1 彼女は、薄暗い部屋で小さなため息をついた。 隣にいる男は、サイドボードの上にある灰皿にタバコをつぶした。 焦っているせいか、きちんと消せていない。 白い煙がたっている。 灰が皿からこぼれたことも気にせず――、 「本当なのか。」 吐き捨てるように言った男に対し、 「嘘ついてどうするのよ。」 平然を装いながら、彼女は脱ぎ捨てた下着を拾った。 その手は震えていた。 「どーすんだよ。」 「どうして欲しいの?」 「どうして欲しい、って……。」 男はためらった。 そんな態度の男に、彼女は覚悟を決めたように、きゅっ、と唇を結ぶ。 男の目は宙をさまよったままだ。 「結婚してよ。」 男は目を丸くした。 彼女は真剣だ。 「だって、お前は……。」 「そんなの、どうだっていい。」 男の言葉をさえぎっった。 彼女の涙腺がゆるんだ。 大粒の涙が瞳から溢れ出す。 「……。」 男はそんな彼女を優しく抱きしめた。 「わかったよ。」 彼女は小さく微笑むと、男の胸に顔をうずめた。 二人は口付けを交わす。 何度も。 窓辺から、朝日が差し込んだ。 もう、そんな時間か。 時間が経つのは早い。 赤く、炎を凝縮したかのような光。 熱。 「ね、ねえ!!」 彼女は思わず跳ね起きた。 彼女の尋常ではない声質に、男も自分の目を疑った。 窓の外からこちらに向かって炎が襲い掛かってくる。 真っ黒い煙と共に。 「火事だ!に、逃げなきゃ。」 まさか、こんなところで、火災に会うなんて。 男はとりあえず、ズボンをはいた。 上着は、灰色のジャケットを羽織っただけだ。 前のボタンを閉める余裕はない。 二人は必死で出口に向かった。 幸い、非難口は確保されていた、逃げられそうだ。 「はやく!!」 「まって、あ。」 次の瞬間、彼女が男の前から消えた。 ものすごい鈍い音とともに、彼女は白煙で見えなくなった。 男は、呆然と立ち尽くし、我に返ってあわてて階段を駆け下りた。 その際、男のポケットから、何かが落っこちた。 手のひらサイズのものだ。 甲高い音を奏でて落下していく。 まるで、彼女のあとを追うように――……。 「Hey,You !! Can you hear me?」 男は彼女の肩を何度も叩いて、呼びかける。 白の長いワイシャツを引っ掛けただけの姿。 下着が見え隠れしている。 「おい!聞こえるか!」 流暢な英語と日本語。 ストレートな金髪の前髪が揺れる。 男は慣れた手つきで彼女を介抱した。 周囲は雑然としている。 救急隊員や野次馬。 警察も到着したようだ。 炎以上に真っ赤な光を放つ 「ん……。」 彼女は気が付いたようだ。 「Are you OK? 大丈夫か!」 我に返った彼女が発したのは――、 「お腹……赤ちゃんが。私の赤ちゃん!」 お腹を押さえて必死に訴えた。 逃げる際に誤って階段から落っこちたのだ。 男はその言葉を理解すると、颯爽と彼女を抱き上げた。 「She's pregnant!!」 「え?」 救急隊員は突然の男の言葉が理解できなかったようで、あっけにとられていた。 そんな隊員を無視して、男は彼女の救助を優先した。 その様はスピーディーで適切。 全く非の打ち所がない処置だった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |