六 かいう 窓際の席で、海昊はカードを眺めていた。 初夏だというのに、春のような日差しが差し込む。 「……。」 ――長遠勿見。 カードは、二つ折りになっていた。 開くと縦五センチ、横十センチほど。 内側に漢字四字。 二つ折にした外側両面には、 ――宮伐迷安摩珊因婆摩真招毘。 あたかも模様のように装飾された十二字がカードの縁をなぞるように繰り返し連なっていた。 その中央に、印鑑のような円の中に、「薬」を中心に東に「青」、西に「白」、南に「朱」、北に「玄」が、それぞれ描かれている。 ひっくり返す。 やはり、印鑑のような円の中に、同じように、「薬」を中心に東に「朝」、西に「延」、南に「朱」、北に「玄」の装飾文字。 そして、東の「朝」の字だけがバツ印が描かれている。 「……。」 東に「青」、西に「白」、南に「朱」、北に「玄」。 「青、白、朱、玄……。」 海昊は呟いてみる。 「青龍の青。白虎の白。朱雀の朱。……そして、玄武の玄。」 中国漢代の四神。 そして、日本一のヤクザ組織、東家、西家、南家、北家の象徴でもある。 東家――飛龍組、家紋は青龍。 西家――吠虎組、家紋は白虎。 南家――舞雀組、家紋は朱雀。 北家――這武組、家紋は玄武。 「……。」 何か嫌な予感がした。 「……い。……おいっ!」 たきぎ 「……え。あ、薪……?」 授業が終わったことにさえ気がつかず、目の前に不服そうな薪の姿にも今気がついた。 ズボンのポケットに両手を突っ込んで、胸を反らしている。 「何回も呼んだ?もしかして……」 薪の顔色をうかがって――、 「悪い。考え事しとったん。おはよう。」 間の抜けた挨拶に、薪は鼻を鳴らしてから右手をポケットから抜いた。 「……。」 海昊の机の上にはくしゃくしゃに丸まった白い紙。 薪の顔は、怒っている。 海昊が無言でその紙を開いた。 「……っ何やねん!!」 海昊の顔色が変わった。 ――細圧殺篠撲殺黒絞殺薪焼殺轍毒殺坡射殺海刺殺。 漢字二十一字。 「どないしたん、これ。」 「ゲタ箱!」 薪が壁を蹴飛ばした。 タチ悪いな。と、海昊は呟く。 どう見ても、海昊たち仲間の名一字だ。 ささめ ささあ くろむ てつき つづみ 細雨の細、篠吾の篠、黒紫の黒、薪、轍生の轍、坡、そして海昊の海。 圧殺、撲殺、絞殺、焼殺、毒殺、射殺、刺殺。 不吉な熟語と共に印刷されていた。 「あいつらっスよ!!絶対そーにちがいねぇ!」 「そーすよ、こんな根暗なこと!!」 昼休み、坡と篠吾は力んでそう言った。 例によって、海昊のクラス。 薪がくしゃくしゃにした用紙を前に、皆は一様に憤怒した。 「……ところで、細雨、遅いですよね。」 黒紫の言葉に皆が一斉に振りかぶる。 一時を過ぎようとしているのに、姿が見えない細雨。 海昊がいち早く反応した。 それに皆も倣う。 ――細圧殺。 まさか。 「細雨!!」 中等部、三年五組で――、 あおい ささめ 「ワレ、滄 細雨どこにおるか知らん?」 努めて穏やかに、しかし焦りがこめられた海昊の言葉。 「あ、細雨なら体育館にいきましたよ。」 「体育館……?」 教えてくれた男に礼をいって、一目散に体育館に向かった。 「何だって体育館なんかに……ん?」 体育館に続く道を走りながら、坡は横目でグラウンドを体育館方向から走り去る数人を見た。 瞬間。 「うわぁぁ!!」 叫び声と、鈍い大きな音が響いた。 「細雨の声だ!!」 六人、足早に向かう。 体育館のドアを半ば壊すような勢いで、開いて――、 「細雨っ!!」 海昊は素早く舞台へ飛び乗った。 「かっ、海昊さん……」 細雨の体の上には、文化祭で使用されるものだろうか、大きなパネルのような、演劇で使う背景のような大道具が襲い掛かっていた。 幸い、頭には当たってないようだ。 皆でその大道具を持ち上げる。 「どうもないかっ?」 「……は、はい。大丈夫です。」 立ち上がった細雨に胸を撫で下ろす。 「……圧殺……です、か。」 黒紫の言葉に、目を見張る。 ――細圧殺。 「もしかしてさっきの奴ら!」 先ほど体育館から去った男たちを思い浮かべた。 細雨は何が何だかわからないという顔をして、 「これ、友達伝いにもらって……」 白い紙を差し出した。 ――体育館舞台 「あの……圧殺って?」 海昊は薪がもってきた紙を細雨に手渡した。 友達にききにいこう。と、促した。 誰がこんなことを……。 「くっそ。胸クソわりー!」 薪が壁を蹴飛ばした。 皆も一様に怒りの形相を隠さない。 結局、細雨の友人に尋ねても手がかりなく――、 「うそだろ〜!!」 放課後、悲嘆な声を上げたのは、篠吾。 駐輪場で、 「ひっでぇ。」 見るに耐え難い姿のSUZUKI RG250。 ボディーが何かで撲られボコボコにへこんでいた。 しかも、篠吾の単車だけが。 「鉄パイプか何かやな。えげつないことするやんけ……」 「……撲殺。」 黒紫の呟きに、 「ただの脅しやないっちゅーわけか。」 海昊は眉間に皺を寄せる。 ――細圧殺篠撲殺黒絞殺薪焼殺轍毒殺坡射殺海刺殺。 ――篠撲殺。 「どーしてくれんすかぁ〜これ、いくらかかるとおもってんだよぉ。」 半ベソをかく勢いで愛車にうなだれる篠吾。 絶対犯人許さない。と、叫んだ。 「かならずしも人を傷つけるワケじゃないってことか……くそ。」 「卑劣やんけ。……エンジンは大丈夫なん?」 篠吾が鍵を差し込んで始動させた。 かかった。 「はぁ。……エンジンまでいってたら俺、マジで泣いちゃいますよぉ。」 安堵の溜息とともに、アクセルグリップを確かめるように回す。 皆、一様に渋い顔をした。 「……絞殺。次は俺の番ですか、ね。」 黒紫が用紙を見てぼそっと呟いた。 ――細圧殺篠撲殺黒絞殺薪焼殺轍毒殺坡射殺海刺殺。 ――黒絞殺。 「誰だ一体。」 「海昊さん!俺、あいつらんとこ行って来ますよ!!」 坡の怒り声に、 こくみね 「……石嶺のとこか?」 と、海昊。 「もうガマンできないっス。はっきりさせにいきます!」 「俺も!!もしあいつらだったら絶対ぶっ殺してやる!!!」 坡と篠吾の怒鳴り声に冷静に――、 「まだあいつらと決まったわけやない。そない人のこと疑いとうない。」 「あいつらしかいません!!!」 篠吾は力んだ。 「もし、違たらええ気持ちちゃうやろ。」 「海昊さん!!細雨や篠吾があんな目にあって悔しくないんですか!!!次は黒紫かもしれないんですよっっ!!」 その瞬間、鈍い音がして、 「薪!」 「……た、薪さん。」 坡が苦しそうに腹を押さえて屈みこんだ。 「いつ海昊が悔しくねーなんていったよっ!!ちっとは黙ってろ!!」 薪の啖呵に、坡が謝った。 「……坡。ワレの気持ちようわかる。ワイかて同じや。……せやけど。」 海昊は穏やかに、何の証拠もない。と、呟いた。 「はい……すみません。」 篠吾も頭を下げた。 ネガティブな気分のまま、皆は無言で単車にまたがった。 今日も練習をしなくてはならない。 「あの……めちゃめちゃやけ食いしたい気分なんすけど!!」 付き合ってもらえませんか? 愛車を見つめながら言う篠吾に、皆は同情して、山下へ向かう前に小町通にむかった。 JR鎌倉駅出口のすぐ前のロータリーを左に折れ、八幡宮へ伸びる通り。 雑貨屋、服屋、アクセサリー、土産など色々な店が軒を連ねている。 その一つに入り――、 「……篠吾ぁ、金なくなるぞ。……アレ、直すんだろ?」 テーブルに運ばれたケーキの山に皆で呆れた。 「もーいーっすよぉ。くいまくってやるぅ〜!!」 本人は一心不乱に口に運んでいる。 「……。」 そんな篠吾を垣間見て、海昊は窓の外を見やった。 「……。」 黒服の集団。 中華街で見たのと同じだ。 「それにしても一体誰なんでしょうね。」 細雨の声に、外から視線をずらした。 「そういえばアレっスよね。彼岸花の件もわかんないスよね。」 アイスティーをストローで一口飲んで、坡は話を振った。 海昊は今朝のことを皆に話す。 「それに、Crazy Kidsの件だよな……」 「あと、石嶺たちも!!」 皆は頭を悩ませた。 しかし、そうしたところで一向に事態は前には進まない。 見かねて――、 「篠吾。早く食わねーと置いてくぞ。」 薪が立ち上がった。 「え。待ってくださいよぉ。」 篠吾は最後の一口にくらいついて、薪さん横浜いくの嫌がってたのに。と、呟いた。 海昊たちは失笑した。 「ほな、篠吾。薪おこらしてしまうど?」 「えー!今行きます!!」 急いで店をでる準備をした。 ベイ シティ そして、七人、BAY CITYへ向かった――……。 >>次へ <物語のTOPへ>
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