2nd LAP


  「ぐふふふふふふ。」
                                      ほずみ
 机に頬杖をつき、天井を見上げて不気味な声を上げている保角。
 あれから、ずっとこんな調子だ。
 頬は終始緩み、一重の瞳は垂れ下がり、無くなってしまいそうだ。
                  とひろ   ながき
 雨期のようなじとーっとした斗尋と修の視線など、全く視界に入っていない。
           こうき    みやつ
 そんな保角を箜騎と造は、少し呆れながらも、微笑ましく見守っている。

  「何でだよ。なーんかシャクだなっ。箜騎や造ならいざしらず、なんでこいつなんだ、え?」

  「っとだよ!」

 斗尋と修のぼやき。

  「で、何て言われたのさ、保角。」

 造が語尾やわらかく尋ねると、保角は、

  「何てって、もう、恥ずいなぁ〜ゆわせんなよぉ。」

 言葉とは裏腹にとても聞いてほしそうだ。
 鼻の下が伸びている。

  「ずっと好きでしたって、もー早くゆってくれれば良かったのにさぁ。箜騎じゃなくてよ?造でもなくて、俺。オ・レ!!俺のことずっと見ててくれたんだってよぉ〜!もう、たまんないっスね。」

  「このやろ。ぬけぬけと。」

  「なーんか、悔し。」

 今にもとろけそうな保角を横目で睨んで呟く斗尋と修。
 そんな視線に敬礼姿勢で――、

  「諸君!これで俺はこっち組ってことで。」

 箜騎と造の間に入り、二人に肩に手をのせる保角。

  「もてない組は頑張ってねぇ〜!」

 極めつけの言葉を投げつけた。
 拳を握り締める斗尋と修を尻目に、終了のチャイムが鳴り終わる前に教室を飛び出した。

  「は、い、ねちゃん。」

 薄っぺらい鞄を小脇に抱え、両手をポケットに突っ込みながら、ステップを踏む。
 3組の教室の後ろのドアから顔をだして、彼女の名前を歌を歌うように口にした。
 へさき
 舳先 はいね。
 それが先ほど保角に告白した彼女の名前だ。
      とさき
  「あ、戸崎くん。」

 消え入りそうな小さな声が、保角の頬をますます緩ませる。
 一緒に帰ろうとの誘いに小さく頷いた。
 その頬はピンク色。
 ちょこんと保角の隣を遅れまいと歩く小さなはいねを見て――、

 うわぁ〜!やっぱかわいい〜!
 めっちゃかわいい!!
 彼女がいるってこんな幸せなのかぁ〜!!!

 保角ははいねを隣に、青空を仰いだ。
 瞬間、轟音のような唸り声がして――、

  「きゃっ。」

  「大丈夫!?」

 咄嗟によろけた小さな体を抱いた。
 柔らかく、温かい感触。

 うぉ〜!なんていーやつなんだ、今のバイク!
 このまま時よ、止まってくれ!!

  「あ。ご、ごめんなさい。……はぁ、恐かった……私……」

 次の瞬間、保角の願いが叶う。
 最も、

  「私、オートバイって大嫌い。」

 止まったのは、時間ではなく、保角の思考回路だったが。
 一瞬の沈黙。

  「……え。で、でもさ。あーゆー奴だよね。ったく、まじあぶねーよな、ヘタクソ。」

 あわてる保角に、はいねは小さく頭を振って、

  「ううん。オートバイ乗ってる人、みんな。だって恐いんだもん。あと、暴走族とか。騒がしいし、恐いし……耐えられない。」

 さらに追い討ち。

  「それに今の人、うちの学校でしょう。中学生、無免許で乗ってるなんて、法律違反だわ。」

 ぐさ、ぐさ。
 これでもかというほど太い矢が、数十本。
 いや、数百本は保角に刺さった。

 ……まじかよ。
       ゾ   ク
 俺が、“THE ROAD”ってこと、知らねーのか……。
 保角は頭が真っ白になるのを覚えた――……。


  「で、そのまま単車置き去りにしたってわけ?」

  「だってよぉ。あんなこといわれて、タンデムしよっ、っていえるかぁ?」

 次の日、保角は机に顔を突っ伏して嘆いた。

  「本当に知らないんだ、彼女……。」

  「終わりじゃん、保角。」

  「族も恐いし〜無免許なんてあたしぃ耐えらんない〜。だろ?」

 箜騎と造は顔を見合わせて、眉根を下げ、斗尋と修は頬をゆるませ、ちゃかした。
 保角が斗尋と修を睨む。

  「でも、人それぞれ趣味好みあるし、別にそれが一緒じゃなくたって付き合っていけるんじゃん?」

 造がうなだれる保角をフォローする。
 突っ伏した顔を少し上げて、

  「でもよぉ〜俺の命かけてるもん嫌いってんな短い言葉で片付けられてよ――……」

 もう一度突っ伏す。

  「バイクやめよっかなぁ。」

  「……おいっ!」

 その言葉に皆が保角を注視した。
 机に伏す、意気消沈の保角。

  「ふざけんなよ。命かけてんだろ命!」

  「そうだよ、冗談でもいうことじゃないだろ。」

  「バイクじゃなくて女やめろ、オンナ!」

 斗尋と修が声を荒げた。

  「できねぇ〜よ。」

 情けない声の保角に斗尋が眉根を上げー―、

  「じゃあやめちまえ!バイクも族もやめろよ!ったく、情けねーヤロウだな。てめぇは8耐走んの夢だったんじゃねーのかよ!!オンナのために夢捨てんのかよ!!!」

  「けどよー!天秤かけらんねーだろうが、オンナいねーからそういうこといえんだよ!」

 斗尋の、胸座をつかまれた手をつかまえて、保角も声を荒げた。
 斗尋の腕を振り下ろす。

  「んだと!天秤なんてハナからかけるもんじゃねーだろ!」

 ヒートアップする二人。

  「やめろって。」

 保角を箜騎が、斗尋を造が止め、ようやく二人に距離ができた。
 修は斗尋と同意見のようで、斗尋の隣を陣取り、2対3で向き合う格好になった。

  「本気じゃないよな、保角。とりあえず、彼女には今は黙ってほうがいいかもな。」

  「……でも隠しておくのはどうかな。」

 箜騎の声に、造の冷静な言葉。
 保角は箜騎に腕を押さえられながらうなだれた――……。


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