
6 「ただいま。」 部活を終え、玄関を開けた。 きさし アルセーヌが庭からずっと葵矩を迎え、そして先に家の中に入っていく。 「おかえり。」 みたか 「あ、紊駕。」 し な ほ 紫南帆の声が出迎えてくれ、玄関に紊駕の姿。 「出かけるの?」 「そう。バイト。しかも、また増やしたんだよ。」 紊駕の代わりに紫南帆が答えた。 紊駕は、無言でバイクの鍵を握る。 外に出た紊駕を目で追いながら、葵矩は呟いた。 「え?だって、3つ……じゃないか、そしたら。」 葵矩が驚いた顔を隠さず、紊駕を見る。 紫南帆も外にでて、ガレージまで足を運んで心配そうに頷くが、当の本人は、飄々をした顔で――、 「ヒマだから。」 夜のバイト。 土日、祝日のバイト。 そして、夕方からのバイト。 器用にスケジュールを組んで、こなしている紊駕。 バイクのシートをはずす紊駕に――、 「そーいえは、そのバイクって。」 KAWASAKI ZXR750。 KAWASAKIのイメージカラーの緑色が輝くレプリカ。 「ああ。尊敬してる人からもらった。」 紊駕はバイクにまたがって、鍵を差し込んだ。 水冷のスムーズなエンジン音。 前に乗っていたバイク、KAWASAKI ZEPHYRは、去年の冬のいざこざで傷を負ったが、修理に出して、今は友人の下にあるという。 「尊敬してる人……か。」 紊駕が口に出して言うのだ。 本当に心からそう想っているに違いなかった。 「気をつけてね。」 紫南帆の言葉に、軽く頷いて、アクセルグリップをまわす。 安定した走りで、ZXRは家を出て行った。 「えらいよな。紊駕。……でも、何でそんなに働くんだろ。」 「ヒマだからでしょ。」 みさぎ 家に入って、葵矩の言葉に、美鷺が息子を同じ答えを出した。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「でも、私はあいつには、高校生らしく、部活動とかをしてもらいたいわね。」 美鷺の言葉に紫南帆は失笑した――……。 「おはよう。」 あすか 「早いね。おはよう、飛鳥ちゃん。」 早朝、5時半。 紫南帆は、せがむアルセーヌにリードをつけている。 毎日日課の散歩だ。 「散歩、いくでしょ。」 「うん。でも、今日朝レンないんじゃなかったっけ?」 基本的に毎日朝レンがあるのだが、本入部が決まるまでは、ないのだ。 葵矩は、いつも朝レンの前に紫南帆とアルセーヌの散歩に出かける。 自主レンのついでらしいが、どっちがついでかは、定かではない。 「そうなんだけど、自主レンしないと体、なまっちゃうし。どーせ目覚めちゃうし。高血圧ですから。」 から笑いした葵矩に、紫南帆は優しい笑みを返して、一緒に散歩に出かけた。 朝日が丁度顔を出し始めた、黎明の海。 2人と一匹は浜辺へでた。 葵矩は、終始ドリブル&リフティング。 騒がしく吼えるアルセーヌのリードをはずしてやると、一目散に波に向かっていった。 浜辺に足跡が残る。 「あー飛鳥せんぱい!!」 間延びした声に――、 るも 「流雲っ。」 や し き サーフボードを小脇に抱えた、ウエットスーツ姿の流雲と夜司輝の姿。 「おはようございます。」 夜司輝は、丁寧に葵矩と紫南帆に頭を下げた。 「いーなぁ。朝からデートですかぁ?」」 葵矩の耳元で、流雲がささやく。 当然の如く、葵矩は真っ赤になった。 「ばか。ちがうって……。」 そうみ 「おっはようございます!蒼海せんぱい!」 そんな葵矩に満面の笑みで、紫南帆に向き直り元気に挨拶。 「おはよう。流雲くんたちサーフィンやるんだ。」 「はい。いつもは江ノ島近くでやるんですけど、今日朝レンなかったので、遠出してみようかと……」 夜司輝が答えた。 「へぇ、知らなかったな。」 葵矩も初耳、という顔をした。 「うまいっすよ。俺。」 そういえば、DJになるっていってたときにプロサーファーとかいってたな。と、思い出す。 「いーよなぁ。夜司輝もうまくいってるし、飛鳥せんぱいもだし。」 「え、流雲。」 夜司輝の表情が変った。 「あ、そうなんだ、夜司輝。」 葵矩の言葉にはにかむ夜司輝。 「っていうかですね……」 「もー毎日会ってますよ!」 「るっ、流雲!!」 流雲の言葉に赤面。 ゆはず ま あ ほ 夜司輝は、元サッカー部マネージャーの由蓮 茉亜歩を付き合っているのだ。 「いやあ、独り身はつらいっすねぇ。」 あついあつい。と流雲は大げさに手で風をおくるマネをしてみせ、 「な。ワンコ。」 アルセーヌの頭を撫でた。 夜司輝と葵矩は共に赤面して下を向いた。 「アルセーヌっていうのよ。」 紫南帆はいたって普通に、流雲に笑いかける。 「へぇ、アルセーヌ=ルパン?何か賢そうですね。」 「……流雲。そろそろ戻ろうか。」 夜司輝の言葉に頷く。 「お邪魔してもなんですし。では!せんぱい学コで!!」 「流雲っ!」 まだ赤面している葵矩に、イタズラな笑みを残して去っていった。 「ったく。嵐のような奴。」 「かわいいね、流雲くん。」 紫南帆と葵矩も来た道をもどって家に向かった――……。 きさらぎ みたか 「こら、如樹。如樹 紊駕。」 麗らかな日差しの屋上。 時折潮風が、紊駕の赤い髪を撫でる。 雑誌で顔を覆い、仰向けの姿。 上からの声に、雑誌を左手でずらし、目を細め、垣間見る。 「あさざ。」 「先生と呼びなさい。サボリ魔さん。」 仁王立ちしたその姿。 長身に細面の顔。 長い髪はソバージュがかっている。 柳眉に切れ長の瞳は聡明さを表す。 「また来たの?」 口元を緩める紊駕。 なしき あさざ――流蓍 あさざ。 バッド ヘッド 紊駕が入っていた族、湘南暴走族BADの頭の彼女。 そして、去年教育実習でS高校にきた教師志望の大学4年生だ。 「そ。どういうわけか。縁があるみたいね。」 あさざも口元を緩めた。 「まったく。相変わらずサボり魔なんじゃない。」 お姉さんのような口調で、寝そべって足を組んでいる紊駕の隣に腰下ろした。 「お昼寝。」 雑誌を元の位置に戻し、光を遮った。 「既に授業はじまってますけど……」 といってから、ま、いいけど。と一笑に付して――、 「はい。」 「……。」 再び顔の上の雑誌をずらして、あさざから受け取った。 白の封筒。 まいかわ かせ ――このたび、舞河 枷 様ご夫妻のご媒妁により、 あおい ひさめ 滄 氷雨 流蓍 あさざ の婚約が整い、結婚式を挙げることになりました。 「……おめっとさん。」 紊駕が状態を起こして、前髪をかきあげた。 「ありがとう。……卒業してからって思ってたんだけど。氷雨の会社の社長さんが懇意でね。」 ――平成7年 6月12日(月) 「いんじゃん。」 紊駕の微笑に、はにかんで咳払いをして、籍入れるだけでもよかったんだけどね。と、付け加えた。 氷雨――湘南暴走族BADの頭であり、紊駕の兄貴的存在の男。 2人は付き合って、6年を迎えようとしていた。 「紫南帆ちゃんたちにも渡してある。夕方からだから、よかったら学校終わったら3人で来て。」 照れくささを隠すように顔を斜め上に向けるあさざに失笑して、頷いた。 あさざの頬は、満開の桜のようにピンク色に染まっていた。 「早いね、月日って。」 策にもたれかかってあさざは懐かしむように、海を眺めた。 しさき 「そうそう、白紫んとこ女の子生まれたのよ。」 振り返る。 すいき とひと 白紫、あさざの友人で、族仲間の須粋 斗尋と3年前に結婚した。 しらな 「白尋ちゃんっていってね。すっごいかわいいの。」 幸せそうな顔で饒舌になる。 そんなあさざに微笑して、チャイムが鳴ると教室へ向かった。 「あ、紊駕。」 教室では、午後の授業が終わり、ざわついていた。 「さっき、女の子が、如樹先輩にって。」 葵矩が差しだした、淡い水色の封筒。 紊駕は一瞥して手紙を受け取った。 「あ!何てことすんだよ。」 無残にもゴミ箱に投げ捨てられたその手紙を見て、葵矩は声を上げた。 ラブレターだとわかっていてあえてした紊駕の行動に――、 「せめて開けるくらいしてあげろよ。」 「じゃ、読む?」 紊駕の嘲笑。 3年になってからますます人気がでてきた紊駕。 同学年にも下級生にもモテるが、いつもこんな感じだ。 告白されても軽く、冷たく、そっけなく交わす。 「かわいそーじゃんかよ!」 「キョーミない。」 葵矩は唇を窄め、紊駕のその態度に、 「冷たすぎるぞ!」 と、吐き捨て、何事もなかったように席に着いた紊駕を、軽く睨んだ――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |