Prelude
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/ / / 4 / / / / 8 /あとがき

                     4

   みたか
  「紊駕ちゃん。朝だよ。」
 し な ほ
 紫南帆は、紊駕の部屋のカーテンを開いた。
 東向きなので、柔らかい朝日が差し込む。
 紊駕の部屋。
 物もほとんどなく、シンプルでモノトーン。

  「今日、用事があって私学校早く行くからちゃんと起きてね。」

 紫南帆は既に制服姿だ。
 午前7時半。

  「おやすみ。」

 紊駕の言葉に、軽い溜息。
 
  「もう。一緒に早く行こうとはいわないけど、遅刻はダメだぞ。」

 ベッドの中でうつ伏せで枕を握り締めた格好のまま、左手を軽く振った。
 了解。
 
 朝には滅法弱い紊駕であった。
 紫南帆は、軽く笑って部屋をでた。

  「美鷺さん。8時までには紊駕さん起こしてくださいね。」

 リビングに下りて、美鷺に伝えて玄関へ向かう。
 
  「え〜紫南帆ちゃん連れてってくれないの?」

 リビングからの声に、用事があるんですよ。と、靴を履く。

  「まったくしょうがない奴だな。あの低血圧男めっ。」

  「うちのみたいに高血圧すぎも迷惑よ。朝5時半起きなんて。」
 みさぎ                きよの
 美鷺の言葉に、聖乃が毒づいた。
 葵矩は朝レンがあるために、いつも紫南帆たちより先に学校へいくのだが、朝レンの始まる時間よりかなり前から自主レンも行っている。
 そんな2人の会話に、失笑して、紫南帆はお願いしますね。と言い残して家をでていった。

  「本当にあの2人って面白いほど、正反対よね。」
 り な ほ
 璃南帆はキッチンで笑った。

  「ほっと、紫南帆ちゃんが一緒につれてってくれなかったら、あいつ。学校いかないもんなぁ。」

  「うるせーよ。」

 突然の後ろからの声にも動じず、

  「そのくせ、いつの間にか後ろにいたりするんだから。早く学校いきなさい。」

 美鷺は息子に言って見せた。
 紊駕は、意に介せず洗面所に向かう。
 7時40分。
 
 キッチンで、サイフォンに出来上がっていたマンデリンを拝借。

  「みーんな。もう出ていったわよ。」

 美鷺が大げさに周りを見回して紊駕の前に仁王立ち。
 葵矩と紫南帆、そして父親たち。
 紊駕が、美鷺を斜め上に見る。

  「わかりましたよ。いきゃーいんだろ。」

 マンデリンを飲み干して、立ち上がった。

  「そ。いきゃーいんだよ。」

 半ば追い出されるように、紊駕は家を出た。
 7時50分。

 何度もあくびをしながら、桜並木を通り、海岸線を歩いた。
 春の日差しなのに、紊駕にとっては、少し痛い。

  「……。」

 S高校の正門をくぐり、昇降口までの階段を上る。
 一人の少女が、何かを探しているような仕草でしゃがんでいた。

  「あ、すみません。あの、コンタクト落としちゃって、踏まないで下さい。」

 紊駕が横を通り過ぎるのに、少女は顔を上げて訴えた。
 瞳が真っ赤で、涙で潤んでいる。

  「……。」

 紊駕は、無言で立て膝を突いた。

  「……。」

 少女は驚いた顔つきをみせ――、

  「手ぇ出しな。」

 小さな手のひらに、透明なハードコンタクトレンズが乗った。

  「あ、あのっ……ありがとうございました。」

 少女は何度も何度も頭を下げた。
 紊駕は何事もなかったように、長い足を校舎へ向かわせた。


  「お。ちゃんと来てる。」

 チャイムが鳴る寸前、紫南帆が1組の教室の紊駕の前に現れて、イタズラな笑みを見せる。
 紊駕は伏していた顔を上げて――、
                ・  ・
  「ちゃんと来ましたよ。8時に。」

  「そんなに早く来たの。」

  「追い出されたの。」

 紫南帆は、苦笑して、満足そうに頷くと自分の教室へ戻って行った。
 
  「おっす。紊駕。」

 入れ替わりに朝レンを終えた葵矩が教室に入ってきた。
 紊駕は、顎で挨拶をして、元気だな、お前は。という顔をする。

  「紊駕も何か運動すればいいのに。」

  「やだ。」

 葵矩の言葉に即答して見せるが、

  「どーせ1限目、体育だよ。」

 にっこり笑う葵矩。
 さぼりはダメだからな。と、付け加える。
 紊駕はうんざりした顔をして、再び机に伏した。
 運動音痴では決してないが、朝と体育の授業は嫌いらしい紊駕。
 半ば強引に葵矩に引っ張られ、体育の授業に臨んだ――……。

       きさらぎ
 「ねぇね。如樹くん、体育でてんじゃん。めっずらしい。」
       せお
 体育館で瀬水が紊駕の姿を見つけて口にした。
 1、2組は合同授業だ。

  「めずらしくないよ。ちゃんと出てたよ。」

 白い頬を膨らませて紫南帆。
 男子は集まって、バスケットボールをしているようだ。
 
  「何か、如樹くんのジャージ姿って、初めて見た気がする。」
       じゅみ
 後ろから樹緑。
 紫南帆は、喉を詰まらせた。

  「ほらね。皆そう想ってるって。」

 と、瀬水。
 周りを見渡してみると――、

  「きゃあ、如樹くんだぁ。」

  「本当だ。」

  「かっこいいよねぇ。」

 珍しい。といわんばかりに、黄色い声があがっている。

  「でも、やっぱ運動っていったら飛鳥くんだよね。」

  「うんうん。スポーツ万能だし、かっこいいしね。」

 葵矩に対する黄色い声も負けていない。

  「何か。尉折が2人の引き立て役をしてるわ。」

 向こうで3人、チームを組んでいるのを見て、樹緑が溜息をついた。
 体育館を半分に割っている、その緑色のネットに顔をくっつけんとばかりに、女子が男子の試合を見ている。

  「おー!!」

 試合が始まって数分。
 体育館に驚嘆の声が響いた。

  「ナイスシュート、紊駕!」

  「すげー3ポイントだぜ。」

 葵矩と尉折の声。
 当の本人は、相変わらずクールな表情を変えない。

  「うわっ。やっぱ運動もできるんだ如樹くんって。」

 瀬水が口をあんぐり開けて言った――……。


  「紫南帆ちゃーん。」

 昼休み、紫南帆はクラスメイトに呼ばれて、教室の後ろのドアへ向かった。

  「お久しぶりです、紫南帆センパイ。」
                 あつ
  「え。あ……もしかして、厚くん?」

 紫南帆は一瞬ためらってから、目の前の男を見て、口にした。
 あつむ
 厚夢は満面の笑みで――、

  「大当たり!覚えててくれたんですね。うれしいです!!」

  「や。……すっごく変ったね。見違えちゃった。」

 背も高くなったし。と、手を伸ばして身長を測るマネをした。

  「3年ですからね。20cm以上のびましたよ。紫南帆センパイは相変わらず美人ですね!」

 恥ずかしげもなく、2組の前の廊下で厚夢は言う。

  「冗談ばかり。それだけは変らないね。」

  「ホントですよ!」

 紫南帆が笑う。

  「あ、紫南帆……」

 1組の教室から廊下に出てきた葵矩が、厚夢を見て言葉を止めた。

  「あ、飛鳥ちゃん。厚くんだよ。中学の時の――……」

 と、言葉半ばで、厚夢が葵矩を見て――、

  「昨日はどうも。」

  「……。」

 何となく妙な雰囲気で挨拶を交わす2人。
 紫南帆は、首をかしげた。

  「あ、如樹センパイ!」

 厚夢は、紊駕の姿を見つけ、葵矩を振り切るようにして、声を上げた。

  「お久しぶりです。あとで、挨拶しようと――……」

  「ダレ?」

 厚夢の言葉を遮って、紊駕は一蹴。
                 ちぎり  あつむ
  「忘れちゃったんですかぁ。契 厚夢ですよ。……っまあ、もう3年ですし、俺も変ったし、当然と言えば当然……」

  「知らね。」

 紊駕は意に介せず、前を通り過ぎ、振り返ることなく、長い足を階段に向かわせた。

  「っ……。」

 厚夢は、その姿に強かに睨んで見送る。

  「あ、ごめんね。紊駕ちゃん別に悪気はなくて……」

  「え。いえ。別に紫南帆センパイが謝ることじゃないっすよ。突然でしたし。ね。」

 紫南帆にそういって、

  「飛鳥センパイ。ちょっといいですか。」

 葵矩の腕をとった。
 紫南帆から離れて――、


  「今、付き合ってる人、いますか。」

 厚夢は、単刀直入に口にした。
 2階ピロティー。

  「なっ、なんだよ。急に。」

  「いないんですね。」

  「……。」

 うろたえた葵矩に、きっぱり断言して、厚夢は真っ直ぐ見据えた。
             し な ほ
  「宣戦布告です。紫南帆センパイに近づかないでください。」

  「なっ……」

 それだけ言うと、厚夢はさっさと3階へと伸びる階段を上って行った。

  「なーるほどね。」
         いおる
  「げ。いっ、尉折。」

 昨日と同じく、後ろから尉折の姿。
 厚夢の去った階段を見つめ、葵矩に向き直る。

  「お前、何で言い返さねーんだよ。1年にあんなでけぇツラさせて。」

 くっそ。ナマイキな奴だな。と、自分ごとのように空を睨んだ。

 中学のときより過激な性格になってる。
 葵矩は心で呟いた。
 この先の波乱を告げる様な厚夢の言葉に、嫌な予感がした葵矩であった――……。


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