Finale
Finale
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            / 7 / 8 / 9 / あとがき

                     7


 私立横浜中央病院。
 ひだか
 淹駕は、真っ白な白衣に身を包んで、尖った顎で突いて来いと合図した。
 長く静かな廊下を歩いた。
 ひっそりと閑散としている、一番奥の病室。
 病室の前の長いすや廊下に腰下ろしている数人の男たち。
 クレジー キッズ
 Crazy Kidsが一様に、顔を伏せてすすり泣き。

  「面会謝絶だ。」

 淹駕が小声で言った。

  「頭にひどく衝撃を受けたらしい。意識不明だ。」

  「……。」
    きさらぎ
 ――如樹さんっ、助けてください!!
 みたか
 紊駕の左腕に力が入った。
 見かねて――、

  「お前が悔いてもどうしようもない。……来なさい。」

  「……。」
 よぼる
 丁の待つ、院長室へ入った。
 軽く挨拶を交わして、紊駕はまとめたレポートを手渡す。
 淹駕は無言で受け取って、目を通した。

  「毒性の主成分は、致死量には至らない程度の曼珠沙華。」

  「曼珠沙華?」

 紊駕の言葉に丁。
 曼珠沙華とは、彼岸のころ、赤い6弁花を数個輪状につける多年草で、有毒植物である。

  「はい。でも品種改良と見られます。やはり、密輸でしょう。」

 紊駕が言うのに、淹駕は何度も頷いた。

  「上出来だ。」

 淹駕はレポートを紊駕に返し、自分の分析結果も手渡した。

  「ありがとうございます。」

 紊駕は頭を下げた。
 丁は満面の笑みで、さすがだ。と頷いて見せた。
 そして、3人はソファーに腰下ろしながら、レポートを注意深く読み直し、医者としての今後の身の振り方を検討した。


 数時間後――、

  「先生!!」

 看護士たちがあわただしく丁を呼びに来た。
 
  「201の患者さんの意識が戻りました!!」
    たつし
 ――闥士の意識が戻った。

 3人は院長室を出た。
 紊駕は、一歩、後ろへ引いた。
 丁と淹駕、そして看護士たちが闥士の部屋へ入る。

 面会時間もかなり過ぎた時刻。
 病院内は他の患者は居ない。
 さきほど病室前にいたCrazy Kidsたちも姿を消していた。
 間もなくして、淹駕がでてきた。

  「安定している。もう、心配ない。」

 淹駕は紊駕の肩を叩いて微笑した。
 会うか。との淹駕の言葉に、紊駕は首を振った。
 丁に挨拶を交わして、裏口の出口へ向かうと――、

  「……。」

 紊駕の足が止まった。
 それを見て、淹駕は察した。

  「先に帰ってなさい。」

 一人、入り口に向かい――、

  「何してるんだ。」

  「……あ、おじさん?」

 大阪弁の男。
 かいう
 海昊だ。
 バッド    ブルース
 BAD、BLUESの連中もいる。
 面会時間が終わっているので、外でたまっていたらしい。
 見かねて、淹駕は中へ入れと合図した。
 紊駕は、気付かれないようにその場を去った――……。


  「みったかぁ――!会いたかったぁ!!」
  ロ ー ド
 The Highway。
 いつものシャネルが首に巻きついた。
 
  「淋しかったんだから。」
         りゆ
 すずな――莉由は、自分の体を紊駕に寄せ、上半身だけを離して微笑んだ。
 真っ赤なルージュが、艶かしく動いた。
 ノースリーブからでた両腕は、紊駕の腰にからみついている。

  「紊駕。ちょっと来て。」
 りつか
 俚束に呼ばれ、莉由の腕から逃れる。

  「もうっ。あとでね。」

 莉由は口を尖らせた。

  「よう。」

 奥の部屋で――、
      こうき
  「……箜騎さん。」
 
 洗いざらしのジーパンに、青のYシャツ、薄茶色の短髪。
       たがら こうき
 青年――貲 箜騎。は、はにかんだ。
 
  「この間はさんきゅうな。」

 紊駕は首を振って、お久しぶりです。と、挨拶を交わす。
 箜騎は微笑して――、

  「……で。」

 歯切れ良く言い、少し間を開けた。
             クレイジー キッズ
  「渋谷のチーム、Crazy Kids。奴ら何なんだ?」

 単刀直入に口にした。

  「……。」

 紊駕が何も言わないのを見かねて、続けた。

  「……実はさ、親父がケーサツに逮捕されそうになったんだ。」

  「!!」

 箜騎は溜息をついて、腰下ろす。
                    ベイ シティー
  「麻薬密輸、所持容疑。――BAY CITYの第3倉庫で麻薬入りコーヒー押収って、まいったよ。」

 頭をかいて――、

  「何だよそれ、って。その少し前に奴ら来てさ。ここは俺らの縄張りだって。でけー顔で。仲間おさえんのも一苦労。」

 疲れた。と、顔に書いてある。     ヨコハマ      ベイ     ロード
 仲間――箜騎は、横浜の暴走族YOKOHAMA BAY ROADの総統でもあるのだ。

  「海昊たちがいてくれて……」

 独り言を言うように無言の紊駕に向かって言葉を続ける。
                                 つづし
  「あ、何かあいつら学園祭でライブやるみたいで。矜さん教えてんだって。で、丁度っつーかいてくれてさ。」

 俚束も箜騎の隣に腰下ろして、眉根をひそめている。
          せいじょう
  「ケーサツの清城さん?何か、海昊の知り合い?が助けてくれたんだけどよ。ダチも大人しい奴らじゃねーからよ。乱闘なんて冗談じゃねーよ。海昊たちもCrazy Kidsと言い争い?してたけど。何でヤクなんか……」

 紊駕を見た。

  「……。」

 黙している紊駕を見て――、

  「ワケありか。……いいよ。お前らのこと信じてっから。」

  「箜騎さん……」

 箜騎は笑った。

  「たっぁく。似てんな、お前らは。海昊、紊駕には言わないでくれって清城さんに言ってた。ちらっと聞いたんだけどな。その分じゃ、海昊にナイショでお前も動いてんだろ。」

  「……。」

  「わかってる。このことも言わねーよ。どーせ今日尋ねても答えはないだろうことは、ハラくくってたかんな。」

 自分たちの為に、紊駕は答えない。
 そう、わかっていた。
 それが、紊駕の優しさだから。

  「でも。数が必要なときは、呼べ。俺ら総出で駆けつける。」

  「……ありがとうございます。すぐ。……きっと近々箜騎さんたちの力が必要になります。」

 ――カイたちに。


 紊駕は、The Highwayの仕事を終えて、そのまま淹駕の病院に向かった。
 真夜中の病院。
 ひっそりと静まり返っている。
 そんな廊下を紊駕は、臆することなくただ真っ直ぐ進んだ。

  「どうぞ。」

 ノックをして、院長室に入る。

  「おう、紊駕。」

  「……清城さん。」

 淹駕と男がマジメな面持ちで何かを話していたようだ。
      せいじょう  かつろ
 男――清城 格良。は、神奈川県警の警察官。淹駕の知り合いだ。
 紊駕も何度かお世話になっている。
 
  「元気そうだな。」

 格良は、ソファーから立ち上がり、爽やかな笑みを見せた。
 紊駕は軽く頭を下げて――、

  「缶コーヒーの話ですか。」

  「……やっぱ。紊駕にはかなわないな。」

 核心をついた言葉に、一瞬どきりとした表情を隠さずに、ソファーに腰を据えた。

  「海昊には、黙っといてくれって言われたんだが……全くお前らって奴は。」

 箜騎と同じ表情をした。

  「カイの家絡みですね。ヤクは中華街。中華街の暴動。」

 淡々と言う紊駕に、まいったな。という顔をして頭をかく。

  「……海昊の苦労も水の泡だな。……海昊かなり気にしてるようだ。」

 苦笑してから、真顔に戻した。

  「自分の家のせいで人を傷つけたって。必ず決着はつけるからって。だから、俺のほうも手出しをするのは、少し待つことにした。……ただ、暴動は避けられないだろうな。話しによると大阪のヤクザ組織4つと中国のマフィアが一同に介するらしいからな。」

  「……。」

 海昊の顔が浮かんだ。
 ヤクザの血筋に生まれ、幼い頃から苦悩を強いられてきた。
 誰にも優しく温厚な性格故。
 他人の痛みをわかる故。

 そんな中でも自分を見失わず、真っ直ぐ前向きに生きてきた海昊。
 一生つきまとう自分のしがらみに、逃げるのではなく立ち向かう強さ。

 海昊の生い立ちは、<NEPTUNE>BOY's LIFET-School Festival-等で紹介している。

  「もちろん。紊駕が知っていることは言わない。そんなことしたら、海昊の気苦労、泡もなくなるからな。」

 格良は、口元を跳ね上げた。
 紊駕は、礼をいって頭を下げた。

  「……缶コーヒー。曼珠沙華だって?4年前と同じものだな?」

  「はい。」

 4年前の事件。
 格良に世話になった。
         バッド    ブルース
 そして、今のBADとBLUESがある。                 なしき   たきぎ
 海昊がBADを、海昊の無二の親友であり、あさざの弟でもある流蓍 薪がBLUESを統括している。
          ぐし     ようり        へんり   まなき
  「……実は。虞刺 洋利と、遍詈 学貴が脱走した。」

  「!!」

 虞刺は、BLUES二代目総統で、遍詈はその特攻隊長だった男だ。
                               
  「言い方悪かったな。……釈放させられたんだ。金でな。」

 誰かが虞刺たちを釈放した。
 何かが起ころうとしていた。
 格良も苦い顔をして――、

  「何かあったら連絡する。そのほうが、お前も動きやすいだろ。」

  「ありがとうございます。」

 格良は立ち上がり、淹駕に礼をいって院長室を後にした――……。


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