Prelude
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/ / / / / / 7 / 8 /あとがき

                     7

        ・  ・  ・  ・
  「おーお。おこぼれもらいたいくらいだね。」
          いおる
 そんな光景に尉折が呟く。
   みたか
  「紊駕は冷たすぎるよ。」
            きさし
 口を窄めていった葵矩に――、
   ・  ・  ・  ・  ・
  「優しすぎるのも問題だと思うけどねぇ。」

  「え?」

 尉折に向き直る。
 尉折は呆れた溜息ついて、
   つばな
  「茅花ちゃんのことだよ。」

 席についた葵矩の顔を覗きこむようにして、前の席に後ろ向きに座る。

  「ありゃ、けっこう粘り強そーだぜ。そろそろマジで迫ってくんじゃね?どーすんだよ。」

  「どーするって……」

 葵矩は言葉を濁した。
 ずっと、茅花は自分にモーションをかけてきていた。
 何となく気がついてはいたが、直接告白されたわけではない。
 それに、紊駕のような態度はとれない。
      ちぎり
  「あと、契だっけか。あれもかなりヤバそーじゃん。お前らって問題絶えねーな。本当。」

 葵矩は肩をおとして溜息をついた。


 そして、放課後――、

  「飛鳥せんぱい、はい。タオル。」

  「あ、ありがとう。」

 休憩時間、いの一番に葵矩にタオルを手渡す茅花。
 満面の笑み。

  「本入、待ち遠しいですね!」

  「ああ。」

 茅花の声に答えてから、蛇口を捻った。
 濡れた手で、部活焼けした少し癖のある茶色の髪をかきあげる。
 その動作をひと時も見逃さず、見つめる茅花。
 ややって――、

  「今度の日曜、用事ありますか?部活午前中だけですよね。」

  「……別にこれといって用事は……」

 葵矩のその言葉にうつむいていた顔をあげ、笑顔を見せる。

  「午後、遊び行きましょう!」

  「え?」

  「たまには、息抜きもいいじゃないですか!ね。先輩!」

 茅花が無造作に葵矩の腕を取った。
 葵矩が赤面する。

  「……だ、誰と?」

  「あたしと先輩。」

  「と?」

 葵矩の言葉に、茅花は唇を窄めた。

  「2人じゃイヤですか?」

  「ふっ、2人で?」

 さらに葵矩の顔が赤く染まった。
 耳も赤い。

  「そ、それって……」

 葵矩がうろたえていると、
   あすか
  「飛鳥ぁ――!」

 天からの助け。
 茅花には悪いが、葵矩は心の中で安堵の溜息をつく。
          いなはら
  「ご、ごめん。稲原、時間だから。」

 少し、罪悪感があったが、しかたなかった。
 そのまま茅花の下を離れた。

  「なーに、話してたんだよ。」

 尉折が小声でいって、肘でつつく。

  「……今度の日曜、遊びいこうって……」

  「やっぱきたか。」

 で、どうすんの。と、尉折の顔がいった。

  「……行けないよ。」

  「何で?」

  「だって。2人だよ?」

 葵矩が勢いよく振りかぶると、心底呆れた尉折の顔。
 当たり前だろ。

  「あのなぁ。」

 大きな溜息をついて――、

  「女の子からあーゆーことゆーの結構勇気いんだぞ?その茅花ちゃんの勇気ムダにすんのか?」

  「そっ、そんなコトゆったって……」

 どうしていいかわからない。
 葵矩が顔で答える。

  「ただ遊び行くだけだろ。マジに考えんなよ。」

  「……。」

 尉折は葵矩の背中を叩いた――……。


  「まぁた、飛鳥くんいじめる。」
        じゅみ
 洗い場で、樹緑は洗濯物をしながら、茅花の話しを聞いて、口を開いた。

  「いじめてなんかいませんよぉ。」

 頬をふくらます茅花。

  「でも先輩。やっぱあたしのこと嫌いなのかなぁ。」

  「どうして?」

 大量の洗濯物と雑用を、テキパキこなしながら樹緑。

  「だってぇ、2人でって言ったときの顔。見ればわかりますよぉ。」

  「そんなことないわよ。恥ずかしいだけよ。」

 ただ。と、樹緑は歯切れ良く――、

  「段階を踏んだほうがいいかもね。いきなり2人でなんて、飛鳥くんには、刺激が強すぎると思うわよ。4人でいくとか、さ。」

 樹緑の言葉に、茅花の顔が明るくなった。

  「さっすが、樹緑先輩!もちろんあいてますよね、日曜日!尉折先輩にもいってこよーっと。」

 満面の笑みで、独り言をいうように茅花は空を仰いだ。
 樹緑は眉間に皺を寄せた。


  「尉折せんぱーい!」

 そして、早速次の休憩に、茅花は尉折を呼び出した。

  「何、何。愛の告白?」

 ちょっといいですか。と、いった茅花にジョークフェイスで尉折。

  「もう、尉折先輩ってば。じゃなくってですね、日曜あいてますか?」

  「何?デートの誘いかぁ。って、日曜飛鳥といくんじゃないの?」

 茅花の表情が変わった。
 尉折も、まずかったか。と、顔に書かれた。

  「……先輩。何かゆってました?」

  「あ、いや……」

 言葉を濁した尉折に――、

  「いんです。前向きにいこうと思うんです。で、尉折先輩と樹緑先輩にご協力をお願いしたいと思って。」

 ダブルデートしましょう。と、茅花。
 尉折が納得して頷いた。

  「えらいな、茅花ちゃん。」

  「別にえらくなんか……尉折先輩がいてくれたら、飛鳥先輩、OKしてくれるかなって。」

 そんな茅花を見て、尉折は優しく微笑んだ。

  「人の気持ちってさ。変わるときは変るんだよな。」

 霞がかった空を見上げた。
 短髪をタオルで無造作に拭きながら続ける。

  「もう、樹緑と付き合って半年ちょっと経つけど、その前俺は、好きなコいたんだ。」

 マジメなトーンで尉折。
 茅花は無言で耳を傾けた。

  「そのときから樹緑は俺のこと好きでいてくれたみたいだけど、全然気がつかなくて。……人ってさ。自分のことには案外鈍感なのな。」

  「……飛鳥せんぱいが、もっとずうずうしい性格だったらよかったのに。って思います。ずるい人だったら、デートでも何でも誘われたらついてっちゃうでしょ。もっと、自信過剰だったら、こいつ、俺のこと好きなんだとか、意識してくれるでしょ。」

 茅花の言葉に、笑う。

  「そんな飛鳥じゃ、茅花ちゃん、好きにならなかっただろ。」

  「そりゃ、そーですけど。」

 尉折は茅花の肩を叩いた。

  「もっと、周りを見ることも大切かもな。」

  「え?」

 尉折は無言で、笑った。

  「あたし……飛鳥せんぱい。好きです。口下手で恥ずかしがりやででも、とっても温かくて、伝わってくるんです。気持ちが、心が。飛鳥せんぱいを見てるとすごく、元気になれる。」

  「……俺も、飛鳥、好きだよ。何かこっちまで熱くなってくる。サッカーが大好きで、素直で、バカ正直で、……本当いい奴で。太陽みたいな奴。」

 尉折が遠めの葵矩を見て、そして太陽を振り仰いだ。

  「太陽。か……」

 茅花も倣った。
 2人、青空に煌々と輝く太陽を、目を細めて見つめた――……。

       そうみ
  「はい、蒼海です。」
          し な ほ
 夕食を終えた紫南帆たち3家族。
 リビングで寛いでいたところに、蒼海家の電話が鳴った。
 ポストと同様、一世帯としての機能もちゃんともっているこの家。

  「少々お待ち下さい。」
 り な ほ
 璃南帆は受話器を置いて――、

  「紫南帆、電話よ!」

  「あ、はーい。」

 キッチンで洗い物をしていた紫南帆がエプロンで手を拭いて、電話の元へ向かう。

  「はい、お電話かわりました。」
                あつむ
  「紫南帆センパイ?、厚夢です。」

 電話ごしの厚夢の声。
 すこし緊張した様子が伝わってきた。

  「厚くん?」

 紫南帆の言葉に過剰反応を示したのは、リビングのソファーに座っていた葵矩。

  「なーに?やっと紫南帆に春がきた?」

 璃南帆はイタズラな笑みを娘に向けた。

  「そんなんじゃないです!」

 何故か、葵矩が答える。
 紊駕が無言で呆れた顔をする。
 受話器ごしに、なにやら話している紫南帆。
 葵矩は気が気ではないらしい。

  「うん。じゃ、日曜日。」

 電話を置いた。
 紫南帆がキッチンにそのまま戻ろうとしたのを――、
   
  「厚夢から?」

  「え、う、うん。……日曜、映画見に行きましょう。って。」

  「行くの?」

 思わず尋ねてしまう。
 紫南帆はキッチンに行く足をとめる。

  「ん、特に用事ないし。飛鳥ちゃんは、尉折くんと出かけるっていってたっけ。」

  「え。あ、う、うん。」

 さすがに、茅花と樹緑が一緒とはいえなかったらしい。
 葵矩はあからさまにうろたえた。
 結局、尉折の押しもあり、4人で出かけることになったのだ。

  「へぇ、紫南帆に春がきたか。」

  「あのねぇ。そんなんじゃないから。」

 母親の言葉を一蹴して、洗い物の続きに戻る紫南帆。
 先ほどから無言で新聞に目を通していた紊駕が立ち上がると、

  「紊駕。ちょっと。」

 見計らって、葵矩は紊駕の腕を引っ張った。
 自室に連れて行く。

  「何?」

 葵矩の部屋。
 サッカーの雑誌、ポスターで埋め尽くされた、綺麗に整頓されている。
 さまざまなトロフィーが葵矩の実力を物語っている。

  「俺、日曜尉折と2人じゃないんだ。」

  「知ってたよ。」

 紊駕を見上げた。
 人を見透かすような瞳。
 射抜くような蒼の瞳、クールで冷静沈着。

  「で、でも。4人で。別に深い意味とかはなくて……」

  「だから?」

 ドアにもたれかかり、葵矩の言葉を遮った。
 腕を組む。
 蒼の瞳が、真っ直ぐに葵矩を見る。
 うつむいて――、

  「どーしたらいいかわかんなくて……初めは、2人でっていわれてて……でも、俺……」

  「何が言いたい。」

 うんざりした顔で、紊駕。

  「紫南帆は、……厚夢と2人でいくんだろ。」

 紊駕の顔色をうかがうように口にする。
 無言の紊駕に――、

  「気にならないのかよ。俺は、俺は、気になるよ。あいつ、何するかわかんないし。知ってるだろ。中学のときのこととか――」

  「俺に、どーしろっての。」

 再び紊駕の声が、葵矩を遮る。

  「紊駕って、いつも冷静なのな。わかんないよ。何でそんな泰然としてられんだよ。」

  「お前さぁ。」

 溜息とともに、吐き出した。

   テメェ
  「自分で決めたこと、うだうだゆってんじゃねぇ。紫南帆も自分で決めたんだ。俺たちがとやかくゆーことじゃねーだろ。」

 ガキじゃねんだからよ。

 一言吐き捨てて、紊駕は葵矩の部屋を後にした――……。


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