Prelude
Prelude
1 / / / / / / / 8 /あとがき

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 陽春、4月。
 暖かい木漏れ日を体いっぱいに浴びながら、

  「私たちも、もう高3かぁ。早いなぁー。」
 そうみ     し な ほ
 蒼海 紫南帆は、春空を振り仰いだ。

  「本当だよな。」
                       あすか    きさし
 少し癖のある柔らかそうな前髪を、飛鳥 葵矩はかきあげる。

  「何、ババくせーことゆってんだか。」
               きさらぎ    みたか
 嫌味なく一笑に付して、如樹 紊駕は長い脚を颯爽と前に運んでいる。

 この3人。
 両親同士が学生時代から仲が良く、丁度三年前のこの時期に、元々隣り合っていた3軒を1軒に建て替えた。
 以来、9人の大家族で生活をしている、一風変わった幼馴染である。

  「うるさいな。あ、ババくさいといえば。」

 紫南帆は相好を崩して――、
                                          ・  ・
  「4月1日、エイプリールフール生まれの紊駕ちゃんは、私たちよりジジくさい。」

 2人より数歩前にでて、飛騨のスカートを翻して後ろ向きに歩いた。
 腰に届きそうな漆黒のストレートな髪。
 光に反射して輝いた。

  「そうだそうだ。」

 健康的な白い歯を見せて、イタズラっぽく笑った葵矩を、

  「うるせぇ。」

 軽く上から叩く。

 ピンク色に染まった一本道。
 桜の木々の下を3人、くぐりぬけると、目の前に、真っ青の世界、大海原が姿を現した。
 湘南海岸。
 3人は右へ曲がった。

 霞がかった春天の青。
 右方面に見える江ノ島の青。
 水平線の青。
 波打ち際の青。

 海原と平行に走る江ノ島電鉄が、趣のある音をたてて通り過ぎていく。
 海との間、国道134号線を忙しなく走る車。
 いつもと変わらぬ朝だ。

  「おっはよ〜!」

 3人の学校は、海岸正沿いにある、県立S高校。
 校門をくぐってすぐに、元気な声が響いた。
        せお
  「おはよ。瀬水。」
                   おうみ    せお
 紫南帆がとりわけ仲が良い、桜魅 瀬水だ。
 肩につくかつかないかくらいの直毛のサイドを、三つ網している。

  「おはよ、飛鳥くん、如樹くん。」

  「おはよう。」

 葵矩は満面の爽やかな笑みで挨拶。
 紊駕は軽く尖った顎を下げた。

  「っはよーございまーす!」

 後ろからの声に振り返る。
   わくと
  「惑飛くん。おはよう。」
 むなぎ     わくと
 旨軌 惑飛――瀬水の彼氏で、2年生だ。

  「また背のびた?」

 この間まで、自分と同じくらいだった惑飛の背を、紫南帆は手を水平に伸ばして身長を測る素振りをする。

  「そーですか?でも、もっと伸びたいんですよね。やっと瀬水超したってカンジですから。」

 かわいく舌をだして、笑う。
 年下で身長が低いことに少しコンプレックスを抱いているらしい。
 私は別に気にしてないんだけどね。と、瀬水は小声で耳打ちをする。
 紫南帆は微笑んだ。

  「でも、男の子って、すぐ成長しちゃうよね。」

 片手を振って、紫南帆たちに背を向けた惑飛を見送って、呟いた。
 残念そうな響きが言葉に込められている。

  「くだんねーことゆってねーの。ほら、クラス替えの紙。」

 紊駕が軽く紫南帆の頭を叩いて、用紙を手渡した。

  「あ、ありがと。」


 3年1組――飛鳥 葵矩。
         如樹 紊駕。

 3年2組――桜魅 瀬水。
         蒼海 紫南帆。


  「やったぁ紫南帆っ、同じクラス!!」

 瀬水は相好を崩して紫南帆に抱きついた。

  「うん。よろしく。2人とも別れちゃったね。でも隣だ。」

 紫南帆はそういうと、瀬水と一緒に2組に脚を運ばせた。

  「残念。」

 紊駕の呟きに、

  「なっ、なんだよ。」
       サッカー
 葵矩は、部活焼けの小麦色の頬を膨らませた。
 些か赤く染めて。

  「別に。」

 紊駕は葵矩の反応を楽しむように苦笑して、1組に向かう。
 軽く睨んで、葵矩も教室に入った。

 葵矩は、隠し事もできないほど、実直で素直な青年だ。
 サッカーが大好きで、昨年は、全国高校サッカー選手権大会にセンターフォワード、エースナンバーとして出場した。
 ついこの間は、ドイツ遠征にまで行った実力の持ち主である。

 いつも笑顔で、優しく、葵矩がいると周りが明るくなる。
 その風体は、太陽のようだ。

 対照に、紊駕はクールで冷静沈着。
 時に、冷たい態度をとることもあるが、本音は優しい。
 しかし、婉曲に。
 それ故に誤解されることが多い性格だが、気づけば側にいてくれる。
 そんな存在。

 葵矩が太陽なら、紊駕は月。
 対照的な2人だが、なかなか仲が良い。

 そんな2人をとても大切に想っている、紫南帆は、推理小説や本が大好きな文学少女。
 S高校でおこった数々の事件も解決している、推理能力に長ける少女だが、少し天然で、自分の恋愛ごとにはかなり疎い。


  「よー!」

 3年1組。
 葵矩と紊駕が教室に入ると、ハスキーな声が響いた。

  「飛鳥。また同じクラス!如樹、同じクラス初めてだな。よろしく!」
 てだか    いおる
 豊違 尉折が葵矩の肩を叩いた。
 葵矩と同じサッカー部だ。

  「聞いてくれよぉ〜!」

 適当に座った葵矩の前の席を陣取って、葵矩の机に突っ伏す尉折。
   じゅみ
  「樹緑とクラスわかれたぁ〜!!」
        いぶき  じゅみ
 樹緑とは、檜 樹緑のことで、尉折の彼女である。
 葵矩の返答は待たずに、ちくしょう〜。と、机を叩いている。

  「ところでさ!」

 かと思えば、満面の笑みで――、

  「今日の部活。ミーティングな。な?」

  「何するわけ?」

 葵矩の言葉に、尉折が口元を緩めた。

  「新入生勧誘のビラ作り!かーいーこいるといいなぁ。明日の入学式楽しみだなぁ!」

  「……新入生のって、もしかして……」

  「もっちろん!マネージャーの!!」

 やっぱり……。と、葵矩は呆れ顔。
 今、彼女とクラスが分かれてしょぼくれてたくせに。
 彼女がいるくせに。
 葵矩は尉折を睨む。

  「部活はやる!明日からは勝手に勧誘でもなんでもしてくれ!ただし、部活時間以外!しかも、男!部員を勧誘しろ!!」

 一気に捲し立てる葵矩。
   あすか                   お れ
  「部長さぁ〜ん!副部長の意見も聞いてくださいよぉ〜!」

  「絶対聞かない。新入生歓迎会のことなら話し合ってもいいけど。言っとくけど、男だからな!勧誘するのは、お・と・こ!!」

 立ち上がって、大声で言う。
 一息ついてから席に座りなおした。
 尉折が前の席で唇を尖らせ、ふてくされた風を装った。

 紊駕は、一番窓際の一番後ろの特等席で頬杖をつたまま、黙していた――……。


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