
9 ひさめ みたか 氷雨とあさざは、紊駕の動向を考えた。 ――んな、偽善者じゃねーよ。 ――もう十分傷つけてんだよ。 し な ほ ――俺は、紫南帆を愛してる。 「お。もうこれならすぐにでも嫁にいけるなぁ。」 「やだ。お父さんてばっ。」 台所からの会話に、氷雨が髪をかきあげた手を止めた。 そして、立ち上がった。 「氷雨?」 氷雨の名を呼んで、そして、あさざも息を飲んだ。 「社長!どういうつもりですか?」 かすり 氷雨は台所の飛白の父親に向かって叫んだ。 台所から顔を覗かせた父親は、氷雨の形相に目を丸くする。 「どうした。氷雨くん。」 落ち着きなさい。と氷雨の肩を叩くが、氷雨はそれを振り払った。 「……卑怯だ。」 氷雨の瞳が尖った。 「あんた、卑怯だよ。紊駕の弱みにつけこんで。」 飛白に指を突きつけた。 「あんたもだ。それで、そんなことして幸せなのか?」 「氷雨。」 淡とした紊駕の声に、 「紊駕は黙ってなさい!」 あさざが制した。 2人とも立ち上がって、飛白たち親子を見下ろす。 まいかわ 「そうよ。舞河さん。この先あなたは辛い思いをする。きっとする。」 あさざの言葉に、飛白の涙腺がゆるんだ。 大粒の涙が頬を伝った。 きさらぎ 「側にいてほしかったの……誰にも渡したくない。……如樹先輩……」 その場にしゃがみこんで声を殺して泣いた。 父親はそんな娘の肩を抱いた。 「俺たちの結婚をダシに使って……それはまだいい。俺たちの大切な奴を傷つけたことが許せない。」 氷雨の腕に力が入った。 「紊駕の優しさ、悪用したことが、許せない。」 「氷雨、やめろ。」 「あんたもあんたよ!」 あさざは鋭い視線を紊駕に向けた。 「どーだっていいのよ、私たちなんか。なのに、どうして?いったでしょ!その優しさが辛いの、辛いのよ!!」 悲痛な思い。 あさざの瞳が潤んだ。 「社長。明日の結婚式、やめても俺たちはかまいません。会社、やめさせられても、俺はかまいません。でも……」 氷雨は唇を噛んだ。 「あなた……もうやめてくださいな。飛白もよ。」 そんな光景に、母親が優しい笑みで口を開いた。 「お母さん……」 ――別れないっ。絶対別れない!! ――側にいて。ずっと……ずっと側にいて。 ――でなきゃ、お父さんにいって氷雨さんたちの結婚式やめさせちゃうから! 飛白は泣きついて言った。 「……ごめんなさい。」 「……悪かった。」 紊駕も謝った。 「あんた。本当にそう思ってんだったら、素直になんなさいよ?態度で示しなさいよ!!」 あさざは涙声で叫んだ。 優しすぎるんだから、ばか。と付け加えて。 ありがとう。氷雨は微笑した。 太陽が、そんな光景を見守っていた。 とても優しく、優しく――……。 6月12日、月曜日。 快晴。 青い空、白い雲。 輝く緑。 森羅万象が祝福してくれている。 鎌倉にある教会。 鎌倉駅、江ノ島電鉄河の山々が迫る閑静なチャペル。 こんもり小高く見えるのは、源 実朝や北条 政子の墓がある、有名な源氏山。 由比ガ浜海岸も見渡せる。 「あさざさん、きれーっすねぇ。」 あおい 「滄さん。ちょーかっこいい。」 大勢の仲間たちが集った。 大切な仲間。 「おめでとうございます!!」 「おめでとー!!」 小高いチャペルを、氷雨とあさざはおりてくる。 170センチ以上あるあさざは、シンプルな純白のウェディングドレスを身にまとっている。 氷雨は、少し照れた様子で、しかししっかりとあさざをサポートして、長い階段をゆっくり下りる。 シャープな輪郭に黒髪を後ろに撫でつけ、純白のスーツ。 幸せそうな笑顔。 あさざは、幼い頃両親を亡くし、弟の面倒を良く見てきた。 氷雨は、父親の暴力に耐え、両親の離婚以来、弟の親代わりをしてきた。 辛い日も多々あった。 でも。 支えられた。 たくさんの仲間が2人をいつも支えてくれた。 見守ってくれた。 「ありがとう。」 あさざは皆の祝福に瞳を潤ませた。 氷雨もまた。 フラワーシャワーが2人に注ぐ。 「紫南帆ちゃん!」 あさざは紫南帆の姿を見つけて――、 真っ青な大空に白いブーケが舞った。 夏風に優しく吹かれて、 「私たちからの誕生日プレゼント。受け取って。」 「おめでとう、紫南帆ちゃん。」 「……。」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 紫南帆の隣にいた、紊駕の腕の中にそれは落ちた。 あさざがウインクし、氷雨が笑った。 紊駕は、まいったな。と、顔に垣間見せ、赤い髪をかきあげた。 紫南帆に向き直る。 「……。」 紫南帆はきょとんとして、大きすぎない瞳をまるくする。 きさし 葵矩は優しく笑っている。 「紫南帆。」 皆、優しく見守っていた。 あさざ、氷雨。 かいう こうき りつか 海昊、箜騎、そして俚束。 バッド ブルース BADもBLUESも。 「愛してる。」 「……。」 鮮白の包みの中の、可憐なかすみ草と清楚な純白胡蝶蘭の生花が、優しく紫南帆の間近で揺れた。 紫南帆は、それを紊駕から受け取って、 「ありがとう。」 涙ぐんで、そのブーケに顔をうずめて笑った。 優しい鐘の音が、背後で響き渡った――……。 >>春嵐 完 あとがきへ <物語のTOPへ> |