十三 「……我儘もええかげんにせぇよ。」 らが みら 蘿牙のドスの利いた低い声が冥旻の目の前に立ちはだかる。 「ワレはワイのもんや。」 再びつかまれた顎。 「放して。私は物じゃないわ。人間なの。心だってちゃんとあるんだから。」 冥旻は、臆せずに、今度は自分で蘿牙の大きな手を振り払った。 睨み上げる。 「ほう、これまたますます威勢がよくなられたのではないですか?」 さんて 「……珊底。」 細面の顔に狐目。 長いあごひげを手で梳きながら、嘲笑するように歩み寄ってきた。 げんぶ るが 隣には、北家の総統、這武 瑠牙。 やはり嘲笑するような顔。 「今、お宝探してるさけのう。東家もはよしたほうがええんちゃう?」 欲望の塊の顔。 お金が全てだと今にもいいそうな口。 「二代目!!見つけました!」 ――遺産が見つかった。 一斉に黒服が一箇所に詰め掛けた。 関帝廟。 関帝を祀る廟で、世界中の中華街で見ることができる。 ここ、横浜では、メインストリートと平行して走る、関帝廟通りと中山路が交差する北西の角に位置している。 あでやかに着飾った階段上の門。 信仰心などそっちのけで、黒服たちは一斉に駆け上る。 我先と他人を押しのけて――、 「おやめなさい。」 威厳ある叱責が本堂から聞こえた。 かいう 海昊が見上げ、 あんて 「……安底。」 呟いた。 変わらぬ精悍な顔立ち。 穏やかな表情に威厳が見て取れる。 「お久しぶりです。海昊さま。」 安底は、海昊までゆっくり足を運び、立て膝をついて頭を下げ、敬意を示した。 「やっぱり、カード、花……手紙。ワレやったんね。」 安底は、ああするしか動けずに申し訳ない。と、もう一度深く頭を下げる。 その隙に遺産と思われる、漆塗りの箱に手を差し出した男を――、 「おやめなさい!」 さっきよりも大きな叱責を発して、海昊に頭を下げてから、立ち上がった。 「そのご遺産は、全て、海昊さまのものです。」 周りがどよめいた。 安底は、臆せずに黒服の前に立った。 やくし 「薬師様のご意志です。遺言もございます。」 その言葉に、安底の仲間と思われる黒服が一斉に動き出した。 遺産の箱を確保し、他のマフィアを重圧した。 安底はその箱を受け取り、再び海昊の前に跪く。 「どうか……海昊さま。」 差し出された箱。 海昊は首を振った。 「……受け取れん。」 静かに、しかし、はっきりと呟いた。 「ワイ、金も地位もいらん。何も、欲しゅうない。」 周りは、一瞬静まり返った。 そして――、 ひりゅう 「飛龍家の家系は皆そうなんかいな。金がいらんて?ほな、ばかな。」 あからさまに嘲け笑って、瑠牙が海昊の前に立った。 「金が全てやないの。金が欲しければ何もできひんのや。かっこつけおうて、笑わしょんの!」 「……そうかもしれん。この世の中、金がないとしゃあない。せやさけ、それが全てやない。」 海昊は瑠牙を睨んだ。 「金が欲しいゆうなら、働けばええ。自分の手ぇでつかめばええ。そない、努力もせんで手に入れた金なんて、価値なんかあらへん。一番大切なんは、心、気持ちや。人を思いやる気持ち、愛する気持ち……ワレにかてあるはずや。金におぼれたらあかん。人間は、金になんか負けんはずや!!」 「薬師のひ孫やのう。」 珊底が表情を変えた。 今まで薬師に仕えていたはずの男。 流暢な日本語で暴言を吐き捨てた。 「ほとほと、愛想がつきるんだよ。殺してやれ!!薬師の血筋なんか!!」 合図。 珊底の手下が一斉に動き出し――、 「やってみろ!でも、海昊さんには指一本触れさせない!!」 つづみ 叫んだのは、坡。 マフィア、ヤクザを目の前に、はったりではない。 海昊のためなら、死ねる。 決死の覚悟だ。 ヤ ヤ 「海昊を殺んなら、俺らを殺ってからにしろ。」 たきぎ 薪も。 ひりゅう 「そうだ!!飛龍さんや冥旻さんには手は出させないぞ!!」 ささあ 篠吾も。 ささめ くろむ てつき 細雨も、黒紫も、轍生も。 「……皆……」 海昊は、自分の前にたちはだかった仲間を見る。 「俺たちだっているぜ!!」 階段を上って、黒服をけちらしたのは――、 こうき 「箜騎さん!」 「俺らを忘れちゃ困りますよ!」 ヨコハマ ベイ ロード バッド ブルース YOKOHAMA BAY ROADに、BAD、BLUES。 たつし つがい クレイジー キッズ 闥士と津蓋を先頭に、Crazy Kidsまでが。 海昊の為に集まった。 「海昊には、俺らがついてんぜ!!やれるもんならやってみやがれ――!!!」 「……皆。」 黒服にも負けない、大人数。 一瞬何事かと怯んだ珊底たち。 「かっ、かまうな。たかがガキどもだ!!」 「たかがガキかどうか、試してやろーじゃねーか!」 「俺らはダテに喧嘩やってねーんだよ!!」 戦闘態勢。 海昊の前に立ちはだかる。 海昊に敵対する者たち、海昊側の者たち、入り乱れていたマフィアが綺麗に分かれた。 関帝廟、向かって右側と左側。 そして、どっちつかずの者たちが、階段側に陣をとる。 異様な光景。 しばし、にらみ合いが続いた。 「海昊、冥旻。ええ仲間をもったのう。」 そんな緊迫した状況下に極めて穏やかな低い声。 本堂の階段を下りてきた男。 「……親父……」 ひりゅう そうう 海昊の父親、飛龍組二代目、飛龍 颯昊。 そして、 「……おじいさま。」 ひりゅう つよう 祖父、飛龍組先代、飛龍 厳昊。 一線は遠のいたが、まだまだ威厳を兼ねそろえた風貌。 東家と安底の仲間たちが一斉に頭を低くした。 「おおきゅうのうた。せで、ええコに育った。」 自分の代でケリをつけるはずだったが、申し訳ない。と、謝る。 当時、誰よりも強く、優しい男、厳昊は、本来なら飛龍組が四家の頂点に立つはず体制だった。 しかし、他三家は、色々な手を使い、四家均衡をもたらした。 そして、杯を交わし、安泰を保っていた。 「もう、勝手はさせん。」 厳昊の表情が変わった。 皆、一瞬で悟った。 今まで階段側に居た者たちが、瞬時に右側に移動した。 左側の者の数十人もが――、 「ええんか?四家は滅亡するで?それだけやない、日本の終わりかも知れへんなぁ。」 北家の瑠牙、珊底。 そしてその一味が左側でそのまま陣取っている。 厳昊は息子、颯昊に目で合図をした。 「心配せんでもワレはもう終わりや。」 顎をしゃくった先。 石嶺組を含む、東家、安底の仲間が、トラックに群がっている。 荷台には、例の曼珠沙華の毒入り缶コーヒー。 苦虫を噛み潰したような表情の瑠牙。 颯昊は、海昊を見て――、 「海昊、お前の好きにしていい。」 「……杯は、交わさん。ワイも、冥旻もホンマに好っきな人と、結ばれる時に結ばれる。――飛龍家は、ワイが継ぎます。もう、こない抗争が起きんよう。杯なて交わさんでも、四家が、中国が安泰であるよう――……」 「お願いです!!!」 海昊の語尾を引き継いだのは、坡。 颯昊の前に跪いた。 「海昊さんと、冥旻さんを、俺らに下さい!!!」 青空に響き渡る大声。 坡の長い赤い前髪が、地面に触れる。 「俺、海昊さんのいない学コなんて、耐えられないっス!!必要なんです!海昊さんに側にいてほしいんです!!!」 「俺も!!」 「俺もです!!」 轍生も、篠吾も、細雨も皆、坡に倣った。 「お願いします!!!」 YOKOHAMA BAY ROADや、BAD、BLUES。 Crazy Kidsも、も皆。 海昊を必要としている。 「二代目、私からも、どうかお願い申し上げます。この息子と共に、海昊さん、冥旻さんのお側に控えさせてはいただけないでしょうか。」 扇帝の父親、石嶺が、颯昊の前に扇帝と共に跪いた。 「……皆……おおきに。」 海昊は、自分の為に頭を下げてくれている皆を見た。 こみ上げてくる、思い。 冥旻は唇をかみ締めて、必死で涙をこらえていた。 「……親父……」 無言の颯昊を見上げる。 颯昊の表情は穏やかだった。 「好きにしろ、ゆうたやろ。」 「やったぁぁ――!!!ありがとうございますっっ!!!」 大喜びの皆。 飛び跳ねる者、頭を下げる者。 海昊は、丁寧に父親に一礼した。 そして、タイミングを見計らっていた格良たちが、瑠牙や珊底たちを取り押さえた。 目配せした格良に海昊は頭を下げる。 皆、海昊の為に、海昊だから協力してくれた。 YOKOHAMA BAY ROADや、BAD、BLUES。 Crazy Kids。 扇帝も。 海昊は、皆にもう一度礼を言った。 「……海昊さま。ご遺産はどうなされなすか。日本円にして、十億と少し。」 「じゅっ、十億――!!??」 誰かが叫んだ。 再び差し出された箱を海昊は一瞥して――、 「今まで迷惑かけた人々に送りたい。損害、病院費……せで、世界中の人々の役に立つお金したって。……安底に全て任せる。」 「はい。責任をもって、従い申し上げます。」 警官が入り乱れ、パトカーが中華街を埋め尽くした。 「……清城さん。ホンマおおきに。……それから、珊底たちが運んだ麻薬は東門の近くにある思います。」 安底から受け取ったカード。 「朝」のみがバツしるしをつけられていた。 安底を見ると、頭を垂れている。 「おそらく、じきに東門が改築される思うて焦り張ったんやろ。せで、虞刺たちに手ぇかりようと試みた。……それから今年にこない密輸がさかんになったんわ、きっと地震のせいや。」 格良は、頷いて、部下を東門に向かわせ――、 「一月の阪神淡路大震災だな。ということは、神戸港にも……」 海昊は頷いた。 今年の一月十七日、日本を襲った未曾有の大震災。 大阪の被害はそれほどではなかったが、神戸の港は死に値するものだったと聞く。 数年前からの密輸。 神戸港が使えなくなった矛先は、横浜に集中した。 そのため、被害があからさまになった。 「ありがとう。連絡しておこう。」 「あっ!!!」 唐突に坡が大声を上げた。 ――二時からライブ!!! 海昊は父親の了承の顔を見て、一礼し、冥旻をつれて、単車に飛び乗った。 フルスロットルで、学校まで飛ばし――、 二時十分。 上演時間が過ぎても戻ってこない海昊たちに、痺れをきらした観客たちを、 「お願いです。もう少し待ってください!信じて、必ず来ます!!」 しぶき しぐれ 必死で繋ぎとめてくれたのは、飛沫や、時雨たち。 「海昊くん!!」 ここにも、自分を信じてくれる人たちがいる。 大事な仲間。 海昊たちは、飛沫たちに礼をいって、スタンバイ。 「皆で、歌いましょう!薪さんも!!」 坡がマイクをとった。 皆に、目配せをする。 「遅くなってごめん!!皆、待っててくれてありがとう!――この曲は、俺たち皆で作った曲です。男に、女の子に、大人に、子供に、世界中の人たちに捧げます!!――BOY's LIFE!!!」 坡が観客に叫んで、轍生のバチがリズムをとった。 皆のアイコンタクト。 まひる ♪真昼中の Class Room ざつおん 教師's 声 背中に 夢ん中 真夏の Right Sky 泣く人影 背中に 金ん中 とき 幾千もの時代が過ぎても 染まらない 俺たち絶対 勝ち進む 顔のない先公の学歴魂 心ない大人の利益魂 Whenever Wherever Revolution かぜ ♪波音 背中に 潮風を切る。 真冬の Dark Sky 惑星屑 背中に 振り仰ぐ とき 幾千もの時代が過ぎても 変わらない こころ 俺たちきっと 同じ気持ち ヒト 最愛の仲間と過ごした日々 ヒト 最高の仲間と交わした握手 Whenever Wherever Remember 「俺たちのBOY's LIFE!!この手で――つかむ、BOY's LIFE!明日を勝ち取る――BOY's LIFEっっ――!!!」 >>BOY 's LIFE 完 あとがきへ <物語のTOPへ>
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