
1st LAP 1986年、夏。 「くそ暑ぃーなぁ。」 横浜市立M中学、4階建ての校舎の最上階の最端の教室、1年9組で、些か乱雑な言葉を発して、 とさき ほずみ ズボン 戸崎 保角は、青の制服からだらしなく出している、半袖Yシャツの胸元を広く開け、何度も引っ張り、風を送っている。 両足は机の上に投げ出されている。 「まじ、暑すぎるぜ、干からびそう。」 すいき とひろ その隣の机に腰を半分乗せるような、よりかかる体勢で須粋 斗尋。 みなき みやつ 斗尋の寄りかかっている机のイスにすわって、軽く笑う、皆城 造。 「あーあ。早く夏休みになんないかなぁ。」 ひらま ながき 待ち遠しいとばかりに、空を仰ぐ、永真 修。 たがら こうき それにつられるかのように、貲 箜騎も青空を見た。 5人、同じクラスで、 「ツーリング行きてー!!」 「走りてー!!」 ハマ ゾク ロ ー ド 横浜一大きな族、THE ROADのメンバーだ。 「女が欲しー!!」 「……。」 一人だけ、外れたことをいった保角に、一瞬の沈黙。 「お前ねぇー。」 「欲しくね?」 大げさにため息を吐いて言った斗尋に、保角は尋ねる。 「欲しい。」 間髪入れずに返答。 他の3人はこけるリアクションをした。 「だろだろ、タンデムしてぇー。」 「……女のコに抱きつかれたいだけだろ。」 と、修。 ・ ・ ・ ・ ・ 「お前だって、欲しいくせに。俺ら、もてない組なんだからよぉ。」 保角が、言葉半ばに箜騎と造を睨んだ。 「え?」 「?」 2人の頭にクエスチョンマークが浮かぶのとほぼ同時に、斗尋と修は二人から遠のいて、 「そうだ、そうだ。」 2対3になって、肩を組んだ。 箜騎と造はきょとんとしている。 「どーせね、俺らはもてませんよ。ラブレターもらったこともないし、告白されたこともない。」 「そうそー、君たち2人とは違います。」 「なぁー。」 無茶苦茶、羨ましそうに頬を膨らませ、口を尖らす。 「俺たちだって……なぁ。」 「……う……ん。」 二人は顔を見合わせ、少し困った表情を作った。 「すげームカツク。知ってんだぜ、箜騎なんか入学当初からラブレターもらってよ。」 「そうそう、造だって今まで何人に告白されたことか。」 「なぁ。その度振りやがって、今だにフリーだしよ。」 教室の廊下側の角で、箜騎と造は保角たちの非難を受けていると――、 「あ、あの……。」 「だいたいさーお前らは……ん?」 言葉をとめて、保角は、イスの背もたれによりかかるように、のけぞる。 言葉をかけた主――ちょこんと佇む、小柄な女のコ。 恥じらいが垣間見れる、薄い桃色の頬。 おなかの辺りで、もじもじと動かす小さな手。 そんな少女に、保角の眉が引きつって、些か見下す目をして、 「箜騎。ほーら、お呼びだぜ。」 箜騎に顔を向けた。 「あの、ち、違います……。」 か細い少女の声に振り返って、 「造、お前だってよぉ。」 再び向き直り、今度は造と目を合わせる。 「違います!」 少女は顔を上げた。 その行動と大きな声に5人とも少女に注視。 少しの沈黙。 周りは相変わらず騒がしいのだが、そこだけが異空間のように感じる。 ゆっくり、少女の口が開いた。 「戸崎くん。ちょっと、いい、です、か?」 少女は上目遣いで保角を見た。 大きな瞳で、じっと。 ……お、俺ぇ?? 他の4人もそうだが、本人が一番驚いている。 動揺を隠そうと、わざとマジメな表情を作って立ち上がった。 「お、おい。マジかよ。」 保角が廊下にでるのを見届けながら、斗尋はあんぐりと口を広げた。 ……落ち着け。落ち着こう。 小さな少女の背中を見ながら自分の胸を押さえては、胸を張ってみせる。 ……単なる用事かもしれないだろ。 そうだ、単なる用事。 何、どきどきしてんだよ、バカらしい。 頭の中での葛藤。 ……でもやっぱ、アレだよな。このシチュエーションは。 マジかよ。かわいいぜ、このコ。 ちょこんと立ちすくんで再びうつむいた少女を見下ろす。 長く柔らかそうな髪が耳の後ろから前へ流れるのを、白い細い手でおさえ、もてあそぶ。 ……マジかな。 はっきり言って、初めてだし……そりゃ、女欲しいっつったけど、すげぇいきなりだし。 誰に言うとも無く、頭の中で喋る。 ……でも、別に特別好きなコがいるわけでもねーし。 と、そこではた、と我に返る。 ……でもマジでただの用事だったら、バカじゃねーか。 「あの。」 「は、はい?」 少女の声にうわずった返事をする。 ……まずい。動揺バレバレじゃねーか。かっこ悪っ……。 「今、お付き合いしている人いますか……?」 き、きた。 「いや、いないけど。」 冷静を装って返答。 少女は上目遣い。 くっきり二重の瞳は、なんだか潤んでいるかのようだ。 「好きな人とか、は?」 ……やっぱ、マジなのか? 廊下の端で会話をしているこの二人を、教室から斗尋と修は覗いていた。 「こーら、見てんな。」 箜騎は造の机に寄りかかった姿勢のまま、足をのばし、つま先で斗尋と修をこずいて苦笑。 造は席に着いたまま、優しい笑顔。 「だーってよう。気になる。」 「っとだよ。告白だったら、どーする斗尋。」 「げっ。アイツにかぎってそんな……どうしよう。」 2人は顔を見合わせた。 「どうみてもそれだろ。なぁ、造。」 首だけ向けた箜騎に、 「そうだね。」 とにっこり。 そんな二人の言葉に、やべーよ。と斗尋。 そして――、 「やったぁぁぁ!!!マジ、マジ?」 保角は、少女の手を無造作に握っていた。 「え。……戸崎くん……。」 少女は戸惑った様子を見せて、頬を染め、じゃあ……と解答を求めた。 保角を見る。 「もっちろんOK!!OK、OK、OKに決まってるじゃん!!やっほー!!」 廊下中に響く奇声。 喜びのあまり、保角は飛び上がった。 やった、やった。 俺にも春がきたぜぇ――!!! 神様ありがと――!!! 一も二もなく告白の返事をした保角であった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |