
3 みたか 紊駕は、国道134号線を藤沢方面に走っている。 りつか ロ ー ド 閉店する。と、いった俚束に、The Highwayを後にした。 自宅方面に稲村ガ崎を右折し、安全にZXRを止めた。 きさらぎ ――私立如樹病院。 「あら、紊駕くん。」 「こんばんわ。」 「院長とご一緒じゃないから、今日は会えないかと残念に思ってたのよ。」 看護師たちが口々にいうのに、軽く頭を下げる。 院長室に足を運ばせる。 「どうぞ。」 紊駕はノックの後、ドアを開く。 ひだか 淹駕は息子の顔を見て、微かに笑い、書類を机に置いて、 「今から横浜の中央病院に行く。来るか?」 真面目な面持ちで言った。 「はい。」 2人、私立横浜中央病院へ向かう。 「淹駕。」 いささか肉付きの良く、がっちりした体つきの男が笑顔で迎えた。 「紊駕くんかぁ。大きくなったなぁ。増々淹駕に似て男前になったじゃないか!」 かみじょう よぼる 屈託なく笑う男――龍条 丁。は、ここ私立横浜中央病院の院長で、淹駕の友人だ。 紊駕は、お久しぶりです。と、頭を下げる。 「あなた、立ち話なんかしないで。どうぞ。」 奥から小柄な女性が現れ、座ってくださいと促した。 かみじょう なみか 丁の妻――龍条 波風。は、お茶を差し出す。 「元気そうだな。」 波風に礼をいって、淹駕はソファーに腰おろし、紊駕にも勧めた。 紊駕も礼をいって腰を下ろす。 「ああ。本当にお前には感謝している。ありがとう。」 お茶を一口飲んだ。 りつか かみじょう たつる 俚束の彼氏だった龍条 立の父親でもある丁。 息子の死に直面し、意気消沈していた丁を、淹駕は、自分の両親と弟夫婦のいるアメリカはニューヨークを勧めた。 元々、淹駕と丁はアメリカで知り合い、2人日本へ戻り自分の病院を建てた同志であった。 現在も淹駕の両親はアメリカに移籍し、弟夫婦とともに病院経営をしている。 淹駕もアメリカで成功をおさめたが、自分の意志で日本に戻ってきた。 「6年振りですね。」 波風は品の良さを漂わせ、微笑した。 しぶき 「飛沫も准看護師の資格を得て、無事卒業できそうだ。私たちは一足先にこっちに戻ってきたがね。」 飛沫――丁の娘で、紊駕と同じ年だ。 飛沫が小学校6年の時、両親と共に渡米した。 そしてアメリカで准看護師の資格を取得。 小さい頃からの夢を叶えた。 「ところで。」 久しぶりの再会を長く楽しむ間もなく、淹駕は渋い表情をした。 丁も眉をしかめて頷く。 立ち上がって、奥に姿を消した。 「紊駕。」 ・ ・ 淹駕は、丁が奥の部屋から持ってきて大理石のテーブルに置いたモノに尖った顎をしゃくった。 「……。」 紊駕はそれを手に取る。 何の変哲もない、缶コーヒー。 しかし、紊駕の表情はあきらかに変化した。 遡る、記憶……。 「最近特に横浜周辺で出まわる量が多くてな。そして、若者中心に被害者もでている。」 「お前も、ずっと知りたかったハズだ。調べてみなさい。」 左手に持った缶コーヒーを無言で眺める紊駕。 4年前の出来事が走馬灯のように紊駕の頭を駆け巡る。 「これは、おそらく4年以上前から流出していた。密輸、と見て間違いない。中には、何らかの毒物が混入している。」 「……患者を診てもかまいませんか?」 紊駕が押し殺した声で丁に尋ねた。 丁は頷いて――、 「しかし、わかっていると思うが、警察も内密に動いているからな。」 「はい。」 丁はもう一度頷くと、奥から白衣を持ってきて、着ておきなさい。と、促した。 紊駕は礼を言って袖を通す。 「……。」 その様を丁は――、 「……あ、いや。すまん。」 少し照れて、そして悲しい目をした。 「かっこいいな、と思ってな。嬉しいモンだろう淹駕!紊駕くんが自分の跡を継いでくれるなんてさ!」 カラ元気が伝わった。 丁も自分の息子、立がいつか、白衣を着るのを夢見ていた。 「ほら、医者になる為の第一歩だ。しっかりな!」 丁は半ば押し付けるように缶コーヒーを紊駕の手に握らせて、背中を押し出した。 痛いほど、丁の気持ちが伝わってきた。 紊駕は一礼をして院長室を後に後にした。 たつし 「闥士さん、大丈夫かな。」 ひっそりと静まり返った病院の廊下。 「大丈夫だと願うよ。」 「でもよー、ヤクザだぜ?」 押し殺した話し声。 3人。 「内乱か。」 紊駕の声に、その3人は一斉に振りかぶった。 訝しそうな6つの目。 きさらぎ みたか 「……きっ、如樹 紊駕ぁ?」 白衣を着ていたからか、一瞬目を疑ったような顔つきの3人。 「えっ、まじ?」 「如樹……さんだ。……どうして?」 紊駕は、3人の座っている前に立った。 「これだろ?」 缶コーヒーをちらつかせると、3人の顔が硬直した。 紊駕は長い足を組んで、3人の向かいに腰下ろした。 「発熱は?」 「え……いえ、ないです。」 戸惑いながら、有無を言わせぬその問いに答える男。 「飲んでからどのくらい経ってる?」 「……1日……」 「体が痺れて、頭痛。」 紊駕の鋭い瞳が3人を捕らえた。 3人は頷く。 その頷きに、紊駕は目を瞑った。 ――4年前と同じだ。 「如樹さん。……あの……」 幼顔の3人。 紊駕を上目使いでみる。 金髪のおかっぱ頭、前だけメッシュ、肩までの長髪。 たくさんのピアス。 「闥士側の※ポッセか。」 「……如樹さんっ、助けてください!!」 事情を知っていると悟った3人のうち、一人が頭を下げた。 「お、おいやばいって。」 「だって、もっとやばいことになったらどーすんだよっ。」 「でもよ〜。」 3人は口々にいって、そして、紊駕を見た。 紊駕は無言。 手元の缶コーヒーを弄んだ。 「……引き抜きがあったんです。」 一人が口火を切った。 「あれから……去年の抗争以来、闥士さん俺らのこと信頼してくれるようになって、いい感じだったんです。」 「でも……ヤクザからの引き抜きがありました。そして、うちは、分裂した。」 「ヤクザは、どこでも縄張りにしてやるから、仕事を手伝えって。」 ――仕事が先決。 紊駕は、The Highwayに押しかけてきたCrazy Kidsが言っていたことを思い出す。 「もちろん。俺らは反対した。だからこれ……」 紊駕の持つ缶コーヒーを指差した。 「何でかわかんねーけど、これを回収しろっていわれた。」 「でも、妙で。俺は、ばら撒けって。」 「きっと組織が違うんだと思う。……そう。一方は青で、もう一方は黒のハンカチ?みたいの胸ポケにあった。」 「え?俺、臙脂とかしろも見たよ。」 「……じゃ、かんけーないのかな?」 3人は流暢に話している。 「でも、違う組織が対立してるのは確かなんです。そんで、うちはヤクザをバックにつけるやつと、闥士さん反対派に分裂して……」 3人は、紊駕を見る。 「あの……それでぇ――」 一人が上目使いで――、 「俺らが口割ったって言わないで下さいね……一応、あの……」 チームの規則。 しかし、それだけの危険を冒してまで、口を割ったということは、それだけ闥士を心配、信頼しているということだ。 「だろうな。相手が俺ならなおさら。死刑じゃ済まされねぇかもな。」 「え??」 3人が目を丸くする様に、紊駕は失笑した。 「ジョークだ。……その代わり。ここでのことは、全て忘れろ。わかったな。」 マジメな面持ちに3人は頷いた。 「体、休ませとけ。」 紊駕は背を向けた。 その背に3人は――、 「何か、ウワサとイメージめちゃくちゃ違う。」 つがい 「でも闥士さん。本当は如樹さんのこと信用してるって、津蓋さん、いってたし。」 「あの人、医者になんのかぁ。」 「なぁ、かっこいくない?」 かっこいい。と、3人は声を合わせた――……。 せいむ 「……青紫っ……」 紊駕は、如樹病院に戻り、ひっそりとした個室で、机に向き合った。 両肘を付き、両手の甲で額を支え、静かに瞳を閉じた。 闇の中、ぼんやりと白く靄が広がった。 橋。 くすんだ灰色と黒、そしてくすんだ青の海。 黒い、江ノ島。 次々と紊駕の脳裏に蘇る。 鈍い音が橋を右から左へと流れる。 単車の排気音。 紊駕の両拳に力が入った。 瞳の奥の景色は意に反して進む。 橋の上。 5メートルも高く、黒い物体が飛んだ。 ――紊駕さん、俺、尊敬していました。ずっと……。 ――俺、白くなりたいです。 ゆっくり紊駕は顔を上げた。 目の前の缶コーヒーを握り締める。 電気もつけず、睨みつける。 部屋の中。 あらゆる研究に必要な道具が揃っている。 様々な文献、ファイル。 淹駕が気を利かせて、紊駕に一部屋を与えた。 せいむ 「……青紫っ。」 ――これで、白くなれますよね。 4年前の12月12日。 バッド ブルース BADとBLUESの抗争があった。 当時のBADとBLUESは対立していた。 それまで、冷戦ともいうべく状態が続いていたが、その日、火蓋は切られた。 てんり せいむ 当時、13歳の天漓 青紫はバイクに乗せられ、死のロードを走った。 雪が降っていた。 真っ白な粉雪が。 青紫の、透き通るほど白い頬に降り注いでいた。 決してもう、二度と動かない、その小さな体に。 ――ありがとうございました。紊駕さん。 紊駕の左手にさらに力が入った。 指型に缶がへこみ、今にも破裂してつぶれてしまいそうだ。 思いっきり机にたたきつけた。 紊駕の瞳。 何かを見据えるように鋭く、奥の闇を睨んでいた。 青紫は、BLUESの二代目総統がどこからか入手した、この缶コーヒーとドラッグで意識を朦朧とさせられ、バイクに乗せられた。 何人もの仲間が、この缶コーヒーの被害にあった。 ずっと知りたかった。 4年も前から流出していたこの薬物。 今、目の前に。 紊駕は睨み見た。 今もどこかでひっそりと、しかし、確実に広がりつつあるその薬物を――……。 >>次へ <物語のTOPへ> ※ポッセ=仲間 |