二 「――え?」 かいう つづみ さんきゅう。と、海昊は坡からサンドウィッチとウーロン茶を受け取って、聞き返した。 たきぎ 「ですからね。今年の一年は、注意したほうがいいって……海昊さんや薪さんの首とろうって奴らがいて――……」 坡はオニギリをひとくちかじって、腰下ろした。 「何か、計画練ってるって感じもしましたよ。」 ささめ 細雨も坡に倣った。 海昊は校舎によりかかって――、 「名前――何やて?」 こくみね 「石嶺――……」 みかど 「扇帝。」 てつき 坡が伸ばした語尾を轍生が止めた。 こくみね みかど 「そう、石嶺 扇帝。両目に泣き黒子があって、明るい茶髪の。」 坡は言いなおす。 れいお ときり たあか ねい うち 「あと、礼緒 梳裏に多垢 寧。三人ともK学の高等部、一年一組です。」 くろむ 黒紫が付け加えた。 「……。」 海昊は無言で、顎に手を添える。 「んな奴らブッ殺してやる。」 過激な言葉を吐いたのは、薪。 黒のローファーで地面を蹴り上げた。 「そんな熱くなんでもええやろ。」 「けっ、お前は甘すぎんだよ。」 薪は海昊を睨んだ。 ささあ 篠吾はコーヒー牛乳を片手に――、 「でも厄介っすよね〜新入りって。身の程知らずっつーかぁ。」 「中等部の奴らじゃありえないからな。」 同意して、一際大きな弁当をかきこむ轍生。 タ メ 「お前らがちゃんと同級生シメとかねーからじゃねーの?」 坡の言葉に、すみません。と、篠吾と黒紫は頭を下げるのに、海昊はおもむろに溜息をついた。 坡たちを見る。 「シメるとかシメないとか、そう物騒なコトゆわんといてや。」 海昊は、そんな気はない。と、眉間に皺を寄せる。 BADの頭で、日本一大きなヤクザ組織の直当主。 しかし、その地位に驕ることなく、極めて温厚で誰に対しても平等である海昊。 そんな海昊だからこそ、皆に慕われ、尊敬されている。 なしき 「でもやっぱ有名ですよ。海昊さんと流蓍さん。中等部じゃ俺まで有名になっちゃってますよ……」 牛乳パックからでるストローをくわえる細雨。 脱色した髪をバンダナで巻いている。 ひさめ 「細雨は氷雨さんの弟だしな。」 氷雨――BADの初代総統で、K学園の卒業生だ。 来月には、薪の姉、あさざとの結婚を控えている。 「で、さっきの話に戻しますけど……」 黒紫がマジメな面持ちで続けた。 ブルース 「薪さんがBLUESの頭だって知ってるって風でしたよね。あの三人。それなの首とろうなんて……何か奇策でもあるんじゃないでしょうか……?」 「石嶺……つったっけ?坊ちゃんみてぇーなツラしやがって、でけぇ口叩いてたよな。」 「何か、いざとなったらどうとかって言ってましたよ。そういえば。」 少しの沈黙。 「ま、そないなこと今ゆうてもしゃーないやろ。」 海昊はそう軽く言って、飲み干したウーロン茶のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。 そんな海昊に、坡は長い前髪をかきあげて、少し呆れたように溜息を吐く。 「ホント、温厚というか……海昊さん、危機感が足りないんっスよぉー。」 語尾を強め、 「ま、いざとなったら俺がいますからね。」 坡は鼻をならす。 ・ ・ ・ ・ 「俺らだ俺ら。」 その言葉に轍生が腕を組んで訂正。 皆も大きく頷いた。 「おおきにな。」 海昊の方エクボがへこんだ。 大切な仲間。 海昊は絶対に手放したくないと思っていた。 離れたくない。 しかし、時間は残酷にも過ぎていく。 決断をしなくてはならない、すべき時期。 もう、すぐそこに迫っていた――……。 「で、いつから練習します?」 お昼を済ませ、校舎内。 西校舎、二年一組の海昊のクラス。 たいてい校内では、このクラスに自然に集まる。 私立K学園は、中央校舎と西側、東側に分かれている。 中央校舎は、図書室や、実験室など特別教室があり、西側校舎には、主に高校の教室がある。 東側校舎には、中等部である。 薪は海昊の隣の二組。 坡と轍生は、一階下の教室。 篠吾と黒紫は、一階上。 中等部三年の細雨は、東側校舎だ。 「あんま時間ないし。選曲して、すぐ練習せんとな。」 楽器はどうするん。と、窓際の席に腰下ろした状態で海昊。 五限、六限は学園祭の準備の時間で、皆一様に時間を持て余していた。 ハマ 「楽器は大丈夫っス。横浜の新山下町のライブ・ハウス、知り合いがいるんですよ。」 一応話はついている。と、坡。 海昊の前の席に後ろ向きに座っている。 「そうなん。せやったら何か楽器やっとったん?」 「つーか。ギターかじった程度っスけどね。な、轍生。」 坡の座る席の机の上に腰をおろしている轍生が、頷く。 「中坊の頃っスけどね。」 「すごいねんなぁ。」 海昊の言葉にそんなことない。と、首を振る。 「曲どーしましょうかねぇ。」 窓際によりかかって、細雨。 皆も首をかしげた。 視線が坡に移って――、 「……頼みがあんだけど、誰かアレンジ……できねーかな。」 座った格好のまま、少し上目遣いで皆を見た。 些か照れた面持ち。 「詩を、な……」 「えー、マジすか。すごいじゃないですかぁ。そんな才能あったなんて知らなかったっすよぉ。」 篠吾が声を上げた。 どうやら坡が詩をかいたらしい。 「才能……ってほどじゃねーよ。ただ、何となくってカンジ?ある程度はできてんだけど、さ。」 照れ隠しに赤い髪をかきあげて、斜め上を向く。 尊敬のまなざしの視線が照れくさい。 「じゃ、一度きかしてくださいよ!」 「恥ずいなぁ……」 「何ゆってんすか。聞かしてくれなきゃ練習できないじゃないすか。」 篠吾の上機嫌な言葉に、それはそうなんだけど。と、頬を赤らめた。 ハマ 「じゃ、今日横浜行こうぜ。」 轍生の言葉に、皆が賛同した。 坡は、羞恥心を垣間見せながら頷く。 そこへ――、 ひりゅう かいう 「飛龍 海昊さんっています?」 ソフトなティナーヴォイスが廊下から聞こえ、一斉に皆が反応した。 コンビニエンスストアの三人組みだ。 坡がすばやく立ち上がった。 教室の後ろのドアに向かう。 「何の用だ?」 細雨はその様子に、海昊と薪に耳打ち。 さっき話した三人組だ。と。 「飛龍 海昊さんいますか?」 坡の言葉に何の反応も示さず、繰り返す男。 両目に泣き黒子の明るい茶色の髪。 こくみね みかど れいお ときり たあか ねい 「一年一組の石嶺 扇帝、礼緒 梳裏、多垢 寧。何の用だよ!」 坡は一層低い声で、凄みを利かせた。 鋭い瞳が見下ろした。 「自己紹介する必要ないみたいだぜ、扇帝。」 長い黒の前髪をかきあげて、嘲笑し、梳裏は扇帝を見た。 「だな。でも――」 鼻であしらって、扇帝は、坡の横をすり抜けた。 「一年一組の石嶺 扇帝です。以後お見知りおき願います。飛龍 海昊さん。」 扇帝は丁寧に海昊に頭を下げる。 その様子に坡は唇をかんだ。 三人を睨みつける。 「おい、てめぇ。」 薪が立ち上がる。 「なれなれしくしてんじゃねーぞ。」 薪の鋭く尖った瞳が扇帝を突き刺す。 しかし。 なしき たきぎ 「よろしくお願いします、流蓍 薪さん。」 そんな薪ににっこり笑う扇帝。 手を差し伸べた。 「ナメてんのか!」 その手を払って、薪は無造作に扇帝の胸座をつかみ上げた。 薪より背の高い扇帝の足が爪先立ちになる。 「薪!」 海昊は、その薪の手を下ろさせて――、 「悪いのう。気にせんといて。」 薪の行いを謝り、一様に鋭い目線をむける坡たちを見る。 「海昊さぁん、何謝ってんスかぁ!」 「せやって、ワレが悪いやろ。いきなりからみおって。」 坡の言葉に、怒鳴る風ではなく、呆れて海昊。 穏やかに扇帝に何の用か。と、尋ねた。 「用ってほどのことでもないんですけど――」 「じゃ、消えろ。二度と現れんなっ。」 扇帝の言葉を吐き捨てるように制した坡を、止める海昊。 バッド れづき つづみ 「何でそんなに毛嫌いするんですか。BADの特隊、澪月 坡さん。」 「!!てめぇ……何モンだ。」 梳裏の言葉に、坡の表情が変った。 険しい顔つき。 「俺たちのこと、どこかで耳にしましたか?」 あざ笑うかのような扇帝に――、 うち 「おー、この耳でしっかりとな。K学をシメたがってる一年一組の虫けらどもがいるってよ。」 「坡、やめい。」 「中学でどんだけ名前売ってたか知んねーが、あんまでけぇ口叩くなよ!!」 「坡、こら。やめいゆうたらやめい!」 声を荒げた海昊にしかたなく口をつぐむ坡。 強かに睨む。 轍生も篠吾も皆、坡に倣っている。 そんな光景に、扇帝は、もう一度笑った。 ここ 「ただ俺たちは、K学の頭に挨拶をしておかないと。と、思ったわけですよ。なあ、梳裏。」 扇帝が目配せをすると、梳裏は頷いて自分の名前を言った。 頭を下げ、上げた目。 挑発的だ。 寧は、おずおず自分の名前を告げた。 「飛龍 海昊や、よろしゅう。せやせど。」 海昊は優しく微笑む。 そして、言葉を切り、 ここ 「ワイ、K学の頭はっとる気なんて、全然あらへんで。せやからわざわざ挨拶なていらへんよ。」 念を押すように穏やかな口調でいった――……。 >>次へ <物語のTOPへ>
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