八 「は?」 かいう 昼休み、いつものように海昊のクラスに集まっている七人。 一様に怪訝な顔を作る。 くろむ その視線は黒紫に向いていた。 「……はぁ。一応、絞殺、ですか。ね?」 本人もそういって首を傾げた。 ・ ・ ・ 今朝、黒紫が登校すると下駄箱の中の上履きが、紐で巻かれていた。とのこと。 「せやけど、絞殺って、首をしめることとちゃうの?」 つづみ 海昊の言葉に頷いて、それで済んだのならいいスけどね。と、坡。 ――黒絞殺。 でも。と、黒紫は苦い顔をして――、 「確実にこの順序で何らかが起こるってことですよね……。」 ――細圧殺篠撲殺黒絞殺薪焼殺轍毒殺坡射殺海刺殺。 「俺、射殺って……」 坡は右眉を吊り上げて呟く。 ――薪焼殺轍毒殺坡射殺海刺殺。 残るは、四人。 一体誰が、何の目的で? 皆は顎に手を添えたり、首を傾げたり考える素振りを見せたが、海昊だけは、厳しい目つきをして窓の外を睨み見た――……。 たきぎ 「薪。」 それから数日。 合同体育の授業の前、薪がさぼるを予測して、海昊は探しにきた。 校舎の裏でSEVEN STARSを片手に腰下ろしていた薪は、顔を上げる。 「次、体育やで。」 薪はうんざりした顔を見せ、うるせーよ。と、はき捨てる。 海昊は呆れた様子を垣間見せたが、許容する笑顔で、行こう。と、誘う。 丁度薪が立ち上がったそのとき。 複数の破裂音と、火花が頭上から降ってきた。 「なっ!……爆竹??」 二人は瞬時に飛びのいて、上を見上げる。 窓から身を隠した黒い影。 顔は見えない。 「くっそ。誰だ!!」 薪は、声を張り上げ、落ちてきた爆竹をローファーで踏みつけ、火を消す。 海昊もそれに倣い、 「……焼殺……」 呟く。 ――薪焼殺。 細雨の一件から、日にちを開け、機会をうかがうように、四つの事件。 今だ確実な証拠をつかめないまま――、 「……何か用なんか?」 てつき 海昊は、次に予測される轍毒殺に轍生の身を案じて周辺に気を配っていた矢先だった。 轍生のクラスのドア。 たあか ねい 体を寄せ、覗き見するような格好の多垢 寧を発見した。 「っ……いっ、いえ。失礼します!!」 寧は、上目遣いで、海昊を見て、そして目を丸くし、慌てて踵を返した。 海昊は、その背を見つめ、そして轍生に視線を向ける。 「……!!轍生!!」 言葉より先に体が動いた。 教室に足を踏み入れる。 轍生は、席に腰下ろして缶コーヒーを片手に今、喉に流し込む寸前。 「……え?」 轍生の喉が隆起した。 「海昊、さん?」 海昊は轍生に手を伸ばしたまま、足を止めた。 その手を下ろして――、 「……何とも、ない?」 「……?」 二人の間に沈黙。 そして次の瞬間、轍生の表情が変わった。 口を押さえる、大きな手。 震えている。 「……何か、変、です。痺れる……」 「!!」 缶コーヒーを手にとる、海昊。 「どないしたん、これ。」 「つ、坡が買ってきてくれたって、クラスの奴伝いにもらって……まさか……何で……」 「轍生。」 海昊が轍生の大きな肩を支えた。 薬のせいか、驚いているせいか、体も震えていた。 「轍生……!どうした?」 ・ ・ そこへ、飲み物を二つ手にした坡の姿。 異変に気がつき駆け寄ってきた。 「……だ、大丈夫です。」 轍生は、海昊に礼をいって深呼吸を数回。 自分を落ち着かせた。 胸に手を当て、得体の知れない恐怖を感じていた。 舌に残るコーヒーのほろ苦い余韻を水で洗い流し――、 ――轍毒殺。 三人は顔を見合わせた。 ・ ・ あの缶コーヒーがなぜ、ここに……。 海昊は、皆の目を盗んで、寧を呼び出した。 みかど 幸い扇帝たちはいないらしい、寧は、おずおずと小柄な体を動かし、うつむいたまま海昊に従った。 人目のつかない場所で――、 「ワレ、何であの場にいた?」 「……。」 下を向いたまま無言の寧。 「あの毒は人を殺せるんか?」 「そんなことはありません!……あっ……」 勢い良く顔を上げて、そして口元を押さえる。 再び下を向いた。 海昊は頷いて、 ・ ・ 「カマかけたりして、悪かった。……せやけど、一体どうしてなんや?」 穏やかに優しい口調で尋ねる。 寧はゆっくりと顔をあげ、辺りを見回した。 誰もいないのを確認して、寧は静かに謝ってから、 ひりゅう 「……扇帝、きっとうらやましいんです。飛龍先輩たちのこと……」 寧は、ゆっくりと話しだした。 「仲の良い仲間とか、気に食わないっていうか……学校の頭はってる奴なんてロクな奴いない。って、いってて。扇帝、集団リンチとかくらったことあって……頭は何も手、出さない。って。タイマンなんかで勝負してくれない。って。きたないって……ヤクザもそうだ。って。」 「……。」 海昊は無言で耳を傾けた。 扇帝の生い立ち。 こくみね 石嶺組の血筋。 幼い頃からのコンプレックス。 容姿故のイジメ。 扇帝の顔が浮かんだ。 綺麗系の顔に、明るい茶色い髪。 両目の泣き黒子。 華奢な体型。 「だから扇帝、自分が石嶺組の人間だなんて一言もいわないんです。バックをタテにするの一番嫌ってて……でもそれじゃ勝てなくて……ジレンマっていうか。」 顔を上げる寧。 「扇帝は強いんですよ。本当に。それに、いい奴だし。俺も何度も助けてもらって……でも、本当はもっと仲間が欲しいんです。友達が……欲しいんです。」 ――友達が欲しい。 海昊は優しく寧の頭を叩いた。 おおきに。と、呟いて――、 「せやけど、ワレがやっとることは悪いことや。わかるな?」 「……はい。申し訳ありません。」 「もうええよ。ほな、はよ行き。扇帝たちに見つかったら大変やろ。」 「……。」 寧は海昊を見上げて、深く頭を下げた。 そして踵を返す。 「……。」 海昊は溜息をついた。 扇帝が自分とオーバーラップする。 痛いほど気持ちがわかる。 「あ、海昊さん。どこ行ってたんですかぁ〜?」 「よっと、ヤボ用や。」 皆には、黙っておいた。 何とか扇帝を止めなくては。 「それにしても、あの缶コーヒーがこんなとこにあるなんて。怖っ。」 「かなり広まってるってことなのか?」 七人は学園祭に向けての練習の傍ら、頭を悩ませていた。 缶コーヒーの話。 四年前の事件に関わっていた仲間にも尋ねたが、手がかりはなかった。 ぐし へんり 主犯格と思われる虞刺と遍詈は、今罪を償っている。 「……そーだ。これ、譜面。」 坡が思い出したように皆に配った。 はにかんで、頬が少しピンク色だ。 学園祭の練習は順調で、坡のオリジナル曲を除いて数曲は決まっていた。 「お。やっとですかぁ!」 皆は笑顔で配られた譜面に目を通す。 それぞれのパートにわけてあり、タブ譜もある。 「へぇ、坡が書いたん。器用やねんなぁ。」 手書きのお玉杓子が顔を揃えている数ページをめくる。 海昊の言葉にさらに照れて――、 「いや、はい。矜さんにも手伝ってもらって……」 「すっげーかっこいい詩ですね。早く聞きたい!!」 「もう一ヶ月きったからなぁ……」 七人、早速放課後BAY CITYに向かった。 クレイジー キッズ あれから、以前に使っていたところはCrazy Kidsに占領され使えなくなってしまったので、空いている倉庫を借りて練習に励んでいた。 海昊はここに足を運ぶ度、胸が痛む。 「親父!!」 外からの大声に、皆が手を止めた。 こうき 「……箜騎さんの声や!」 一斉に外へ飛び出した。 暗くなった港。 暗闇を切り裂くような真っ赤なパトランプが回っていた。 「!!」 港がパトカーで埋め尽くされている。 制服警官、私服警官が詰め寄せていた。 皆は息を飲んだ。 その中央には、必死に叫ぶ箜騎と、後ろ手を押さえられている男。 「親父が何したっていうんですか!!」 どうやら箜騎の父親らしかった。 「箜騎さん!!」 海昊たちが近寄る。 警官たちは、海昊たちを一瞥して――、 ベイ シティ たがら そうき 「麻薬密輸、所持容疑でBAY CITY最高責任者、貲 簇騎を現行犯逮捕する。」 「!!」 高々と警察手帳を掲げる刑事。 「……待ってください。私は……」 簇騎は抵抗する素振りを見せた。 刑事は首を振って、 「さきほど、第三倉庫から麻薬のはいった缶コーヒーを押収した。」 第三倉庫とみられる建物に顎をしゃくった。 大勢の警官がそこでも群がっていた。 簇騎が寝耳に水だという顔してみせる。 せいじょう かつろ 「……待ってください。お願いです。清城 格良さんを呼んでくれまへんでしょうか。」 「海昊……?」 海昊は深く頭を下げた――……。 >>次へ <物語のTOPへ>
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