Prelude
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/ 2 / / / / / / 8 /あとがき

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  「きゃっぷて〜ん!」

 始業式も終わり、放課後。
          きさし
 部室に向かう葵矩は、間延びした声に背を押される。
   るも
  「流雲。その呼び方やめてくれって……。」

 照れ笑いを浮かべて振り返る。

  「なぁ〜に、照れてんですかぁ。」
           ふかざ    るも
 サッカー部2年、吹風 流雲。
 明るく愛嬌のある後輩だ。

  「おはようございます。」
                                   ほしな   や し き
 その隣で、少し控えめな態度で挨拶をしたのは、2年の星等 夜司輝。
 一礼をした。

  「おはよう。」

  「ねー副きゃぷてんはどーしたんですかぁ?」
 いおる
 尉折のことを尋ねられたので、職員室だよ。と、答える。

  「あー、始業式から尉折せんぱい、何かやったんでしょう。」

 わかった!と、人差し指を掲げる。
   じゅみ                      ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
  「樹緑せんぱいとふじゅんいせいこうゆうしたんだぁ!」

 あっけらかんとした流雲の言葉に、葵矩は真っ赤になり、周りを見渡した。
 夜司輝は、目でしかる。

  「ちっちがっくって。今日は、新入生の勧誘の為のビラをね……」
   ・  ・  ・
  「今日は?ってことは、後で呼ばれるってコトですかぁ?」

 流雲は、周りなど全く気にせずに、葵矩の言葉に突っ込みを入れている。

  「流雲!」

 夜司輝の叱責。

  「……部活。新入生歓迎会のビラをつくるから、さ。」

 ったく。流雲の態度には本当まいるよ。と、葵矩はまだ頬を叩いた。
 そんな葵矩の気持ちもよそに、当の本人は――、

  「新入生のビラつくり?ラッキー明日部活ありますよね。入学式。かーいーこいるかなぁ。」

 尉折と同じ発想に溜息をつく。

 明日は、一般の生徒は入学式の為に自宅学習だが、葵矩を含め、特に運動部に所属している生徒は通常通り活動があるのだ。


 「今日は、新入生勧誘のビラ作り。明日は、新入生歓迎会のミーティングをする予定。」

 部室で、葵矩は皆の前に立って淡々とスケジュールを言い伝える。
 結局、尉折の押しに負けて、ビラ作りをすることになってしまった。

  「今日明日は、練習やらないけど、体なまらせるようなことはしないで、各自責任をもって体調管理等すること。じゃ、ビラ作り始めよう。」

 葵矩はビラ作り用の用紙を皆に配り、どう効率的に部員を集めるか等話し合いの場を設けた。

  「おっ前、すっかりキャプテン板についたじゃんか。」

  「ほんと、ほんと。ご立派。」
                     さわら
 尉折がぼそっと言い、同級生の沙稿 ユタが続いた。

 今年の1月。
 葵矩と尉折、そして流雲と夜司輝をはじめ、卒業した先輩たちをレギュラーとして、全国高校サッカー選手権大会に神奈川県代表で出場した。
 初出場でありながら、準優勝という好成績を収め、今年、葵矩が部長、尉折が副部長に着任した。

  「心配しなくても、今年はぜぇ〜たい新入生多いですよ!」

 流雲が声高々と言った。

  「何たって、うちのキャプテンは、1年生でレギュラー。以来ずっとレギュラー!」

  「2年生でドイツ遠征!」

  「10番、エースストライカー!」

  「顔良し!頭良し!性格良し!面倒見良し!全てハナマルときてる!!」
               りとう    のりと
 流雲の声から、2年の利塔 祝。
 はらき    いつく
 原季 慈。
 はしえ    そのう
 橋江 弁。          ・  ・
 リズム良く続いて、流雲がしめ。
     ・  ・  ・  ・
 葵矩をベタ褒めする。

  「……そんなに褒めても何もでないぞ。」

 照れ隠しに腕組をして、葵矩は顔を反らした。

  「ほんっとーに。皆そう想ってんですから!」

  「俺も、褒めて褒めて!」

 尉折の声に、流雲は、身軽に部室のテーブルに飛び乗った。
   てだか    いおる
  「豊違 尉折せんぱい!2年生で転入。我がサッカー部入部!にもかかわらず、そのサッカーセンスはばっつぐんで、即レギュラー。以来ツートップのライトを守るオフェンス。ジョークが好きで明るく、我がサッカー部にかかせない人材!」

 うんうん。と、尉折は満足気に頷いている。
 しかし。

  「ナンパがシュミで女の子をいっつも追いかけて、そのたび振られる。樹緑せんぱいという美人な彼女らしき人がいるにもかかわらず。その勢いは衰えない。大会に行ったときも――」
                                        ・  ・  ・
  「その辺にしとけぇ〜!いっとくけどなぁ。樹緑は俺の彼女!らしきじゃなく、れっきとした彼女だっ!」

 尉折も机に飛び乗って、流雲のコメカミに拳を当てて、回転させる。
 周りは爆笑している。

  「ひゃあジョークっすよぉ。」

 葵矩も苦笑して、流雲のアナウンス?に共感した。
 そして、表情を引き締める。

  「こら、ビラ作りしろ!尉折。お前の意見聞いて折れたんだから、ちゃんと作れよ!」

 葵矩の叱責に、士気が高まる。
 皆一様にビラ作りに専念していた。

  「じゃーん!どうだ!」

 いの一番にビラを掲げたのは、尉折。
 葵矩は一瞥して――、

  「却下。何のためのビラだ、何の!」

 思いっきり呆れる。
 尉折の書いたビラ。
 中央にどでかく、マネージャー募集そして、小さく進入部員募集。

  「逆にしろ逆に!それに、マネージャーはいらないよ。4人もいれば大丈夫だって!」

  「あ。マネージャーの辛さもわかんねーくせに!俺の樹緑の苦労を少しでも少なくしてあげようとした俺の優しさだったのに。くすん。」

 いつものジョークフェイスの尉折。
 本当にそれだけの理由か?葵矩は泣きまねをする尉折を睨む。

 サッカー部マネージャーは、4人。
              しらき     いなみ           かささぎ  おうな
 樹緑をはじめ、3年の白木 伊波、2年の鵲 殃奈。
          いなはら   つばな
 そして、2年の稲原 茅花だ。

  「でも、マネージャー希望も多いでしょうね。」

 祝がぼそっと言う。

  「そりゃあ飛鳥せんぱいがいるんですもん、あったりまえ。ねー!」

 流雲が葵矩に振った。

  「え……」

  「やっぱ、飛鳥はフリーだからモテんだよなぁ〜!」

 好きでフリーやってんじゃないって。と、尉折の言葉に心で反論。

  「あ、でも、尉折せんぱいみたいに、フリーでもモテない人もいますよねぇ〜!」

  「あ〜?俺はフリーじゃねぇ〜!」

  「ひゃあ〜ごめんなぁ〜い。」
            ・  ・  ・  ・  ・
 再び尉折と流雲のじゃれ合いが始まった。
 尉折が流雲の首を絞める真似をする。

  「くるし〜!」

  「こっのやろ。この減らない口をふさいでやる!」

  「口は減らないっすよぉ。いっこっきゃないですもん。」

  「なんだと〜口ごたえしやがってぇ〜!」

 なんだかんだ、仲が良い、サッカーのお祭りコンビである。

  「そーいえば、マネージャーって今日来ないの?」

 ユタの声に、明日の準備で借り出されている。と、葵矩は説明した。

  「じゃあ、明日もいないわけ?」

 流雲の顔を押しのけて、尉折。
 不敵な笑み。

  「あー、樹緑せんぱいのいないトコで、1年生ナンパしようってんでしょ。」

  「ばかいいなさい、流雲。」

 顔が笑ってるから……全く。と葵矩。

  「そんなコトばっかやってんと、マジで樹緑せんぱいに嫌われちゃいますよぉ〜!」

 流雲の言葉に、

  「お前にいわれたかないわ!でも心配ご無用!」

 にやっ、と痩せすぎない頬を緩ませて――、

  「心身ともに、しっかりと俺たち結ばれてますからぁ!」
   ・  ・
  「心身――?せんぱい、もうヤッたんですかぁ??」

 いち早く反応して、流雲。
 部内も騒然として、皆興味津々な顔。
 葵矩は赤面。

 そして、問題発言の本人は、

  「そっりゃー、ひ・み・つ。」

  「あーずるい!教えて教えて!!」

  「そこまでゆっといてずるいぞ!」

  「せんぱい、ヤッたんですか、ヤッてないんですかぁ?」

 こ、こいつらぁ……。
 葵矩は耳まで赤くした。
 こういう類の会話には、滅法弱い、葵矩であった――……。


 何とかビラ作りを終え、葵矩は独り、グラウンドに向かった。
 サッカーボールを宙にほおって、リフティング。
 他の生徒たちは、とうに下校した。

  「……」

 突然、ボールが葵矩の前に飛んできた。
 素早く反応して、ヘディング。
 一度浮かして、2つのボールの勢いを瞬時に殺した。

  「おー。ナイス、キャプテン。」

 乾いた拍手が聞こえて――、

  「尉折。」

 先に帰ったと思われた尉折の姿。

  「先に帰ったんじゃ……」

  「なんとなく、な。」

 尉折は、自分で投げたボールを足のつま先で蹴り上げ、腿で受ける。
 腿で数回リフティングをして、頭、かかと、綺麗なフォームで難なくこなす。

  「ボールコントロール。やっぱ巧いな、尉折。」

  「そんなことねーよ。」

 尉折は、ボールをキャッチした。
 数秒、2人の間に沈黙があった。

  「もう、俺たち3年だな。」

  「ああ。」

 一息おいて尉折は口を開いた――、

  「俺は、お前と会って1年だけど、一番充実してたな。この1年。」

  「うん。なんか、あと1年しかいられないなんて、すごく淋しいっていうか。なんていうか……。」

 2人は、グラウンドを見渡すように腰を下ろした。

  「わかるよ、それ。」

  「……今年こそ、絶対優勝しような。」

 全国高校サッカー選手権大会。
 目指すは、優勝。
 全国制覇。

  「あったぼうよ!またお前をドイツにつれてったる!」

  「ばか。今度はお前もいくんだよ。」

  「へへっ……ドイツかぁ。」

 尉折は遠くを見つめた。

  「当たり前だけど、皆すごく巧くて。いい刺激になったよ。皆、サッカーが好きで、頑張っていて……世界中その気持ちは一緒なんだって……」

  「飛鳥……プロ、目指してんのか?」

 尉折が葵矩に向き直った。
 葵矩は尉折の目をみて、そして、大空に目を向けた。

  「わかんない。……でも、一応、希望。」

  「そっか。」

  「尉折は……?」

  「……俺は、やっぱ就職、かな。進学できる頭もってないし。」

――できれば、樹緑を幸せにしてやりたい。

  「うん……」

 高校3年生。
 部活の最先輩であるとともに、各自、将来の問題を抱える、重要で不安定な時期。

 プロサッカー選手。
 サラリーマンと異なり、不安定だし、容易いことではない。
 それは、百も承知だ。

  「あー、明日楽しみだなぁ。かーいーこいないかなぁ。」

 照れ隠しの尉折の言葉に、葵矩は笑った。

  「根性ある1年、入ってくるといいな。」

  「だな。」

  「帰るか。」

  「おう。」

 2人、顔を見合わせ、笑合うと春空を駆け出した――……。


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