
3rd LAP 今にも黒煙を吐きそうな銀色のパイプ。 不発爆弾がはめ込まれ、爆発の時をまっているかのような地を這う低音。 銀色の心臓が小刻みに不整脈を打つ。 ほずみ 「保角ぃ、てめ、サイレンサーはずしただろ。んだ、このエンジン音。」 しろがね さつひ 晩夏の空の下、レース仲間の銀 紮妃は、よく整った眉をしかめた。 眉間に皺がよった。 保角の愛車、HONDA RVFのハンドルを握ってもう一度エンジンをふかす。 再び地響きが訪れた。 「だって、いい音でるからはずしてもいいって、銀ちゃんゆったじゃん。」 ぎん 6つ年上の紮妃を“銀ちゃん”と愛称で呼んで慕っている保角は、紮妃に憧れてレーサーになろうと決めた。 こうして、バイクの整備や調整などを兼ねて、バイクショップを経営している紮妃の家へしょっちゅう遊びに来る。 「ああ、ゆったけどよ。」 がしがしと豪快に頭をかいて――、 ・ ・ 「本当にはずしたか……あんな、サイレンサーっつーのはぁ。」 「消音器。別名マフラーだろ。そんくれー知ってる。ダチもやってんもの。」 「あーああ。族のか。だろうな。」 言葉を切って、RVFを見つめる。 「でも、注意すべきだったな。これやんと、マフラー全体の管長が変わんのな。で、排圧とかがイカれるからエンジン性能が落ちることがあんだよ。」 「え〜!!」 「性能落ちんと、パワー感なくなるだろ。アクセル開度がでかくなるから燃費も……」 最後まで言い終わる前に、保角が頭を抱えた。 そして紮妃に抱きつく。 「ひでぇよ。」 「ああ、悪かったよ。けどな、もちっと勉強しろ。頭キレる奴はグラスウールとるとか……」 「グラスウール?」 語尾が上がった声に、紮妃は方眉を上げる。 「吸音材。サイレンサーの内部にある部品だよ。ドリルとリベッターあればすぐ取れる。音は大きくなるし、外観は元のままだから音だけだすならこの方法。あとは排気口に入ってるバッフル抜くだけでもまる。」 バッフルはサイレンサーの後ろ端に熱を跳ね返す遮へい物のことで、ボルトオンでついてるから。と丁寧に説明をする。 「ふーん。」 「で、これのメリットは性能的に向上する可能性大。」 話をしながらもテキパキとRVFの手入れ、手直しをする紮妃。 たくさんのバイクが並ぶピットは、工具が所狭しと並び、オイルの匂いがする。 奥では作業をしているらしく、機械音が聞こえる。 「いずれにしてもいい音はでっけど、ストリートじゃ法律触れっぞ。」 「だってよぉ。レーシングマシンみてぇでかっこいーじゃん。」 保角の言葉にあからさまに呆れて――、 「今サーキットでもかなりシビアだぜ。最後にゆったのはまだいいとして、あとは強引。変な改造して燃費気にするよりもっと知識つめこんどけ。」 「へーい。」 RVFのアクセルをふかす。 再び低音がなった。 「しっかしよく捕まらねーな。」 「運転うまいから。」 紮妃の言葉に保角が右手の親指を上げてウインク。 得意げに胸を張った。 「騒音はいいめいわくですよ、暴走族さん。」 軽く嫌味を飛ばした紮妃に――、 「保角?」 「……銀ちゃん、俺、バイクやめっかも。」 あきらかにうなだれて保角は口を開いた。 紮妃は目で何故だと尋ねる。 「俺の女、バイク嫌いなんだよね。」 大きく溜息をついた。 「なっまいき、おまえ、女いんの。」 「銀ちゃんとは違うんで、もてるんだよーっだ。うらやましいだろ。……といいたいとこだけど、疲れんだよね。」 再び溜息。 「は。なるほど、彼女、お前が族だってことも8耐レース好きってことも知らねんだ。」 頭の回転がいい紮妃はずばり、言い当てた。 保角が大きくうなづた。 紮妃はゆっくり立ち上がって、RVFのタンクをなでる。 「オンナなんてな、バイクみたいなもんよ。」 長い足で易々とRVFをまたぐと、ハンドルに手を掛けた。 ルックスのよい紮妃は、どんなバイクでもサマになる。 前傾姿勢のまま――、 「ほっぽっとけばサビついちまうし、手入れすりゃ生き生きする。自分のバイクには他の奴乗せねーだろ。」 「え、ま、まぁ。」 「いんじゃねーの、好きなら。ほっぽといたら誰かに乗られるぜ。」 紮妃の言葉に、露骨。と顔を赤らめた保角だったが、 「両立しろってこと?」 「そいこと。両方すきなんだろ。だったら両方手入れしてやれ。そんくれー体力なくてどーすんだよ。8耐は厳しいぜ。」 紮妃に背中を叩かれて、うなづいた。 付き合いから1ヶ月と少し。 保角はバイク通学をやめ、はいねと登下校していた。 もちろんはいねの前ではバイクの話はしない。 「バイクの話するダチなんて族仲間や俺らだっていんだろ。彼女とは違う趣味で盛り上がりゃ世界2倍じゃんか。」 前向きな紮妃の発言に、保角は思いなおす。 そっか。 そうだよな。 「ほら、ふかしてみ。」 いつの間にか、RVFの整備が終了していた。 アクセルグリップをまわすと、水冷の響きよいエンジン音が高鳴った。 気持ちと同様にテンションが上がった。 「ありがと!銀ちゃん!来年8耐ださしてよ!」 現金な言葉に今度は紮妃のテンションが下がった。 「簡単にゆーなよ。俺らプライベーター経営きついんだから。」 「だから金つぎこんでんじゃん。」 8耐とは、1978年から開催されているオートバイによる8時間の耐久レースだ。 ロードレース界ににおける、国内有数の集客を誇るモータースポーツイベントである。 そのレーシングチームにはファクトリーチーム――いわゆるバイクメーカーのKAWASAKI、HONDA、YAMAHA、SUZUKIなどの会社がもっているチーム。 とプライベートチーム――その名の通り個人のチーム。 の二種類がある。 ファクトリーチームが勝利を目指して仕事の一環として8耐に取り組んでいるのに対し、プライベートチームはレースに出場するための体制作りから始めなければならない。 その中で最も重要なのは、レース資金の確保だ。 そもそもレースとはとてつもなく金がかかる。 保角も中学生ながら、知り合いのところでいくつかバイトをはしごし、稼いでは、その殆どをつぎ込んでいる。 「ぜってー最年少でレーサーになってやる。んで、ずっと走り続ける!」 これが保角の口癖で、夢なのであった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |