
1 わかつ 「和葛のやつどこ行ったんだよ。ったく。」 かすり 「飛白――?飛白ぃ――?」 あつむ とゆう なかなか戻ってこない2人を探しに来た、厚夢と都邑の声。 「せんぱっ……」 みたか 和葛は最後に紊駕をもう一度睨んで、飛白を連れてグラウンドへ向かった。 飛白は後ろ髪をひられるように、腕を引っ張られ、校舎の裏へ連れて行かれた。 その姿が見えなくなって、紊駕はメットをかぶろうとして――、 「相変わらずね。」 南棟の1階、事務室からの声。 あさざだ。 「そっちもな。」 紊駕は嘲るように口元を跳ね上げて、メットをかぶった。 あさざは、ZXRに近づいた。 「泣かせたりしない、か。」 あさざは独り言を言うように呟いて、 「何で言わないのよ。」 真っ直ぐ紊駕をみた。 「いつだってそう。誤解ばっかりされて、あんたは!」 「どいて。」 ZXRの前に仁王立ちするあさざに淡と言う。 「あんたのそういう優しさ、本当にわかってあげれるの一人しかいないの、わかってるくせに。」 紊駕はZXRのアクセルを吹かした。 あさざの言葉に反抗するように。 前をどかないあさざを無視して、ZXRをバックさせる。 「……まさか。レディーをこんな所におきざりになんてしないわよね。」 あさざは口調を変えて、横にぶら下がっているメットを尖った顎で示した。 紊駕は、しかたない。という表情を垣間見せ、メットを投げる。 あさざは笑った。 ひさめ 「氷雨のトコ、お願い。」 スリムな足でZXRの後ろに跨った。 「いーのかよ。生徒の単車になんか乗って。」 「校門でたらダチでしょ、ダチ。」 紊駕の腰に腕を回す。 紊駕は鼻で笑って、スタンドを蹴った。 夕日を背に、鎌倉方面へ走る。 稲村ガ崎を抜け、鶴岡八幡宮の裏側――、 「今日、氷雨休みなの。寄っていきなさいよ。」 安全に停まったZXR。 あさざはバイクからおりて、紊駕の腕をつかんだ。 有無を言わせない、強引な態度。 「ヒマじゃないんだけど。」 そんな紊駕の言葉も意に介せず、腕を引っ張る。 最初からそれが目的だったかのように。 「たまには顔くらい出せよ。」 あおい ひさめ アパートの一室で、玄関に出迎えた男――滄 氷雨。BAD初代総統。は、紊駕が来るのを知っていたかのように、顎で挨拶をした。 黒のYシャツに白のズボン。 黒髪は後ろに撫で付けてある、鼻筋のよく通ったシャープな輪郭。 「ヒマじゃないんでね。」 「だろうな。」 鼻に皺を寄せて笑った。 ・ ・ ・ 「何の用?」 挨拶代わりに、結婚が決まったことを祝福してから、鋭い目つきを突きつけた。 6畳の和室。 慣れた様子で紊駕は座った。 「くっ、さすがだな。」 氷雨も笑う。 「笑ってないでよ。紊駕。だいっじな話があるの。ちゃんと答えてよ。」 あさざは大事、にアクセントをつけて、紊駕の顔を覗きこんだ。 「……返答次第じゃ怒るぞ。」 氷雨も真剣な表情をする。 紊駕はあくまでもクールな顔。 氷雨とあさざは顔を見合わせて――、 まいかわ かすり 「紊駕。何でお前、舞河 飛白と付き合ってる?」 「……。」 何も言わない紊駕を予測して、次の言葉を続けた。 「お前は、あのコが俺の上司の娘だって知ってた。もちろん、俺たちの仲介人がその上司だってことも。」 まいかわ かせ ――このたび、舞河 枷 様ご夫妻のご媒妁により、 滄 氷雨 流蓍 あさざ の婚約が整い、結婚式を挙げることになりました。 「付き合う前からよ。」 あさざが付け加える。 「だから?」 紊駕は赤い前髪をかきあげた。 「私たちの為に付き合ってるとしたら……」 「何ソレ。」 あさざの言葉を遮った。 「お前が飛白ちゃんを振れば、俺たちの結婚に響く。そういう父親だってこと、会ったことあるお前なら知ってたはずだ。」 「それに、あんたならやりかねない。」 氷雨とあさざは怯まない。 7年間、紊駕と付き合ってきて、2人が出した結論。 数秒の沈黙の後――、 「んな、偽善者じゃねーよ。」 立てていた左ひざに左肘をつけて、額を覆った。 氷雨たちから顔を反らす。 「……紊駕。」 平素と雰囲気の違う紊駕に、2人は戸惑った。 「偽善者なんて……そんなこと、思ってない。いつだって紊駕は……」 ごめん、と小さく呟くあさざ。 「そっか。そうだよね、あんたが女のコ、傷つけるわけないもんね。」 自分たちの為に飛白と付き合ったのだとしたら、飛白が不憫だ。と、あさざ。 でも。 それなら、なおさら何故? 氷雨とあさざは紊駕を注視する。 「もう十分傷つけてんだよ。」 紊駕が溜息をついた。 「それは、あのコが紊駕をわかってないからでしょ。何で付き合ったりすんのよ?わかってるくせに!自分が誰を想っているか、わかってるくせに!!」 大きく深呼吸して、あさざ。 「そうやってあんたは、いつも自分の気持ちを押し込める。何でなのよ!!」 「あさざ!」 食いつくようなあさざに、氷雨は無言であさざの腕を引いた。 首を横に振る。 「……。」 氷雨は珈琲を入れに、キッチンへ向かった。 カップに注いで、紊駕の前に差し出した。 紊駕は顎で礼をいって、一口飲んだ。 「……付き合えると思った。……いや、付き合おうと思った。」 氷雨とあさざが耳を疑った。という顔をする。 こんな紊駕は見たことない。 こんなこと言う紊駕を、見たことがない。 いつも蒼の瞳で、ヒトを射抜くような深い蒼で。 決して弱音など吐かない。 いつも毅然とした態度で……。 「……ムリに決まってるじゃない。」 「あさざ。」 止める氷雨に振りかぶって――、 「だってそうでしょ?付き合えるわけないじゃない!そんなの、わかってるじゃない!どうしてよ、どうしてなのよ!!何でそんなこと考えんのよ!!何で……」 そこまで一気にいって、そして、あさざは息を飲んだ。 「もしかして……あんたの想ってるコ……」 「黙れ!」 紊駕の蒼の瞳があさざを突き刺した。 「そうなのね……それを、あんたは知ってる。だから……」 「黙れっつってんだろ!!」 いつもよりもきつく睨む。 こんなに紊駕が感情を顕わにするのは、希だ。 いつもは、冷静沈着でクールで、泰然としていて……。 「紊駕らしいわね。」 小さくあさざは呟いて外を見た。 「でも。」 振り返って紊駕を見る。 「誰かは傷つくの。誰も傷つかない恋愛なんてないに等しいわ!」 氷雨が珈琲のカップを机の上に静かにおいた。 「わかってる。わかっているからこそ余計に辛い。そうだろう?」 語尾を上げて、優しい響きを残す氷雨。 胡坐をかいている足を組みなおして、腕を組んだ。 「でも、相手も辛い。」 紊駕が顔を上げた。 「そんなお前の優しさ、辛いんだよ。憎めればどんなにいいかって。お前のこと、嫌いになれたら、どんなに楽かって……」 氷雨は真っ直ぐ、紊駕を見た。 ――お前は、素直になるべきだ。 ZXRは海に沈み行く赤い日に向かう。 瞳を反らさずに、真っ直ぐに紊駕はZXRを走らせた。 紺青の海にオレンジ色の絵の具が溶け込んで辺りを照らす、その様をずっとみていた。 「あら、おかえり。」 みさぎ 美鷺がZXRの音を聞きつけて、キッチンで息子に言う。 し な ほ 「紫南帆ちゃんなら、だいぶ熱も下がって、今部屋で休んでるわ。」 「あ、紊駕くん。送ってくれてありがとうね。」 り な ほ 璃南帆がリビングから顔を出す。 紊駕は顔で意思表示をして、自室に向かった。 階段を上がって、紫南帆の部屋の前――、 「本当、大丈夫だから、ごめんね。心配かけて。」 「何、遠慮してんだよ。いいよ、心配かけてくれて。紫南帆はいつも気遣うんだから。体調の悪いときくらい甘えろって。」 きさし 紫南帆と葵矩の会話が漏れる。 「ありがと。」 「だから、ムリ、すんなよ。」 「……うん。」 数秒の沈黙。 「……いつも、側にいるから。」 葵矩の言葉。 表情が見えなくても、強く伝わる想い。 「俺、……いつも紫南帆の側にいるから。」 紊駕はドアに背を向けた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |