一 十二支全方位を司る、十二神将――人の力の及ばない災難や不運から守護すると言われる中国漢代の勇猛な善神。 宮毘羅、伐折羅、迷企羅、安底羅。 摩爾羅、珊底羅、因陀羅、婆夷羅。 摩虎羅、真達羅、招杜羅、毘羯羅。 共に、薬師如来に仕えるとされる。 この十二神将を趣深い山水図の十二方に、梵字で表し、描かれた十二神将守護山水図。 即ち、全ての方位、月、時間が安全、安泰であるよう、各々干支の動物も記される。 これに因み、中国のマフィア――大きな勢力を持つ秘密犯罪組織。は、神将の名を語り、陰謀を企てる――……。 西暦一九九五年、六月十一日、日曜日。 Y新聞朝刊。 横浜中華街の顔である、牌楼の建て替え、増設工事完了。 明日から、横浜、神戸、長崎の三大中華街による、獅子舞披露などの、横浜中華街牌楼完成記念祭が開かれる。 中華街には、七基の牌楼があったが、老朽化が進んだため、リフレッシュ工事を進めてきた。 完成したのは、すでに改修済みの善隣門。 九九年三月に改築予定の東門を除く、市場通り門、玄武門、朱雀門、延平門、建て替え五基。 地久門、天長門の増設二基。の、計七基。 中国古代科学、風水思想を忠実に体現した中国建築様式。 西門は、平和を守る白虎神。 南門は、幸福を招く朱雀神。 北門は、子孫繁栄をもたらす玄武神。 をモチーフし、それぞれ、延平門、朱雀門、玄武門、と名づけられた。 東門も繁栄をもたらす青龍をデザインとし、完成後は朝陽門とされる。 西暦一九九五年、五月。 「あ?」 私立K学園校舎裏。 「頼むよ皆!このとーり。」 「頭下げんでもええって。……せやけど何でまたバンドなんか?」 ひりゅう かいう バッド 飛龍 海昊、高校二年――湘南暴走族BADの二代目総統。は、目の前で頭を下げる男に、生まれつきの大阪弁で怪訝な顔つきをし、尋ねた。 「学祭の舞台。時間余るらしーんすよ。で、一応俺、学祭委員なんで。」 れづき つづみ 澪月 坡、高校三年――湘南暴走族BADの特攻隊長。は、顔を上げて、長く赤い前髪をかきあげた。 後ろは、薄く伸びる黒髪を一本でまとめている。 「ばーか。学祭なんかでてられっか。やんなら勝手にやれ。」 なしき たきぎ ブルース 流蓍 薪、高校二年――湘南暴走族BLUES三代目総統。は、半ばばかにするように鋭い目を突きつけた。 六月十日、十一日に私立K学園の大行事の一つとして、毎年恒例の学園祭が行われるのだ。 この時期は、授業数が減り、殆ど学園祭の準備と化される。 「えー、そりゃないっすよ。」 「でも、楽器とかできるんすか?」 きりわ ささあ 桐和 篠吾、高校一年――湘南暴走族BLUES。は、あどけなさの残る顔を傾けた。 「ドラムなら多分できるぜ、俺。」 うどう てつき 得道 轍生、高校三年――湘南暴走族BAD。は、茶色の短髪を大きな手でかき混ぜた。 「一応、キーボードOKですよ?」 あおい ささめ 滄 細雨、中学三年――湘南暴走族BAD。は、右手の人差し指を挙げた。 くろむ 「たしか、黒紫、ピアノ弾けたよね。」 「え、少しなら。」 てんり くろむ 天漓 黒紫、高校一年――湘南暴走族BLUES。は、頷いた。 この七人。 とりわけグレている、というわけではない。 単車を愛し、走るのが好きな仲間なのだ。 「本当か?だったら全然問題ないよ。」 目を細める坡に、 「まじでやんのかよ。」 睨む薪。 「せやけど、曲とかどないすんの。」 「何の曲でもいいっスよ。オリジナルでももちろん。」 「おい!」 薪は、呆れた様子を顕わにして、SEVEN STARSを足元に落とし、黒のローファーでもみ消した。 「マジでやるつもりなのかよ。ダッセ。」 「ええやん。学校行事参加するのも悪うないやろ。せに、ワイ結構、祭り事好っきやし。」 頭から乗る気のない薪に、穏やかな口調で、海昊。 薪が踏み消したSEVEN STARSを拾って、ゴミ箱に投げ入れた。 「したら、やっぱ飛龍さんヴォーカルっすよね!」 人差し指を挙げて、笑顔でいうのは、篠吾。 「え。坡やるんちゃうの?」 「えー、俺は、ギターやりますよ。」 「ちょい待ちぃ。……ワイ、歌うんか?」 他にいないじゃないですか。と、皆の顔が言っている。 海昊は溜息をついて、音痴やで、きっと。と呟く。 「大丈夫っスよ。お願いします!!」 そんで。と、坡は、周りを見渡して、担当を指示した。 ドラム――轍生。 キーボード――細雨。 ピアノ――黒紫。 ベース――篠吾。 「薪さんはぁ――」 「付き合ってられっか。」 語尾を伸ばす坡に薪ははき捨てるように制した。 「見学でもしとったらええよ。で、服とかは自由なんやろ?」 「はい。規定はないっス。」 そういえば。と、篠吾は、大きめの口元に指をもっていって――、 「飛龍さん、暑くないすか。」 五月中旬なので、衣替え前ではあるが、連日暑い日が続いていたため、Yシャツ姿の生徒が殆どの中、海昊は黒の襟詰め学ランを着たまま、袖をまくっている格好だ。 「ああ。Yシャツやと……透けてしまうさかい、な。」 曖昧な言葉。 細雨は、中学生にしては落ち着いたトーンで、 ホリモン 「飛龍さん背中に刺青あんですよね。」 海昊を見る。 「そっかぁ。かっこいーんすよね、龍の彫りモン。」 マルボロをくわえて、それに素早く火をつけてくれた坡に礼をいってから――、 「かっこいーっつーもんでもないんやけどな……家紋やから。」 飛龍 海昊――BADの総統であるとともに、日本一大きなヤクザ組織、飛龍組の直当主、三代目に当たる人物なのだ。 本家は大阪だが、ワケあって今は妹とここ、神奈川県鎌倉市に住居を構え、今年で五年になる。 大阪のヤクザ組織、飛龍組は、証として刺青と異名を彫られるとされる。 海王星 海昊の背中には、青龍が飛んでいる様の絵と、とNEPTUNEの文字が彫られている。 「でも……いつかは大阪、戻らなきゃならないんですよね……」 淋しそうに呟いたのは、細雨。 「えーっ。大阪帰っちゃうんですかぁ?そんなの、嫌ですよぉ――。」 「っるせーよ篠吾!昼飯でも買って来いよ!」 篠吾にきつい薪の叱責。 篠吾が肩を落として、すみません。と、謝ると、 「……ワイのことはどうでもええて。昼、買いにいこか。」 海昊は優しく笑って、マルボロを消して、ゴミ箱に捨てた。 しかし、一瞬垣間見せた表情は、良く整った眉と眉の間に皺が寄っていた。 「いってきますよ、海昊さん。いつものでいいですか?」 「ああ……さんきゅう。」 「薪さんは?」 「てきとー。」 わかりました。と、黒紫は一礼して、海昊と薪をその場に残してコンビニエンスストアに向かった。 ほとら きな ――吠虎家の希七が、十六になったら縁組を行う。 大阪のヤクザ組織は、四つ。 火りゅう ほとら まいづめ げんぶ 東家の飛龍組、西家の吠虎組、南家の舞雀組、そして北家の這武組。 この四家は、各々が巨大な組織故、杯を交わし、安泰を保っている。 杯――西家の吠虎組の長女、希七が十六歳になったら、海昊は四家いずれかの長女と将来を約束し、三代目につかなくてはならない。 そして、その年は、西暦一九九五年。 今年の七月で、希七は十六歳になる――……。 「さっき、どーして薪さん怒っちゃったんですかぁ、坡さぁん。」 コンビニエンスストアに五人で向かっている。 篠吾の泣きつくような声に――、 「そりゃぁーオメー……怒るわ、なぁ轍生?」 首を斜めに向け、轍生を見上げた。 「俺に振るなよ。……まぁ、何だ。要するに――……」 コンビニエンスストアの自動ドアをくぐりながら轍生。 「海昊さんのこと、信じてるからですよ。薪さん、ああ見えても淋しがりやですから。あ、これ薪さんにはナイショですからね。」 黒紫は優しく微笑む。 「……。」 てんり せいむ 薪は、小さい頃両親を亡くし、心のよりどころだった親友、天漓 青紫――黒紫の兄。も四年前に失った。 今でこそ海昊たちのお陰で前向きになれはしたが、内心を隠すための意地っ張りな性格なのだ。 詳細は、NOT ALONEにて。 「それ、海昊さんの分ですか?相変わらず小食ですよね。俺、絶対足りないや。」 無言の皆に黒紫は、坡の手の中の野菜サンドイッチ一つを見て、声のトーンを上げた。 篠吾は、黒紫の持っているものをみて、黒紫は食べすぎだと思う。と呟いた。 メロンパン、アンパン、ミックスサンド。 まだ選んでいる。 照れ笑いを見せる黒紫。 「あれ、細雨は?」 坡の言葉に、皆が回りを見渡して――、 「しっ。」 少し離れたところで、こちらを向いて人差し指を口にあて、身をかがめる細雨の姿。 皆も怪訝な顔をして、細雨の後ろから細雨の視線を追った。 「……だろ。で、二年の飛龍 海昊。」 「!!」 隅の飲み物売り場で三人の男。 「やっぱやめよーよ。」 一番小柄な男が見上げて呟いた。 飲み物を選びながら、 アタマ 「飛龍シメとけば、こっちのもんだよ。大丈夫。」 明るい茶色の髪の男。 なしき たきぎ ブルース 「流蓍 薪もいんだろ。BLUESのアタマ。今だどっちK学シメてっかわかんねーからな。」 スポーツドリンクをかごに入れる、切れ長の目の男。 「……何だ、あいつら。」 坡が低い声で呟く。 うち 「K学ですね。何か俺たちのこと調べまくったりしてて、……妙ですよ。」 細雨が険しい顔つきをした。 篠吾が少し、前へでて――、 「あ、一組の奴らですよ。」 「知ってんの?」 篠吾の上から轍生。 「そういえば、入学式のとき、目立ってた奴だ。あの茶髪。」 黒紫が思い出したように呟いた。 こくみね みかど 明るい茶色の髪、両目に泣き黒子の男――石嶺 扇帝。 たあか ねい 一番背の低い男――多垢 寧。 れいお ときり 黒髪の切れ長な目の男――礼緒 梳裏。 三人とも、K学園高等部の一年生だ。 「一年シメるより、てっとり早いだろ。でっかくいこうぜ。」 扇帝はウインクをして見せた。 「K学シメる気か――」 「で、海昊さんたちの首とろうってハラだな。女みてーなツラしやがって。」 轍生の言葉を引き継いで、坡ははき捨てた。 「身の程知らずってんですかぁ。あーゆーの。あんな弱そーな奴らがっ。笑っちゃいますよねぇー!」 能天気な篠吾に、坡は渋い顔。 「タチ悪いな。あーゆーの増えっと。」 「ですね。海昊さんは相手しないと思いますけど、厄介ですよね。」 黒紫は、レジで会計を済ませ、外へでていった三人を見届けた。 皆も頷いた。 「とりあえず、海昊さんたちの耳にいれとくか。」 五人は学校へ戻った――……。 >>次へ <物語のTOPへ>
|