8 「返せ。江ノ島駅。7月17日。午後7時。」 「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」 し な ほ みたか アース マーズ きさし 日曜日、ダイニングに紫南帆を始め、紊駕、Earth、Marsそして、部活を終えた葵矩が揃った。 「ワナとかじゃないよね。」 紫南帆から昨日までのことを聞いて、葵矩。 なんだか、このメッセージに不穏を見るのは気のせいか。 「まあ、端的に書くのが当たり前なんだろうけど、何か冷たいというか……それにこの暗号?の内容も気になるし。」 ポケベルのメッセージは端的で明確な内容になるのが通例。 文字数もきまっているし、あまり感情を込めることができない。 「うーん。でも、行かないと、ね。でも。」 と、紫南帆は細い腕を顎に添える。 考えるときの癖だ。 あざな 「やっぱり、これは嘲奈ちゃんの彼氏のってことだよね。」 紫南帆の言葉に、葵矩が何で、と尋ねる。 「だって、英語。ひろった人がEarthだって知ってるってことだよ。普通、日本語で送るでしょ。」 紊駕もEarthも理解していたようで、頷いた。 嘲奈がEarthがこのポケベルを持っていることを知って、彼氏に言った。 そして、彼氏が返して欲しいとメッセージを送った。 「やっぱりその場で認めなかったのは、ホテルにいたことがバレてしまうから……?」 「結果は同じだけどな。」 「だよね。」 紊駕の言葉に紫南帆。 こうして解ってしまったのだから……。 英語でメッセージを送った人。 これをもっているのをEarthだと知っていた。 でも。 「嘲奈ちゃん、Earthが日本語できるって知ってるよね。何で伝えてあげなかったのかな。」 「だね。それに、こういっちゃなんだけど、そんなに重要なものなのか?これの契約をきって、また病院から支給してもらえばいんじゃん?弁償金が高い、とか……?」 葵矩の言葉に、だよね。と紫南帆。 「……。」 「……。」 紊駕とEarthは揃って無言。 二人とも自分の中で考えているようだ。 それにしても。 嘲奈はあのことを知ってしまったのだろうか。 彼氏が自分をおいて逃げたこと。 どんな事情があったにせよ、逃げたのは事実だ、とEarthは豪語していた。 そして、この暗号。 「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」 まだ、パズルは完成しない。 そして時間は刻々と過ぎ――、 「7時Just。」 小田急線、片瀬江ノ島駅でEarthが呟いた。 紫南帆とEarth、Mars、紊駕、そして葵矩。 全員でやってきた。 周りを見渡す。 それらしき人物はみあたらない。 「まさか。江ノ電の駅じゃないよね。あと、モノレールとか。」 江ノ島駅は、小田急線と江ノ島電鉄の二ヶ所と、モノレールの駅もある。 だが、通常はこちらだと思われる。 竜宮場をイメージした門のある駅。 小田急江ノ島線の終着駅だ。 ここから藤沢駅へと繋がり、藤沢駅で折り返すと、新宿まで伸びている小田急江ノ島線。 日曜日だというのに、スーツをきたビジネスマンらしき人が何人も行き来している。 遊び帰りの若者。 サーフボードを抱えて乗り込む者。 紫南帆は周りを何度も見渡す。 Earthも左右を気にしている。 Marsは、竜宮場の門を珍しそうに手に触れては、眺めている。 紊駕は長い脚を投げ出して、壁に寄りかかっていた。 葵矩も紊駕の側できょろきょろする。 「……、15分。」 紫南帆が駅の時計を見た。 年期の入った長い針が、三をさしている。 指定された日時は十七日の七時。 紊駕が解き間違えるはずがない。 「HELP !!! 」 突然の叫び声に――、 「Mars !! 」 Earthが振りかぶった。 「やられた。」 紊駕がすばやく駆け出して、舌打ちをした。 「うそ。」 紫南帆も葵矩も愕然とする。 Marsは何者かにさらわれた。 黒い車は、急発車して、134号線を小田原方面に走らせた。 「何で。どういうこと。」 紫南帆は、口を押さえて少し震える。 Earthは怒りの形相で額に大きな拳を当てて、ため息をついた。 葵矩は呆然としている。 紊駕は、鋭い瞳を赤く長い前髪から覗かせ、道路に残った轍を睨んだ――……。 月曜日、紫南帆は、嘲奈に尋ねようと決意した。 Marsを救う手がかりは、彼女にしかない。 何故、Earthではなく、Marsがさらわれたのか。 女だから? では、何故、紫南帆は無事だったのか。 たまたま? 考えをいろいろめぐらせながら、教室へ向かった。 席について見渡すが、まだ嘲奈は登校していないらしい。 何気に窓の外を眺める。 真っ白な、大きな入道雲。 「……。」 いつか見た、南棟の三階の教室。 二人の影。 一人は髪が短く、もう一人は……。 「嘲奈ちゃん。」 紫南帆は思わず呟いた。 間違いない。 俯瞰で見えるソバージュかかった髪。 相手は、誰? 紫南帆は窓にかじりついて、見える位置へと移動した。 くが 「……久賀くん?」 さいり く が たみん 同じクラスで、菜梨の彼氏の久賀 北明だった。 「どうしたの、紫南帆ちゃん。」 突然の声に肩をいからせて――、 さ ゆ か 「あ、白湯花ちゃん。」 つぶらな瞳をぱちぱちと瞬きして首をかしげた。 長い睫毛。 ちらり、外をみるがもう二人は見えなくなっていた。 「あ、あの暗号、解けた?」 白湯花は興味津々に言った。 暗号? 紫南帆は、白湯花の動向に一瞬違和感を感じた。 「うーん、まだ。ごめんね。」 とっさに言う。 「そっかぁ。」 白湯花は、大げさにしょんぼりしてみせる。 「……。」 白湯花ちゃん、暗号って断定したよね。 自問してみる。 「 41 33 24 44 83 33 92 11 31 04 51 36 40 49 50 」 「助けて 強請り 嘲奈 T.K S.Y 」 大げさに残念がる様子。 手を顎に添えた。 ピースが、またひとつ。 紫南帆は頭の中は、パズルのピースがいくつも浮遊した。 くっついては離れて、離れていたものがくっついて、時には消滅して、また、現れた。 「……。」 「HR始めるぞ〜!」 たき 瀑が出席簿を、軽く教壇に叩いた。 乾いた埃っぽい音がする。 先生、ますます目の下の隈が目立ってきている。 紫南帆は、瀑を見た。 そして、相変わらず瀑と目を合わせない菜梨。 机に向かう白湯花。 本鈴がなるギリギリに、あそこから戻ってきたと思われる、北明。 そして、嘲奈。 「……。」 まさか、ね。 紫南帆の中で、ぼんやりとその絵が浮かんだ――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |