BOY's LIFET- School Festival -

                          十一


  「――バレてましたか。」

 ソフトなテナーヴォイスと共に現れた。

  「てっめぇーら。」
 つづみ
 坡が低い声で唸って、立ち上がった。
 たきぎ
 薪たちも皆、一様に鋭い視線を向ける。
 視線の先。
                         みかど
 ズボンのポケットに両手を突っ込んだ、扇帝。
                  ときり
 隣には弓道の弓を持った、梳裏の姿。

 扇帝はゆっくりと、その明るい茶色の髪をかきあげ、足を運ぶ。
 泣き黒子のある目を細める。
 口元を緩めた。
                     ・  ・  ・  ・  ・
  「どうです?楽しかったですか、探偵ごっこは。意外と面白かったでしょ?」

 嘲笑。

  「っのヤロ……。」
 みら
 冥旻たちは、何が何だかわからない。と、表情で示しながら、その場に突っ立っている。

  「ふざけるんやない!!」

 普段は滅多に声を荒げない、海昊の叱責。
 皆も一瞬肩を怒らせた。

  「怪我しはったらどないするつもりやったんや!」

 扇帝は、マジメな面持ちの海昊の前まで足を運んで、梳裏を示して――、

  「大丈夫ですよ。梳裏は弓道の腕、ピカ一ですから。」

  「そないなことゆうてはるんやない!ワレ、わかっとるんか?自分たちがしたこと!!」

 海昊の言葉に、扇帝の表情がおもむろに変わった。
 睨み上げる。

  「――てめぇーらに、何がわかんだよっ!!」

 薪たちを見回す。

  「普通の家に生まれて、育って、普通の家庭でぬくぬく暮らしてきたくせに!!族だぁ〜?ふざけんな!ムカつくんだよ!!頭はってるやつなんか下のこと何も考えちゃいねーんだよ。てめぇの利益だけで、ムカついた奴がいたら下にリンチさせて、てめぇは最後にでてくんだよ!そんな奴ら、本当の仲間なんかじゃねんだよっ!!」

 扇帝は、一気に早口で捲し立てて、髪を振り乱した。
 唇をかみ締めて、睨みを利かす。
 
  「そうだよ。」

 淡、と口したのは坡。
 尖った顎を扇帝にしゃくった。

  「そんな奴ら仲間なんかじゃねーよ。わかってんじゃねーか。でも、俺たちのこと何も知らねーくせに勝手なことゆってんじゃねーよ!俺たちはそんな奴らとは違うんだよ。本気で海昊さん慕ってんだよ!!――お前、本当はわかってんだろ。わかってて俺たちがうらやましいんだろ。」

 扇帝の目が坡を捕らえた。

  「うぬぼれてんじゃねーよ!!」

 取り乱した扇帝を尻目に、坡は後ろの木に突き刺さった弓矢を引き抜いた。
 両手で両端をつかみ、横に持った。

  「よっぽど他でヤな思いしてきたんだな。……お前の話しきいてっと、昔の傷がうずくわ。――俺が昔はそうだったよ。最も。下にやらさせるようなことはしなかったけどな。別に、ムカついてなくても他校の頭つぶしにいってたよ。でもなぁ――」

 太目のズボンの右足を上げて、太股で、弓矢を折った。
 投げ捨てる。
 両手をズボンのポケットにしまい、背を反らして扇帝を見下した。

  「変われたんだよ。海昊さんのお陰で、変われたんだよ。だから俺は、海昊さん慕ってる。てめーがみてもうらやましがるほどの仲間、手に入れられたんだよ。」

  「わかったよーなことゆってんなっ!!!」

 怒鳴ってから、扇帝は、合図した。
 どこからともなく、黒服の男たちが現れた。
 こくみね
 石嶺組だ。

  「さあて。フィナーレにしましょうか。」

 扇帝は、口元を緩めて、小型ナイフを取り出し海昊を見た。
 ナイフは、海昊を捕らえている。

 ――海刺殺。

  「てめぇ……」

 坡をはじめ、薪も皆、扇帝に鋭い目を突きつける。
 海昊は、動じずに、
   しぶき
  「飛沫ちゃん、下がっとって。」

 飛沫を手で優しく押しやり、扇帝へ一歩踏み出した。

  「海昊さんっ!」

 皆が見守る緊迫した中。
 海昊は、

  「刺してみぃ。」

 半ば挑発するように、静かに呟いた。
 もう一歩踏み出す。

  「刺してみぃ。……早く来。」

 冷静な瞳。
 真っ直ぐ扇帝を見据えた。
 抵抗はしない。と、隙を見せる。

 扇帝が唇をかみ締めた。

  「……っのヤロ!!」

  「海昊さんっ!!」

 皆の声が重なった。
 冥旻たちは顔を伏せた。

 ――……。

  「……。」

 静寂が辺りを支配した。
 風さえも吹き止む。

  「海昊さん!!!」

 ナイフは海昊の右腕に余韻を残した。
 扇帝はしゃがみこんで、血のついたナイフを握り締めている。

  「坊ちゃん!」

  「さわんなっ!!!」

 石嶺組が近寄るのに、扇帝は叱咤して、海昊を見上げた。
 右手を震わせたまま。
 海昊は、全く動じなかった。
 右腕を押さえて、扇帝に向き直る。

  「人間は、皆、血が流れとるんよ。真っ赤な血ぃが、通っとるんよ!!!」

 扇帝に向かって――、

  「ヒトを傷つけて、何が楽しい?ワレの心に何が残るんや?……ワレ、辛いこと、たくさん合うたのかもしれん。せやさけ、ワレだけやないんやで。辛いこと、たくさん、たくさん背負って生きとる人間。たくさん、おるんや。世界中に、たくさんおるんよっ!!」

 いつもの穏やかな表情で、海昊は扇帝に近づいた。

  「ヒトを傷つけたかて、うらやましがったかて、何も変わらん。自己満足すらできへんで。……仲間は、そないなことして作れん。着飾ってホンマの仲間は、できんのや。簡単なことやで、素直な心で接すれば、……ワレが変われるゆうなら、ワイらかて仲間になれるんや。」

 傷ついた右手を差し伸べた海昊を、扇帝は見上げて、両膝をついたまま顔を伏せた。
 ナイフを放し、両手で土をつかむ。
 小刻みに震える肩。

  「扇帝……。」

 そんな扇帝に、寧が近づいた。
 海昊を見て頭を下げ――、

  「俺、扇帝のこと、仲間だと思ってるよ。……でも、今の扇帝は、……好きじゃないよ。」

 扇帝が顔を上げる。
 寧が微笑んだ。
 海昊も肩エクボをへこました。

 そして、瞳を厳しくして――、

  「石嶺をここへ呼び。」

  「貴様、何様のつもっ……」

 歩み寄った黒服を制したのは、小太りの男。
 海昊の目の前に立てひざを突いた。
                   ひりゅう
  「申し訳ございません。――飛龍組、三代目。」

 黒服がざわめいた。
 一様に海昊を見て、一斉に頭を低くする。
 その様に、頭を上げろ、と口にした。

  「息子の無礼をお許し下さい。三代目とは知らずとのこと……どうか……」

  「ワイやなかったらええんか?」

 言葉を遮る海昊。
 男は顔をあげ、海昊の真剣な瞳に唇を震わせた。

 ――普通の家に生まれて、育って、普通の家庭でぬくぬく暮らしてきたくせに!!

 扇帝も自分の言葉をかみ締めた。
 目には、驚きと謝罪が見て取れる。

  「……申し訳ございませんでした。」

 跪いた扇帝に――、

  「もう、ええよ。……今日から、ワイら仲間や。」

 梳裏、寧も頭を下げる。
 坡たちも、軽く溜息をついて、笑顔で頷いた。

 そして――、

  「石嶺。今何がおこってはる?ワレ、渋谷のチームやら何やら縄張りと引き換えに仕事を手伝わせとるな。」

 頭をさげたままの石嶺の肩が怒った。
 有無を言わせない、海昊のものいいに、観念して重い口を開いた。

 中国マフィア。
 中国全省三十を仕切る、薬師の死。
 遺言と共に遺産を記した地図。

 申し訳なさそうに海昊の顔色を伺いながら語る。

  「……中国のマフィア同様、四家も必死で遺産を探しています。」

 海昊は空を睨んだ。

 相変わらずのエゴイスト。
 自分の利益のためなら誰を犠牲にしてもかまわない。
 中国マフィアの面々が思い浮かんだ。

  「でも、麻薬はどう説明してくれるの?」

 冥旻が一歩踏み出すのに、石嶺が驚いて、お嬢様。と、口走る。
 瞬間に冥旻の顔がゆがむ。
 その呼び方やめて。と、一蹴。

  「曼珠沙華の毒のはいった缶コーヒーや。知っとんのやろ。」

 今度は石嶺の顔がゆがむ。
 
  「中国で、五年も前から密かに品種改良されていました。一年中花を咲かせる、曼珠沙華。……私たちは、その密輸ででまわる缶コーヒーを取り締まるよう、命を受けました。」

 玄関の前に置かれた、季節外れに咲いた曼珠沙華。
 品種改良。
 ベイ  シティ
 BAY CITYで見つかった大量の缶コーヒー。

  「……ほで、チーマーたちを……そのせいで一体どれだけのヒトが傷ついたと思う?関係のないヒトたちが……」
 こうき
 箜騎、箜騎の親。
 つづし         たつし      つがい  クレイジー キッズ
 矜、そして闥士に津蓋、Crazy Kids。

 海昊は目を閉じて――、

  「親父の命令か?」

  「それは違います!私たちは、ただ命を受けただけで……チーマーたちに指示をしたのは……」

 海昊は首を振って、制した。
 もう、いい。

  「全て、白紙にせぇ。」

  「は、はい!」

 石嶺は再び頭を下げた。

  「遺産の隠し場所の地図は、こちらです。まだ見当はついていません。それから、中国マフィアが以前から密輸している麻薬の隠し場所も今だ探し中で……」

 石嶺と海昊、そして冥旻以外は、皆口を閉ざしていた。
 スケールの大きな話で、口を出すことさえできない。
 呆然としている。

 海昊は手渡された地図を、以前冥旻から受け取ったものだと確認して、頷いた。
 頭の中でパズルが組みあがる。

  「……海昊くん。血……」

 話しの間を見計らって、飛沫がハンカチを差し出した。

  「大丈夫や。おおきに。」

 ハンカチを受け取り、礼をいう。
 扇帝がもう一度謝ったのに対し、首を振って、皆に向き直り――、

  「巻き込んでしもて、申し訳ない。」

 今度は、皆が首を振った。
 丁度、学園祭第一日目の終了のチャイムが鳴り響いて、皆は明日も来るといって帰路に向かった――……。



  「石嶺たち、ただK学シメたいだけかと思ってた。」

 海昊のクラスに集まった。
 HRまではまだ時間がある。
 明日も引き続き行われるので、片付けの必要がない教室は祭りの賑わいの余韻を残して、雑然としていた。
 そこに、海昊はいない。

  「俺も最初はそう思ってたけどな。」

 坡の言葉に、

  「坡さん、かっこいかったすね。」
 ささめ
 細雨がそういい、皆も賛同した。

  「いや……マジで俺も扇帝の気持ちわかったし。」

 昔を思い出すように呟いた。
 海昊のお陰で変われた自分。 てつき
 左頬の傷跡を何気に触る坡に、轍生は優しく笑った。
 坡の話は、Dark to Light湘南ラプソディー等で紹介している。

  「あとは、海昊さんのほうだよな。……何とか力になりたい。」

  「本当、すごい人なんですね、飛龍さんって……俺なんかが気軽に話しできる人じゃ……」
 たきぎ         ささあ
 薪の足が篠吾の座っている椅子を蹴飛ばし、言葉を遮った。
 鋭い目で見据えている。

  「そういういい方すんなよ。」

 坡が薪の気持ちを代弁する。

  「……す、すみません。」

  「海昊さん。俺たちが想像もできないこと、たくさん背負ってきたんですね。……それなのに、あんなに穏和で、前向きで……一生尊敬できる人ですよ。」
 くろむ
 黒紫が心から言った。
 皆もそう思っていた。

 高い地位にいながら、極めて謙遜な態度の海昊。
 権力やお金など欲していない。
 誰に対しても優しく、平等。
 強くて、正しくて、前向きな姿勢。

  「変わんねんだよ。」

 珍しく薪が皆の前で話しだした。

  「あいつは、俺たちと何も変わんねぇ。誰よりも優しくて、お人よしで……神様でも何でもねんだよ。ただの、高校生なんだよ。」

 ――俺たちと何一つ変わらない。

 皆は強く海昊を想った――……。



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