉に、海昊が柳眉を逆立てた。

  「バカなんかやない!愛しとる人を助けたいんは、当然なことやねんか!!」

  「絶対結ばれもせんのに。そない、意味があるんか?」

 鼻で笑った蘿牙。
 霧呂も頷いて、唆疏さんは、海昊と結婚するんやで。と、口にする。

  「……。」

 言葉をなくした海昊に――、

  「海昊!」

 甲高い声に向き直る。
        げんぶ    さあら
 北家長女、這武 唆疏。
        まいづめ   ゆうの
 南家長女、舞雀 憂乃。
        ほとら    きな
 西家長女、吠虎 希七。

 四家の跡取りが全員揃った。

  「会いたかっってんで。うち、な、べっぴんにのうたやろ。」

  「何もゆわんと、いってしまうなんてあんまりやわ。」

 憂乃と希七は、笑顔でそれぞれ海昊の横に立って手をとった。
 しかし、海昊は笑わない。
 笑えない。

  「唆疏さん、バカです。」

 一歩前に踏み出して、声高々と冥旻。

  「ばかよ。何が家のため?好きなら旭基と結婚すればいい。運命だと思ってるって、六年前、私にいったわよね。私、あの時唆疏さん、大人なのかなって思った。……でも違う!!」

 真っ直ぐ唆疏を見る。

  「弱いだけよ。旭基は、自分の目に代えてまであなたを守ったのに、あなたは答えてあげないの?本当は、好きあってるくせに!!政略結婚なんて、壊しちゃえばいいじゃない!!」

 一気に息を吐いて、さらに続けた。

  「私は蘿牙なんかと結婚しない!私は、本当に自分の好きな人と好きな時に結婚するの。私は、自分にウソはつかない!!」

 冥旻は真剣な瞳で、叫んだ――……。



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