第二章 Mixed Doubled 恋愛騒動

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  「返せ。江ノ島駅。7月17日。午後7時。」


  「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」

               し な ほ               みたか    アース     マーズ                               きさし
 日曜日、ダイニングに紫南帆を始め、紊駕、Earth、Marsそして、部活を終えた葵矩が揃った。

  「ワナとかじゃないよね。」

 紫南帆から昨日までのことを聞いて、葵矩。
 なんだか、このメッセージに不穏を見るのは気のせいか。
 
  「まあ、端的に書くのが当たり前なんだろうけど、何か冷たいというか……それにこの暗号?の内容も気になるし。」

 ポケベルのメッセージは端的で明確な内容になるのが通例。
 文字数もきまっているし、あまり感情を込めることができない。

  「うーん。でも、行かないと、ね。でも。」

 と、紫南帆は細い腕を顎に添える。
 考えるときの癖だ。
             あざな
  「やっぱり、これは嘲奈ちゃんの彼氏のってことだよね。」

 紫南帆の言葉に、葵矩が何で、と尋ねる。

  「だって、英語。ひろった人がEarthだって知ってるってことだよ。普通、日本語で送るでしょ。」

 紊駕もEarthも理解していたようで、頷いた。
 嘲奈がEarthがこのポケベルを持っていることを知って、彼氏に言った。
 そして、彼氏が返して欲しいとメッセージを送った。

  「やっぱりその場で認めなかったのは、ホテルにいたことがバレてしまうから……?」
 
  「結果は同じだけどな。」

  「だよね。」

 紊駕の言葉に紫南帆。
 こうして解ってしまったのだから……。
 英語でメッセージを送った人。
 これをもっているのをEarthだと知っていた。
 でも。

  「嘲奈ちゃん、Earthが日本語できるって知ってるよね。何で伝えてあげなかったのかな。」

  「だね。それに、こういっちゃなんだけど、そんなに重要なものなのか?これの契約をきって、また病院から支給してもらえばいんじゃん?弁償金が高い、とか……?」

 葵矩の言葉に、だよね。と紫南帆。

  「……。」

  「……。」

 紊駕とEarthは揃って無言。
 二人とも自分の中で考えているようだ。
 それにしても。
 嘲奈はあのことを知ってしまったのだろうか。
 彼氏が自分をおいて逃げたこと。
 どんな事情があったにせよ、逃げたのは事実だ、とEarthは豪語していた。
 そして、この暗号。


 「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」 


 まだ、パズルは完成しない。
 そして時間は刻々と過ぎ――、

  「7時Just。」

 小田急線、片瀬江ノ島駅でEarthが呟いた。
 紫南帆とEarth、Mars、紊駕、そして葵矩。
 全員でやってきた。
 周りを見渡す。
 それらしき人物はみあたらない。

  「まさか。江ノ電の駅じゃないよね。あと、モノレールとか。」

 江ノ島駅は、小田急線と江ノ島電鉄の二ヶ所と、モノレールの駅もある。
 だが、通常はこちらだと思われる。
 竜宮場をイメージした門のある駅。
 小田急江ノ島線の終着駅だ。
 ここから藤沢駅へと繋がり、藤沢駅で折り返すと、新宿まで伸びている小田急江ノ島線。

 日曜日だというのに、スーツをきたビジネスマンらしき人が何人も行き来している。
 遊び帰りの若者。
 サーフボードを抱えて乗り込む者。
 紫南帆は周りを何度も見渡す。
 Earthも左右を気にしている。
 Marsは、竜宮場の門を珍しそうに手に触れては、眺めている。
 紊駕は長い脚を投げ出して、壁に寄りかかっていた。
 葵矩も紊駕の側できょろきょろする。

  「……、15分。」

 紫南帆が駅の時計を見た。
 年期の入った長い針が、三をさしている。
 指定された日時は十七日の七時。
 紊駕が解き間違えるはずがない。

  「HELP !!! 」

 突然の叫び声に――、

  「Mars !! 」

 Earthが振りかぶった。

  「やられた。」

 紊駕がすばやく駆け出して、舌打ちをした。
 
  「うそ。」

 紫南帆も葵矩も愕然とする。
 Marsは何者かにさらわれた。
 黒い車は、急発車して、134号線を小田原方面に走らせた。

  「何で。どういうこと。」

 紫南帆は、口を押さえて少し震える。
 Earthは怒りの形相で額に大きな拳を当てて、ため息をついた。
 葵矩は呆然としている。
 紊駕は、鋭い瞳を赤く長い前髪から覗かせ、道路に残った轍を睨んだ――……。


 月曜日、紫南帆は、嘲奈に尋ねようと決意した。
 Marsを救う手がかりは、彼女にしかない。
 何故、Earthではなく、Marsがさらわれたのか。
 女だから? 
 では、何故、紫南帆は無事だったのか。
 たまたま?
 考えをいろいろめぐらせながら、教室へ向かった。 
 席について見渡すが、まだ嘲奈は登校していないらしい。
 何気に窓の外を眺める。
 真っ白な、大きな入道雲。
 
  「……。」

 いつか見た、南棟の三階の教室。
 二人の影。
 一人は髪が短く、もう一人は……。

  「嘲奈ちゃん。」

 紫南帆は思わず呟いた。
 間違いない。
 俯瞰で見えるソバージュかかった髪。
 相手は、誰?
 紫南帆は窓にかじりついて、見える位置へと移動した。
      くが
  「……久賀くん?」
          さいり               く が     たみん
 同じクラスで、菜梨の彼氏の久賀 北明だった。

  「どうしたの、紫南帆ちゃん。」

 突然の声に肩をいからせて――、
     さ ゆ か
  「あ、白湯花ちゃん。」

 つぶらな瞳をぱちぱちと瞬きして首をかしげた。
 長い睫毛。
 ちらり、外をみるがもう二人は見えなくなっていた。

  「あ、あの暗号、解けた?」

 白湯花は興味津々に言った。
 暗号?
 紫南帆は、白湯花の動向に一瞬違和感を感じた。

  「うーん、まだ。ごめんね。」

 とっさに言う。

  「そっかぁ。」

 白湯花は、大げさにしょんぼりしてみせる。
 
  「……。」

 白湯花ちゃん、暗号って断定したよね。
 自問してみる。


  「 41 33 24 44 83 33 92 11 31 04 51 36 40 49 50 」


  「助けて 強請り 嘲奈 T.K  S.Y 」


 大げさに残念がる様子。
 手を顎に添えた。
 ピースが、またひとつ。
 紫南帆は頭の中は、パズルのピースがいくつも浮遊した。
 くっついては離れて、離れていたものがくっついて、時には消滅して、また、現れた。

  「……。」

  「HR始めるぞ〜!」
 たき
 瀑が出席簿を、軽く教壇に叩いた。
 乾いた埃っぽい音がする。
 先生、ますます目の下の隈が目立ってきている。
 紫南帆は、瀑を見た。
 そして、相変わらず瀑と目を合わせない菜梨。
 机に向かう白湯花。
 本鈴がなるギリギリに、あそこから戻ってきたと思われる、北明。
 そして、嘲奈。

  「……。」

 まさか、ね。
 紫南帆の中で、ぼんやりとその絵が浮かんだ――……。


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