第二章 Mixed Doubled 恋愛騒動

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 日曜日。
 夕食の準備が、完了した。
 きさし
 葵矩も父親たちも揃っている。
      ひだか
 珍しく、淹駕もいる。
 アース
 Earthたちが来るために、合わせたのだろう。
 また、仕事に戻るに違いない。
 多忙な院長だ。

 予定していた時間より少し遅く、Earthは現れた。

  「Hi, Long Time No See ! 」

 金髪の長身。
 蒼い瞳。
 Earthは幼い頃の面影を残し、青年になっていた。
 がっちり体型に男らしさを感じる。

  「いらっしゃい。お疲れ様でした。」
 みさぎ
 美鷺が日本語で言って、上がれと促した様子を、理解して――、

  「Hello. 」

 綺麗なブロンドのソバージュがかった髪。
 ジーンズの脚がとても長く、腰が高い。
 マーズ
 MarsがEarthの後ろから上がってきた。
 良く締まったヒップは、上を向いている。
 日本人とは異なる典型的アメリカン体型だが、太ってはいない。
 グラマラス。

  「良く来たわね。Welcome!」

 美鷺がやはり挨拶をして、二人を客室に案内した。
 玄関を入って、左手にリビングがあり、その奥に客室がある。
 客室の上には三夫婦の寝室があって、リビングは吹き抜けになっているので、ここからでも三つのドアが見える。
 客間は中で二つの間に仕切ることができる。
 客間の隣は、淹駕の書斎だ。
 完全防音にしてある。
 まさに、この家族には住みやすい、注文住宅である。

  「Hey, Brother !」
      みたか
 Earthが紊駕に拳を挙げる。
 紊駕は目で挨拶をした。

  「Hi, You're Shinaho and Kisashi ? It's been a long time ! How have you been ?」
               し な ほ    きさし
 聴き慣れない英語に、紫南帆と葵矩は戸惑いながらも、挨拶を交わした。
 
  「ヨロシク、オネガイ、シマス。」

 Marsは、慣れない日本語で丁寧に紫南帆たちに頭を下げた。
 きちんと日本の礼儀をわきまえている。

  「そういえば、これって何?」

 夕食を共にしながら、雑多な話と、日本までの長旅を労っていたとろこで、Earthは思い出したようにバックから何かを取り出した。
 一ヶ月間の滞在にしては、身軽な荷物だ。
 中からでてきたものに、いち早く反応したのは、アルセーヌ。
 匂いを嗅ぐ。
 好奇心が旺盛なのだ。
 Earthからでた言葉が、流暢な日本語だったので――、

  「なんだ、Earth、日本語話せるのか。」
                                 いざし
 思いっきり安堵のため息をついたのは、葵矩の父の矣矩。
 大柄な肩を落とした。
 英語は苦手らしい。
 そんな、矣矩に淹駕が苦笑した。
          しき
 紫南帆の父、織は優しい笑顔で見守っている。
 学生の頃から変わっていない。

  「それ、ポケベル……?」

 紫南帆はEarthの大きな手を見る。
 すっぽり納まるほどの大きさ。
 カードにも見える。

  「ポケ、ベル?」

 Marsが、紫南帆の言葉を繰り返した。
 意味がわからない様子に、

  「Poket Bell。」

 紊駕が綺麗な発音で説明した――、

 ポケットベル。
 1968年から始まったサービスで、主に官公庁や医療関係者などから利用が広がり、現在では若者中心に大ブームだ。
 「ベル友」なる愛称で、特に女子高校生たちの間で、ポケットベルにメッセージを送りあうのが流行っている。
 例えば、「0840」で「おはよう」、「49」で「至急」などを意味する。
 機種によっては、自由文字を表示できるタイプのものもあり、形もカードタイプやペンタイプもある。
 Earthの持っているのは後者だ。
 いたってシンプルである。

  「Oh, I see.」

 紫南帆たちは所持していなかったが、存在は知っていた。
 メッセージを送るために公衆電話に行列を作ったり、プッシュボタンの早打ちが競われたりもしている。

  「ところで、それ、どうしたの?」

 紫南帆の質問に、

  「金曜日の夜に拾ったんだ。」

 Earthは相変わらず流暢な日本語で答えた。
 Marsはあまり日本語がわからないらしく、首をかしげている。

  「金曜日って……。」

  「ああ、日本には一週間前くらいに着いてたんだ。いろいろ病院を回っていた。」

 Earthの父、紊駕の叔父、は当然医者で、Earthもその道を進むのだという。
 日本の医療の現状を把握したかったらしく、いくつかの病院を訪問していた。
 勉強熱心である。

  「偶然、火災の現場にあって。そこで。」

  「火災ってもしかして。」

 紫南帆の脳裏に、昨日の新聞記事が浮かんだ。

  「そう、この先のレストラン。多分、落としたのは彼だろうと思うんだけど、よく見えなかった。これ自体に落とし主がわかるような機能はないのか?」

 Earthは金曜の火災を思い出すように言った。
 まさか、あの現場にEarthがいたとは。
 聖乃たちも驚いて、昨日の新聞をもってきて――、

  「俺の活躍全然載ってないし。日本の救助には正直失望したよ。」

 Earthは、高飛車に言って手のひらを天井に向けた。
 火災現場に落ちていたポケベル。
 被災者のものか。
 
  「俺はポケベルもってないけど、確か記憶機能はあるんだよね。」

 葵矩は、紫南帆に同意を求めた。

  「多分……。」

  「医療関係者だな。」

 紊駕が言った。
 紊駕がEarthからそれを受け取り、素早く調べた。
 メモリーには「49」の文字が記憶されていた。
 それも、ほぼそれだけだ。
 淹駕が覗き込んで、うなずいた。
 緊急時の連絡手段として、医療に携わるものはポケベル所持を義務付けるところが多い。
 淹駕の病院もそれに習っている。
 今後、その存在はPHSにとって変わることとなるが、もう少し先のことである。

  「NO. 俺が見たのはホテルの客だったよ。灰色のJacket にズボン。あわてて逃げてきたところで落としたんだと思うけどな。」

  「……。」

 紊駕は、無言でそのポケベルを注視した。

  「いずれにしても、どうしようもないよね。連絡先も書いてないし、特定するものがない。」

 紫南帆も、それに視線を注がせた。
 平べったく、黒いカード式のポケベル。
 嘲笑うかのように、紫南帆たちを見た――……。


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※ この物語の内容設定は1994年です。
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