BOY's LIFET- School Festival -

                          七

          つづみ
  「そーいや、坡。まだお前の曲、披露してねんだろ?」

 信号待ち。
 てつき
 轍生が坡に話しかけた。

  「あ、そーですよ。早く聞かせてくださいよ!」
 ささめ
 細雨は、うしろからCB400FOURから身を乗り出すような体勢をとる。
 フルフェイスのシールドを左手で開けた。
 七台のアイドリング音が、協和音になって響く。

  「げー、ちょー恥ずい……」

 後ろを向いて坡。

  「早くしないと学園祭間に合わなくなっちゃいますよ。」
              くろむ
 語尾軽く言ったのは黒紫だ。
 大きくU字になる口を緩ませて満面の笑み。
 坡はわかってるよ。と、照れた様子を隠さずに、歩行者信号が赤になったのを見計らってクラッチを握った。
 かいう
 海昊たちも微笑して、左足を踏んでギアチェンジ。
 信号が青に変わった。
                     ベイ シティ
 単車を駐車場に安全に停めて、BAY CITYに向かった。
 港から吹く風。
 船の油や機械類の独特な臭いが鼻をくすぐる。
 湘南の風のそれとはあきらかに異なる。

  「坡、悪い!」

 BAY CITYの前は、妙な騒がしさが見て取れた。
               つづし
 物々しい雰囲気の中、矜が焦燥感を漂わせ、駆けてきた。

  「早く、帰ったほうがいい。今日の練習は中止だ。」

 整った眉を寄せて、矜が早口でいうのに、海昊たちは何事かと目を見張り、

  「どーしたんスか?」

 坡が言葉にした。
 その瞬間。

  「!!」

 BAY CITYの分厚いドアが開いて、黒の大群が港へなだれ込んできた。
 一様に黒のスーツを着こなした大男たち。
 一般人ではないとすぐにわかる。
 ヤクザ。

 男たちは、列を成して出てくる。
 その後ろから――、
    クレイジー キッズ
  「Crazy Kids……」

 渋カジルックスの男たち。
 たくさんのピアス、色とりどりの髪、ガムを音をたてて噛む。
 一様ににやついた笑みを海昊たちに向け、嘲笑。

  「嫌がらせだ。昨日やつらとモメたろ。バックをつれてきやがったんだ。」

 矜が海昊に耳打ち。
 
  「……どこの組かわかりはるやろか?……」
         こくみね
  「確か……石嶺ってゆってたか、な?」

 海昊をはじめ、皆の表情が一変する。

  「石嶺って……もしかして、あの石嶺っスかね?海昊さんっ!!」
          みかど
 皆の脳裏に、扇帝の顔が瞬時に浮かんだ。
 明るい茶色の長めの髪。
 両目の泣き黒子。
 物怖じしない、飄々とした態度。
 皆は顔を見合わせるが、海昊は、尖った顎に右手を添えて、うつむいた。

  「……。」

  「やっぱそーに違いないっスよ、あのでかい態度!!バックがついてるんですもん!!」
 ささあ
 篠吾が力んで両拳に力を入れた。
 海昊は、無言でカラスの集団を見送った。
 一番先頭にいる、小太りの男。
 中華街でも見かけた男だ。
 海昊は目を瞑った。
 右手が微かに震える。

  「……実はさ、小町通りの俺の店もやられたんだよ。」

 心配をかけぬように黙ってたらしく、矜は言いにくそうに口にした。
 海昊は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 ――渋谷も中華街も何処でもお前らの縄張りにしてやる。だから仕事を手伝え。って、奴らは言った。
 つがい
 津蓋の言葉が脳裏で繰り返された。
 
  「海昊さんっ、どうします?」

  「……矜さん。まだ連絡させていただきます。よろしゅう。坡、皆病院や。……津蓋にききたいことある。」

 矜に頭を下げ、足早に駐輪場に向かった。
 皆も倣う。
 時間を惜しむようにエンジンを始動させた。
 暖機の必要はなさそうだ。
 七台はすぐに、私立横浜病院に向かった――、
                         こくみね   みかど
  「何となく見えてきましたよ!やっぱ、石嶺 扇帝がからんでるんすよね!!」
       たつし
 篠吾は、闥士の病室に向かう皆を追いかけ、憤った様子をそのままに言った。
 黒紫が口元に人差し指を当て、篠吾を見たので、口をつぐんだ。
 海昊は焦る気持ちを抑えて、闥士の病室をノックした。

  「はい。」

 ドアが開いて――、

  「海昊……。」

 津蓋が顔を出した。
 海昊は静かに頭を下げて、話がある。と、伝えると、津蓋の表情が曇った。

  「……俺たちも……ですよね、闥士さん。」

 ベッドで横たわる闥士を垣間見て、海昊たちを中へと促した。
 闥士は無表情で海昊たちを一瞥し、窓のほうを向いてしまったが、津蓋が微笑したので、了承済みのようだ。
 津蓋はおもむろに鞄に手を入れた。

  「連絡、しようと思ってたんだ。昨日、話が途中だったし……」

 そういいながら取り出したのは、

  「缶コーヒー?」

 坡と轍生、そして細雨は首をかしげたが、篠吾と黒紫、そして薪の表情が変わった。
 篠吾は一歩後ずさりをしてみせる。
 海昊は眉間に皺をよせた。

  「おそらく毒物が入ってる。」

  「!!」

 津蓋は海昊たちを見る。
 
  「それを……どこで?」

  「ヤクザたちが持ってた。飲んだ仲間たちが体調不良をうったえて……」

 海昊は顔を覆った。
 四年前の事件が脳裏に蘇る。

  「ヤクザたち、妙に仲間を増やしてる。そこいら中のチーマーや族。縄張りと引き換えに……」

  「……」

 沈黙が病室内を流れた。
 その静寂をやぶったのは、

  「悪いが、聞かせてもらった。」

 白衣の良く似合う、長身で男前。
 ひだか
 淹駕だ。

  「……おじさん。」

 淹駕は長い足を運んで、缶コーヒーに手を伸ばした。
 津蓋は手渡す。

  「調べはついている。」

 その缶コーヒーを片手に、鋭い瞳を突きつけた。

  「曼珠沙華の毒だ。致死量には至らない程度のな。」

  「……曼珠沙華?……どうして……」

 缶コーヒーをベッドの脇のテーブルに置き、白衣のポケットに両手を入れた。
 クールな表情のまま、淹駕はその端整な口を開いた。

  「最近、横浜ででまわる量が増え、患者も殺到している。……警察も内密で動いている。おそらく……」

  「密輸……」

 海昊が引き継いだ言葉に、淹駕は頷いた。
 深い溜息をつく海昊。
 そんな海昊を皆は無言で見た――……。



  「石嶺組?」
           みら
 帰宅し、海昊は冥旻に今日のことを話した。
 冥旻はキッチンで夕食の準備をしながら、後ろを振り向く。
       ひりゅう
  「そや。飛龍組の横浜の支部やろ。」

  「……多分。」

 海昊は溜息をついて窓の外を見た。
 飛龍組系石嶺組。
 まさか、飛龍組が麻薬にかかわっている?
 しかも、四年前の事件も……?

 四年前の事件―― 一九九一年、十二月十二日。
 忘れもしない。      てんり    せいむ
 薪の親友で、黒紫の兄、天漓 青紫が亡くなった日。
 それ以前から毒物の入った缶コーヒーが湘南で出回っていた。
      ブルース           ぐし          ようり   へんり  まなき
 当時のBLUESの頭、虞刺 洋利と遍詈 学貴。
 二人の有無を言わせない統治によってBLUESは、悪事を働いていた。
 薪も、黒紫も、篠吾も被害者だった。
 詳しくは、湘南ラプソディーで紹介している。

 海昊の頭の中は色々な事象が渦巻いていた。

  「あ。」

 冥旻が突然声を上げて、ソフトジーンズのポケットに手を入れた。

  「ごめん。お兄ちゃん帰ってきたら、と思ってたんだ。」

 その手を海昊に伸ばした。
 ポストに入っていた。と、付け加えて差出したモノ。
 今朝のカード同様白く、折りたたんである内側には、幾何学模様のような、地図のような線が何本も書かれていた。

  「?……何やろ。」

 全く意味不明だ。
 海昊は今朝のカードを取り出して――、
   Zhan yhu vek ji
  「長遠勿見……やっぱり、飛龍組が関おうとるんや……。」

 カードのメッセージを読んで、断言した。
 隣に座った冥旻にカードを見せる。

  「この裏の文字。見覚えあるやろ。」

  「……中国の、マフィア。」

 自分と同じ答えをだした冥旻に頷いた。

 ――宮伐迷安摩珊因婆摩真招毘。

  「それから、この印鑑みたいな、文字。」

 ――「薬」を中心に、東に「青」、西に「白」、南に「朱」、北に「玄」。
 
  「青龍の青。白虎の白。朱雀の朱。……そして、玄武の玄。」

 もう一度頷く。
 
  「せやけど、この裏面の、延、と朝、はようわからん。」

 カードをひっくり返す。

 中国のマフィア。――秘密犯罪組織。
 中国全省三十のうち、二十九を十二の勢力が支配する。
 十二の勢力――宮毘、伐折、迷企、安底、摩爾、珊底、因陀、婆夷、摩虎、真達、招杜、毘羯。
 そして、その全てを残りの一つの省を支配する薬師が取り仕切っていた。

 五年前の夏。
 海昊は独り、大阪からここ、神奈川に降り立った。
 理由はというと、裏世界の妙な価値観、欲望から生まれた争いにあった。

 当時、外交貿易が盛んに行われ、安底の支配下にある上海市は栄えていた。
 その上海の土地をめぐってマフィアは対立した。
 先代から義理で繋がっている、日本の裏社会、海昊たち四家に手をかりようと日本に降り立った。
 珊底は北家と手を結び、因陀は南家と。
 そして、迷企は西家と。という具合に四家も中国マフィアに揺り動かされ、安底とつながりのある飛龍組、東家も渦中に呑みこまれた。
 

 中国の全てを取り仕切る薬師も動いた。
 海昊を中国に招き入れる、という形で。
 そのとき、海昊は、自分が薬師の直系であることを初めて知らされたのだ。
 それを阻止するべく、他のマフィア、日本のヤクザが束になって海昊を襲った。
 四家との政略結婚をめぐっても対立が起きた。
 それぞれのエゴとエゴがぶつかり合い、取引が行われ、裏切り合った。
 海昊の周りで、たくさんの人が傷ついた。
 
 当時中学一年生の海昊には、どうすることもできなかった。
 ただ、逃げることしか思い浮かばなかった。
 そして、神奈川に独り、家出を決意した。
 詳しくは、<NEPTUNE>にて紹介している。

 それから、上海市は自由市となり、事実上全てのマフィアに外交を許すこととなった。
 四家の対立も、南家の長男が抗争に巻き込まれ、怪我をしたために、一時沈静化した。
 しかし、あれから五年。
 またよからぬことが……?

  「曼珠沙華……」

 朝から玄関に置きっぱなしの包みを垣間見て、呟く。
 曼珠沙華の毒のはいった缶コーヒー。
 丁度上海市が自由市になり、密輸で盛んになった四年前。
 湘南にも出回ったそれ。

  「……一致してるね。」

 冥旻は苦い顔を隠さずに口にした。
 まちがいなく、中国マフィアも関わっている。

  「何で曼珠沙華が花を咲かせているのか、そして、誰が置いて行ったか……」

  「カードは何を意味するのか……」

 二人は首を捻った。
 謎だ。と、いわんばかりに。
 ただ、はっきりしていることは、飛龍組が何らかの形で関わっている。と、いう不安。
       ひせ
  「ねぇ、斐勢に連絡してみた?」

 冥旻の言葉に、もちろん。と、いう言葉を含めて頷いて、首を振る。
             るすい
 斐勢――飛龍組系流水組総統で、海昊の側近だ。
 初めは、家出をしてきた海昊だったが、今では両親はもちろん斐勢にも居所を伝えている。
 中学一年で神奈川に来て、半年以上学校にいっていなかった海昊は、自らもう一度一年をやり直したのだ。
 そのため本来なら今、高校三年のはずが、二年に在学している。

  「どうもないゆうとった。心配かけへんようにやろ。」

 せやけど。と、言葉を切って――、

  「石嶺組が動いとるさかい、どうもないことないやろ。」

 海昊は空を睨んだ――……。



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