
8 し な ほ 「紫南帆センパイ。昨夜はどーもすみません。突然お電話して。」 昼休み。 あつむ 例の如く、厚夢は紫南帆を訪れた。 「日曜、10時に稲村ヶ崎駅でいーですか?」 これみよがしに、声を張る厚夢。 「うん。でも、わざわざ電話じゃなくても。」 よかったのに。と、廊下にでて言った紫南帆に――、 「いやー、センパイの顔みたらあがって言えなそうでしたから。」 「冗談ばっか。」 紫南帆がはにかんだところへ、 「何か、楽しそうね。」 せお 瀬水が後ろから覗き込む。 「あ、紫南帆センパイのお友達ですか。やっぱ美人ですねぇ。」 満面の笑みで、厚夢は瀬水に自己紹介をした。 瀬水もまんざらではない顔をして、微笑む。 数分、雑多な話しをして、厚夢は、じゃ、日曜に。と、去って行った。 「かっわいーね、厚夢くん。いーな。あーゆーこ。大好き。」 「彼氏持ちが何ゆってんの。」 わくと 「惑飛にはないしょね、ないしょ。」 口元に人差し指をもっていく瀬水に、まったく。と、腕を組んで見せた。 「ね、それよりさ。なに、日曜日って。」 興味津々な声で、瀬水は尋ねた。 「ん。映画をね。見に行く約束したの。」 「わお。デート!」 あからさまに喜ぶ瀬水を軽く睨んで、そういうわけじゃないよ。と、紫南帆。 「はぁ、このコはどーしてこう疎いのかねぇ。」 大げさに溜息をついた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「厚夢くんはその気だって。紫南帆、OKしたってことは、そういうことだって思われてるよ。」 「ないって。だって、厚くん中学の後輩だよ。」 「カンケーないじゃん。あー、映画見た後は、愛の告白ね。いや、もしかしたら暗い映画館の中かも。紫南帆センパイ、好きです。って。いーなぁ。ロマンチック〜。」 いつもの瀬水の空想の世界が広がっている。 紫南帆は眉根をひそめた。 「でも、紫南帆のことだからボケかまして、受け流しちゃうのよねぇ。かわいそーな厚夢くん。紫南帆って優しそうで、冷たいからなぁ。」 「本当に、そんなことないってば。」 席に着いて、瀬水は紫南帆の机の上に座る。 「紫南帆って自分のこと全然わかってないし。鋭敏そうで、超鈍感なんだよねぇ。」 「……」 「紫南帆って頭よさそうで、天然なんだよねぇ。」 頭に数本の矢がささったような感覚に陥る。 「それ以上いわないで……」 頭を保護するような仕草をして、紫南帆。 「とにかく。もしそうなったらどーすんの?」 瀬水は机から降りて、紫南帆の机を叩く。 「そんなこと……考えたことないもん。」 すなが 「空流のときだってそうだったけど。紫南帆って付き合う気ないの?」 瀬水は紫南帆に人差し指を差し向けた。 空流とは、同級生で瀬水の彼、惑飛の兄だ。 以前に告白をされたことがあったのだが、付き合うことはなかった。 詳細は、Planet Love Envet 第一章 Comet Hunter 恋愛方程式を。 「ないってゆうか……」 あやふやな言葉を発する紫南帆に――、 「あの2人のどっちか。本当は好きなんだ?紫南帆!」 瀬水は断るごとに聞いているこの質問をもう一度ぶつけてみた――……。 「厚――!」 1年の教室。 厚夢は、紫南帆と分かれて、教室に入った。 「また、紫南帆センパイのとこ?」 みやむろ わかつ 席の前に、都室 和葛が来た。 長身で、さっぱりと髪を短くした少年。 厚夢は頷いて、 「ちょー美人なんだぜ。デートOKもらっちった。」 Vサインをしてみせた。 「へぇ。いーなぁ。」 「何いってんだよ。お前も同じクラスの……なんだっけ。あのコ。モノにすりゃーいんだよ。」 得意げな顔で笑う。 ・ ・ ・ ・ 「デートかぁ、もち、ヤんだろ?」 「ばあか。焦んなって。かわいい後輩でとおってんだぜ〜。」 口元を緩ませて見せる。 「厚夢ってばいやらしい話ししてる。」 肩くらいの髪をきつめに高くポニーテールに結った少女が腕を組んで、厚夢を睨んだ。 「屋並。」 やなみ とゆう 屋並 都邑は、 かすり 「ね、飛白。」 今しがた教室にはいってきた少女に向き直った。 「え?」 少女、華奢な体型にふわふわのカールがかった肩までの髪。 大きなリボンがゆれている。 まいかわ かすり 舞河 飛白。 「舞河はかんけーねーよ、聞くな。」 和葛が焦って、飛白の前に大きな手を出して制するまねをした。 厚夢が苦笑した。 照れくさそうに、廊下にでていった和葛の後姿をみて――、 ・ ・ ・ ・ 「あいつ、照れてんの。舞河はお嬢様だから、お前みたいのとは、ちがうからさ。聞くなってさ。」 から笑い。 都邑は唇を窄めた。 「なによ、みたいの。って。飛白だってねぇ、ちゃんと好きな人くらいいるんだから。ね!」 「や、都邑ちゃ……」 飛白の顔が真っ赤になった。 「コンタクトレンズ拾ってくれた王子様。ぶっきらぼうででも、すごく優しくて、背高くて、赤く長い前髪で、ちょーかっこいいんだって。」 饒舌になる都邑。 「それって……もしかして。」 きさらぎ ――如樹センパイ? 厚夢の言葉に、都邑が目を見開いた。 きさらぎ みたか 「え?如樹センパイって、あの、如樹 紊駕センパイ?中学でも有名だったけど、高校でもすごい有名あんど、人気だよね。そーなの飛白?」 飛白は厚夢と都邑を交互に見て、顔の前で手を振る。 「わ、わかんないよ。」 小さな声で呟いた。 「じゃ、見に行こうぜ。」 厚夢が口の端を跳ね上げた。 もうすぐHRが始まるが、3人は教室を出た。 階段をおり、3年生の教室に向かった。 舞河が如樹センパイ、ねぇ。 厚夢の脳裏にたくらみの情が浮かぶ。 「マジ、もし如樹センパイだったら競争率高いよ〜。」 「……告白する気なんて。ないもん。」 でも、名前は知りたい。と、呟く。 「中学のときはねぇ。学コさぼるのは当たり前。でしょ、族にはいってるとかウワサあって……でも、女関係はあんま聞かなかったよね、厚夢。」 「え?あー、でも如樹センパイ、舞河みたいのタイプだってゆってたぜ。」 「やったじゃん!そういえばさ。蒼海先輩のこと、いーかげん諦めたら?まだおっかけてんの、あんた。」 さばさばした口調で都邑。 厚夢の背中を叩く。 「ってぇな。デートのOKもらったんだよ。いーだろ。」 あっかんべーと行って見せた。 都邑はあっそ。と、一蹴。 舞河と如樹センパイ。 飛鳥センパイは問題外だから……紫南帆センパイは……、と。 口元を緩めて笑顔。 飛白の王子様が紊駕であることを祈るのみ。という顔。 「舞河!もし如樹センパイだったら、絶対告白しろよな!」 3年1組の教室の前――、 「あそこ。一番窓際の後ろ。」 厚夢がこっそり教室を覗いて指示。 飛白が小さな顔を覗かせた。 窓際の紊駕。 窓辺に左肘をついて、頬杖をついている。 長い足は組まれていて、斜めに座るカッコウ。 太陽の光が、長くストレートな前髪をさらに赤く染める。 そこからのぞく、シャープな瞳。 よく通った鼻筋。 整った顔立ち。 「……う、うん。」 飛白が、間違いない。と口にした。 よっしゃ。と、厚夢がガッツポーズをした――……。 そして――、 「ほら、飛白。早くしないといっちゃうよ!」 昇降口。 紊駕の姿を見つけて、都邑が飛白をせかした。 「え。え、だって。」 右往左往する飛白。 「絶対いわなきゃダメ!それでなくても競争率高いんだから!」 「大丈夫。舞河なら。俺が保障する。」 都邑と厚夢に押されて――、 「きっ、如樹先輩。」 か細い声で、飛白は紊駕の前を呼んだ。 紊駕が振り返る。 「ほら。もっと近くに行って!」 都邑に再び押され、鞄を胸に抱きしめた格好で、紊駕の前に歩み寄った。 20cm以上高い紊駕を見上げた。 紊駕は、昇降口の扉に寄りかかったまま、飛白を見た。 「あの。この間はありがとございました。わ、わたし舞河 飛白っていいます。1年で……」 飛白は頭を下げる。 「入学式の次の日……コンタクト……あの、」 「ああ。」 紊駕がわかった。と意思表示すると、少し安心したように、溜息をついて、息を吸った。 「すっごく助かったんです。ハードだから……ああゆう風が強い日はすぐ痛くなっちゃって。……だから……」 当の本人は一生懸命なのだが、都邑は眉をひそめて、早く本題をいいなさい。と小声で呟く。 その声が聞こえたかのように、飛白がもう一度、息を吸った。 「好きです。付き合ってください!」 飛白は体全体で叫ぶように、声を絞り出した。 手元の鞄をきつく握り締めた。 その瞬間。 突風が吹きぬけた。 一気に花びらが霞み空に舞った。 紊駕に。 葵矩に。 紫南帆に、春嵐が起ころうとしていた――……。 >>春嵐 Prelude 完 あとがきへ <物語のTOPへ> |