第二章 Mixed Doubled 恋愛騒動

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                               アース    きさらぎ         マーズ   ジョリー
  「今日から二週間、皆と一緒に勉強を共にする、Earth 如樹くんとMars Jollyさんだ。」

 夏休みを二週間後に控え、学期末テストが終わったため、うわついた雰囲気の流れる教室。
      きすい    たき
 担任の来吹 瀑は二人を紹介した。
 すらりと細身の、スーツが良く似合う先生だ。
         し な ほ
 一年のときも紫南帆の担任だった。
 今日からEarthとMarsは交換留学生として一緒に勉強に加わる。
             きさらぎ  みたか
  「Earthは、1組の如樹 紊駕の従兄弟にあたり、EarthとMarsも従兄妹同士だ。」

 詳細を付け加えて、瀑はEarthとMarsに、自己紹介するように促した。
 それにしても、二人とも紫南帆のクラスに来たというのは――、

  「I'm Earth. Nice To Meet You. 」

  「My Name's Mars. ヨロシク、オネガイ、シマス。」

 紫南帆は瀑をみる。
 他の生徒にわからないように、目配せをされた。
 面倒を見ろ、ということか。
 紊駕の従兄弟なのだから、普通、一組なのが自然だろう。
 瀑は紊駕の性格と、紫南帆の性格、そして二人が幼馴染であるということを加味したらしい。
 そして、三家族一緒に住んでいることも知っている。

  「分からないことがあったら、何でも皆に聞いてくれ。では、HR始めるぞ。」

 EarthとMarsの登場に、クラスが沸いでいる。
 日本人にはない青い瞳。
 ブロンドの髪。
 皆の興味の対象となっているのだ。
 日本の高校では、当たり前だが、日本人が大多数なので、Earthたち外国人と出会う機会はそうそうない。
 学校の何処にいても目立ってしまう。

  「如樹くんの、イトコかぁ〜やっぱかっこいいね。」
 おうみ   せお
 桜魅 瀬水は、Earthを憧れの眼差しでみた。

  「……そういえば、瀬水だよね?」

 思わず聞いてしまう。

  「もう。紫南帆ったら、一日何回聞くのさ。」

 思いっきり呆れて、首をすくめた。
 あれから、殆ど毎日訊くようになってしまった。
 詳細は、Planet Love Event 第一章 CometHunter 恋愛方程式を……。

  「あんなこと、もうする必要ないし。」

 にっこり、瀬水。
      わくと
  「でも、惑飛には、あまりこの階にこないでっていってあるんだ。」

 紫南帆にまたホレられたら困るから。
 と、唇をとがらせてみせた。
 紫南帆はバツの悪い顔をした。


 昼休み。
 EarthとMarsは人だかりの中に埋もれていて、いろいろ質問攻めにあっていた。
 紫南帆は窓際の自分の席から窓の外を見る。

  「あれ。」

 北棟の二階の教室から外をみると、南棟の三階が見下ろせる。
 紫南帆の通う、S高校は斜面に建てられているために、北棟の一階と南棟の三階が渡り廊下で繋がっている。
 北棟の教室の窓からは、南棟が、南棟の教室の窓からは海岸線が見える。
 紫南帆は、三階のひとつの教室に、二つの人影を見た。
 二人とも短い髪。
 背丈は同じくらい。
 ここからだと、顔は見えない。
 二人はやがて、もみ合いを始めた。
 肩を揺さぶったり、突き飛ばしたり。

  「……。」

 一人が、平手でもう一人を叩いたようだ。
 こっちまで、音が聞こえてきそうだ。

  「SHINAHO〜。」

 Earthの困ったような声に、紫南帆は振り返った。
 クラスの皆からの質問に、お疲れ気味のようだ。
 
  「アース〜!」

 特に女の子からは大人気のようで、引っ張りだこになっている。
 紫南帆は、人だかりに戻らされたEarthを気の毒に思いながら一瞥して、もう一度、窓の外を見た。
 もう人影はなかった。


 午後一番の授業は選択授業で、移動教室だったので、EarthとMarsを案内しようと二人を探した。
 Earthは相変わらず女の子に囲まれている。
 この分だと、紫南帆が案内するまでもなさそうだ。

  「Japanese Girls Love American Boys.」

 Marsが、魅力的ともいえる厚く、形のよい唇を尖らせて言った。

  「Shinaho. Don't You Think So ? 」

 日本の女の子はアメリカ人の男の子が好きだよね、と少し嫌味っぽくいってみせた。
 Earthもデレデレしちゃって、と腕を組んで細く整った眉をひそめる。
 紫南帆は忍び笑いをした。
 Marsはやきもちを焼いているらしい。
 かわいいところがある。
 クラスメイトと教室移動するEarthを横目に、紫南帆もMarsと瀬水、三人で教室をでた。
 
  「じゃ、先週の宿題の答え合わせするぞ。えーっと。」

 数学の担当もしている瀑は、真っ白なYシャツの袖をまくってプリントを手にとった。
 清潔感が溢れている。
       やざき   さいり
  「夜咲。夜咲 菜梨。」

 沈黙。
 瀑は教室を見渡した。
 紫南帆も一緒になって見渡してしまう。

  「どうした、夜咲。問い1。前にきて答えを書いて。」

  「……。」

 紫南帆は、黙している夜咲 菜梨を見た。
 小柄で栗色のショートヘア。
 机の上には筆箱すら用意していない。
 上目使いで瀑を見る。
 睨み付けて、そして目を反らした。

  「どうした。」

  「……やってきてません。」

 呟いた。

  「やり方がわからないか?これはな……、」

 瀑が黒板に向き直って、説明しようとした言葉を、

  「やりたくないんです。」

 菜梨は、静かにさえぎった。
 両手はひざの上で拳を握り締めている。

  「……。」

 紫南帆は不思議に思った。
 一年の時も同じクラスだったが、菜梨はたしか明るくて元気で素直な印象があった。
 こんな風に、講師に反抗してみせる姿は見たことがない。

  「先生の授業は受けたくありません!」

 菜梨は、半ば叫ぶように言うと、席を立った。

  「夜咲。」

 自習していてくれ、と言い残して、瀑は教室を出て行った菜梨の後を追った。
 教室は一気にざわめいた。
 何かあったのかな。

  「日本人もEscapeするんだな。」

 もっとまじめだと思ってたよ、とEarthは紫南帆の机の前にやってきて、窓の外を見やった。
 日に透けた金髪がとても綺麗だ。
 あくびをしたせいで、よく通った鼻筋に皺がよった。
 着崩したブレザーの制服。
 背格好は、紊駕と良く似ている。
 良く見ると、切れ長の目も薄い唇も。

  「What ? 」

 首をかしげて、紫南帆をみて――、

  「ホレた?」

 いたずらな笑みを見せた。
 何処で覚えたのだ、その日本語。

  「自信家だね。」

 紫南帆も、負けずにいたずらに微笑む。

  「Do You Know What ?」

 Earthは紫南帆の耳元に近づく。
 俺に勝てる奴はいない。
 自信満々に言って見せた。
 紊駕とは表現方法は違うが、やっぱり似ている。
 失笑せずにはいられない。

  「ちょーっと。何いい感じになってんのよ。」

 そんな光景に瀬水が頬を膨らませてやってきた。
 Marsも一緒になって頬を膨らませる。
 
 
 結局。
 菜梨が戻ってきたのは、帰りのHRだった。

  「菜梨。」
          く が     たみん
 クラスメイトの久賀 北明が、菜梨の肩に優しく触れた。
 泣き腫らしたと思われる瞳。
 うなだれている。
 どうしたのだろう。

  「あの二人、付き合ってるみたいだよ。」

 瀬水がささやく。
 校内の噂話にはアンテナを張っているらしい。

  「知らないうちに、うちのクラスもカップルが増えてきたね。」

 カップルを探すふりをして、大げさに教室を見渡した。
 何を隠そう、瀬水にも彼氏がいる。
 
  「紫南帆はさ。堅すぎるんだよ。もっと楽しまなきゃ。」

 天井を仰いだ。

  「それとも気になる人がいるのかな?」

 いたずらな笑み。
 そのあとの言葉は知っている。
      きさし
 紊駕か葵矩か、どちらかが好きなんでしょ。
 何度も訊かれたセリフだ。
 もうそろそろ、ただの幼馴染、と返答すのに、疲れてきた。

  「Mitaka, Kisashi ? Love ? 」

 瀬水のセリフの単語だけ上手にひろって、Marsが呟いた。

  「Yes, Yes ! 」

 瀬水が面白がって、紫南帆を指差す。
 Yes, Yes じゃないって、とため息。
 
  「Who's She ? 」

 Marsは切り替え早く、指差した。
 長く白い指をたどると――、
       ひろさわ  あざな
  「ああ、広澤 嘲奈ちゃんだよ。Azana Hirosawa.」

 Earthと親しく話しているのが気になるらしい、Marsの質問に瀬水が答えた。
 嘲奈はソバージュの茶色がかった長い髪の毛をかきあげる。
 前髪も肩まで伸びているために、大人っぽい顔立ちが、はっきり見える。
 薄く化粧もしているらしい。
 制服のスカートは膝よりかなり上。
 背が高く、モデル体型だ。
 MarsはEarthの近くまで言って、早口の英語で話しかけた。
 Earthもそれに英語で答える。

  「かっこいいよね〜英語。アースって日本語もできるのすごいね。」

 瀬水は大げさに感心して頷いている。

  「それにしても。如樹くんの海外版って感じ。」

 自分の言葉に笑ってみせて、窓側の席から、黒板の近くにいるEarthを見やった。
 紫南帆は、その隣にいる嘲奈を見る。
 左肘を怪我したのか、かわいらしいピンクの絆創膏が貼られていた。
 その風貌にそぐわないからか、紫南帆は、違和感を感じて、首をかしげたのだった――……。


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