
6th LAP ほずみ 「……保角くん。」 はいねは、9組の教室の前でちょこんと立っていた。 息せき切って駆けてきた保角を不思議そうに見る。 「悪い。待った……?」 「……どこ、いってたの?」 訝しげな表情。 「え。ちょ、っと……便所。」 咄嗟の嘘に、 「下の階まで?」 自分のうしろにある男子トイレを背中で睨むように口を窄めた。 保角は苦笑いをする。 「……いい。帰ろう。」 そんな保角を見切ったかのように言い放って、保角の横を通り過ぎて昇降口へと足をはこんだ。 その後を保角は追いかける。 げ。 まずったかな……。 「保角くん。」 突然歩みを止めて、はいねは前をむいたまま保角の名前を呼んだ。 保角の心臓は音をたてていた。 危険信号。 「今日、うちにこない?」 「へ?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。 振り向いたはいねは、保角の予想とは異なった表情をしていた。 うつむいて、ピンクに染めた頬。 両手はおなかの辺りでもじもじと動かしている。 丁度、保角に想いを告げたあの日のように。 「っていうかね。今日、両親いなくって、えっと1人じゃ夕食淋しいし……えっとだから……」 恥ずかしさからか、早口で小声でしゃべるはいねの頬はますます赤みがさしてきた。 終始うつむいていて、保角の顔をみない。 「……。」 両親いない? ひとり? 夕食一緒? 保角の頭ははいねの言葉がぐるぐると回る。 そして、思わず口元が緩んだ。 ……期待していーっつーことかな。 その刹那、頭を振った。 ダメだ。 今日も銀ちゃんのとこいかなきゃ。 「夜じゃだめ?」 「え?」 保角の沈黙を破った言葉に、はいねは驚いて、真っ赤な顔を向けた。 あきらかに誤解した目。 「あ、別に変な意味じゃなくて……」 自分で訂正してから思わず口を塞ぐ。 墓穴。 はいねは、その動向に唇をとがらせて――、 「やっぱり、ダメ。」 「……。」 あ〜バカだ。 何やってんだ、俺。 再び前に向き直ったはいねの小さな背中に溜息。 でも、その背中は、言葉とは裏腹に遠ざかっては行かなかった。 あれ……。 保角は首をかしげて――、 「じゃ、じゃあさ、夕食一緒に外食しようよ。」 背中にむけられた声に、はいねは振り返る。 笑顔。 保角はほっ、と胸を撫で下ろした。 7時くらいなら時間取れるよな、きっと。 心の中で独りごちた。 そして、7時に中華街の西門で待ち合わせをする。 隣に並んで足並みを揃えたはいねをみて、思わずにやけてしまう。 かっわいいな、はいね。 ふと時計を見やる。 4時半だ。 「あ、あのさ、はいね……」 「保角くん。」 保角が言葉を濁すその間に、はいねが割ってはいった。 「サイキン、何か隠し事ない?」 「え?……隠し事?」 保角の声質がワントーン上がった。 そんな保角を見て、はいねは視線をずらす。 「……ないなら、いいの。……でも、時計ばかり気にするの、ヤなの。」 はいね……。 ……最近練習忙しいし、あんまかまってやれなかったもんなぁ。 バイトも忙しいし……。 はいねんちけっこう厳しいから、電話とかも夜遅くなると無理だしなぁ。 「……ごめん。」 でも、8耐終るまでは……。 どうしたらいんだろ。 もっと時間ほしー。 とりあえず、保角には謝ることしかできなかった。 さつひ 後ろ髪を引かれる気持ちのまま、はいねと別れ、紮妃の下へ向かった――……。 保角は大きな溜息をはいて、なじみの紮妃のガレージに足を踏み入れた。 やっぱ、結構難しいよなぁ。 はいねとは一緒にいたいけど、今は8耐の練習やりたいし。 葛藤しながら――、 「ん?」 緊張ムードが漂う話し声が聞こえてきた。 思わず身を潜めて、そっと顔を覗かせる。 ぼんやりとオレンジ色のランプに照らされたガレージ。 ぎん 何だ、銀ちゃん。 ……お。 いー女。 紮妃の姿を見つけて安心したのもつかの間、隣に女性がいたので、そのまま静止する。 女性は、後姿でもわかる均整のとれたボディーライン。 赤のタイトスカートから伸びた脚線美。 踏まれたら痛そうなハイヒール。 大人だ。 銀ちゃんの彼女かなぁ。 保角が後でからかってやろう。と思った瞬間、乾いた音がガレージに響いた。 「……。」 大人の女性は何も言わず、ヒールをターンさせて、夜の闇に消えていった。 「こら、銀!」 その静寂を破った言葉に、保角が肩をいからせる。 向こうで店の従業員仲間だ。 「あー、保角は?」 何事もなかったかのように、紮妃。 保角も体を覗かせた。 その動向に、 「もしかして、見てた?」 紮妃は左頬に手を当てる。 「痛ぇ、まじあいつ、爪で引っかきやがった。」 「……。」 薄い唇の端を指でぬぐいながら、眉根をひそめ、店内へ向かう。 その様子に従業員仲間は、またか。という顔をした。 「保角、ちょっと待ってて。」 仲間の表情を一瞥して、奥にきえる紮妃。 保角は目で質問する。 「あいつ、オンナ癖わるくてさ。知らなかった?俺から見ても非情よ。何考えてんだか。何人ものオンナ、付き合っては捨ててさ、続いたためしないつーか……」 「……。」 保角は唇をとがらせて、頷いた。 しばらくして紮妃が戻ってきて、おもむろに手を出した。 「え?」 「見物料。」 ニヒルに笑った紮妃の顔。 「はぁ?」 素っ頓狂な保角の声に、冗談だよ。と一笑に付して――、 「ま、歳くえば、いろんなことあるよ。」 「何いってんだよ、今回だって自分から捨てたくせに。ころころ女代えんのやめろよな、もう落ち着けって。」 仲間の言葉は半ば無視してバイクをいじり始める紮妃。 仲間はやれやれ、という顔を保角に向けた。 銀ちゃん、かっこいいけど、何かいわくありそうだよな。 時々何考えてっかわからないし。 オンナはバイクみたいだ。とかいってさ……。 保角は紮妃の背中に方眉を上げて独りごちた。 さっきの女性ではないが、それこそ均整の取れた体つき。 よく通った鼻筋に、シャープな顎。 日に透けると銀色になるストレートな髪。 どこからみてもモテ顔だ。 レースの成績がいいこともモテる要因に加担している。 ……おれも、銀ちゃんみたくなりたい。 そのためにはやっぱ練習がんばんないと。 保角ははいねの頭の中の面影を振り切った――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |