BOY's LIFET- School Festival -

                          四


  「ありがとうございましたぁ!」

  「明日からもよろしくお願いします。」

 午後六時。
 初日の練習を終えた。
 つづし
 矜の笑顔に見送られる。
 外はもう暗いが、ネオンが一層際立って人もたくさん増えてきた。
 ベイ シティ
 BAY CITYの夜はこれからだ。

  「いやぁ、指つるかと思いましたよぉ。」
 ささあ
 篠吾がベースを弾くマネをしてから笑い。

  「でも、初めてだろ。あんだけできりゃ素質あるよ。」

  「そーすかねぇ。うれしいっす。」

 雑多な話しをしながら単車が停めてある場所まで歩いていると――、

  「学ランの団体さんたち、イキな単車転がしてねっ。」

 その軽い口調に、皆が振り返る。
   こうき
  「箜騎さん。」

  「え、うそ。箜騎さんじゃないっスかぁー!」

 薄茶色の短髪。
 白のプリント柄のTシャツにブルージーンズ。        たがら  こうき
 腰には、ジーンズの薄手の上着を巻きつけている男――貲 箜騎。
           ヨコハマ      ベイ    ロード                ささめ             ひさめ                  かいう
 横浜の族、YOKOHAMA BAY ROADの総統で、細雨の兄、氷雨の知り合いで、海昊たちとも馴染みだ。

  「よ、やっぱ海昊たちか。」

  「こんちはぁ。何でこんなトコに?」
 
 篠吾の言葉にイタズラな笑みで――、

  「それはこっちのセリフ。」

  「そうですよね。横浜ですもんね。」

  「うそ、うそ。俺の親父がさ、ここの経営者なんだよね。」

 指を差したのは、海昊たちが今までいたBAY CITYだ。
                          つづみ
 そうだったんですか。と、皆で納得して、坡が矜のことを話そうとしたとき、

  「ナメてんのかっ、こらぁ!!」

 怒鳴り声とともに物体が物体にぶつかる鈍い音が響いた。
 視線を移動させると、数人の男が倉庫の壁に男を押しやっている。
 その男の仲間らしき男たちが集まり、相手を押し合い、胸座をつかみ合い、にらみ合いをしている。
 その様子に箜騎は右手で顔を覆って溜息をついた。
 そして、歩み寄る。

  「てめぇーら、やめねーかっっ!!」

 男たちの争いが止まった。

  「鶴の一声ってカンジすねぇ。」

 篠吾はあんぐり口をあけ、海昊たちが箜騎を追うのに倣った。
 再びBAY CITYの前まで足を運ぶ。
 
  「ワケは何だ?」

 箜騎は男たちに鋭い視線を向けた。
 仲間と思われる男たちは、一様にうなだれて箜騎に謝り、壁に寄りかかっている男たちは睨んだ。
      クレイジー キッズ
  「……Crazy Kidsちゃう?」

 海昊が壁に寄りかかる男を眺め見た。
 男たちが、驚いた表情をして海昊の名を呟いた。

  「知り合い?」

 箜騎の言葉に――、
               たつし
  「知り合いゆうか……闥士元気なんか?」

 男たちの顔つきが変った。
 こそこそとお互いが耳打ちして、

  「誰だ、それ。」

 言って見せた。
                あさわ    たつし
  「お前らの頭だろうが、浅我 闥士!」

 坡の言葉にも、にやけた笑みで知らない。と、答えて見せた。

  「……なんやて?}

 嘲笑する男たちを見る。
 男たちは一様ににやけた顔つきをして、ガン飛ばしながら背を向け歩き出す。

  「……何かあったみたいですね。」
 くろむ
 黒紫が的を得た。
 Crazy Kids――渋谷のチームで、頭の闥士とは、因縁の仲ともいうべく間柄だ。
 数秒の沈黙に、箜騎がどうした。と憂いだ声をかけたので、

  「大丈夫です。……ほな。ワイら。」

 海昊は頭を下げて駐輪場へ足を向ける。
 箜騎は首をかしげ、またな。と、だけ声をかけた――……。


 中華街。
 本町通りを東門へ向かう。
 老朽化した建物が並ぶ、東門に隣接するその一角に、黒尽くめの男が警戒心をむき出しに突っ立っていた。

  「……。」

 海昊は目を見張る。
 あでやかな装いにはそぐわない。
 東門をくぐると景色が一瞬にして変わる。
 平日にも関わらず、夜の中華街は、人、人、人でごった返していた。
 
  「いいっスねぇ。中華街!」

  「夕飯食べていきましょうよ〜!」

 七人、歩きながら目当ての肉まんを目指す。

  「あ、……悪い。」

 海昊が短い言葉で答えると、坡が頷いて――、

  「冥旻さん待ってますもんね。」

 肉まん買ったら早く帰ろう。と、皆に促す。
 冥旻――海昊の一つ下の妹である。
 二人きりで生活している為、海昊は極めて外食はしない。

  「ワイに気遣わんと、ええで。」

 海昊はそういったが、皆は了承済みで坡に頷いた。
 そんな皆に礼をいう。
 メインストリートを西に歩く七人――、
 
 突然の電子音に、海昊はポケットに手を入れた。

  「お兄ちゃん?」

 焦燥感漂う妹、冥旻の声が電波に乗って聞こえた。
 学生にはまだ浸透していない携帯電話。
 
 家の都合上、携帯電話を身につけている海昊。

  「何や。冥旻、どないしたん。」

 耳を傾ける。
 冥旻の言葉に相槌をうち――、

  「……何やて?解うた。……大丈夫や。ほな。」

  「どうしたんスか?」

 平素ではないと悟った皆が坡の言葉に頷いて、海昊を見つめる。
 ややってから、
        
  「闥士が殺られたらしいんや……」

  「闥士がっ?」

 頷いて続ける。
   めみ
  「萌ちゃんから冥旻に電話合うてな……今、病院やて。」

 萌とは、冥旻の友人で、闥士の妹だ。
 だからCrazy Kidsの奴ら。と、轍生がBAY CITYでの様子を思い出すように呟いた。

  「でも、誰なんでしょうか……」
 ささめ
 細雨は腕組をして首を傾げる。
 闥士は渋谷では名の知れた凄腕だ。
 一体誰が……。

  「……病院、今から行こう思うんや。どないする?」

  「そりゃあ。行きますよ。肉まんでも買ってってやるか。ヤな奴だけどな。」

 坡は語尾を強めた。
 たきぎ
 薪は、どーでもいい。と、一笑に付す。
 七人、メインストリートをさらにすすんだ。
 曼珠沙華とかかれた店。
 数種類の中華まんが店の前で蒸されている。
 おいしそうな匂いが漂い、湯気がさらに食欲をそそる。
 坡が適当に注文する。

  「これって何て読むんですかぁ?」

 篠吾が指をさすのに――、

  「まんじゅしゃげ。ゆうんよ。」

  「まんじゅう?」

 轍生の拳が篠吾の頭を直撃した。
 お前の頭は食い物しかないのか。と、轍生がいったのに、失笑して、

  「まんじゅしゃげゆうんは、彼岸花のことや。ほら、お彼岸に咲くやろ。あの真っ赤なやつ。」

 海昊が説明した。
 篠吾は頭を両手で押さえて、そう書いてくれればいいのに。と、勝手なことをいう。

  「相思草ともゆうんよね。八百種類くらいの名があるんやて。」

  「へぇ、さっすが海昊さん。知識人ですねぇ。」

 細雨はその赤い看板を見ながら頷いた。
 
  「ほい、篠吾。……?どうしたんスか?」

 中華まんを購入した坡が、上を見上げる皆に尋ねた。
 一つずつ中華まんを配る。
 大きな紙袋を抱えている。

  「曼珠沙華の話をしとったん。そういえば、有毒植物なんよね。」

  「へぇ、そうなんスか。」

 海昊は、坡から中華まんを受け取り、礼をいう。
 七人はそのままメインストリートを西へ抜け――、

  「おらどけっ、ジャマだ。」

  「すっ、すみません。」

 人通りが一層増したメインストリート。
 ドスの利いた声に道が開けた。
 カラスの大群。
 一様に真っ黒なスーツに身を包んだ大男たちだ。
 一番先頭には、背の低い小太りな男。

  「……。」

 見るからに一般人ではないことがわかる。
 海昊たちは一瞥してその場を通り過ぎた――……。



 ――私立横浜中央病院。
 中華街の西門近くの私立病院。
 ひっそりと静まり返った入り口。

  「悪い、わざわざ。」
          ろざか   つがい
 大柄な男――露坂 津蓋は、闥士の友人でCrazy Kidsの一員。
 海昊たちを迎え、しおらしく頭を下げた。
 海昊は、何ゆうてんの。と、笑顔を見せ、真顔に戻す。

  「闥士、どない?」

  「……ずっと、意識戻んなくて、まだ面会謝絶。」

 首を振って、大きな肩を落とした。
 先ほどまで院内にいたが、面会時間が過ぎたので、今は大勢の仲間たちは入り口の前でたまっていた。
 渋カジ風の風体の男たち皆、無言でうなだれている。
 そんな男たちを見回して――、

  「あれから――、お前らと殺りあった後から、闥士さん変わった。」

 津蓋はゆっくり話しだした。
 非常用の電灯しか灯っていない閑静な病院が、背後にそびえ立つ、静まり返った周囲。

  「俺らCrazy Kidsのことも、よく考えてくれるようになった。」

 お前らと殺りあった――去年の冬の抗争。
 詳細は、Planet Love Event 第四章 BAD BOYs 恋愛事情Affectionを。

  「あの人。本当はすごく淋しがりやなんだ。母親は大手会社の社長で……周りは皆、金目当てでついてくるって……」

 津蓋はうつむいていた顔を上げた。
       きさらぎ
  「でも、如樹やお前たちのお陰でいい方向に変われたんだ。仲間を……俺たちを信頼してくれるようになって……もちろん俺らも……」

 もう一度、うなだれている仲間を見た。
 海昊は無言で聞いて、そして、

  「せなのに、何でや?」

 尋ねた。

  「引き抜きだよ。」

  「……引き抜き?」

 坡が津蓋の言葉を復唱。
 その言葉に深々と頷いて――、
     う  ち
  「Crazy Kidsにいるより条件がいんだよ。それでうちは分裂した。もちろん闥士さんは反対派さ。」

  「もう一方は?」

  「元頭だよ。闥士さんが五年前、ネンショー送りにした奴だ。でかいバックがついたからな。恐いもんは何もねーって顔して、歩いてやがる。」

 両拳に力を入れた。

  「でかいバックって……どこのチームなんすか?」

 篠吾は肉まんを食べながら首を傾げる。
 津蓋は、一瞬言葉を飲み込んだが――、

  「チームなんかじゃねーよ。」
    ヤクザ
 ――本業だ。

  「……。」

 津蓋の言葉に、Crazy Kidsたちも反応した。
 一様に眉間に皺を寄せて海昊たちを見た。
 海昊は、唇をかみ締めて右手で顔を覆った――……。



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