3 日曜日。 夕食の準備が、完了した。 きさし 葵矩も父親たちも揃っている。 ひだか 珍しく、淹駕もいる。 アース Earthたちが来るために、合わせたのだろう。 また、仕事に戻るに違いない。 多忙な院長だ。 予定していた時間より少し遅く、Earthは現れた。 「Hi, Long Time No See ! 」 金髪の長身。 蒼い瞳。 Earthは幼い頃の面影を残し、青年になっていた。 がっちり体型に男らしさを感じる。 「いらっしゃい。お疲れ様でした。」 みさぎ 美鷺が日本語で言って、上がれと促した様子を、理解して――、 「Hello. 」 綺麗なブロンドのソバージュがかった髪。 ジーンズの脚がとても長く、腰が高い。 マーズ MarsがEarthの後ろから上がってきた。 良く締まったヒップは、上を向いている。 日本人とは異なる典型的アメリカン体型だが、太ってはいない。 グラマラス。 「良く来たわね。Welcome!」 美鷺がやはり挨拶をして、二人を客室に案内した。 玄関を入って、左手にリビングがあり、その奥に客室がある。 客室の上には三夫婦の寝室があって、リビングは吹き抜けになっているので、ここからでも三つのドアが見える。 客間は中で二つの間に仕切ることができる。 客間の隣は、淹駕の書斎だ。 完全防音にしてある。 まさに、この家族には住みやすい、注文住宅である。 「Hey, Brother !」 みたか Earthが紊駕に拳を挙げる。 紊駕は目で挨拶をした。 「Hi, You're Shinaho and Kisashi ? It's been a long time ! How have you been ?」 し な ほ きさし 聴き慣れない英語に、紫南帆と葵矩は戸惑いながらも、挨拶を交わした。 「ヨロシク、オネガイ、シマス。」 Marsは、慣れない日本語で丁寧に紫南帆たちに頭を下げた。 きちんと日本の礼儀をわきまえている。 「そういえば、これって何?」 夕食を共にしながら、雑多な話と、日本までの長旅を労っていたとろこで、Earthは思い出したようにバックから何かを取り出した。 一ヶ月間の滞在にしては、身軽な荷物だ。 中からでてきたものに、いち早く反応したのは、アルセーヌ。 匂いを嗅ぐ。 好奇心が旺盛なのだ。 Earthからでた言葉が、流暢な日本語だったので――、 「なんだ、Earth、日本語話せるのか。」 いざし 思いっきり安堵のため息をついたのは、葵矩の父の矣矩。 大柄な肩を落とした。 英語は苦手らしい。 そんな、矣矩に淹駕が苦笑した。 しき 紫南帆の父、織は優しい笑顔で見守っている。 学生の頃から変わっていない。 「それ、ポケベル……?」 紫南帆はEarthの大きな手を見る。 すっぽり納まるほどの大きさ。 カードにも見える。 「ポケ、ベル?」 Marsが、紫南帆の言葉を繰り返した。 意味がわからない様子に、 「Poket Bell。」 紊駕が綺麗な発音で説明した――、 ポケットベル。 1968年から始まったサービスで、主に官公庁や医療関係者などから利用が広がり、※現在では若者中心に大ブームだ。 「ベル友」なる愛称で、特に女子高校生たちの間で、ポケットベルにメッセージを送りあうのが流行っている。 例えば、「0840」で「おはよう」、「49」で「至急」などを意味する。 機種によっては、自由文字を表示できるタイプのものもあり、形もカードタイプやペンタイプもある。 Earthの持っているのは後者だ。 いたってシンプルである。 「Oh, I see.」 紫南帆たちは所持していなかったが、存在は知っていた。 メッセージを送るために公衆電話に行列を作ったり、プッシュボタンの早打ちが競われたりもしている。 「ところで、それ、どうしたの?」 紫南帆の質問に、 「金曜日の夜に拾ったんだ。」 Earthは相変わらず流暢な日本語で答えた。 Marsはあまり日本語がわからないらしく、首をかしげている。 「金曜日って……。」 「ああ、日本には一週間前くらいに着いてたんだ。いろいろ病院を回っていた。」 Earthの父、紊駕の叔父、は当然医者で、Earthもその道を進むのだという。 日本の医療の現状を把握したかったらしく、いくつかの病院を訪問していた。 勉強熱心である。 「偶然、火災の現場にあって。そこで。」 「火災ってもしかして。」 紫南帆の脳裏に、昨日の新聞記事が浮かんだ。 「そう、この先のレストラン。多分、落としたのは彼だろうと思うんだけど、よく見えなかった。これ自体に落とし主がわかるような機能はないのか?」 Earthは金曜の火災を思い出すように言った。 まさか、あの現場にEarthがいたとは。 聖乃たちも驚いて、昨日の新聞をもってきて――、 「俺の活躍全然載ってないし。日本の救助には正直失望したよ。」 Earthは、高飛車に言って手のひらを天井に向けた。 火災現場に落ちていたポケベル。 被災者のものか。 「俺はポケベルもってないけど、確か記憶機能はあるんだよね。」 葵矩は、紫南帆に同意を求めた。 「多分……。」 「医療関係者だな。」 紊駕が言った。 紊駕がEarthからそれを受け取り、素早く調べた。 メモリーには「49」の文字が記憶されていた。 それも、ほぼそれだけだ。 淹駕が覗き込んで、うなずいた。 緊急時の連絡手段として、医療に携わるものはポケベル所持を義務付けるところが多い。 淹駕の病院もそれに習っている。 今後、その存在はPHSにとって変わることとなるが、もう少し先のことである。 「NO. 俺が見たのはホテルの客だったよ。灰色のJacket にズボン。あわてて逃げてきたところで落としたんだと思うけどな。」 「……。」 紊駕は、無言でそのポケベルを注視した。 「いずれにしても、どうしようもないよね。連絡先も書いてないし、特定するものがない。」 紫南帆も、それに視線を注がせた。 平べったく、黒いカード式のポケベル。 嘲笑うかのように、紫南帆たちを見た――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |