Prelude
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/ / 3 / / / / / 8 /あとがき

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  「ただいま、アルセーヌ。」
 きさし                  し な ほ
 葵矩は、元々は紫南帆が飼っていた、黒ラブラドールレトリバーのアルセーヌの頭を撫でて、玄関を開いた。
 アルセーヌは鼻を鳴らして、後を追う。
 室内犬だが、外も自由に行き来できるようにしてある。

  「あ、おかえりなさい。早かったね。」

 紫南帆が出迎えた。

  「うん。今日はビラ作りだけにしたんだ。」

  「そっか。新入部員たくさん入るといいね。」

  「骨のあるやつね。」

 靴を脱いで、ネクタイを緩めながら、自室に向かう。
 中央に玄関、右手に緩やかな階段があり、その奥に中2階といった感じで子供部屋がある。
 玄関から奥には、ダイニングキッチン、左手には、リビング。
 リビングに至っては、20畳以上もありそうな2階までの吹き抜けだ。
 南窓は一枚窓になっていて、うららかな日差しが差し込んでいる。
 リビングのとなりは客間が奥に向かって、2つ。
                  みたか            ひだか
 一番奥には、病院長である紊駕の父、淹駕の完全防音の書斎となっている。
 その上には、3夫婦の寝室がある。
 観葉植物などが程よく置かれていて、綺麗に整頓、清掃された家だ。

  「葵矩帰ってきたの。」
                            きよの
 リビングでテレビを見ている、葵矩の母親の聖乃。

  「葵矩くん、明日も学校なんでしょ?」
            り な ほ
 紫南帆の母親の璃南帆。

  「頑張ってるわよね〜!うちの子にも見習わせたいわぁ。」
                                      みさぎ
 語尾を伸ばし伸ばし、軽く嫌味をまざたのは、紊駕の母親、美鷺。

  「うるせーよ。」

 ラフな長袖Tシャツにジーンズ。
 私服姿の紊駕が、キッチンではき捨てる。

  「あ、紊駕くん。あたしもちょうだい。」

 キッチンでは、サイフォンの独特な音がしている。
 やがて、ブルーマウンテンのコクのある匂いが漂ってきた。
 紊駕は、暗黙の了解で、6人分カップを用意した。

  「そっかぁ。明日入学式なんだよねぇ。何か、早いなぁ。」

 お盆にカップを載せて、珈琲が出来上がるのを待つ。
 ダイニングテーブルについて、紫南帆は顎に手を添えた。

  「そうね、この家建ててからもう3年だものね。」

 美鷺がキッチンにやってきて、冷蔵庫をあけて――、

  「紫南帆ちゃん。どれがいい?」

 箱を広げる。
 ショートケーキ、チョコレートケーキ、レアチーズケーキ、モンブラン、ティラミス。
 5つのケーキが顔を揃えていた。

  「おいしそう〜!えーっと。レアかな。あ、でも飛鳥ちゃんどれにするかな。」

  「いいのいいの、早い者勝ち!あたし、モンブラン!」

 リビングから聖乃。
 紫南帆が迷っていると、紊駕が上から覗く。

  「葵矩はショートだな。で、璃南帆さんがチョコ。うちのおばさんは、ティラミス。」

 母親たちは、おばさんと呼ばれるのが嫌なので、子供たちは、それぞれを名前で呼んでいる。

  「ご名答!さっすが、紊駕くん。ってことで私、チョコね。」

 璃南帆が手を挙げる。

  「あ、ケーキ?ラッキー。俺、ショートがいい。」

 タイミングよく私服に着替えた葵矩が、自室から顔を出して言った。

  「本当だ。」

 紫南帆は、ケーキをお皿に乗せながら失笑。
 その言葉に怪訝な顔をする、葵矩。

  「ううん。何でもないよ。」

 紊駕は、できあがった珈琲を注いで、お盆を持ち上げようとした紫南帆を制した。
 無言で、リビングまで運ぶ。
 紫南帆は、ありがとう。と、呟いてリビングに足を向けた。

  「本当、紊駕って甘いのとか食べないよな。」

 葵矩がおいしいよ。といわんばかりにショートケーキに乗っているイチゴをフォークで刺して、紊駕に向けた。
 紊駕は一笑に付して、ブルーマウンテンを飲んだ。

 6人でのティータイム。
 とても仲が良いのだ。

  「あ、もうこんな時間?ご馳走様。」

 程なくして、葵矩は、立ち上がった。
 自分の食べた食器を流し場にもって行き――、

  「俺、ちょっといってくる。」

 一旦部屋に戻ってから、早足で出て行った。

  「どこいった?」

 聖乃が軽い口調で尋ねると、練習ですよ。と、紫南帆。
 自室に戻ってサッカーボールを持って出たのだ。
 
  「えっらいわねー。」

  「一人でやるの?」

  「本当、サッカーばか。」

 母親が口々にいった。

  「たまには、紊駕も葵矩くん見習って運動でもしたらぁ?まったく。遊びまわらなくなったと思ったら、家に入りびたり。」

 美鷺が溜息と共に吐いた。
 中学時代の紊駕は、いわゆる不良だった。
 授業はもちろんのこと、夜遊びが耐えなく、湘南暴走族の特攻隊長。
 チーマーにも知り合いがいる。

 しかし、3家族一緒に住むようになってからは、まともに学校も行くようになった。
 族仲間とは、去年の冬、いざこざがあったりもしたが、それからは何も問題は起きていない。
 去年のいざこざは、Planet Love Event 第四章 BAD BOYs 恋愛事情を。

  「あ、じゃあ私たちもいこう。」

 紫南帆が笑顔で、紊駕に誘ったのを、紊駕はあからさまにかったるい。と、いう顔をしてから、溜息をひとつ。
 立ち上がった。

 温かな日差し。
 ピンクに染まった街道。
 長い足を大またに開いて歩く、紊駕の背中を見つめて、紫南帆は失笑。
 紊駕が速度を落とした。

  「気持ちいいね。」

 無言で頷いて、横目で軽く睨む紊駕。
 そんな紊駕に、さらに紫南帆は笑った。
 何だかんだ言っても、紫南帆の誘いは断れない。
 二人、葵矩が向かったであろう空き地へ向かう。
   あすか
  「飛鳥ちゃーん!」

 紫南帆の声に葵矩が振り向く。
 時間があれば、こうして一人でもメニューこなしている葵矩。
 人一倍努力家で、サッカーを愛しているのだ。

  「なんか。小さい頃を思い出す。」

 ベンチに座って休憩。
 紫南帆は年期の入ったサッカーボールを手にとって呟いた。

  「よく、3人で遊んだよね。サッカーも鬼ごっこも駆けっこも……なーんでも一緒にできたのに。」

 小さな溜息をつく。

  「皆、かわっちゃうのかな。」

 独り言を言うように、空を見上げた。
 霞がかった青の空。

 男の子になりたい。
 何度かそう思った。
 紊駕と葵矩が自分より先に大人になってしまうようで、何だか淋しかった。

 身長も体重もこんなに差がついて。
 考え方や言動もこんなに違う。
 そんな風に思う自分が嫌だった。

 幼い頃からずっと一緒にいて、ずっと一緒に育ってきて。
 それでも、紊駕と葵矩のことを理解できない日がくるのではないか。
 そう考えたら、すごく悲しかった。
                きさらぎ
 ――紫南帆ちゃんって、如樹くんと飛鳥くん、どっちと付き合ってるの?

 周りも紫南帆たちを自然には受け止めてくれない。

  「変らないよ!……少なくとも俺たちは、俺は!」

 そんな紫南帆に、葵矩は言う。

  「俺は、ずっと――……」

 紫南帆のことを想ってるから。
 思わず言いそうになった言葉を濁す。

  「……。」

 紊駕は、無言で紫南帆の頭を優しく撫でた。

  「……うん。ありがとう。」

 紫南帆の笑顔が戻る。
 突風が小さな竜巻を起こして、桜の花びらを巻き込み、3人にまとわり突いた――……。


 4月6日、入学式。

  「で、何やるワケ?」

 サッカー部の部室。
 葵矩を中心に、新入生歓迎会のミーティング。

  「司会は、将来DJ BOYのこの僕にお任せ下さい!!」

 流雲がかってでる。

  「へぇ、流雲。DJ目指してるの?」

 葵矩の言葉に、人差し指を顔の前で振って――、

  「なるんです。絶対。もう決定。それから、プロサッカー選手でしょ、プロサーファーにぃ〜」

 と延々続きそうだ。

  「んじゃ、任せようぜ。」

  「そうだね。てきとーにやっててきとーでオッケーでしょ。」

  「おし!じゃ、終わらせよーゼ!」

 いい加減な皆に、葵矩の眉間に皺がよる。

  「お前らなぁ。」

  「だいじょーぶです。飛鳥せんぱい!てきとーにやりますからぁ。」

 当の本人も満面の笑顔でそういって、翻した。

  「……?」

 葵矩の不思議そうな顔に――、

  「新入生。見に行く気ですよ。きっと。」

 夜司輝が呆れた顔。
 葵矩は納得したように頷いた。
 大きな溜息。
 しかたなく、ミーティングを終了した。
 部活やればよかった。と、もういちど溜息をつく。

 部室をでて――、

 入学式か。
 葵矩は、体育館に押し寄せる新入生と父兄の姿を眺める。
 新入生は、皆、少し緊張したような面持ちで、真新しい制服に身を包んでいる。

 早いなぁ。
 俺も、3年前はあんなだったのかな。
 懐かしさを込めて見つめる。

  「飛鳥センパイ。」

 歯切れの良い声に振り返る。

  「……。」

 葵矩より少し背の高い、茶色の髪。
 
  「俺ですよ、俺。」

 男が笑った。
 数秒、沈黙。
                    あつむ              ちぎり  あつむ
  「忘れちゃったんですかぁ?厚夢ですよ。契 厚夢!!」
 
 男は、自分を指差した

  「ちぎり……契 厚夢――っっ!?」

 ようやく思い出した様子の葵矩。
 思わず叫んだ。

  「ま、ムリもないですよね。3年ですから。」

 厚夢と名乗った男は、制服のポケットに両手を突っ込んで胸を反らした。

 契 厚夢。
 中学のときの後輩だ。
        うち
 こいつ……S高にきたのか。

 葵矩は、3年前よりかなり伸びた厚夢の身長を測るように軽く睨み、眺めた。

  「紫南帆センパイって今日来ないんですか?早く会いたいのに。」

 そして、何より、中学時代から紫南帆に想いを寄せている。

  「飛鳥センパイ、変りませんね。すぐわかりましたよ。」

 俺なんか、この3年で20センチ以上、背ぇ伸びちゃってぇ。と、語尾を伸ばし伸ばし、嫌味を込めて厚夢。
   きさらぎ                ここ
  「如樹センパイもS高ですよね。早くお目にかかりたいですね。」

 にやりと口元を跳ね上げた。

  「……っ、早く行ったほうがいんじゃないか。入学式、始まるぞ。」

 葵矩の言葉に、

  「じゃあ、また。」

 軽く嘲笑するように笑って、背を向けた。
 
  「……。」

 葵矩は、その背が体育館に向かうのを見届けて――、

  「今の。中学の時の後輩かなんか?」
   いおる
  「尉折。」

 振り返ったところの尉折の姿。
 無言で頷く。

  「何かあったワケ?あいつと。」

  「……なんで。」

  「何となく。ってーか。あいつに対するお前の接し方が、いつものお前らしくなかった。」

 尉折の鋭い指摘に、葵矩は、

  「たいしたことじゃないよ。」

 言葉を濁した――……。
 

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