
Final LAP ほずみ さつひ 保角は、紮妃の父親の店のカウンターに腰おろして溜息をついた。 昨夜、帰り際に紮妃の父親から今日の店番を頼まれた。 学校があるんだけど。との保角の言葉は、 「何言ってんだ。普段もいってねーだろ。」 一蹴された。 ……ったく。 普段いってるっつーの。 ぎん 銀ちゃんはどっか消えちゃうし。 保角はぶつくさいいながら、適当にその辺りの清掃をした。 バイク関連のパーツ、部品が所せましと置かれ、雑然としている店内。 オイルのにおいが染み付いた壁。 何だか落ち着く。 わかっている。 本当は、はいねにいの一番に謝らなくてはならない。 しかし、保角の気持ちは一晩寝て、落ち着いていた。 「あ。銀ちゃん。」 紮妃は保角の姿をカウンターの中に見つけて、何してるのか。というような顔をした。 保角は唇をとがらせて、 「誰のせいだよ。」 「まったくだ。少しは家のこと手伝え。」 保角の言葉にかぶせるようにして、紮妃の父親が戻ってきた。 そろそろお役御免の時間だった。 紮妃の父親は、保角に礼をいってから――、 「お前、またやったな。」 父親の意味深な言葉に紮妃は鼻で笑って、大きな欠伸をして、眠そうな表情を隠さなかった。 保角が首をかしげる中、 「例のスポンサーが、スポンサーフィー倍にするって連絡があったぞ。」 昨日食事をしたスポンサーが、条件そのままに倍額出してくれるとのこと。 保角すごい。と口にすると、紮妃の父親は露骨に顔をゆがめた。 何故だか複雑な余韻を残した父親の言葉に、紮妃はよかった。と一言。 「なんで。倍でしょ。いーじゃん。っすげーじゃん。」 興奮気味の保角。 紮妃の父親は浮かない顔が理解できず、もう一度首をかしげた。 「?」 紮妃が思わず父親と保角のギャップに失笑。 「それがだなぁ……」 父親の煮え切らない口調に――、 れいり ・ ・ 「俺が零理と寝たから。」 絶句。 は、はあ??? 保角の目が丸くなった。 実は、零理は昨日のスポンサーの娘だったらしい。 ……銀ちゃん。 それも夢のため? それとも…… 前言撤回するか。 保角が紮妃を睨んだが、本人は飄々をしている。 父親も大きなため息。 そんな中――、 「保角いますかあ?」 とひろ 「おい、斗尋やばいって!」 「いんだよ。保角!!」 斗尋たちだ。 こうき 何やら箜騎の声は憂いに聞こえる。 みやつ ながき 声はなくともなくとも造や修もいるだろことは予想付いた。 4人とも学校を抜け出してきたらしい。 保角を見つけるなり、 「よーっく聞けよ。」 先陣を切って店に入ってきた斗尋が、そのままの勢いで口を開いた。 それを止めようとする箜騎。 あきらかに怒っている斗尋と修の傍らに造が箜騎と同じ表情をしている。 「お前、あの子に遊ばれてんじゃねーのか。」 斗尋の言葉。 あの子というのががはいねのことを指すことはすぐにわかった。 「俺たち見ちゃったんだよね。」 修が斗尋の言葉を引き継いだ。 2人によると、今朝はいねと1組の男子が一緒に登校したところを見たという。 今日の昼までにも何度か一緒にいるところを目撃したらしい。 「たまたまかもしれないだろ。」 「ぜってーできてるっつーの。顔がちょっとかわいいからって許せねぇ。」 箜騎と造はフォローするが、斗尋と修は譲らない。 保角を前に2対2で対立するかのような4人。 「はっきりさせようぜ。」 斗尋が強引に保角の腕をとった。 なすがままの保角に、箜騎が大丈夫か。と声をかける。 「……ああ。」 何だろ。 よくわからないけど、俺…… 保角は上の空の返事をして、斗尋に連れられるまま学校へ――、 「別に隠すつもりはないよ。前から彼女のこと好きだったし。」 校舎裏。 男は5人を前に、はっきりと口にした。 きちんと着こなした制服にまじめな眼鏡は、秀才さを醸し出していた。 はいねはずっと下を向いて、おなかの辺りで両手を弄んでいる。 唇は真一文字に結ばれているのがわかる。 「てめえ。」 「はいねちゃんは保角と付き合ってんだぞ、こらっ。人のもん横取りしていーと思ってんのか。」 修と斗尋がさらにヒートアップ。 男は嫌悪感を露わにして腕を組んだ。 「だいたい君はずっと彼女に嘘をついてたじゃないか。」 無言の保角を指をさした。 とさき 「君たちは不良だ。暴走族だし、先生の評判も悪い。戸崎は彼女の嫌いなオートバイにも乗っている。しかも、レースにでるそうじゃないか。」 淡々と事実を述べる男に、 「てめぇ、上等じゃねーか!!」 斗尋が拳をあげ、造がとめようとする体勢をとったが既におそく、斗尋の腕は男の胸座をつかんでいた。 はいねが奇声をあげて、顔をそむける。 右手が振り下ろされる前には造の制止は何とか間に合って――、 「ほ、ほら。そーやって暴力でしか人を動かせない。」 男は顔をひきつらせて、のけぞった体勢を整え、造によって引き離された斗尋の腕を睨みつけ、襟元をただした。 苦しそうに咳ばらいをしてみせる。 「それだけじゃないぞ。昨日の夜。僕は見たんだ。大人の女性と中華街を歩いていただろ。それに、彼女を侮辱するような卑劣で下品なこともクラスでたくさん言ってただろう。」 「てめーがあることないこといったのかよ!!」 今度は修を箜騎が止める。 そんな箜騎の顔も怒っていた。 保角だけが、そんな中から一歩はずれて客観視している。 へさき 「舳先さん。君は、どうなの?」 一番冷静な造が優しくはいねに尋ねると、 「……っ保角くん……」 おずおずと口を開いた。 既に涙声でよく聞き取れない部分もあったが、自分の気持ちをしっかり述べる。 「いつも……忙しいって…理由もいって…ないしっ……女のひととも…オートバイも……淋しくてっ……昨日も…っ」 ――昨日も待ってたのに。 保角が顔をあげて、はいねをみた。 はいねは相変わらず下を向いていて嗚咽をもらしていた。 ハンカチで口元を押さえて、ゆっくり顔をあげた。 「……どうして、ウソついたの。」 兎のように真っ赤な瞳が保角をとらえた。 眉毛がへの字に曲がり、また涙があふれ出た。 その様子に男がはいねの背中を優しくさすった。 ――どうして、ウソついたの。 保角は胸の奥に針でつつかれたような痛さを覚えた。 締め付けられる痛さ。 口も開けなかった。 「保角はなあ、あんたのためにそうしたんだろうが!そんなこともわからねーのかよ!」 「そーだよ。君のために命かけてるバイクもやめるっていってたんだぜ!君がちゃんと保角のことわかってあげれなかったからじゃないか!」 斗尋と修の言葉に、造が首を振って――、 「保角は舳先さんのこと大好きなんだよ。でも、バイクのレース、8耐は保角の夢なんだ。その夢を一緒に見てあげてくれないか。」 造の問いかけに、はいねがもう一度顔をあげた。 はいねが視線を保角にうつす。 「いいよ。」 保角がやっとの思いで言葉にした。 隠すなんて、やっぱり無理だったんだ。 約束も守れなかった。 嘘もついた。 全部、俺が、悪い。 はいねを真っ直ぐ見た。 「別れよう。」 はいねの瞳から一筋の涙が流れた。 保角は瞳を閉じた。 ……ああ、これを銀ちゃんも見たんだろうか。 紮妃の背中が脳裏に蘇る。 心にも同じように傷を負った彼の背中。 あの時、俺はバイクが好きだと言えばよかったのだろうか。 でもやっぱり結果は同じだった気がする。 きっとはいねにさみしい思いをさせたし、苦しめたと思う。 今は、夢を追いたい。 銀ちゃん。 俺も、夢を、とるよ。 結局、自分の夢のためにはいねを傷つけた。 でも――……、 「おめでとう!」 「かんばーい。」 夜の港。 今日は仲間の進学や卒業祝いで、いつもより賑わっていた。 たくさんの酒類と人たちが集う。 ロード THE ROADの集会。 「保角ぃ〜いい加減元気だせよ。」 「そうそう。女なんていっぱいいるんだからさぁ。」 斗尋と修が缶ビール片手に保角の背中をたたく。 箜騎も造も笑顔を向けた。 保角はうなづいた。 はいねと離れてみると、やはり埋められない心の隙間がある。 そこに時々冷たい風が吹くが――、 「どうしたの。」 そんな雰囲気を感じ取ってか、ひとりの女性が近寄ってきた。 スレンダーな体つきで長い髪がよく似合う。 れづき ゆづみ この春短大に合格が決まった澪月 夕摘だ。 修の手招きに耳を傾けた。 夕摘は、うなづいて軽く溜息をつく。 「なーんだ。そんな事。」 長く、やわらかい髪をかきあげて、ビールの缶を片手に保角の前にしゃがみこんだ。 下から保角を覗て――、 「そんな女、こっちから振ってやんなさい。保角のいい所、全然見てないコなんか、惜しくない惜しくない!」 「夕摘さぁ〜ん。」 保角は夕摘に抱きついた。 夕摘は、子供をあやすように、よしよし。と、ムースで尖った頭を撫でてやる。 「乾杯しよ、乾杯!飲み物とってきてあげるから。」 ね。と、保角の肩を支えて、元気よく立ち上がった。 保角は笑みを漏らす。 仲間の温かさに感謝して――、 「あー、夕摘さん。温かくて柔らかかったぁ。い〜よね。大人の女性って感じで。」 先ほどまでしょげていた表情を一変させて、夕摘の背中を見つめる保角。 箜騎たちは、現金な奴。と、呆れる。 「おねーさん。ってかんじ。懐きたい!」 「……さっきまでのはどーしたんだよ。ったく。」 「本当。心配してソンした。」 口々に皆。 保角はもう一度笑顔を見せた。 止まってばかりはいられない。 確かに、はいねは本当の俺を見てくれなかったかもしれない。 でも俺も本当のはいねをちゃんとわかっていたのだろうか。 俺は、本当にはいねを好きだったんだろうか。 わからない。 でも、後悔はしていない。 今は、夢を追おうと思う。 保角は空を見上げた。 いつか。 有名なレーサーになって、自分に誇りが持てたとき。 この夢をいつまでも一緒に見てくれる女の子が現れてくれるかもしれない。 いつか、夢が叶ったら――……。 >>完 あとがきへ <物語のTOPへ> |